可能性と、未知
空を高速で飛行する。
記憶のない俺には人生で初めての体験ばかりだったが、今回のこれは今までと違って理解が追いつかない。
今まで記憶を失っているとはいえ、いくつか知識自体はあるものが多かった。
まぁ、知識があるといってもほんの表面上の事しか知らないのだが……
それにしても言語とか冒険の中で『空を飛ぶ』、これ以上の衝撃はなかった。
空を飛ぶ、鳥がいつも平然と行っているそれが、俺は受け入れられないほど衝撃的だった。
自分の背中に生えた羽は、いつの日かこんなこともできるようになるんだろうか。
そんなことを思う余裕すらない中、俺の気持ちを置いて行ってグングン進んでいく。
日が傾くのを見ながら、冬の寒さが増していくのを感じながら、重力を無視したこの無茶苦茶な飛行も世界の時間というルールを置いて行ったりなんてしていないと安心できた。
同時に、エルナが高度をゆっくりと下ろしていく。
地面に脚を付けば、積り始めた雪を踏む音が辺りに響いた。
「さ~~て、今日の飛行は終了!!ここからはもう少し歩いて付近の集落の宿にお邪魔しましょうか~……何へばってんのよ情けないわね!!」
バシーン!と俺の背中を叩いて、久しぶりに感じる地面の感覚に安心して溶け切っている俺の身体を叩きなおす。
「いっ!?……だって!あんなに早いなんて聞いてない!!」
「そりゃそうよ、馬車でトロトロ山道を歩くのとは訳が違うのよ。
落石事故とか、魔物の襲撃とか、陸路のありとあらゆる障害も、それらの常識が通じるのは、その常識の中に生きているものだけよ。
ワタシは空路を行くのよ?それなら何倍だって早く行けるわ」
「だ、だからって限度……!」
「ま、慣れれば気持ち良いわよ。
アンタの魔力のおかげでずいぶん早く動けてるし、時間にはそんなに心配いらないわ」
「俺はどっちかと言えば俺の身体が心配だよ……」
地面の確かな存在感に安心しながら、少し寒くなってきた道を行く。
「寒くなってきたわね~暖かくしなきゃ」
そう言って手を振れば、小さな暖かい熱風の渦が生まれる。
「これは?」
「ワタシなりの防寒魔法ってところかしら。
風魔法でさっき空飛んでた時みたいに冷たい風はかき分けて、気温の問題は火属性も込めた温風であったまるのよ~、あ~気持ち良い~」
そう言いながら俺の方にも指を向ける。
「ほら、喰らいなさい!暖かい魔法よ~!!」
そう言って茶化しながら魔法を当ててくれる。
確かにこれはいい、冬の道なのに、暖炉の前に座っているような気持ちになる……まぁ、暖炉で暖まったことなんてないんだけど。
「暖かい~……」
「ふふふ、魔法ってのは素晴らしいわね~こんなにも大変な寒さも簡単に無視できちゃうだなんて!」
「嬉しそうだね」
「えぇ!ワタシ自身こういう泥臭い旅なんてしたことないからね~
大体行きたいところなんて数時間あれば空飛んでいけたし、のんびり歩くよりも研究室にこもってばっかりだったし、こうやってのんびり歩くだけっていうのもなかなか悪くないわ」
「へぇ~そんなに研究熱心だったんだ」
「えぇ、面白かったからね。
まぁでもセレスティアにいた時に話してたけど、ワタシだってずっと外に出ない訳じゃないわ。
魔術、魔法の研究のために外のものからヒント貰ったりしてるのよ」
「なんでも取り込もうとするのは、なんというか……すごく色んな学びがあるよね」
「えぇそうね、記憶の無いアンタなら尚更よくわかるのかもね。
実際アンタの成長力は異常よ、アンタほど魔法の呑み込みが早い奴、十人もいないんじゃないかしら」
「褒めれるのは嬉しいな」
「ま、アンタは元から才能もあるし、地盤を整えてやれば伸びるのは当然ね。
お、着いたわよ、今日の滞在先~」
そんな話をしていれば、温かいオレンジの光が雪の中でキラキラ輝いていた。
その集落の門を潜り、宿で温まる。
中には暖炉が用意されていて、実際に温まってみればエルナの防寒魔法で感じた温もりとは違う感覚だった。
あくまでそんな風に思っただけで、実際に味わってみれば違う……そんなものこの世界にはまだまだきっと沢山あるんだろうな。
そんなことを思って入れば、エルナが部屋に突撃してきて、魔法の練習を見てもらう。
セレスティアに行くとき、毎日のように夜遅くまで魔法の練習をしていたからなんだか懐かしい。
そして、以前二十層でエルナがふと見せた孤独を思えば、魔法を教えたいだけじゃなくって、こうやって誰かと話す時間を求めていたのかもしれない。
風魔法と水魔法、その練習を更にしながら、エルナが話しかけてくる。
魔法の発動、維持を自然に行えるようにする練習だ。
「───でね~……はい次水」
「う、うん!」
風を消して、すぐに水の魔法を発動、維持する。
その様子に何も言うことなく再度雑談が始まれば、ひとまず合格だ。
「次は、アベルの方から何か話題を頂戴」
「え?えぇっと……」
「魔法乱れてる!維持して!」
「は、はい!!」
急いて解けかけていた水の魔法を再度維持しながら、話題を考える。
「そうだ、今日俺風の魔術使ったけど、まだ俺はそのレベルじゃないんだよね?」
「そうね、資質はあるけれど、まだまだ使用できるレベルじゃないわ」
「それなのに、エルナの杖を通じてなら魔力を通すだけで俺も魔術使えたよね。
あれなら、エルナの杖なら誰でも風魔術使えるようになるんじゃないの?」
「あ~そうね、理論上はその感覚で問題ないわ。
ただ、違うのはあの風魔術を使ったのはあくまでもワタシ、アベルはいわばその補助をしたまでよ。
魔術を発動するのにはワタシが導線を引いて、その上にアンタの魔力もワタシが操って上乗せしただけよ」
「それならあの杖があっても魔術は皆が使えるわけじゃないんだ」
「素質の肩代わりってワタシは認識してるわ」
「素質の肩代わり?」
少し考えるように首を捻っていれば、エルナが空かさず「次火属性ね」と、風でも水でもない属性を指定して、慌てて水の魔法を消して、火属性の魔法に切り替える。
その様子に満足したように頷いた後、話を進める。
「そう、素質の肩代わり。結論から言うと、この杖があれば全生物、ワタシの風魔術……どころか、ワタシの扱える全ての魔術が使えるわ。
風魔術に適性の無い、どころか魔法の適性がなくってもね。魔力さえあれば、つまり生きていれば誰でも使えるようになる。
ただし、どれもこれも『理解』が必要になるわ」
「理解?」
「えぇ、風魔術で例えれば必要な知識、適切な魔力量、その魔術回路を使えばどんな事象が発生するか、それらを知っている以上の『理解』の範疇までもっていかないといけないわ。
そうして初めてワタシの杖を通じて、素質以外のすべてを持った人間が素質を補うためにワタシの杖を使うなら、理論上誰でも使えるわ」
「じゃあ、その人がエルナの杖を持ってなかったら?」
「その知識も技術も全部無駄よ。
腕の無い子が剣の振り方を知ってるような、脚の無い子が走り方を知っているような、音の聞こえない子が楽譜を読めるような、そんな『できるけど出来ない』になるの」
「……それは何て言うか……無情だね」
「そうかもね。けれどワタシの魔術回路を使えるように訓練するって言うのは、つまりワタシの真似をして生きるようなもの、どうしてもワタシを超えることは叶わないわ」
「魔術って才能が大事なんだね」
「そうね、けれど見てみたくはあるわ。
持たざる者が、持つ者の真似をしたとき、その終着点は果たして持つものに劣るのか、劣らないのか。
当然だけど、道具は生きてないから魔術回路そのものが成長することはないわ。
ワタシの杖なんかの出力とかも作成した当時と進歩しないわけで、理論上は真似してる間に本物はどんどん成長するんだけどね」
「魔法って、生きてる時間がそのまま強さになるから?」
エルナが言っていた言葉を今度は俺が自然に口にした。
「その通り、だからもし上回るなんて結果が出たら、ワタシの今までの人生の概念が全部覆る大発見よ~」
そんな話をするエルナの顔は、やっぱり笑顔だ。
自分の生涯をかけてきた魔術、魔法の世界。
ゼロから自分で築き上げてきた概念を破壊するものが現れても、それを心の底から喜べる。
「……なんで、なんでそんなに嬉しそうなの?自分の考えてた通りにならなかったら困らないの?嫌じゃないの?」
俺ならば嫌だ、今まで思い通りにいかないことで何度も痛い思いをしてきた。
けれどエルナはそう質問した俺に、満面の笑みを浮かべて、自分を両肩を抱きしめるようにして話す。
「困らないわよ!少しも嫌じゃないわ!!
ワタシの作った魔法の世界に、自分の知らない、思い通りにならないことがあるのよ!
それってなんで?偶然なんてないの、この世界には全て決まったルールの下進んでいて、まだ知らない世界を人は『神』なんて言っているの!
この世界の外にもまだまだ理があるなら、それをワタシが知らないから外なんて言ってしまうの!
魔法という概念を創って、ワタシの知らない魔法がいくつも生まれる。
それってなんでそうなったと思う?」
勢いそのままに俺の手を取り、興奮したように話す。
エルナの人生はきっとこんな『魔法』という未知の世界を創ったことで、一気に色付いたのだろう。
まだまだ彼女のことをわかっていないけれど、それは間違いないだろう。
「わ、わからない……皆が頑張ったから?」
「そうとも言えるわ。ただ正確には皆がじゃなくって皆で頑張ったからよ!
誰も知らなかったものを皆が一気に知って、もっと詳しく、もっと便利に、もっと、もっともっともっと!皆が『時間』をかけて、発展させたの!」
「……時間!」
「そう!!ワタシ一人で一日かけて魔法を研究している間に、三人でやれば三倍の時間、十人なら?千人なら!?国一つがそれに取り組めば!?
ワタシがエルフのような寿命を手にして伸びたのはせいぜい五十年とか百年の時間!!」
それでも、その長い時間を若いままで過ごせるだなんて、十分凄い。
だけど同じ時間をもっと多くの人たちが魔法に費やしていたなら……そうなら……!
「……世界がその概念を知ってからの五十年や百年は……」
「ワタシと同じ時間の何倍も濃厚で、充実した時間に違いないわ」
エルナの笑っていた理由が分かった。
そして、俺も期待に胸が膨らみ、笑顔がこぼれた。
『千年』という時間の経過を聞いたときのエルナの興奮。
『魔法都市』の存在に我が子の成長を重ねて喜ぶ至高の愛情表現。
俺も今になって追いついた。
それは、どれほどの可能性を秘めているんだろう。
世界は、エルナが撒いた魔法という新たな種をどれほど大きなものにしているんだろう。
「だからワタシはこの世界に魔法を広めた。
今そこで点いている明かりは、蝋燭の炎じゃなくて魔法の力。
さっき食べた夕食を作るにも、この宿を建てたのも、この集落を創ったのも、この集落の人間が無事に生まれてくるのにも、どれもこれも『魔法』の力よ」
そう並べられて、頭の中を探る。
この半年ほどの短い期間の俺の記憶の中に、魔法が関係していないものなんてあっただろうか……いや、無い。
エルナの偉業は、この世界を創ったと言っても過言ではない。
今目の前にいるのは、魔法の使い方を教えてくれているのは、そんな存在。
ある意味では神様のような存在なのかもしれない。
こんなにも贅沢な話はない。
今目の前にいる人物は、とても腕の立つ魔術師、魔法使いの枠から大きく外れた存在なのだ。
「……スケールが大きすぎて、理解が追い付かないや……」
「ワタシは魔法という可能性を一つ与えただけよ。
それを広げて、今の世界を創ったのはワタシじゃない、ワタシが信じて、愛してやまない『可能性』
そして希望にして至高の『未知』が産んだワタシの子供の子供……孫のそのまた孫の……そうして脈々と受け継がれた、その終着点の一つに過ぎないわ」
俺は、その話を聞いて何かがハマったように感じた。
可能性、それは今まで警戒していたもの。
敵がどんな攻撃をしてくるか、迷宮の構造は、どんな可能性がある?自分の危険になる可能性を『消して』きた。
未知だって恐ろしい存在だ。何もわからない、知らない、だからこそ知る度に、未知が一つ『減る度に』嬉しくって仕方なかったし、逆にアルビレオとの別れなんて、知りたいとも思わなかった。
けど、それだけじゃないんだ。
この世界はもっと広い、もっと面白い、もっと可能性で満ちているんだ。
まだ理解が追い付かないスケールの大きさ。
けれど、話を聞く前と聞いた後で世界の見え方が違うように感じる。
そう、こんな不思議な感覚、まるで魔法にかけられたような。
「……ふふっ、いい顔じゃない。
アイツの言葉を借りるなら『冒険者らしい顔になった』わね」
「アイツ?」
「千年前の友人よ。
アイツも可能性を信じて、未知を愛した……ワタシに似た変わり者だったからね」
そう言って少し微笑んだ後、エルナがまた魔法の練習を再開する。
「さぁアベル、アンタの可能性を見せて、ワタシを魅せて」
「……うん、任せて」
可能性を見届けること、それが彼女の未練なら、俺はその未練を晴らすために、そしてエルナよりも強くなるために今日も魔法を練習する。
千年前の至高の魔術師にして魔法の始祖から教わる。
ただ、エルナはどれも基礎とその基礎レベルを上げる方法しか学ばせてくれない。
応用にはレベルがまだ足りないのもあるだろう。
けれども、エルナもこの千年後の魔法に期待しているんだ。
千年前の基礎、基盤を持った俺が、千年後の魔法を学ぶ。
千年の歴史の中でも未知のことだ、様々な可能性に満ちている。
だから俺もエルナもこんなにも胸が高鳴るんだ。




