期待の天才、稀代の天才
あのドタバタ騒ぎの後、俺たちは一度現場を離れて、公園で男が目を覚ますのを待っていた。
俺が担いで、地面に寝かせるも
「そんな扱いじゃ可哀そうよ」
と言って自身の膝に寝かせている。
エルナの小屋に行ったときもそうだったが、寝る場所にこだわりが強いらしい。
そんなことを考えていれば、男が少し身じろいで、目をゆっくりと開く。
「……あ、起きた」
「はぇ?……あっ───」
「へ?嘘また気絶した!!」
「……女性に免疫無いからじゃない?膝枕の刺激が強すぎたとか?」
「そんなバカなことある?だとしたらこの子状況把握すっごく早いのね……」
そう言ってしぶしぶといった様子で膝から降ろして、彼が纏っていた外套を畳んで枕にしていた。
「それじゃ、この子目覚めるまでどうしましょ」
「ん~……この男の正体とか」
そう投げかければ、エルナもすぐに話題を広げる。
「……両眼とも魔眼って言うのは、ワタシ初めて聞いたわ」
「やっぱりあれ魔眼なんだ」
「えぇ、しかもワタシのと似てる。
ただ、ワタシは片目だけだから上手く扱えてるけど、両目とも魔眼なら彼にはどんなふうに世界が見えてるのかしらね」
顎に手を当てて、早く目を覚まさないかとそわそわしている。
「自分の魔眼について悩んでるって感じなのかな」
「口ぶりから恐らくそうね……は~~!!なるほど!」
エルナが俺との会話をしながら、目を覚ますのを待っていられなかったのか、眼鏡を取って覗き、何かを発見している。
「?その眼鏡がどうかした?」
「これ面白いわ、魔眼の力を封じてる……この子、多分見えすぎて困ってるのかもしれないわ」
そう言いながら彼の顔に眼鏡を戻す。
その感触に反応して、再度目を覚ます。
「……んぅ……っは!!」
俺たちの方を見て、眼鏡を確認し、こちらに再度目を向ける。
「おはよう、アナタが倒れちゃうからワタシ達驚いちゃったわ」
「身体大丈夫?」
「は、はい……すみません先ほどは、情けない醜態を晒しました……」
開口一番に落ち込み始める彼に、エルナが彼の傍に少し寄っていく。
俺もそれに合わせて彼の近くに座り込む。
「アナタって、女性に慣れてないのね、なんだかさっきはごめんね~
それでなんだけど、ワタシ達に話しかけてきたのはなんで?」
「そ、それは……あなた達が魔眼についての話をしていて、二人ともかなりお強いように見えたので、お話しできたらなって……」
……二人とも?
エルナは確か今魔力を抑えてるはず……
そう思いエルナの方に視線を送ると、これまた驚いた顔で俺の目をまっすぐ見つめ返す。
バレている、ということだ。
エルナの技術は全盛期のままなのに……
その沈黙が居心地悪く感じたのか、彼が言葉を続ける。
「えぇっと、その……はい、隠しているのはわかっています。
ただ、僕が『視える』側の人間だということを証明するにはその方法が一番手っ取り早いかなって……!」
「……驚いただけよ……ワタシの人生で、見破られたことはなかった……アナタが初めてよ」
「僕も、僕と同じように魔眼を持つ人は初めて会いました……あっ、ぼ、僕、自己紹介がまだでした……僕の名前は『セオドール・シンフォルツ』と言います」
「セオドール・シンフォルツ……シンフォルツ……初めて聞く名前だわ」
「そ、そうですか?遠い僕の先祖が『氷魔法』を始めて実践レベルまで発展させたんですが……」
「「……氷?」」
俺もエルナも知らない属性の話に首を傾げる。
エルナはすぐに首を振って、長い髪をシャラシャラ揺らして頭を整理する。
「……そこらへんよくわからないけれど、あとで聞くとして、自己紹介よね?……ワタシの名前は『エル』よ、そこの彼の冒険仲間」
偽名だ。
何か警戒しているのか、それとも魔法都市で魔法の始祖である自分の名前を出すのは不味いと思ったのか、偽名を名乗っている。
俺は自然に、噓がばれないように続けて自己紹介をする。
「俺はアベル、よろしく」
「エルさんに、アベルさん……急に声をかけて、気絶した僕をこのように介抱していただき、礼が遅くなり申し訳ありません」
「いいわよ、ワタシもアナタに興味があるの」
「はい、魔眼の事ですよね」
「えぇ、ワタシの魔眼『シンタクシス』とアナタの魔眼はよく似てるわ」
魔眼の話だ。
俺にはないものだし、上手く会話についていけるかわからないが、とりあえず聞いておこう。
「シンタクシス……?……どうやら僕の魔眼とは似ているけど違うみたいですね」
そう言ってセオドールは眼鏡を外す。
「……そのようね、今アナタの目をしっかり見て思ったけど、ワタシのとは少し違うもののようね」
その言葉を聞き、コクリと頷き眼鏡を戻す。
……今の一瞬でそんなことまでわかったんだ?
なんて話に置いてかれている俺を置いて、二人の話は進む。
「はい、僕の魔眼は両目別々、二つあります。
一つが、自分の魔力の流れや魔術回路の扱いをサポートしてくれる右目の『アルケイオン』
もう一つが、世界の魔力の流れに干渉したり、理解をさせてくれる左目の『アルケミア』です」
「ワタシの右目はどっちかというとあなたの左目に似てるわ、魔力の流れや、その構造なんかを細かく認識できる。
だからこの世界の、ワタシの目に映る事象はすべて理解、説明できるわ。
周りの魔力の流れを把握しながら魔力感知を行えば視界外の気配も察せる。
……だからこそワタシの魔力感知に引っかからなかったことが不思議でならないわ、あれはどうやったの?」
「その節は驚かせてすみませんでした……その現象も僕の魔眼の力です。
『アルケミア』で解析したこの街の自然な空気、魔力の流れを『アルケイオン』で僕の身体の魔力の流れを真似たんです。
だから、魔力感知が得意な人ほど、僕はただの空気のように感じるんです」
「……高度、なんて次元じゃないわね……神業、その魔眼あって初めて実現できるような代物だわ……」
三つの魔眼の話。
俺には何が何だかわからないが、この二人の間では、俺には見えない魔力という存在が当然のように存在していた。
自分とは何段階もレベルの違う話……しかし、落ち込むことはない、俺の知らない分野の話なんだ、知らなくっても仕方ない、今から知っていけばいい。
……しっかし、こんなハイレベルな話を公園の地べたに座ってしているだなんて、なんだかもったいないなぁ……
「……セオドール、大体分かったわ、アナタの魔眼については大体分かった。
ところで、アナタのかけているその眼鏡は魔眼の効果を封じれるみたいだけど、それは何?」
そう質問を投げかけると、少し困ったように頭を掻きながら話す。
「これはお察しの通り、魔眼の力を封じる魔法具です。
不出来ではありますが、僕が作りました。
なにぶん、見え過ぎてしまうと色々不便なものでして……」
「へぇ……アナタが作ったんだ……」
「はい……それで言うと、エルさんのその杖、刻まれた魔術回路は貴女の魔術回路によく似ているのに、今の貴女よりずいぶん発展したものに見えます、どうやってそんなことを?」
魔術回路についての質問。
以前に言っていたエルナの魔術回路を写した杖の事だ。
……エルナの魔術回路によく似ている?しかも杖の方が発展している……??
何で今のエルナの方が杖よりも劣ってるんだ……!?魔法具は成長しないんだろ……?
「アナタ、本当に良い眼してるわね、そうよこの魔法具は少し特殊なの、変わった事情でね~」
そう、今のエルナは、迷宮の制限を受けて全盛期の二割程だって話していた……
「ぁ……」
二人の会話の邪魔にならない小さな声。
俺が思わず溢した、理解の反応。
『ワタシの杖なんかの出力とかも作成した当時と進歩しない』
エルナが言っていた。
進歩しない、それはつまり退化もしないのではないか……!?
だとしたらセオドールが疑問に思っていることについても納得がいく。
エルナはなぜか自分の正体を悟られたくないようだ。
だから自分が迷宮の守護者だということを隠している。
セオドールはエルナの返答にかなり悩んでいる様子で、次の言葉を慎重に探していた。
そして、俺の思考もまとまったころ、眼鏡を外し、口を開く。
「その『変わった事情』というのは……そこのアベルさんと、貴女の関係が原因ですか?」
「ん?俺?」
急にこちらの方を向いて話しかけられたものだから驚いて変な反応をしてしまった。
エルナも何のことなのかよくわかっていないのか、少し間を開け答える。
「……そうだけど、そうじゃない……かしら?」
そう言って、質問の回答に迷いながらも返答する。
そうだけど、というのは俺が探索者で、エルナがその守護者だからなのだろう。
しかし、エルナの魔術回路が制限されているのは迷宮の守護者としての話だから言ってしまえば俺は関係ない。
だからあんなあいまいな返答になったんだろう。
「……そうですか……不思議だったんです、エルさんとアベルさん、お二人の魔力が何だか似ているような気がして」
そう言いながら眼鏡をかけなおす。
「……似ている?ワタシとアベルが?」
「えぇ、ただ、今までに見たことの無い不思議な雰囲気です。
それこそ、魔眼をもってしても説明できないような……不思議としか……」
そう言ってまた一人ブツブツと呟き始める。
「……系統としてはエルフが近いか……?いやもっと根本的な部分がどれとも違う……今まで見たことがないものなのになぜこの二人だけ急に……二人同時に現れたことに意味があるのか……?」
そう言って一人の世界に入っていく彼を、エルナが止める。
「は~い!!未知への探求心については理解できるから咎めないけど!ワタシと話したいことって、結局何なの?」
そうエルナが大きな声でこちら側に引き戻すと、セオドールは慌ててひっくり返りそうになりながら、その手をエルナが取って何とか転ばずにすんだ。
手を繋いでいることに慌てていたが、コホンと一つ咳払いをして仕切り直す。
何だか絶妙に格好つかないところはエルナと似てるな……
「僕が貴女と話したかった事、それは……」
「「それは……?」」
溜める癖も、エルナに似てるな。
「魔眼を持つ貴女に、僕の世界が正しいか、間違いかを証明して欲しいんです」
「……世界の証明?」
エルナも俺もよくわからず、お互い顔を見合わせる。
「はい……僕には生まれつきこの魔眼の力で様々なものが見えてきました。
ただ、僕意外にそれを理解も、証明もできる人間がおらず……嘘つきだとか、不気味だとかと幼い頃から言われ続け……僕は自分もこの世界も信じられない。
……だから貴女に教えて欲しいんです、僕がおかしいのか、それとも正しいのかを」
分厚いレンズの眼鏡越しでも、エルナを真っ直ぐ見つめる視線は本気だと十分に理解できる。
女性の目を直視できなかったセオドールが、その感情も抑え込んで、縋っていた。
その視線を向けられたエルナは目を瞑り、そしてゆっくりと開き、一言。
「間違ってないわ」
そう断言した。
ほっとした様子のセオドールに続けて話す。
「ただ、ワタシとアナタが同じ世界を見れているかはわからない。
だからワタシがアナタの正しさを証明なんてできない」
「えっ」
セオドールの顔から、ストンと笑顔が消え、困惑する。
「ただ、ワタシは『肯定』ならできるわ。
だってそれはアナタの世界よ、アナタだけの世界よ!」
そう言って、セオドールの眼鏡を奪い、エルナが立ち上がる。
「見え過ぎて困る気持ちは『分かる』わ!ワタシもしょっちゅう気持ち悪くなったから!
見えてるものを、周りに見えないと否定される辛さも、よ~~く『分かる』わ!!
ただ!アナタの世界は、アナタだけの世界は!アナタだけは否定しちゃダメ!!
ワタシはアナタが羨ましいわ!!
ワタシはアナタと違って魔眼は一つだけ!アナタの見える世界がワタシには見えない!『分からない』!だからアナタが証明するしかないの!!」
世界に魔術の代わりに魔法を発明した彼女が、嬉しそうな顔で言い切る。
「──羨ましい……?僕が……!?僕が証明……!?」
セオドールは理解できないと困惑している。
そして、彼の魔眼はエルナをまっすぐ見つめている。
もしエルナと同じように人の感情がわかるなら、エルナが本心で言っていると彼女の事を知らなくっても視えてしまうはずだ。
だからか、十数秒もの間セオドールは何も言わず、そして立ち上がる。
その眼に涙を浮かべながら、エルナの方を見る。
「貴女には、どんな世界が見えているんですかぁ……?」
「時間をかけて沢山教えてあげる、ワタシの世界を」
そう言ってエルナが笑えば、セオドールもくしゃっと笑った。
笑い慣れていないのか、少し引き攣って、涙も相まってなんだか痛々しい。
けれど、その眼だけはとても晴れていた。
エルナが眼鏡を返し、服の裾でセオドールの目元を拭う。
「え、エルさん、汚い、で……す、だいじょうぶです」
そう言われてもエルナは手を止めず涙を拭き、セオドールはわたわた手をさまよわせるしかできず、されるがままだ。
「セオドール、いいこと教えてあげる。
魔法は便利で、涙だって簡単に拭えるけれどね?」
そう言いながらセオドールの頭をポンっと撫でて笑う。
「たまには非効率なのも素敵なのよ♡」
そういってパチンとウィンクする。
セオドールは、一歩二歩後ずさりし、まるで胸が苦しいのか手で押さえている。
距離を取って落ち着いたのか、息を整えて話始める。
「エルさん、そしてアベルさん、一つ、僕の世界に付き合って欲しいんです。
もし上手くいけば、この世界に新しいルールが生まれる……」
『世界』
話の規模が大きい、そして魔力が見えない俺の出る幕ではないのでは?と考えていれば、エルナがすぐに声を上げる。
「何か面白いこと考えてるのね!?いいわ!アナタの世界に付き合わせて!」
そう言ってすかさずセオドールに接近し、手を取る。
世界を一度替えた彼女にとって、そのスケールの大きさは俺のように足を止めさせるのではなく、むしろスパイスにしかならない。
足を止めてしまった自分が恥ずかしい。
「え、ええ、エルさん!?ちっちちか!?」
またセオドールは顔を赤くして振りほどこうと力ない抵抗をしている。
その流れに何だか慣れてきて笑えてきた俺は少し遅れて返事をする。
「俺でよかったら、ぜひ」
「あぁ!!?あ!ありがとうアベルさん!早速何ですがエルさんをどうにか!!?」
「ふふっ……は~い」
そういってエルナを解こうと近寄る。
その時エルナが口を開く。
「新しいルール!ワタシとアナタで素敵な新理論を作りましょう!!」
「ちょ」
流石の俺でも問題発言だってわかる。
エルナにその気がないとわかっていても、色々まずい。
「………」
「……セオドール……さん?」
ピクリとも反応しなくなってしまった。
器用に立ったまま気絶している。
そして、前かがみにエルナの方へ倒れていった。
「……あら、大変」
そんな呑気なことを言いながら、彼を受け止めたエルナは子供のように笑った。




