魔法都市で、新たな出会い
「ふ~んふふ~ん♪」
エルナは呑気に鼻歌を歌っている。
「…………」
俺は叫び疲れて黙り込み、今日も空を飛んでいる。
慣れるのにはまだまだ時間がかかりそうだが、それでもまぁ昨日ほど怖いとは思わなくなってきた。
そんな中、不意にエルナが声をかけてくる。
「あっ!アベル!あれ見てごらんなさい!あの大きな建物集まってるところが、アルケイアよ!!」
そう言われて、エルナの後ろからひょっこり顔を出せば、視線の先に街が見えた。
青い屋根が特徴的な落ち着いた雰囲気の街並みだ。
街には様々な高さの建物が目立つけれど、中でも大きな建物が目に入る。
あそこで研究してるのかな。
「おぉ~あれがアルケイア」
「のようね~、さ、ここらで高度落として歩いていきましょ」
そう言って高度を落としていった。
ゆっくりと着陸する様子から、エルナの魔力制御がいかに丁寧かを感じる。
着地した瞬間、エルナが少し目を閉じて息を整えていた。
「大丈夫?疲れた?」
「大丈夫よ、これは魔力を抑えてるの……二割って言っても結構な魔力量だし、ワタシは変に目立ちたくないからね」
「お、俺は悪目立ちしないかな?」
「アンタも魔力量は今のワタシくらいあるけれど、意外と丁寧に纏えてるわよ、腕の立つ冒険者って感じだからそんなに気にならないわ」
そう言って話している途中でエルナが目を開けば、その瞬間周囲の温度が少し上がったような気がした。
近くに鳥がやってきた、俺目線でも圧が少し減ったような感覚がある。
これは魔力を感じるということなのだろうか。
「さーて、アルケイアに着いたらやることいっぱいよ~!!今の魔法使いのレベル見たり、本見たり、魔法具店に行ったり、新しい理論とか生まれてないかしら……それに街の人たちが魔法とどんなふうに生きているかも見たいわ!!」
エルナはそう話しながら急にグングン歩き出す。
それに遅れないように付いていく。
「エルナの予想だとどうなの?」
「……そうね~、正直グランディアの魔法との共存具合で結構驚きなのよね。」
「そうなんだ?」
「えぇ、千年前はそもそも魔法を覚える理由が戦闘のためだったからさ。
生活魔法だって、戦争で進軍する際に、火をつけたり、水を補充したり、土で簡易的な壁作ったり、風を起こして濡れた服を乾かすために使われてたのよ。
どれもこれも戦争のために覚えて、練習して、磨いてきた技術だったのよね。
だから今みたいに皆が当たり前のように魔法を使っている時点でワタシにとっては予想外だから正直想像もつかないわ」
「そんなに皆戦争のためにしか使ってなかったの?」
「ん~、完全に皆って訳じゃないわ、千年前にも冒険者はいたし、大量に持って行かなきゃいけない荷物が減ったって喜ばれたりもしたわ。
それまで魔術師連れていくしか冒険が楽にならなかったけれど、魔術師は研究ばっかりで冒険者の体力についていけないって問題もあったし」
「適材適所って感じだね」
「そうね~、まぁ千年前はそんな様子だったからワタシでも予想がつかないわ」
そういいながら、やはり嬉しそうに話す。
俺も、その楽しみを理解できるから頷き返す。
そんな話をしながらも、魔法の維持を行う。
会話と魔法の両方に集中しながら歩いていれば、すぐアルケイアに着いた。
門の前で冒険者証を提示し、開けてもらう。
エルナは俺のパーティーメンバーという扱いになるらしい。
門を抜けた先に広がっていたのは、そこまで騒々しくはない街。
比較対象がグランディアなのが良くないのかもしれないが、それにしても物静かな印象を受けた。
そんなことを思いながら街を見渡していれば、遠くの方でゴウッと太い火柱が天を突いた。
それを包むように水の魔法……魔術なのかな?それが火を包んで、もうもうと大きな蒸気を上げて飲み込んでしまった。
「ぉお!?」
それを見て、不意の出来事で声が出てしまったが、エルナを始め周りの人たちは何でもないようで、むしろ驚いた俺が変なのか皆こちらを向いてきた。
「……」
変な注目のされ方してちょっと恥ずかしい。
「え、エルナ!さっきのって何かな」
「?あぁ、さっきの魔法ね、何かの練習か実験ってところじゃないかしらあ?」
「あ、魔法だったんだ」
「あ、そこなのね」
日常的にああいった実験をしてるんだ。
エルナも街の人たちも何も驚いた様子を見せないことから、これは魔術都市、エルディオンでもこうだったのかな。
「じゃあさ、あそこで魔法の練習か実験してるならそこまで行ってみない?面白いもの見れるかも」
「急がなくってもいいわ、それともアベルは見に行きたかった?」
「ん?ん~……ちょっと気になるけど、そんなに特別なものじゃないならいいかなって感じ」
「ならいいわ、行きたいところがあるの」
「おぉ!どこどこ?図書館とか?」
「違う」
「魔法具店?学校?」
「違う!ワタシが行きたいのは~~?」
「い、行きたいのは?」
ごくりと唾を飲む。
そして行き先を頑張って考える俺を嘲笑うような何でもない顔で
「食堂」
「お、お腹減ってたんだ……」
そういえばよく食べてるし、俺の食料も食べてたぐらいだ。
千年先の食文化にも興味あるんだな~食いしん坊だったのかな。
「ちょっと~?今ワタシに失礼なこと考えてなかったかしら?言っとくけどワタシはボンキュッボンの超グラマーなスタイル抜群レディーなのよ?ただ食い意地張って食堂行きたいわけじゃないの」
本当にそうだろうか、俺の記憶が正しければ一緒にご飯食べてる時エルナの方が多く食べてたような……
「じゃあ何のため?やっぱり食文化の変化?」
「食文化についてはセレスティアに行くまでの船内の中で結構満喫したわ。
ワタシが今興味あるのは調理方とかの現状よ。
食事は人間にとって欠かせないものよ。
だからこそ、戦争が終わった後に一番に発展分野だと思ったの。どんなふうに変わったのか見て見たいわ」
「なるほど」
やっぱりエルナの話はいつも筋が通ってて、いつも少し抜けてるように感じるから毎回少し驚いてしまう。
「ってことでいくわよ~」
エルナはそう言うと、先に立って歩き始めた。
小さな炎を起こし、暖炉に火を点ける子供が窓の向こうにいる。
巨大な鍋を傾け、小さな瓶の口に一滴も溢さずジャムを入れる水魔法。
あっちの主婦は風魔法で家の前の砂利を払っている。
街の中では家を建てるのに使われている土魔法。
どこを見ても魔法があった。
グランディアよりも人が少なくって、静かなのに、魔法を扱う人はアルケイアの方が多い。
「いいじゃないいいじゃない、皆いい感じに魔法を自分の生活に組み込んで、しかも息をするみたいに簡単にそれを使ってる。
流石魔法都市って言ったところかしら」
ただただ違う街の景色に圧倒される俺に対して、上機嫌のエルナが喫茶店を見つけて、そこに入っていく。
寒い外に対して中は非常に暖かった。
グランディアのような活気から来る熱ではなく、普通に暖かい。
「へぇ?」
「あったか……い……?!」
「いらっしゃいませ~!」
奥から声をかけてくる店員に案内され席に着けば、エルナと俺は紅茶とドーナッツを頼んで早速この不思議な温かさについて聞いてみる。
「ねぇエルナ、なんで外あんなに寒いのにこの中はこんなに暖かいの?」
「そうね、ワタシも驚いたけど、このお店の中にだけ魔法を使って温度を一定に保っているみたいね。
この間アベルに使ったワタシの防寒魔法と原理は似てるわ」
エルナが指さした先に目を向けると、天井の装飾に赤や緑、青の魔石が使われていた。
「……魔石?」
「えぇその通り。
熱した空気を順次風で送り込んでるみたいね」
「青色の魔石は水属性だよね?夏用なのかな」
「それもあるし、乾燥した空気を適度に保つために使われてるわ、だから冬場も活躍してるわ」
「へぇ……それも、目のおかげ?」
時折話すエルナの目についての話題。
それについて話題を振れば、少し驚いたような顔をした後、にやりと目を細める。
「そう──」
「紅茶です~」
エルナが今まさに話そうとしたタイミングで紅茶がやってきた。
そのままドーナッツも一緒に並べられていき、全て終わると
「……ありがと」
エルナは短く店員に礼を言った後、もう一度咳払いをしてにやりと目を細める。
「そう……ワタシはありとあらゆる世界の魔力にかかわる現象を完璧に把握できる!この『魔眼』があるからね!」
「魔眼?」
エルナが自慢気に指さす右目、暗く深い緑の瞳をジッとのぞき込めば、瞳孔には様々な線が伸び、形を絶えず変化させている。
それに気が付き、息を飲む。
「な、なにそれ、どうなってるの?」
「いったでしょ?まーがーん!ワタシのこの目は、魔力の流れとか構造、性質……そういう本来目に見えないモノとか、その魔力の更に細かい部分までがはっきり見えるの。
それが『魔眼 シンタクシス』ワタシがずっとこの世界を愛して信じられた力よ」
「……?……エルナの見てる景色と、皆が見てる景色は違うってこと……?」
「そうよ、魔力って生きる力で、誰だって持ってるものなの。
それを見てれば、なんとなく見えてくるの……」
「……何が?」
「──感情」
感情が……見える?
「アベル、今困惑してるわね。まだ半信半疑……けど、驚いたってことは当たりのようね、そして言い当てられたことにまた困惑……あら、今度は若干さっきより信じてくれているみたいね」
俺のほんの数秒の間にあった感情の変化を、俺よりも先にどんどん言葉にされてしまった。
「そ……えぇ?……なんで?」
「流れが見えるからよ。その流れの規則性を見れば、あとは簡単。テレパシーの真似事よ」
そうか、そんなことができるのか……
エルナは天才だが、絶えず努力をしている。
好きだからだろう、とっても楽しそうに話す。
「ま、これも相手が魔力操作に慣れてれば簡単には見れなくなるんだけどね。
何にしてもこれがワタシの魔眼よ、便利で強力で万能、だからワタシはこの魔眼で色々解明して学んできたのよ」
「その眼を持ってるのがエルナでよかった」
「どんな悪人でもこの目を持てば、この世界の可能性や喜びに胸打たれるわ」
「そこまで言われたら気になっちゃうな」
「残念ながら魔眼は完全に才能の世界よ、アベルには無理ね~」
クククと笑って自分の才能を自慢するエルナ。
俺はそれに少しがっかりしながら、また雑談する。
「アベル見て、水の生活魔法よ」
そう言って視線を向けた先には、食器についた汚れを薄い水の膜がごしごし洗い落としている。
そしてその付着した水玉が勝手に食器から離れていく。
「おぉ~!あれなら片付けも簡単そう!」
「いいわね~あれ!結構高度なことしてるけど、決して難しくはないってレベル!野菜の皮めっちゃ綺麗に剥くみたいな難しさの芸当ね!」
「よくわかんないけど難しそう」
店を出た後も、嬉しそうにあっちの魔法こっちの魔法と話している。
それを聞いていれば、エルナの千年の孤独が報われたように感じて俺も不思議と頬が緩む。
「エルナ、凄く嬉しそうだね」
「そうねすごく嬉しいわ。
けどアベル、アンタの身体から出てる魔力の流れもワタシとそう変わらないくらい嬉しそうよ?魔法の話聞けるの、やっぱり嬉しいのね」
「それもあるけど、エルナが嬉しそうなのが嬉しくって」
「ふふっ……何それ?アンタっていい子ね」
そんな話をしながら歩いていると、ふいに声をかけられる。
「ぁ、の……」
「ギャッ!!!?」
「おわっとと!?」
急に声をかけられて驚いたのもあるけれど、エルナの異様な驚き様に俺も驚き、更に声をかけた存在も頭をぺこぺこさせながら平謝りしている。
幽霊のような黒い外套に身を包んだ男が急に声をかけてきた。
「ごぉ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「っなな、なんで、アンタ!……どこから……えぇ!?」
エルナが驚きのあまり言葉が出ていない。
両手を使って、更に身体も使ってで意味が分からないと表現している。
こんなエルナ、初めて見た。
「どこから?そ、そこか、ら」
自分がやってきた方向を指さす男……デカいな、猫背だけどそれでも俺と同じくらいある……?
「それはわかってる!!なんでアンタ!ワタシの魔眼に引っかからないの!?」
「え?そうなの?エルナ」
慌てた様子で俺に頷く。
魔眼に引っかからない?
エルナがさっき自慢げに話していた、あの魔眼が?
強力で万能だと語っていたそれは、エルナの長い人生の中で絶対の信頼を置いていたもの。
それを人生で初めて破られ、あんなに動揺しているんだ。
「魔眼……そう、魔眼、さっき喫茶店で話してました……よね?」
「し、してたけど……な、に?」
「えっと……見てもらった方が、早いかなぁ……早いと思います」
エルナが受け身になってドギマギしている。
そんなエルナの様子を気遣う余裕もないのか、短い自問自答の後、男が纏っていた外套を脱いで顔を見せる。
深い紫色の長髪、しかしエルナのようにサラサラではなく、ところどころ跳ねて、雑に伸びている。
少しこけた頬、すらっとした細長い手足、身を包んでいる服は優美な装飾が施されているのにしわだらけだ。
そして少し長い前髪をかき分ければ、瓶の底のような分厚い眼鏡をかけており、それを外す。
「「……!!」」
俺もエルナも、その瞬間気付く。
暗く深い緑の瞳。
その瞳孔にはいくつもの線が伸び、形を変えている。
さっき聞いた魔眼だ。
そして初めてきちんとエルナの目を見て、話す。
「あなたなら、ぼ、僕の話を分かってくれる気がして……」
両目をきちんと見て話す男。
深い緑の瞳、エルナの片目と同じそれを、この男は両目に備えていた。
彼の目を見て、エルナの動揺がようやく収まり、冷や汗を拭いながら、口角を上げる。
そして小さく声を漏らす。
「──天才……!」
あのエルナが、この世界の歴史で間違いなく最上級に神の寵愛を受けたエルナが、そう評価する。
いや、そうとしか表現できない、という表情だ。
「な、なにか?言いましたか?」
その呟きが聞こえていなかったのか、男は少し狼狽する。
しかし彼の手を取り、エルナが笑う。
「アナタ最高よ!!アナタの事、色々教えて!!」
その手を取り、グイっと傍によって、胸の形が変わるのもお構いなしで詰め寄る。
すると男は目を泳がせた。
「ぁ!?あ……その、お胸が……ってか、ちか……」
呼吸が乱れ、口をパクパクと開閉させる。
そしてみるみる赤くなっていた頬は次第に青くなっていって……そして……
バターーン!!
そんな効果音が聞こえてきそうな勢いで男は地面に倒れた。
「……あらいけない、この子、女の子に慣れてなさすぎね……」
エルナがそんなことを言いながら、しゃがみこんで男の頬を指でツンツン突いていた。




