聖なる一日、君との一日
朝、私は鏡の前に立つ。
化粧、これくらいで良いわよね?張り切りすぎてるなんて思われないかしら?
アベルが急に誘ってくれた聖日のデー……遊びの誘い。
全然意識してなかったけど、同年代の異性なんだから、可愛いって思われたいのは普通の感情よね。
むしろアベルの方こそ、こういう経験ないだろうから私がエスコートしてあげないと、きっと不安だわ。
……私もそこまで詳しくないけど。
白いタートルネックのセーターに、ロングスカートなんか履いちゃって、お気に入りの赤いマフラー。
焦げ茶色のコートを羽織って、ベルトちょっときつめにして腰細く見せて……!!
ちょっとヒールのあるブーツも、ちゃんと可愛く紐結んで、香水つけて……よし、悪くない……!
戦闘準備を万全にして、宿を出る準備をする。
宿の女将さんにそんな様子を見られると、少し微笑まれ
「なぁにミーヤちゃん、デートでも行くのかい?」
「と、友達と遊びに行って来るだけよ」
そう話していると、友人達も話を聞きつけて、食べかけのパンを片手に顔を出す。
「わ!ホントだ~!!なんだか張り切ってるね!可愛いよ!安心して!!」
獣人の友達、キエラが猫耳をぴょこぴょこ跳ねさせて褒めてくれる。
「あ、ありがと……!!」
「あら~~?彼氏できたの?おめでと~」
まったりとした様子で人間の魔法使いのゼネアも声をかけてくる。
「違う!茶化さないでよもー!今日一緒に遊ぶ子聖日のこと知らないの!私が案内頑張るの!」
「へ~今時珍しい子だね~楽しんでおいで~」
「明日話聞かせてねー!!」
そんな言葉を背に受けながら、私は宿を逃げるように飛び出した。
普段は気のいい子たちなんだけど……もぅ!!
なんて思いながら少し早い時間に集合場所にしていた広場の噴水についてしまった。
朝からイベントを行っていて結構騒がしい。
今日はここを待ち合わせ場所にする人たちが多くって、早くに来たのを少し後悔してたら、すぐ向こうにアベルがいた。
「はや、私より先に来てたんだ……」
そんなことを小さく呟きながら手を振ると、アベルも気が付いたみたいで手を振り返してくる。
人の波をかき分けてアベルと合流する。
服装は……まぁ服持ってないって言っていたし、私と昨日買いに行ったのと同じ。
暗めの色で上半身はまとめて、ズボンは白のパンツ、黒いチェスターコートでびしっと決めて貰ってる。
うん、私の好みで決めただけあっていいわね。
「アベル早かったのね」
「ミーヤこそ、時間まだ結構あったよ?」
「ちょっと出るの早くって……アベルはなんでこんなに早かったの?今日が凄く楽しみだったとか?」
「そうそう、楽しみだったから早めに来て、すぐに一緒に行けるようにしてたんだ」
「……あら……そう」
アベルって、本当に素直。
街の中を散策する前にまずは噴水広場付近。
「そういえば、ここで皆集まって木にリボン結んでるの、あれなに?」
アベルが指さした先、広場の中心に据えられた大きな鉢から、一本の木が伸びている。
皆が並んで、代わる代わるいろんな色のリボンを結んでカラフルになっている。
「あ~、あれは願い祈りながらリボンを結んで、願いが叶うように祈ってるの」
「なるほど……冬なのにあの木は緑の葉っぱなんだ」
「そういう種類の樹もあるの、常緑樹とかっていうのよ」
「へぇ~、周り白とか茶色ばっかりだから緑が目立って綺麗だね」
「確かにそうね、リボンもカラフルで綺麗だわ」
「そういえば、ミーヤも今日綺麗だね」
「ん!?ぁあ、そ、そう?アベルも素敵よ?私の好みの服選んだからやっぱり素敵よ」
「あ、ありがと……」
な、なによこの何とも言えない空気は……!!私がエスコート……どうやればいいのか皆に恥ずかしがらないで聞けばよかったなぁ。
こういう男女の友情とか恋愛よくわかんないのよ!
「なんか、あんなに立派な木だと、世界樹とかもあんな感じなのかな」
「世界樹?……さぁどうかしら、私も本物見たことはないから」
嫌な名前出さないでよね……!
「そうなんだ?」
「えぇ、あるのは地面がくりぬかれたみたいな痕跡だけよ。
それでもありがたい力があるとかで私の実家のエルフたちはそこに住み着いてるわ」
「へぇ、昔にいろいろあったのかな」
「多分そうね……ほら、次私たちの番よ」
「お、ほんとだ……ミーヤ何色にする?俺赤」
「目の色繋がり?じゃあ私も目立ちにくいけど緑にしようかな」
そういって何となくで選んだリボンに願いを込める。
『もう大切な人が知らない間に居なくなりませんように』
そう願いを込めてぎゅっと固く結ぶ。
「……」
アベルも結んだあと、少し困ったように木を見上げていた。
「どうかした?」
「あ、いや、皆何考えてここにお願いしたのかなって」
「まぁ人それぞれね、アベルは何にしたの?記憶の件?」
「あ、それにすればよかったかな」
「違うの?じゃあ何祈ったの?」
思っていた返答と違って少し驚いて、知りたくなった。
「もっと強くしてくださいってお願いした。強くないと自分の謎も追えないしさ」
「……なるほどね」
もっと強く……もっと?
私から見たアベルは出会った時からかなり強かった。
身体から溢れるような魔力、圧倒的な生命力。
それが、迷宮を進む度にどんどん強く増していっている。
この間ギルドで一緒にご飯食べてた二人も、アベルに負けないぐらい強そうだったけど、私は貴方が一番強く見えた……
「向上心高めね」
「そうかな?最近はよく負けたり苦い結果になるからお願いしとこうと思ってさ」
「へぇ、迷宮って大変なところなのね」
「うん、ずっと大変だ」
まぁ迷宮から感じる力の気配は結構変わってるから仕方ないのかな。
そんな風に願いの話をしながら広場を抜けて、街を歩き始める。
* * *
街の中は小さな子供たちも、大人も皆笑顔を携えていた。
聖日限定の屋台もあり、中でもアベルが興味を引くのは多分飴細工とかかな……
「ミーヤ、見てあれ!どうやってあんなの作ってるのかな」
ほら、食いついた。
「ふふふ、あれは飴細工よ、甘くって美味しいだけじゃなくって、聖騎士に授与される紋章と同じように作ってるからご利益があるのよ」
「あ~確かに聖騎士の紋章だ!詳しいね、流石ミーヤ」
「ありがと、っていうか聖騎士のこと知ってたのね」
「うん、この間セレスティアに行ったから」
「貴方結構いろんなところ行ってるのね……」
飴については私も去年興味持って買ってたし、意外と感性似てるのかしら。
いや、多分私と一緒で何も知らないから全部新鮮で楽しいのかな。
アベルが一つ買って、食べ……食べない……
「……さては、もったいないとか思ってる……?」
私がそう聞くと、ギクッと聞こえてきそうな勢いで肩を跳ねさせ
「バレた?」
そういって笑う。
「バレバレよ、見飽きるまで見たら食べちゃわないと、次に間に合わないわよ」
「確かに……いただきます」
パクっと口の中に含むと、甘い味に驚いたように目を見開く。
「甘い!」
「飴だからね」
「飴、俺初めて食べたかも」
「あら、初めてにしてはいいもの食べたわね」
そんな話をしながら今度は、射的の屋台を見つける。
子供用と大人用と、冒険者用がある。
「ミーヤやってみてよ」
「いいわよ」
正直やる気だったから言ってくれて助かった。
冒険者証を見せて弓を借りて、軽く弦を引いてみる。
張りは悪くないし、これなら問題ない。
冒険者用の的はかなり遠く、小さな板に景品の名前が書かれている。
「アベル、何か欲しいのある?」
「ん~……『割引券』とかどう?この後買い食いするのにぴったりだ」
「了解よ」
全部で三発。
一発目は狙ったよりも少し上に飛んでいった。
ちょっと思ってた通りの飛び方しないわね。
アベルの落ち込んだような「あ~~」という声が聞こえる。
「残念」
「黙って見てて、残り二発全部当てるから」
「は、はい!」
そういって、私は若干向きになりながら宣言通りにまず一発当てた。
「おぉ~~!!」
「そうよアベル、歓声だけ頂戴」
「意外と負けず嫌い?」
「結構負けず嫌い」
「が、がんばれ~!」
もう一発の矢も板に命中し、景品の札が落ちた。
よかった、もう一発もヒット。
「どうよ」
私は自慢げに割引券を片手に帰ってくる。
「すごいね、あんな小さい的なのに」
「まぁね」
「弓の先生とかいたの?」
「……そうね、昔いたわ、数年前からは一人で練習してばっかりだけど」
「やっぱり先生とかいた方が良いんだね」
なんて雑談をしながら道を進む。
昼食時に、大きな鐘の音がする。
「?こんな音だっけ」
「聖日の日は特別な音なの。
皆この音聞いて『あぁ今年もこの日が来たんだな』ってなるんだって」
「へぇ……お?おぉ?」
鐘の音が鎮まるとともに、楽器を持った人達がいたるところで演奏を始める。
「路上演奏ね、皆でこの日を盛り上げようとしてるの」
「へぇ~~!みんな本当にこの日を待ってたんだね、嬉しそうにしてる」
「えぇ、昔からあるけれど、毎年新しいことを試したりして、皆が楽しめるように頑張ってるの」
そう、古臭いだけじゃなくって毎年進歩しようとしているから、私もこの日が好きだ。
「ねぇミーヤ、ちょっと演奏聞いていかない?」
「もちろん、けれど何かご飯買っておきましょ、夕方はもっと人が増えるから早いうちにお腹に何か入れておかないと」
「なるほど……ミーヤ何か食べたいのある?」
「私はね……」
そういって甘いスイーツと熱いクリームパイ、ジンジャーホットティーなんかを買って、二人でそれを何とか持って、演奏を聴くために少し腰掛ける。
静かな時間。
アベルとは時々訪れるこの静かな時間は、嫌いじゃない。
横でザクっと大きな音を立ててパイを食べるアベル。
中からトロッとクリームが溢れて、はふはふ熱そうにしている。
けれどとってもいい笑顔、美味しそうに食べてるのを見るとなんだか私が食べているのまで美味しく感じる。
「おいひい……あつ、あっつ……」
「ほーね、ほいひい」
二人とも上手く喋れてないのが可笑しくって笑いあう。
周りに人が増えてきて、次第に二人距離を詰めて、肩も足も当たるほどの距離になる。
「人増えてきたね」
「そうね……あ、雪だわ」
「ゆき?どこ?」
そういってアベルは辺りを見回す。
周囲の人も、演奏をしている人も視線が上を向いて雪を探す。
その中で、私とアベルの目が合う。
「アベルの鼻の先。雪落ちたわよ?」
「うん、冷たかったから知ってる」
自分の鼻先を指で触れれば少し濡れてたのを確認してまた笑った。
それから、すっかり日が落ちるのが早くなったこの街にオレンジ色の光が灯り始める。
「暗くなったね、これからどうしよ……ミーヤの行きたい場所ある?」
「私の?……人が少ない所かな」
「人込み苦手だった?」
「いーや?ただ遠くからみんなが笑ってるのとか見たいの」
「そっか、ならいいところ連れてって」
「えぇ、もちろんよ、こっちおいで」
そうして街を歩く。
沢山の人たちがごった返す中、何度か見失いそうになったからはぐれないようにアベルの手を握る。
「み、ミーヤ?」
「嫌だったらごめんね、でもはぐれないように」
「嫌じゃ……ないよ」
「………そ」
『ならよかった』までは言えなかった。
私がグングンとアベルの手を引いて歩く。
後ろは振り向かず、ただ握った手の感触がすぐ後ろにアベルがいると教えてくれる。
そうして黙々と進み続ければ、少し人込みから離れた路地にたどり着く。
路地裏には人込みから離れて大胆な行為に及ぼうとしているカップルの姿もあった。
とっさに目を逸らして、繋いでいたアベルの手を放す。
「ごめん強引に引っ張って」
そういって振り返るとアベルは自分の手をじっと見つめて少し放心していた。
そして、髪の毛がぐちゃぐちゃになって『人の波に揉まれました』って感じ満載だった。
「……ふっ……ふふっ、ご、ごめん、酷い事なってるわね」
そういって髪を直そうと手を伸ばすと、アベルがその手を止めて
「じ、自分でやる」
と言って髪を直し始める。
少し顔が赤くなってる?女の子と手繋ぐの初めてだったのかな。
私も依頼で一緒になった人の手引いたり、引かれたりはあったけど、あんなふうに繋ぐのは初めてだったかしら。
照れてるアベルが何だか面白くって、顔をズイっと寄せる。
「照れてるの?」
「わかんない……」
「それもそっか」
「けど、ドキドキして楽しかった」
「……そ、ならよかった」
今度はちゃんと言えた。
すっかり暗くなった空に反して、街はとっても明るかった。
アベルはそんな光あふれる街を見ながら私に話しかける。
「綺麗だね」
「えぇ、皆楽しそう」
「また来年も楽しみになった」
「ならよかったわ、それに、まだまだ楽しめるもの回り切れてないからね」
その時、アベルが私の方を向く。
「来年も、一緒にこうやって歩けたらいいね」
「……ふふっ、そうね」
なんだか自然にそんな返事が口をついた。
また鐘の音が鳴る。
もうすぐ今日が終わる。
その前に、アベルに最後のこの日の楽しみを伝えないと。
「アベル、これ、プレゼント」
そう言って小さな包みを取り出して、渡す。
「これは?」
「開けてみて」
そういうと、アベルはたどたどしい手つきで、けれど丁寧に包装を解いて、中を見る。
「マフラー……!いいの?」
「いいわよ、寒くならないように、大事にしてね」
「うん……!嬉しいな……!!」
感激といった様子で黒いマフラーを胸に抱きしめている。
こんなに喜んでもらえたなら値段以上の価値があるってものね。
さて、時間もいいころだし、そろそろ宿に送ろうかな、なんて思った時、アベルが懐を探る。
「そうだ、俺からもミーヤにプレゼント」
「へ!?よ、用意してくれてたの!?」
「そういう日だって聞いてたからさ……はい、どうぞ」
「ありがと……貴方って、何も知らなさそうなのに、妙にスマートね……開けていい?」
「どうぞ」
包装を解いて、袋の中を見れば……
「……あ、この髪留め……」
「昨日付き合ってくれた時に見てたでしょ?気になってたのかなって思ってさ、どうかな?」
私が良いなって思って見てた髪飾り。
アベルの、人生で初めてのプレゼント……ダメ、顔今すっごい熱い……嬉しい……!!
「海の魔物の素材使ってるんだって」
「しってる……嬉しい、ありがとう……これ、気になってたの……」
何とか短い単語だけしか喋れない。
「よかった……ミーヤは海って行ったことある?」
「……ない、だから魅力的で気になってたの」
「俺も行ったことないからさ、またいつか一緒に海に行こうよ」
その言葉に反応して心臓がバクンバクンと、とんでもない爆音を鳴らし始める。
「っ!!あ、あべ、それ、ど、どどどういう意味か、えぇ……!?」
「?一緒に海に行こうねって意味だよ?」
そうなんでも無いように返すアベル。
私は彼から少し離れて、顔を暗い路地に隠して、手の隙間から何とか言葉を返す。
「エルフにとって、大事な意味があって……!」
「え?そうなんだ?だから言ってあげてって言われたんだ……ごめんちゃんと意味調べ──」
「調べなくても大丈夫!!いつか私が教えるから!!」
「そ、そう?わかったよ……?」
あぁーー、ダメだ。
冷静になれない、私がこんな『古臭い』言い回しにクラっとさせられるなんて……!!
「……これ、つけてもいい?」
「もちろん」
手に取ったそれを、いつものポニーテールに留める。
少しだけ手が震えて、上手く留められない。
「……どう?」
「綺麗、似合ってるよ」
「……髪留め、ありがと、すっごく嬉しいから……大事にする」
「うん、喜んでもらえてよかった。俺もこのマフラー大事にする」
アベルはマフラーを、ミーヤは髪飾りをつけて帰路を辿る。
思い出と贈り物、そんな二人だけの宝物を胸に聖なる一日、君との一日が終わりを迎えた。




