天井の魔術師、天上の魔術師
目を覚まし、夜が明ければ窓の外には日が昇っていた。
この二十層はやっぱり時間が流れているみたいだ。
ふわふわ浮いていたエルナが空中で伸びをして、俺が目を覚ましたのを確認すれば下に行くよう促される。
守護者はやっぱりご飯を食べたりしないのか、食料らしきものはなく、紅茶だけエルナが準備してくれた。
けれど美味しいものは食べたいのか、俺の食料を勝手にいくつか食べていた。
そのことについて言及すると、上に行こうと話を逸らされ、急ぐように背中を押された。
その中で迷宮や守護者について様々なことを聞いてみた。
* * *
「そういえばさ、俺以外にここに来た冒険者っていたの?」
「いないわね、多分迷宮側で何か基準があって、それを満たしてないと守護者の階層自体現れないのよ」
「その基準って?」
「さぁ、わかるのは迷宮にとって何らかの利があるかどうかじゃないかしら?誰でも彼でも入れてたら迷宮側も大変なのよきっと」
「まるで迷宮が生きてるみたいな言い方だね」
「そうかもね、案外意思とかあるかもしれないわ。
どちらにしても守護者は一人しかいないから、守れない状態なら簡単に先に進ませるわけにはいかないじゃない」
「それはそうだけどさ……だからって先に行けないなんてことあるの?」
「ワタシに言われてもわからないわよ、ワタシ達守護者もよくわかってないことは多いわ。
それでもアンタが何故か迷宮に選ばれたのは間違いないわ。
アンタが死ねば次の冒険者がやってくるとか、そんな仕組みなんじゃない?」
そう言って彼女もよくわからないなりに納得しているらしい。
迷宮に意思……魔法を自分の子供だと言うエルナならではの発想だな。
「けど、それなら俺以外の人たちは命懸けでここまで来たのに何だか可哀そうだね」
「そうかしら?結局願いを叶えられるのは一人なんだし、早い者勝ちよ。出遅れたやつが悪いの」
「……そういうものか」
そんな風に呑気に話をしながら迷宮探索ができる理由。
それはエルナの空を飛ぶ魔法。やっぱり規格外の便利さだ。
今まで苦戦していた敵の頭上を通り抜けて、十三層の砂漠地帯もなんの問題もなく通り抜けてしまった。
俺のこともあの時ニ十層に落ちてきた時のように、一緒に浮かせて運んでくれる。
そうしてあっという間に十層までたどり着いた。
* * *
「……へぇ。何だか面白いことになってるじゃない」
エルナは現状の十層を見て短くそう言って笑った。
「そうだね?確かに迷宮の中に補給地点ができたってのは面白いね」
「それもだけど、面白いのは色んな種族の奴らが、迷宮攻略って言う目標のもと、このエルセリアに集まってることよ。
アルビレオが見たら喜びそうね~、没後にこんな景色が見られるだなんて皮肉ね~」
クツクツと笑い、そんなことを言いながらも、一歩一歩千年後のエルセリアを楽しそうに見て回っている。
そして食事を楽しみながら、地図を広げる。
「ふむふむ……魔法都市は遠いわね~、グランディアから山一つ越えた先なのね……これやっぱ美味しいわね」
いちごのドーナッツを両手に持って貪りながら、次の目的地を探す。
「この『魔法都市 アルケイア』だよね、どんなところだったの?」
「どんなところ、か……って言われてもワタシ知らないのよね。
千年前にこんな都市なかったし、
ワタシが昔暮らしてた頃は研究ばっかりで外にはろくに出てなかったし、外の方まで気にする余裕もなかったから……魔法が盛んな都市なんじゃない?知らないけど」
「て、適当だな……」
「だって仕方ないじゃない、魔法はそもそもワタシが作った概念。
寧ろ今都市になってるだなんて嬉しい限りよ、ワタシの子供が街を一つ建てるレベルになるだなんて……!!」
「……あれ?そっか、そうだ、エルナが魔法を創ったならその以前は魔法じゃなくって魔術しかなかったんだもんね……ん??アルビレオの方が年上なのに普通に魔法使えてたよね?」
時系列が変になりそうだと思い、質問してみる。
「何言ってんのよ、アルビレオよりも年上よ、ワタシ」
「ん?!な、え?エルナって俺より少し年上ぐらいじゃないの!!?」
俺の反応に気を良くしたのか、笑顔で頭を撫でてくる。
手拭いてほしい、ドーナッツのカスが……
「いい子ね~~~!!!けど残念、ワタシそんなにおこちゃまじゃないわ」
「……なんで?人間だよね?年取らないの??」
「そうよ、人間よ。けれど~……そうね……エルフって寿命が長いの」
「うん、なんとなくわかる」
「なんでだと思う?」
「……ん?ん~……そ、そういう種族だから?」
「まぁそうね。『そういう』って言葉を正しく置き換えるなら、『世界から魔力を効率的に取り入れ、循環、排出させる能力に秀でてる種族』だから、ね。」
「そうすると寿命が延びるの?」
「えぇ、魔力はあらゆる力の源。だからそれを上手く扱えることは生きる力の底上げになるの。
エルフは中でも生命力に変換する力が高いの。
ワタシはその循環機構に興味が沸いてね、それを真似してエルフみたいな寿命を手にしてるの。
まぁ、みたいな~だから完全再現とはいかないわ、けれどそこは保湿魔法とかで何とかやりくりよ」
「そ、そうなんだ……じゃあ、結構長生きしてるんだ……」
「えぇ、魔術、魔法は知識が多いほど強くなれるわ。
ワタシはそれを愚直に信じてるのよ」
「そうなんだ……昔は魔法都市ならぬ、魔術都市みたいなのってなかったの?」
「お、いい発想。
ワタシの生まれ故郷がまさにその魔術都市よ~、名前は『エルディオン』多分アルケイアの原型ね……タブン……」
確信の無いことはできるだけぼかして喋る性格みたいだ。
「へぇ……エルディオン……ないね」
「そうね~、なくなっちゃったのかしら」
何でもないようにそれを受け入れている。
千年前の戦争が故郷の消滅を受け入れられるほど苛烈なものだったのか、案外何とも思っていないのか、あっけらかんとした様子だ。
「それじゃ、この魔法都市に向かうってことでいい?」
「えぇ!学校とか研究所もあるみたいだし、魔法を使ったサービスはここが一番栄えていそうね~嬉しいわ」
そう言うエルナは子供のように輝いた笑顔と、その笑顔にドーナッツの食べかすを付けていた。
アルビレオよりも年上……やっぱりすぐには受け入れられないな……
* * *
地上に戻り、アルケイアに向かう馬車を探している俺の服の裾をエルナが引く。
「どこ行くのよ?門はこっちよ?」
「いやいや、馬車を取らないと門のほう行っても仕方ないよ」
「?なんで?ワタシとアベル二人なんでしょ?」
「??」
何だか話がかみ合っていない。
「ど、どうやっていくつもりなの?」
「空からよ」
「あ~~!!……って駄目駄目!見られたら変な噂になるって!」
「まぁそうね、勝手に飛んでたら魔族だと思われて叩き落されるわ」
「いや、今はそんなに殺伐としていないんだけど……」
「そういえばそうね?……まぁ、人の目が気になるならそれを避ける魔法もあるってことよ!!」
「そ、そうなの?」
「えぇ!アベルが手伝ってくれれば三日くらいで着くはずよ?」
「三日!?早すぎない!?」
「そうかしら?……ふふん、全盛期のワタシなら一日も必要ないんだけれどね!!」
褒めれば褒めた分だけ胸を反らして自慢げに話す。
しかし、これが調子に乗っているんじゃなくって本当に妥当な計算なのが恐ろしい。
「それなら馬車のお金も時間も必要ない……それで行こう!」
「えぇ!いくわよ~」
そう言って門を出て、森の奥に入っていく。
周囲に人がいないか視線を配る俺に対して、エルナは
「そんなに回り気にしなくっても問題ないわ、この周りに人はいないわ」
「……なんでわかるの?」
「魔力探知能力、って言えばいいかしらね、魔力の流れとかから周囲の状況を探れるのよ~」
「それも、迷宮の制限に引っかからない技術ってこと?」
「まぁね、探知範囲は狭くなったけど、それでもこれくらいなら問題ないわ。さ、乗って?これからのために色々座学の時間よ」
たやすく浮かせた魔法の杖に腰を下ろしたエルナが近くに飛んできて横に座るように促す。
「これ……本当に俺が乗っても落ちないんだ……?」
グラグラするかと思っていたけど、意外と安定していて不思議な気持ちだ。
「まぁね、ワタシの力だからね。
……それでこれからアベルにお願いするのは、シーちゃん倒した時みたいにワタシに魔力を継ぎ込んで欲しいの」
「え?けれど、そんなことしたら暴走しちゃうんじゃ……」
そう心配する俺に、エルナが額にトンっと指を当てて笑う。
「ワタシを誰だと思ってるのよ、アンタの魔力で暴走させられそうになっても上手く制御できるわ。
それにこの飛行法はワタシの生涯を費やした傑作なのよ」
「……確かに、愚問だったか……」
「ふふっ、仕方ないわ、無知ってのは余白があるってことじゃない、羨ましいわよ。
さて、ワタシが発動させる飛行のために必要なのは、まず一つ『浮き上がるための風魔術』これがアベルに魔力をつぎ込んでもらう『魔術』よ」
「……魔術」
「えぇ、この世界で最も研鑽されたワタシの魔術が、アベルが初めて触れる魔術よ、これって光栄なことよ?」
「……頑張る」
「いい心意気よ」
そういえば、エルナはいつもいとも簡単に浮いているが……
「この浮かぶ魔術って、そんなに難しくないの?」
「いや?超複雑よ。真似しようとした奴は山ほどいたけど、できた奴見たこと無いもの」
「?なのに、魔法名も言わずに簡単に使えるの?」
「そうね、熟練の魔術師、魔法使いは名前を呼ばなくっても体が自然に魔術回路に魔力を通してくれるわ。ワタシもその一人ってだけね。
ただ、ノーモーションとはいえ、魔力感知にその予兆は気取られるから完全に前隙無しとはいかないけどね~」
「そうなんだ……まだまだ知らないことばかりだ……」
そういって頷く俺に微笑みながら、説明を続ける。
「──そして身を隠すための魔術が《水彩隠蔽魔術》っていう水の魔術。こんな風に見る者の視覚情報を狂わせる」
そう言って伸ばした腕だけを透明にするエルナ。
後ろの景色が映っているが、よく見れば少しぶれている……
けれどすぐに偽物だとはわからない。
というか、飛行の風魔術に、隠れるための水魔術……魔法よりも高度なはずの魔術を、跨っている杖と自身の魔術回路を利用して、高度な二種類同時使用を当たり前のように行って……あれ?
──魔術って魔法と違って自分だけのものじゃないの?杖みたいな外付けの道具で発動させられるの?
「……エルナ、実戦魔法と一緒で魔術も一度に一つしか出せないの?」
「えぇ、魔術は魔術回路を利用したもので、実戦魔法同様、回路全部を魔術発動のために使うから一つまでよ」
「魔法って杖とか使えば実戦魔法でも二つ同時に使えるけど、個人が持つ魔術回路の再現が『魔法なら、同じように魔術回路を刻んだ杖を通してなんで『魔術』が使えるの?」
「あ~、そうね……アベルが言っているのは『魔術回路の模倣で作られた、魔法を使うための魔法具や杖で、なんで魔術が使えるのか』って事かしら?自分の回路じゃないのにって」
「うん」
「複雑な質問だけど、答えは簡単。ワタシがこの杖に自分のと全く同じ魔術回路を『書き込んだ』からよ。
本来、生活用の魔法具ってのは適した各々の属性の魔石を溶かしたり、砕いたりしたものを使って完璧に魔術回路を書き込んだもの。それに魔力を通して、誰でも扱えるようにしているの。
けど実戦用の魔法使いの杖なんかは、あえて余白を残して作って、そこから各々の魔力で紡いで魔法を使う媒体にするわけだけど……
ワタシの杖に関してはワタシの魔術回路と全く同じもの書き込んでいるから、ワタシの魔術も使えるの」
「なる……ほど?」
「ワタシ自身の回路で隠れて、杖の回路で浮き上がる。回路が二つあるから、二つの魔術を並行して使えるのよ」
ニ十層の小屋ですぐに様々な年代の、属性の、人種の魔術回路を持っていた理由が分かった。
あんなに魔術回路の研究をしてきたんだ、理解の深さが底知れない。
「ま、この魔法具の仕組みもワタシが考えたものだから、千年でどんだけ発展してるか見物ね~♪」
「……ん?」
今、またとんでもないことを言わなかったか?
「さ、お勉強はここまで!ワタシに捕まって!魔力込めて~?思いっきりよ!?」
「え!?あ、う、うん!!」
そう返事し、エルナにしがみ付き、魔力を放出する。
「行くわよ!!せーーのっ!!!」
合図に合わせ魔力を込めた瞬間、地面が一気に遠くなる。
「──っわ!?」
風を突き抜けて、世界のルール、重力さえも突き抜け、空に飛びあがって、浮かんでいく。
「あーーっはっはは!!!千年後の空も!!悪くないわ!!!」
嬉しそうな声で笑うエルナ。
下を向いていた俺もその声に倣って空を見渡す。
「……わぁ」
山と目線が合う、雲が近い。木々もグランディアも小さく見える。
空、高速で上昇する最中体に当たる風も、魔術が恐らくかき分けてくれているおかげで全力疾走した時のような風の音も抵抗もない。
「凄い……」
「凄いでしょ!!これが魔術の最高峰!ワタシの『空を統べる力』よ!!」
そう言いながら前かがみになったエルナ、真似をして俺も前かがみになった瞬間。爆発的に前に加速する。
「う、わぁ!!?」
「あっはっははは!!!気持ちい~~~!!!!」
世界がどんどん後ろに流れていく。
エルナの笑い声と、アベルの悲鳴が空に響いて、溶けて消えていった。




