無知なアベルと、新理論
「……本当にすみません」
そう言いながらセオドールは机の上にあるゴミや紙束を急いで片付けている。
今は彼が個人的に使ってる研究所に案内されたのだが、酷く物が散乱していて、空気もどんよりしている。
彼が謝っているのは、目を覚ましてからずっと誤っている自分の女性への免疫の無さか、それともこの部屋の惨状の事なのかはよくわからない。
「す、すぐ片付けますから、どうぞおかけになってください」
そう言いながら手を奮えば、椅子が宙を浮いて整列され、机の上の紙束が浮き上がり、本もあるべき場所へひとりでに帰っていく。
ゴミは自分の足で進んでゴミ箱へ、窓は深呼吸するように開け放たれ、大きく外の新鮮な空気を吸い込み、部屋の中の空気を換える。
「……魔法」
俺がぼそりと呟けば、エルナが静かに頷く。
「そうね、生活魔法。アベル、アンタよりも何段階も上のステージの魔法使いよ」
「うん……」
そうだ、手元で作業をしながら、呼吸するみたいに様々な属性の生活魔法を併用している。
「……正直、今のワタシじゃセオドールには勝てない」
「うん……うん!?」
そんなに強いの!?
「ま、単純なスペックの話なら、だけどね」
負けず嫌いな一面が出てそう付け加えるが、それはスペックならエルナを上回っていると彼女自身で認めている。
そんなにレベルが違う魔法使いなのか……
「お待たせしました……」
そう言って一息つきながらこちらにやってくるセオドール。
あっという間に部屋が綺麗になっていて、魔法の便利さを再認識した。
そして、いつの間にか俺たちの手元に分厚い紙束が舞い降りてきていた。
「それが僕の研究についてです。
内容を凄く簡単に要約すると『魔術と魔法の融合』です」
「へぇ……?」
何書いてあるか全然わからん。
なんだこれ、本当にいつも俺が読んでる文字か??
頭の中がパンクしそうなので自分でもわかりそうなところを探す。
その中で一つ気になることがあった。
『魔物の使う魔法と、人間が使う魔法には確かな違いがある』
というところだ。
「……そういえば、魔物が使うのって、魔法なのかな、魔術なのかな?」
以前から気になっていたところだ。
エルナから聞いた話だと『生まれつき持っているのが魔術』それを補うために、エルナが『魔法』を作ったという話だった。
しかし図鑑にはどれも『魔法』と書かれていた。
俺のそんな素朴な疑問に、黙々と読んでいたエルナが反応する。
「何言ってるのよアベル、教えたでしょ?魔法は人間が開発した物よ?相当賢い魔物以外は魔法なんて理解もできないわ、だからほとんど魔術よ」
「……?そうだよ……ね?」
そんな風に話している俺たちの方へ、今度はセオドールが喰いつく。
「そうですよね!!!?」
今までにないほどの大きな声。
俺もエルナも手を止めて、驚いてセオドールの方を向く。
「そうです!そうなんです!エルさんの仰る通り、魔物が使うのは魔法ではなく魔術のはずです!
しかしずいぶん前から魔物が魔術なんて高尚なものを扱えるはずがないとの論述の下、魔物が扱うのは魔術ではなく魔法だと言い張ってますが……!」
そこまで一息で話して、また大きく息を吸って言葉を続ける。
「魔物は魔術を扱ってるんですよね!!?」
そう言って詰め寄ってくる。
俺は正確な答えを持たないから、エルナの方を見たのだが……俯いてプルプルと震えている。
そして、顔を上げたエルナの表情は
「──は?」
怒りに染まっていた。
短く吐かれた言葉からも、怒りがにじみ出ていた。
俺も、興奮気味だったセオドールもその表情に怯え、周期の空気が揺らぐ感覚に二人とも後退りしながら逃げることしかできない。
「っす、すみませんエルさん!ちょ、調子に乗って大きな声出してすみません!」
「な、なんで怒ってるのエル!?」
何とか言葉を発した俺たちに、エルナが口を開く。
「ツッコミ所満載の話されて怒ってんのよ!!」
ドカーン!
なんて効果音が鳴りそうな勢いで立ち上がり、俺たちの方に言葉を続ける。
「魔物が魔術なんて高尚なものを扱えるはずがない、ですって!?魔法が低俗だって言いたいのかしら!!セオドール!答えなさい!」
「え、えぇ!?僕!?」
可愛そうにセオドール。
俺は魔法の知識がないから答えないで済む。
少し覚悟を決めた後、息を吸って答える。
「そ、そうです。
魔術は選ばれし者の特権であり、故に崇高なものだとされています。
魔法はそれを真似するだけの劣化、と世間では言われ───」
「そんなわけ!!ないでしょうがぁ!!!」
怒っている。
エルナの魔法へそそぐ愛情深さは俺もよくわかっている。
だからこそ、自分の子供を低俗だと侮辱され、彼女は親として怒っているんだろう。
「いいこと!?魔法と魔術は『似て非なるもの』なの!!どっちも同じような現象が起きるけど!それは『よく似た別の現象』で、根本は違うの!!」
「うんうん」
俺はご機嫌取りと今までの復習もかねて頷き返す。
セオドールはその言葉に嬉しそうに答え、今まさに烈火のごとく怒っているエルナの方へ自ら寄っていく。
「そうです!そうなんです!僕のアルケミアで見た世界ではそんな風に解釈してたんです!何百年も前の文献にもそんな風に記されてたのに!ここ五百年ほどで世論が変わったんです!!」
「ありえない!ありえないわ!!?その二つに優劣なんてないのに!!」
帽子の上から髪をガシガシさせながらエルナが悶えている。
「……エルさんも、アベルさんも、凄まじい魔力量なのに今の世界の常識を知らないだなんて……不思議な方々ですね……」
「……今の世界、本当にそうなの?」
「はい……魔術師の方が偉いですね。
僕は自分の見える世界が世論とはかけ離れていて、誰にも今まで理解されず……本当に嬉しいです」
「セオドールさんの考えが間違ってないって、エルに証明してもらえたね」
「はい!アベルさんの言葉でも自身が付きました」
嬉しそうに笑うセオドールに対して、エルナはどこか不機嫌そうだ。
しかし、研究資料にまた目を通し始めれば、興味深そうに一ページゆっくりとめくっている。
「……セオドール、面白いことしようとしてるわね」
エルナの言葉に、セオドールがザバーっと急に号泣する、
「えぇ……!……僕のその資料、そんなにしっかり読んでもらえたの初めてで……ちょっとすみません涙が……」
「あ、ご、ごめん、俺よくわからなくってちゃんと読んでない……」
「アベルさんの反応でわかってます……けど素直に言われると傷付きます……」
「確かに……ごめん」
そうして涙を拭いて、セオドールが話す。
「すみません。話を戻します。
そうですね、アベルさんにもわかりやすくお見せするなら……」
そう言って、両手を開き、上に向ける。
「そうですね……アベルさんとエルさんがお二人とも得意そうな風属性でやってみましょう」
まだ使ったことも、話したこともないのに見抜かれている。
それに驚いている間に、セオドールは眼鏡を外す。
「簡単なものでやってみますね」
俺に合わせて説明してくれている。
ありがたいし、嬉しい。
何よりセオドールがとても楽しそうに話している。
エルナも楽しみなのか、無言だがさっきの怒りの感情は好奇心に押し流されて今は笑顔だ。
「風魔法の基本|《風弾射出魔法》《ウィンドボール》」
そう言って風の弾丸を掌の上に浮かせる。
「……わぁ」
同じ魔法を使うからよくわかる。
連弩が段違いだ……なのにそれを簡単に成し遂げている。
「そして、風魔術の基本《風弾射出魔術》」
そう言って、魔法を右手で発動させながら、左手で魔術を発動する。
見えないだけでどこかに杖とか持ってるのかな。
二種類を同時に扱うその様子にエルナが少し前のめりになる。
「それ、資料で読んで驚いたんだけど、本当にアナタ、『魔法と魔術の同時発動』ができるのね」
「えぇ、僕はこの二つが別物だと理解していますから、それさえわかれば後はひたすら練習して身に着けました」
そう言って嬉しそうに、自慢げに話す。
自分の努力を認めてもらえて、理解してもらって、そして褒めてもらえる。
俺もリラも、エルナに褒めてもらえるように魔法の練習をしてたんだ、その気持ちはよくわかる。
同時発動に驚いたが、それがどう関係しているのかわからず、質問してみる。
「セオドールさんが言ってた融合って、そこからどうするの?」
そう聞くと、セオドールがピシッと固まる。
「……そうなんです、これを文字通り融合させてみれば……」
そう言って両手をパンっと合わせると、魔法と魔術がぶつかり、大きな風を生む。
「うわっ!?これが融合!?」
「……残念ながら違います。
これはただの衝突、魔法と魔術がぶつかり、相殺した余波に過ぎません。
先ほどのように出力を合わせても、対消滅するだけです」
そう言って力なく首を振るセオドールの説明にエルナが頷く。
俺にはわからないが、さっきの魔法と魔術は同じ出力だったらしい……
「あ!じゃあ!魔法と魔術を完全に同時発動するのは?」
「はい、そこなんです」
「?」
分かっているのに、なぜしないんだろうか?と俺が首を傾げると、エルナが横から補足する。
「アベルが言っているのは『同じ魔術回路で同時に魔法と魔術を使えばいい』ってことよね?」
「?そう、そうだよ、エルもセオドールもすごい技術持ってるんだからそうすればできないの?」
「……アベル、一つの魔術回路で発動できる実戦魔法の数は?」
「──あっ」
エルナの質問でようやく二人の悩みに追いついた。
セオドールが重々しく俺の反応に頷く。
「じゃ、じゃあ!魔法の方は生活魔法にして、魔術の出力を下げるのは!?」
「アベルさん、柔軟な発想で大変素晴らしいのですが、実戦魔法を扱うのと同様、魔術も魔術回路のすべてを総動員させます。
故に、生活魔法でさえ、一つの魔術回路の中に足す余裕がないのです」
そう言って今度はセオドールが答え、エルナが頷く。
「そ、そうだった……」
そうだ、魔術も実戦魔法と一緒で魔術回路を全てその事象の発生に使うんだった。
「だ、だったら、魔法と魔術回路を組み合わせたものを作れば、そうすれば魔術から魔法を作ったように融合ができるんじゃ!?」
俺の発言に、今度は二人共無言で頷く。
そして、セオドールが口を開く。
「その通りです。
二つをかけ合わせた『一つの』魔法でも魔術でもないものを生み出さなければこの融合は成し得ません」
セオドールの言葉に続けて、エルナが話す。
「けれどそれって、魔法を生み出すのよりもずっと難しいの。
魔法は魔術って言ういわば手本があったわけだけど、今回の融合は全く別の極致よ」
エルナがそう説明するからこそ、その難しさが何倍にもなって重くのしかかる。
セオドールが俺とエルナの方を向きなおり、真剣な眼差しで言葉を続ける。
「僕にはこの話をまともに聞いてくれる人はいませんでした。
残念ですが、僕の世界は今の世界の常識と大きくかけ離れていて、異端だと言われています。
お二人に迷惑がかかるかもしれませんが、この理論の完成はすなわち魔術と魔法の上下関係を無くすほか、新しいもう一つの世界の可能性の提示になるんです……何より」
そう言って、自身の魔眼を指さし言葉を続ける。
「僕の世界の証明になる」
その言葉を聞いて、エルナは微笑み、すぐに立ち上がる。
「乗ったわその話、いいわよ、ワタシも全力で手伝うわ」
俺も今度は迷わずに立ち上がる。
「俺も、面白そうだし、手伝えることあったら何でも言って」
よくわからないからこそ、こんなに簡単に承諾できるんだと、自分でも自覚している。
無知だからこそ、簡単に頷ける。
だからこそ、この二人にはない、俺にしか見えない世界もきっと役に立つはずだ。
「……ありがとうございます。
礼と言ってはなんですが、この街にいる間の金銭の問題は気にしないでください、僕が何とかします」
「なんとかって……何とかなるの?二人の滞在費よ?」
そう質問すると、猫背の彼が頑張って胸を張って、しわしわの服にある紋章を指さす。
「自慢になりますが、シンフォルツ家の長男である僕の顔を使えば何とかなります。
そしてこれは自慢ではないですが、ダメ息子としても有名ですが、それでも何とかなります」
張っていた胸がだんだん萎んで、また猫背になっていく。
「そう言うことなら……お世話になろうかな」
「そうね、これはアベルの冒険だもの、ワタシはアンタの判断に乗るわ」
「じゃあ、言葉に甘えようかな、ありがたい話だし、お願いするよ」
「はい、遠慮せずどうか受け取ってください」
そう言って彼は小さく笑う。
控えめな性格なのは、自分の世界を皆に否定されてきたからなのだろう。
しかし今の彼はとても輝いて見えた。
この研究が実を結べば、セオドールの世界を否定してきた人たちの世界をひっくり返せる。
五百年前からの常識をひっくり返せる。
そんなこと、できるわけがないと思うのが普通なのに、俺は何故だかできる気がする。
エルナとセオドールがいるからだろう。
「……ははっ」
こんな二人と一緒にどんなものが出来上がるのか、今から楽しみだ。




