ニ十層と、守護者について
ガチャリ、扉を開く。
優しい紅茶の匂い、指先や鼻先が室内の温もりで満たされていく。
部屋は以前と同じ様子で、机の上に二人分の紅茶と、空いた椅子の対面にエルナが座っていた。
「はぁ……はぁ……よ、よく来たわね」
そのエルナは、なぜか息を切らしていた。
「う、うん……何かあった?」
「いやぁ?何も??」
声が上擦っている、多分嘘だ。
よく見てみれば髪の毛がぼさぼさだし、目が半分とろんとしていて、クマもあって眠そうだ。
「……ごめん、もしかして寝てた?」
「ねっ……てたけど!?何!?!」
いい言い訳が思いつかなかったのか、勢いで押す作戦に出たみたいだ。
「いや、別に……ただ、日が昇ってからのほうがよかったかなって」
するとエルナが困ったような顔になり、静かな口調で話し始める。
「普通ならそう願いたいんだけどね、生憎ワタシ達は殺しあう関係なんだからそうも言ってられないわ。
むしろ、呑気にノックしてくるアンタが変なのよ」
「……じゃあ、攻撃せずにもてなしてくれるエルナも変なの?」
そう返すと、少しきょとんとした顔になる。
そして、ハッとした顔で口元に手をやる。
「そうじゃん!!ワタシ、ここであなたに不意打ちして殺せばいいのに!守護者なのにまたミス……じゃあ、ないのよね~~これが」
そう言って演技っぽくオーバーなリアクションしていたのをやめ、こちらに向き直る。
しかし俺にはよくわからない。
「戦わないことが、守らないことが正解なの?」
「そうよ。以前にアベルが落っこちてきたときは反射的だったけど、あの時のアンタは本来このレベルに来ないはずのもの。
だけど、今回は迷宮の二十層に自分の足でたどり着いた存在。だからアベルにワタシの未練解消を手伝ってもらうのよ」
「エルナにも、やっぱり未練があるんだ」
「そうね、アルビレオのやつと同じよ。
けど、アンタも別にただ付き合うってだけじゃないわ、その方がきっと迷宮攻略が楽になるわ」
「守護者の未練を解消すると、迷宮攻略が楽に?……なんで??」
「それはネタバレになるから言わない。答えはアンタの目で見なさい」
どういうことだろう……アルビレオとの戦いで楽だったなんて一瞬たりとも思わなかったのに。
「……アンタのその反応を見るに、アルビレオのやつは満足して逝ったみたいね……まぁ、それはワタシも一緒にいたからよくわかってるけど」
「アルビレオとの戦いが楽だったとは思わないけど、それでも未練を解消できたのかな俺」
「えぇ、よくやったわ、あの不器用の未練、よく解消したもんだわ、誇りなさい」
そう言われると、少し自身が沸いてきた。
「なら、今回も未練解消を手伝うよ、なんでも手伝う」
「ありがと、その方がお互いにとっていい判断だわ、ワタシも助かるし」
そう言って、眠そうだった目はいつの間にかはっきりしており、握手をする。
「じゃ、改めてワタシの未練についてね。
それはズバリ!!」
「ズバリ……?」
「……ズ~バ~~リ~~~……!!」
伸ばす。
溜める。
焦らす。
アルビレオがいたらズバットズバリ言ってくれるんだけどな……
「『千年後の魔法を見る』ことよ」
「……なんか、そんな気してた」
「ま、そうよね、ワタシと言えば魔法、魔術。
ワタシが作ったはいいんだけれども、戦争の時代だったからね、より効率的に敵を殺すための技術が発展していったわ。
まぁ、それも別に悪いことじゃないんだけれどもね、けれども魔法の可能性が戦争に集中しちゃっているのがもったいなくって。
アンタたちと一緒に千年後の世界回ったけど、平和になった世界ではワタシの知らないワタシの可愛い魔法ちゃん達の使い方をしてたの、それがもっと見たい」
「……なんだか簡単に解消できそうな未練だ」
「そうよ、ワタシの未練は単純!アルビレオの奴みたいに小難しい未練じゃないのよ。肩の力抜いていいのよ~~」
そう言って伸びをし、全身でそんなに難しくないことを表現する。
「それなら、早速ここから地上に出て―—」
「ん待ちなさい!!ゆっくりここでまずは休息!アンタも疲れてるでしょうし、ワタシもまだまだ眠い!ちょっとゆっくりしてから行くわよ」
「は、はい」
いつの間にか主導権を握られている。
そんな現状からエルナとまた再会できたのを実感した。
* * *
それからエルナは妙に張り切っていた。
寝る前に枕はどれがいいだとか、毛布は何枚必要かとか、アロマを焚くならどの匂いがいいかとか、色々嬉しそうに話している。
俺もそれに素直に答えながら、着々と寝る準備をする。
こんな小さな小屋にベットなんてどこにと思ったが、屋根裏部屋に寝室があるらしく、身体を浮かせてそこに案内された。
「ワタシの私室よ~、レディーの部屋入るの初めてでしょアンタ、緊張してもお姉さん失望したりしないわよ♡」
「……エルナ、ベッドの下に物詰めすぎじゃない?」
「へ?……あっ!!ちょっと溢れてる!!アベル眼ぇ閉じなさい!!」
言われた通りに目をとじて数秒、とんでもない音がドタドタ響いたが、わずか数秒でもう一度開くように言われて目を開けば、さっきまでのベッド下のものはすっかり見えなくなっていた。
「凄い、奥にやったんだ」
「さぁ?確認されなければいい話ね。
そのベッドがワタシのだから気にせず好きに使いなさいな」
「エルナは?」
「アベルが寂しくないように添い寝してあ、げ、る…………ってわけじゃないわ、期待した?」
「びっくりした」
「何よ面白くない。ワタシは空プカプカ浮きながら寝るから心配ないわ」
「楽しそう」
「慣れたら楽しいわよ、さぁさぁ、ここまで来たアンタの話を聞かせなさい!
お泊り会と言ったら夜更かしでしょ!それにアンタに色々話したいこともあるんだから、今夜は寝かさないわよ♡」
腕をグイっと寄せて、胸元を強調する。
目を逸らすべきなのに一瞬凝視してしまい、そのあとすぐ目を逸らす。
「あら、意外と初心な反応。イジワルはやめとこうかしら……それより、偉いわねアベル、ちゃんと魔法を扱ってるのがよくわかるわ」
「わかるの?」
「えぇ、動かないで……詳しく見るから……ほうほう……
一番使ってるのは風魔法かしら、魔術適性あるから魔法から感覚掴むのはいいことよ……風槍射出魔法がお気に入りなのかしら、身体に染みついてるわね……次は水魔法、堅実に練習してて偉いわ。
炎魔法もたまに使ってるのね……光と闇は相変わらず苦手そうね……うん、アンタの魔術回路、丸をあげるわ、偉い偉い」
ベッドに座る俺のもとにフワーっと飛んできて頭をワシワシ撫でられる。
「あ、ありがとう」
「良いのよ~、魔力回路の線を見た感じ無垢な魔力の操作練習も頑張ってるようだし~♪」
そう言って横に座り、キラキラした瞳で話を投げかけてくる。
「けど!ここまで来たってことは、アルくんとシーちゃんに勝ったってことよね!どうだった?あの子達!」
「アルくんとシーちゃん?誰それ?」
「十五層の子と、十九層の子よ!どうだった?強かったでしょ!?」
アルカナイトにシジルガードの事か!!?
「つ、強かったよ。飛び切り強かった……」
「でしょ~~!!」
「なんでエルナがそんなに誇らしげなの……」
「よく聞いてくれたわね!!それはあの子達がワタシの子供だからよ!!」
「ど、どういうこと?」
よくわからなかったので説明を求めると、嬉しそうに話し始める。
「あの子達はね~ワタシが昔に作った魔法生物なのよ!土魔術を使って体を組み立てて、色んな魔石使って自立させて、自分で独立した思考を持たせて、まさに命を吹き込んだの!!」
「そ、そんなことが……」
「できる!この!ワタシならね!!」
あの強い二体の魔物が、エルナの作った存在……エルナに加えてあの二体まで相手するなんてできるんだろうか……
なんて考えている俺の顔に気が付いたのか、エルナが言葉を続ける。
「安心しなさい、アンタとの戦いでは使わないわ」
「……それは、なんで?」
あんなに強いんだ、使わないなんて手加減されているみたいでなんだか嫌だ。
「そんなムスッとした顔しないで頂戴、手加減とかアンタを侮ってるわけじゃないわ、むしろその逆よ」
「……逆?」
「そ、逆。今あの子達を満足に使えない理由は三つ」
そう言っていつかのように三本指を立てる。
「一つ、素材不足、魔石とか足りない。
二つ、時間不足、そんなにすぐできる子じゃないの。
三つ、守護者の制限」
「……守護者の制限?」
「えぇそうね。
今ワタシは全盛期の二割しか力を使えていないわ。
だからあの子達を不完全なままで使いたくないの。
アルビレオなら一割ってところね」
「……あれが……一割……!?」
「そりゃそうよ、アイツは不器用なりに戦乱の時代を生き抜いた猛者よ、今のアンタが逆立ちしても本来勝てる相手じゃないわ」
「……たった一割で、あの強さ……」
「そ、アイツもともとはフィジカル一点突破の呪いと暴力、そして《護城穿》の武力で守り続けてきた傑物よ」
「……たった一割……」
「……落ち込む気持ちはわかるわ、けれど、罠を使った戦い方も厄介だし、ブラフや行動を誘導する心理戦の強さは十割の全力よ。
それに、一割とは言え、あのアルビレオに勝ったのよ、誇りなさい」
そう言って背中をポンと叩く。
「うん……ん?待って、エルナも二割なんだよね!?あんなに強いのに!?」
俺が以前苦戦した呪角獣を一撃で吹き飛ばしてたのに!!?
「そうよ?魔力操作みたいな技術面なんかは据え置きだけれど、出力も容量も今のアンタと一緒かワタシのほうが少し多いくらいかしら」
「……ってことは……」
「えぇ、全盛期のワタシはアンタの五倍は魔力があるわ。
まぁアンタも魔法を学びたて、年齢的にも伸び盛りだしこれからに期待よ」
「ご、ごば……」
想像もつかない。
アルビレオはあの十倍強くって、エルナも本当は五倍は強い……
俺は……まだまだこの千年前の英雄たちには届かないんだな……!!
「嬉しそうね、アベル」
「うん……俺もいつかそんな風になれるかな」
「なれるわ」
即答、真剣な表情で即答する。
「なれるわよ、だってアンタは強いから」
「……まだまだだけどね」
「?……自覚がないなら面白いからそれでいいわ」
「え!?教えてよ!?」
「ダメよ~ネタバレになっちゃうもん」
そう言ってにやりと笑って俺を受け流す。
「教えてくれないか……あれ?けど守護者の制限って話なのに、なんで全力で守らせないの?」
「……さぁ?ワタシもよくわからないけれど、利用できる範囲で利用させてもらってるわ」
「……そっか」
迷宮については守護者でもわからないことがあるんだ……
「ま、そんなわからない話はいいわ!!アンタの攻略の話聞かせて!」
「……シジルガードはともかく、アルカナイトはそんなに面白い話じゃないよ?」
そんな前置きをして、話す。
アルカナイト戦は身体が勝手に動いて勝利したようなものだ。
その話にも少し興味を示してくれたが、シジルガード戦は特に喜んでくれた。
「なるほど、そんな勝ち方を……無垢の魔力による魔法の暴走……確かに理論上は可能ね、面白い使い方だわ、参考にさせて貰うわ」
そう言って嬉しそうに頷く。
「そうなのね、シーちゃんはそんな風にして攻略されたのね……アベルあなた本当に強くなったのね」
「うん、強くなったよ、エルナにだって負けるつもりはない」
「……言ってくれるわね、もちろん全力で相手するわ。
ワタシの未練を果たしてからね。地上に行ったら『魔法都市 アルケイア』に向かいましょ、ワタシが生きていたころとは名前が違うけれど、きっとそこがこの世界の魔法研究の最先端よ」
「そこで、魔法の今の姿を見て、未練を果たす、ってことか」
「えぇ、そういうこと」
そういってパチンとウィンクをする。
そのあと、なんでもない雑談をした後、俺は一つ懐から魔石を取り出す。
「そうだ、エルナこれ見て、アルビレオに勝って手に入れた魔石なんだけどさ、どうしようかなって」
そう言うと、気付いていたのか大きな反応は示さず、簡潔に答える。
「魔石の主な使い道は三つ。
一つ、売ってお金にする。
二つ、魔石をベースに魔法具を創る。
三つ、観賞用、どれでも好きなの選びなさい、それが勝者の特権よ」
「……わかった、まだどうすればいいかわからないから、精一杯悩むことにする」
「えぇ、存分に悩みなさい、その先にきっといつか答えが見つかるの。
ワタシだっていっぱい悩んできたわ、正解の後ろに何百何千……いや、何万だって失敗してきたわ。
だからそれでいいの、悩むことは、まだ間違いも正解もない一番大事な時間よ」
そう言って微笑む。
研究者としてのエルナの一面を垣間見た。
「……あとさ、ワタシこうやって人と話すの、アンタ達と会った時以来なの。
千年ぶりに人と会って、リラちゃんのベッドに入り込んで悲しいの紛らわせてたんだけどさ、久しぶりに会えてワタシとっても嬉しいの、夜更かし付き合ってくれてありがとう」
「……いや、俺もこうやってエルナにまた会えて嬉しい、ありがとう」
そう返せば少し気恥しそうに笑う。
一人の等身大の人間としてのエルナの一面を垣間見た。




