自我か、本能か
聖日の次の日、宿の中で防具をつける。
マフラーは大事に宿のクローゼットの中にしまい、今日こそ十五層への攻略を目指す。
入院、リハビリ期間の約一か月、その間にいくつか情報を仕入れることができた。
十五層の魔物は複数人で相手すれば比較的簡単に攻略できるとのこと。
名前は『環紋獣』や『アルカナイト』などといわれる『希少種』にあたる珍しい魔物らしい。
アルカナイトの方が呼んでる人は多かったので俺もそう呼ぶ。
魔法の解析、そしてそれに対抗する魔物。
人間が使う魔法を真似してくるというのだから恐ろしい。
魔法に対する魔法以外にも、近、遠距離で戦う相手にも魔法で牽制しながら戦うとのことで一人で勝つのは少し難易度が高いみたいだ。
魔法を二種類使える理由は、あの錫杖が『魔法の杖』だかららしい。
魔法使いは本来一度に使える実戦魔法は一種類だけ。
杖はその実戦魔法の補助なんかに使われているらしい。
だが、杖を使用することは、自分とは別の魔術回路を利用するようなもので、理論上もう一種類同時に扱えるらしい。
ただ、それが可能なのは世界でも僅からしい。
例えるなら『利き手で本の内容を一字一句間違わず書き写しながら、口では普通の会話を行う』ような物らしい。
一度宿に帰って書写しながら独り言を話してみたが、書いている文字がぶれたり、独り言が適当になってきて無理だった。
そんな難しい芸当をあの魔物はやっているというのだ。
エルナは……二種類どころではなかったような気がする。
いったいどんなレベルの技術を持っているんだ……?
十三層のサンドドラゴンについては、以前のようにゆっくり帰らなければ遭遇することはない、テンポを上げて行けばいい。
今のところは戦わないように力を入れているが、いつか倒す。
「……よしっ」
荷物をまとめ、十五層を目指して歩く。
昨日までの楽しいミーヤとの日々を思い出して、なんだか少し頭がフワフワする。
小さく鼻歌なんか歌いながら、他にも何か楽しいことがあれば教えて欲しいな。
そうだ、リュネ村でもお祭りしてたのかな、あの時の祭りは楽しかった。なんて思いながら進む。
十二層の川で水の補充を行おうとしたとき、浮かれすぎて周囲の注意が散漫になってしまい、ミラージュトードの奇襲に遭った。
「うわっ!?……あ?」
被弾するはずのそれを、自分の身体が勝手に動いた。
水弾を剣で簡単に弾く。
「お?おぉ?」
連射されるそれも、一切足を動かさなくても剣の動きだけで全て打ち払う。
足元もまるで濡れない。
しかも、それを水を汲みながらやってのける。
「な、なんだよ俺の身体……なんか変……?」
反射的に魔法の弾き方がわかって、それを神速で実行する。
ミラージュトードの攻撃を捌いて、水を汲み終えた俺は、その場から離れ、自分の剣を握る手を見つめる。
その間も剣は自動で敵の攻撃を防いでくれた。
「……?なんだ?なんでこんなに俺は強い?」
しかも急に強くなった。
ミーヤと楽しく過ごしただけなのに、剣が上手くなるなんて意味が分からない。
サンドドラゴンに襲われたときもよく似ている。
身体が勝手に最適解を選ぶあの感覚。
逃走ルート、攻撃の受け流し。
中でも攻撃の受け流しは今回とサンドドラゴンから逃げるときのものは、同じように感じた。
同じ流派というか、同じ仕組みというか……最小の力で最大出力以上の成果を上げる感覚。
俺の身体に染み込んでいる、他人のような自分の力。
剣も魔法も、逃走術も、いったいどこまでが俺のもので、どこからが記憶をなくす前の俺のものなんだろうか。
「……考えても仕方ないな」
そういって更に下の階層を目指して歩いていく。
* * *
十三層は予定していた通り、素早く通り抜けていった。
十四層で自分の剣の冴えを試してみる。
「……いや!?無理無理無理!!?!!」
無理だった。
さっきの感覚があれば、ゲイルハウンドの群れだって何匹いても簡単に倒せそうだった。
しかし、いつまでたっても俺の剣は俺の剣のままで、さっきみたいに少ない力で剣を振るうなんて無理だ!!
「いった!?」
噛みつかれたり、引っ掻かれたり、魔法で切られたり、グダグダ過ぎて酷い。
魔法で焼き払って事なきを得たが、まるでダメだ。
「……?なんだ本当に……調子が良くなる条件があるとか……?」
さっきの俺は、迷宮の中とは思えないほど力が抜けていて隙だらけだった。
……ミーヤやリュネ村の皆との楽しい日々を思い返していたから?
「……いやいや、まさか」
確かに皆でご飯食べたり、ミーヤと一緒に遊んで、プレゼント貰ったのは嬉しい思い出だけど、それが原因で死んだらそもそも帰れなくなって意味が──
「おっ?おぉお!?」
死んだら意味がないなんて思っていると、身体がまた勝手に動き出す。
舞っていたフレアテイルの火の粉を足が勝手に動いて、するする躱す。
風によって不規則に動いてこっちに飛んできた火の粉は剣が今度は勝手に払った。
ただ、剣で攻撃を払いながら、足も回避行動をとるちぐはぐな動きになってしまった。
「まってまって、なんで俺の身体が勝手にこんなに動くんだよ……!?」
自分に聞いてみてももちろん返事はない。
一層から十層までの呪いの階層では自分で判断して、身体をどう動かすかで困難を乗り越えてきた。
今度は、身体に振り回されている。
反射で動くよりも自分で組み立てた方が安全だって思っていたのに、今はこの身体に従う方が安全だ。
勝手に身体がこんなに動くとかめちゃくちゃ怖い。
「どうしよう……なんか変だ」
この身体の思うままに動けば、敵には勝てる。
ただ、それは俺が自分で進んだって言えるんだろうか。
もしこの感覚が急に使えなくなったら、俺は何もできなくなってしまう。
自分の力で何とか攻略できるようにならないと。
意識的に身体を自分で動かす。
剣の握りは弱く、振りも剣の重さに任せていい、足運びはもっと細かく地面に触れる足の面積を減らして攻撃を軽やかに避ける。
自分の身体が勝手に動き、その動きを参考にして俺が覚える。
身体に合った動きなのは今までの戦闘の中で感じる。
それを自分のものにしたい。
そんな思いでフレアテイルと交戦する。
「……ダメか」
結果は上手くいかなかった。
剣だけで倒しきるのは難しくって、火の粉は避けきれないし、攻撃も上手く当たらなくって、結局水魔法を利用して勝った。
図鑑に書き足した仮説通り水魔法は有効だった。
怪我にポーションをかけ、十五層に向かう。
アルカナイトの攻略方法を考えてきてはいるが、この身体に任せて戦ってみようと思う。
それもきっと参考になるはずだ。
* * *
祭壇の奥、アルカナイトが鎮座している。
俺が剣を抜き、距離を一歩ずつ詰める。
俺の方から攻撃しない限り向こうも攻撃してこないのは、この身体を試すにはちょうどいい敵だ。
頭の中で懐かしいリュネ村での日々を思い出す。
リラ達と出会い、村を救い、英雄と呼ばれ、祭りを楽しんで、行ってくると別れた日々のことを。
聖日にミーヤと一緒に歩いて、手を繋いで走って、ドキドキする初めての感覚、プレゼント。
胸の中がじんわり暖かくなる感覚、あの日々が恋しい。
生きて帰らなければならない、けれど先に進みたい、矛盾しているのかもしれない。
「あ」
身体が体重を前にかけて、前進する。
間合いに入った俺にアルカナイトは迎撃の突きを飛ばしてくる。
剣で受け流しながら、足も回避して相変わらずちぐはぐな避け方。
相手の攻撃しにくい側面まで移動して、剣を突く。
「《大地圧潰魔法》」
隆起する地面、飲み込まれそうになる。
後ろに……避けない!?
「ちょちょ!?」
慌てる俺、剣が突きの軌道から停止して、足がサイドに飛び、巻き込まれそうな部分は剣が弾く。
そして、上手く回避した直後、魔法の隙をついて足が距離を一気に詰めようとする。
「いたっ!?」
その瞬間、左手が鞘を足に引っ掛け、体勢を崩させる。
俺の身体が勝手に喧嘩してる!?
もちろん体勢崩した隙に錫杖の一突き。
こんな体勢からどうしようもない、身体を任せたことを後悔した瞬間──
カカカッと軽い音。
その音の正体は、今まさに被弾しそうになっていた錫杖を剣が輪切りにしてしまった音。
神速の三連撃、それが自分の身体に当たるはずだった錫杖の先端を切り飛ばし、短くなったおかげで俺はダメージを受けなかった。
その瞬間足が跳ね上がり、錫杖に絡みつき、アルカナイトが錫杖を引くタイミングに合わせて一緒に間合いの内側に侵入する。
「《大波生成魔法》」
アルカナイトは距離を取りたい。
しかし、その魔法発動を読んでいたかのように錫杖とアルカナイトの肩を踏み台にして、波の上を超えていく。
視界が一気に広がった、どこだって切れる。
天井まで飛び上がった身体、その天井さえ踏み台にして地面に急降下。
用意されていたかのような完璧な位置に構えられた剣。
アルカナイトの首を通り過ぎざまに跳ね飛ばす──
いや、首だけじゃない、通り過ぎた胴体にも連撃を叩きこんでいた。
青い血をまき散らし、アルカナイトは魔石になった。
黄色い、土属性の魔石だ。
それを拾い上げる俺は……表面的な傷は無い。
体術と剣術、同じ身体をまるで別々の人が操作しているかのようなちぐはぐ具合。
しかし、それでもこの敵を圧倒して、蹂躙できる。
何かの参考になれば?……なんて甘かった、自分の身体に中に眠っている戦闘スキルは、まだまだ俺の扱える代物じゃない。
剣を振るう速さで俺の腕には激痛が走る。
足も、派手な動きも細やかな動きも疲労が激しい。
ただ、わかったことはある。身体が勝手に動く条件だ。
自分の精神を落ち着かせて、戦闘とはかけ離れた状態になれば身体が勝手に動いて、敵を圧倒してくれる……
「……なんだよそれ」
俺って、本当になんなんだ?
疑問を抱きながらも、身体はまだまだ万全だ、この先に一気に進もう。
* * *
なんだか少しすっきりしない気持ちのまま、十六層に進む。
十六層は巨大な石柱が並ぶ広い空間。
十三層の砂漠とは違い、足元は岩石で、剥き出しの岩山のような感覚だ。
そして、この階層の敵はすぐに姿を現した。
アルカナイトよりも巨大な芋虫が遠くで岩石を食い破りながら進んでいた。
その巨体が通った後では地形が変わり、岩盤が崩れていく。
黒褐色の岩盤で体表を覆い、頭部には岩を砕くのに適した螺旋状の突起があり、それで地面を抉り、破片を食べて進行しているらしい。
図鑑を開けばその見た目の特徴もあってすぐに判別できた。
『テラボーラー』
分類は『大型魔獣/土属性』
地面を掘り進めて、岩石を食べて、魔力に変換し、その魔力で辺りの地形を変えていくらしい。
地中から急に襲い掛かってくることもあるらしくかなり危険な相手だ。
しかし、土の中にいるはずの魔物も今はたまたま外に出てきてくれているので今のうちにこの階層を抜けていく。
十六層は交戦せず抜けることにした。
歩いていく先々で地形が変動していく。
視界の端で地面が沈んだり、盛り上がったり。
その波がどんどんと進行してきて……俺のことを狙ってきてる?
「……戦う……のはやめとくか」
足場をめちゃくちゃにされて、下手したら地面の中に飲み込まれる可能性がある。
……十三層の影響で地面に飲まれるのは避けたい。
一瞬立ち向かうように体を向きなおしたが、踵を返して走って逃げることにする。
階段を探しながら、何とか襲われないように走って、走り続けて、次の階層へ続く階段を見つけて駆け降りる。
* * *
十七層
続く十七層は、淡く発光する植物が生い茂る森林地帯。
木に傷がつけられており、何かの目印?かと思ったけど、傷が少し薄緑に発光しているように感じる。
何かの目印かと思ったけど、少し違うのかな。
ガサリ
音のした方を向けば、光る角をもつ鹿が一頭逃げていく。
こちらを遠くからじっと見つめてくる数頭の鹿もいる。
その角の光と、木にこすりつけられている光の色は同じに見える。
向こうから襲ってくる気配もないし、調べてみれば『ルーンスタッグ』というらしい。
魔力を木にこすりつけて、縄張りに入ってきた敵に光の魔法で攻撃してくるらしい。
基本的に戦わない方が良い相手……だけれどこの先に進まないと次の階層に向かえない。
なら答えは決まっている。一歩、一歩慎重に前に進む。
瞬間、木に付いていた緑の光が強く発光し、その塊がこちら目掛けて飛んでくる。
それを躱し、無視して先に駆け出していくと、さらに光の量が増す。
奥に進むほど、周囲にルーンスタッグが集まってきて、角を振るって光の弾で攻撃してくる。
シンプルな物量攻撃、それだけに対策が難しい。
ただ、攻撃の仕組みも単純だ。
木に残した自分の魔力。その内側に来た敵を迎撃するだけのものだ。
なら狙うのはその印。
そこを的にして風の槍を乱射する。
木の後ろに隠れたルーンスタッグにも、風の槍を撃って仕留めていく。
次第に攻撃の勢いは落ちていき、六つの光の魔石を手にして十七層を超えていった。
次は十八層。
十五層以降自分の身体の記憶には頼っていない。
それでも上手くやれているんだ。
ただ、今の俺の力ではアルカナイトを無傷で攻略するなんて不可能だった。
それが今の俺の現状。
だが、この身体をうまく使えるようになれば、余裕で勝てるようになる未来が見えた。
それができる身体なんだ。
残り二層、エルナと再会するまでもうあと少しだ。




