寒い冬、暖かい冬
怪我を癒すため、俺はまた長期間の入院を余儀なくされる。
「君……傷口を焼くだなんて無茶なことをするね、少し間違えたら更に酷い事になってたよ……まるで古い冒険者のような荒療治をするんだね……とりあえず一週間は入院ね。
その後も傷の具合を見ながらリハビリとか含めて、元気になるまで一か月はかかると思っててね。
その間はもちろん絶対安静だからね」
そういって犬の獣人のおじさんに念を押された。
十層の病室にて、エルセリアの様子を窓から眺めて、図鑑を読んで時間を潰していると、ノックが鳴った。
「?はい?」
誰だろう、またミーヤかな?
なんて思って返事をするも、知らない冒険者たちが顔を見せる。
「……?病室間違えてますよ」
「いや、いいんだ、君に会いに来たんだ」
「俺に?何俺のこと知ってるんですか?」
「一人で迷宮探索してるっていう話は聞いてる、十層が見つかった時に一番深くにいたって噂も聞いてる。
俺たち三人でパーティーを組んでいるんだが、迷宮探索にかなり苦労しててな、よかったらお前の話を聞かせてほしいんだ、何層まで今は行けたんだ?」
「迷宮の話ですか?いいですよ、今行けてるのは十五層までですね」
そう返事をすると驚いた声を上げる。
「一人でもうそんなところまで行ったのか!?俺たちは今十四層で詰まってて……話を聞かせてくれないか?金なら払う!」
「お、お金?」
いやでも、そうか。
俺もお金を払って深い階層の情報を買ったりできるのか。
そうすれば安全度はさらに増すし、そういう対策方法もありだ……お金貰えるなら入院費も少し賄えるかな。
「どれくらいくれますか?」
相場がよくわからないので正直に聞いてみることにした。
「そうだな……十四層と十五層の話、二層分合わせて小金貨八枚でどうだ」
「小金貨八枚……!?」
そ、そんなに貰っていいのか!?と悩んでいると
「……いや、大金貨一枚!それでどうだ!?十五層の話は貴重なんだ、ぜひ聞かせてくれ!」
ふ、ふえた……なんで……??
「わ、わかりました、それだけもらえれば十分です、お話しします!」
向こうの三人はほっとした顔で感謝を述べてきた。
お礼言いたいのはこっちなんだけどな……
「えぇっと、それじゃぁまず十四層から……風が強い平原で、出てくる魔物が……」
そういって図鑑の説明を交えながら話せば、参考になったようで頷いていた。
* * *
「で、十五層なんだけど、敵の魔物の正体がよくわからないんだ」
そう前置きして、情報を共有する。
不気味な見た目、魔法を二種類同時に扱う姿、単純な十五層の設計についてなど。
そしてその魔物が図鑑には載っていないことも話せば困った顔をしていた。
「魔法をかなり高度なレベルで扱える魔物、しかも錫杖を使って戦ってきて中距離も強い……か」
「うん、そいつに何回か攻撃されて怪我したり、足ひねったりして帰ってきたんだ」
「……?ならお前のその傷は?誰にやられたんだ?」
「……聞きたい?十三層で巨大な魔物に出くわして負った怪我なんだけどさ」
「十三層に大型の魔物……!?」
少し悪いことを考えてしまった。
大金貨みたいな高価なものを渡してまで生き残ることに皆専念している。
であれば、俺のことをぼろぼろにしたドラゴンの話もいいお金になるんじゃないか……!?と
「き、聞かせてくれ。話の内容によって金は出す」
「よし、それじゃこのページみて」
そういって開いたのは、あの日俺を攻撃してきたドラゴン『サンドドラゴン』のページ。
ドラゴンのインパクトに驚いた様子だったが、話を聞く姿勢だ。
「『大型魔獣/土属性』で、砂嵐の中だと石柱と正直最初は見分けがつかなかったんだ。
けれど、こっちを見つけた瞬間飛んできて、噛みついたり魔法で砂を操って攻撃してくるんだ。
十三層の地下道の中に逃げ込めば戦いやすくなるんだけど……」
そんな話をしながら、俺の身体の怪我を見せながら話せば最初は半信半疑だったが、次第に頷く頻度が高くなっていく。
「……ってな感じかな、どう、参考になったかな」
「あぁ、俺たちも十三層は流砂に巻き込まれて地下に落ちたりしていたが、何とか攻略出来ていた。
しかしドラゴンがいるなんて知らなかった、ありがとう」
そういって小金貨を五枚渡される。
「情報量だ、貰ってくれ」
「あ、こんなに……ありがとう」
「いやこっちこそ、いい冒険者なんだな君は、また話を聞かせて欲しい」
「もちろん、お互い頑張ろう!」
「あぁ、じゃあな」
そういってその三人は病室を後にした。
大金貨一枚と、小金貨五枚。
ほんの少し話をしただけなのに、この情報を持っている人間が少ないってだけで、こんな大金を手に入れることができた。
入院代を払ってもかなり余裕があるぞこれ……!!
図鑑のおかげで説明も簡単だったし、人に話していると自分の中の攻略方法を再確認して理解が深まったような感覚がある。
わずかな手ごたえを感じながら、入院生活中にもう二回、同じように話を聞きに来た人たちがいたのでそれに答えて、情報料としてお金を貰った。
入院代は確かに地上よりも高かったが、それでも入院している間もかなりのお金を稼げた。
これはグランディアの中でも、更に迷宮についての話を聞きたがっている人たちが集まるここならではの利点だ。
* * *
全治までの時間として更に数週間、リハビリ込みで結局一か月以上十層にとどまることになった。
腕も足も自由に動いて、訛った体も元気になっていった。
そうして久しぶりに地上に戻ってきたとき、俺は目を見開いて驚いた。
「わぁ……!!」
真っ白だった。
一面の雪景色。
初めて見た。
風が冷たい、俺が薄着過ぎる。
街を歩く人たちは皆マフラーやニット帽、服ももこもこしてたり、分厚いものを着て、歩いている。
俺は自分の身体を抱くように縮こまり、雪を浴びながら走る。
防寒着欲しいし、お腹も減った。
しかしそれよりも、初めて見た雪に興奮が隠せない。
街の中、どこを見てもいつもと同じなのに、雪が降るだけでこんなにも違って見えるだなんて。
白くなった公園、あっちのベンチには誰かが座っていた跡がある。
あのブランコには雪が積もっていてなんだかさみしそう。
緑のはずの樹は、いつの間にか葉を完全に落として茶色くなっていた。
セレスティアには緑があるってエルナが言ってたな……
こんなに寒いのに、どれも新鮮でとても楽しい。
ぎゅむぎゅむと雪を踏めばおかしな音が鳴る。
水たまりの上を歩けば、バキリパキリと氷を踏み割る音がする。
公園に虫も鳥もほとんど見かけなくなって、子供たちも家族と一緒に並んで歩いている。
このグランディアで、静かだなんて思う日が来るなんて思わなかった。
ベンチに座って空を眺めていると、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「アベル!?どうしたのそんな恰好で!?」
ミーヤだ。
ミーヤが驚いた顔でこちらに駆け寄ってくる。
以前よりも長い袖、分厚い服を着て、今日は依頼がないのか赤いマフラーで首と、少し赤くなった耳を隠している。
「ミーヤ!俺、雪って初めて見たんだ!」
「そうなの?ってそりゃあそうよね……じゃなくって!そんな薄着で、風邪ひくわよ?」
「確かに、凄く寒いね」
「……はぁ……そうね……あなた丈夫ね……」
そういって指を立てて話し始めるミーヤ。
「グランディアって、地理的に冬が早いのよ、そして寒くなりやすい。
だから夏が短くって過ごしやすいんだけど、皆冬の備えはきちんとしてるの。
そういえば君にはちゃんと教えてなかったもんね、防寒着ある?」
「ないから買いに行かなきゃって思ってた」
「……けど、雪に見とれてたんだ」
「……あはは」
呆れたようにジトっと見つめてくるが、ミーヤは急かすわけでもなく横に座って空を見上げる。
「ま、気持ちはわかるわ、私も去年初めて見たとき感動したもの」
「ミーヤも?」
「えぇ、だから急かしたりしないわ……ただ」
そういってミーヤが俺にマフラーを巻く。
「お?おぉお??」
「ふふっ、何その反応?寒いでしょうから、ちょっと貸してあげる」
「あ、ありがと」
巻かれたマフラーはミーヤの温度が少し残っていて、首や耳をじんわり温めてくれる。
ミーヤの匂いがして、なんだか落ち着く。不思議だ。
「いいのよ、私が勝手にしてるから。
……そうだ、雪堪能したら、少し一緒に街歩きましょ?あなたの防寒具探すのも手伝うわ」
「また手伝ってくれるの?助かるよ」
「いいのよ」
また、二人静かな時間が流れる。
食堂で二人過ごしているときにもある、静かで、何も話さない時間。
それなのに、気まずいこともないし、むしろ落ち着く。
今日は寒いからか、二人の肩がなんだかいつもよりも近い気がした。
それから数分もしないうちに、ミーヤの耳が少し赤くなっているのに気が付いた。
ミーヤも寒い中付き合ってくれているのかな、なんて思うと途端に申し訳なくなってきた。
「──ありがと、ミーヤ。もう十分堪能したかな。」
「ん?そう?なら行きましょうか」
そういって立ち上がる。
ポケットに入れていた手で耳を包んで目を細めるミーヤ。
俺も同じように自分の耳を手で包めば、耳の先端は少し冷えていて、冷たい感触が暖かい手には気持ちよくって、冷たい耳には暖かい手が心地いい。
初めての感覚だ。
「寒いわね」
「そうだね……何か暖かいもの食べに行かない?付き合ってくれるなら奢るよ」
「いいの?」
「迷宮の情報売って結構儲けてるんだ~」
「アベルも冒険者らしくなってきたわね、それなら行きましょうか」
そういって、二人並んで街を歩く。
街中は活気に溢れているというよりも冬の寒さを楽しんでいるように、あちらこちらで暖かい光がぶら下がっていた。
「なんだかいつもと雰囲気違うね」
「そうね。明後日にね、セレスティアの建国記念日があるの」
「へぇ、そうなんだ?おめでたいの?」
「そりゃあね、国の誕生日なんだから、皆仕事休んだり、お客さんいっぱい入れるためにいろいろイベントやってるわよ」
「そっか、誕生日ってめでたいんだもんね」
「……あ、そっか、アベル自分の誕生日覚えてないもんね」
「そうだね……なんか自覚すると悲しくなってきたな」
「あはは、誕生日お祝いしてもらえないと悲しいからそれと同じなのかしら?あなたのことが大事な人も、祝えなくって悲しいと思ってるはずよ、そんなに悲しむことないわ」
「うん……」
そんな風にしょぼくれているアベルの背中をミーヤがポンッと軽くたたく。
「落ち込まないで、いつか記憶戻るだろうからさ?今を楽しも?」
「うん、そうだね、暖かいの食べよ」
「そうね」
少し列に並んで、暖かくって甘いココアを買った。
ベンチが見当たらないので道の端に立って、二人で人の流れから少し外れ、一息つく。
「皆楽しそうだね」
「そうね、明後日が楽しみなのかしら」
音楽に乗りながら男女で手を繋いで楽しそうに笑いあって、恋人同士でキスしたり、おどけたり、踊ったり。
両親が小さな子供の両手を持ち、宙に浮かせるようにして歩かせる。
子供はそれが楽しくて仕方ないらしく、声を上げて笑っていた。
「皆、家族とか恋人と過ごしてるんだね」
「そうね、私達みたいなのは当日もっと珍しくなるわよ」
「ミーヤも明後日は友達とか恋人とかと遊びに行くの?」
「いーや?友達皆忙しそうだし、私はそういうのいないし、当日は宿でゆっくりしてるかしら」
「そうなんだ?じゃあさ、俺と一緒にどう?」
「…………へ?」
始めて見る、ミーヤの困ったようなぽかんとした顔。
「皆どんな風にしてるのか気になるしさ、せっかくめでたい日なら一緒に居たいなって」
「そ、そそ、そうよ、ね。そうよねぇ、えぇ、色々教えてあげるわ、うん。はい。私達友達だから」
「友達……?」
そっか、こういうのが友達なんだな。
「へ!?ち、違うの!?ごめ──」
「あぁいや!!友達って初めてだから!!……友達ってこんな感じなんだねって!」
「そ、そうね!!?」
ミーヤの返事を待つ間、何かまずいことを言ってしまった気がした。
慌てて修正すると。二人揃って声が大きくなってしまい、周囲からの注目を浴びてしまった。
なんだか居心地が悪くなって二人逃げるようにそこから離れる。
少し耳の赤いミーヤと、触れそうだった肩が少し離れた。
二人の間に冷たい風が吹いていく。
* * *
「それで、セレスティア建国記念日は『聖日』なんて言われてて、大切な人と集まって、プレゼント送ったりして、特別な日を過ごすのよ」
「へぇ、皆二日前だからワクワクしてるんだね」
「人目も憚らずキスなんかして、舞い上がりすぎだけどね」
そんな話をしながら、防寒着や冬服を買いに行く。
袖の長い分厚い衣服、雪を踏みしめるのに適したブーツ、耳まで暖かいニット帽。
「どう?ミーヤ」
「──似合ってるわよ、何より暖かそうで見てて安心だわ」
試着室から出てきたときに、ミーヤがとっさに白い髪留めを棚に戻していた。
鏡の前で見ていたみたいだが、すぐに俺の服の方に視線を戻した。
俺の傍に寄ってきて、その他にも何着か一緒に選んでくれる。
「ミーヤはいいの?何か服とか」
「私は今あるので十分かしらね。
強いて言うなら防寒アイテム欲しいかな、魔法具でそういうちょっとの熱を発するのもあるから」
「へぇ、それならそれも見てみたら?」
「……そうね、冬場の依頼で手がかじかむと弓の精度落ちちゃうし、見てくる」
「行ってらっしゃい、その間に会計済ませてくる」
「えぇ、すぐ戻るわ」
そういって彼女と少し別れる。
一緒に選んだ服と、あと……
「すみません、この髪留めも」
綺麗な白い髪留め。綺麗な模様が入っている。
「エルフの彼女さんにですか?」
同じくエルフの店員の女性が笑顔でそう話しかけてくる。
「えぇ」
「そうですか……ふふっ、これ、海に住む魔物の素材を使ってるんです」
「海の?……海は行ったことないな」
「あら、そうですか?ならプレゼントお渡しする際に誘ってみてはいかがですか?きっと喜びますよ」
「へぇ、エルフのお姉さんが言うなら間違いないですね、ありがとうございます」
「いえいえ、良い聖日を~」
可愛らしくラッピングされたそれを受け取り、礼を言う。
「ミーヤどう?いいのあった?」
「いや、ないわね。
どれも可愛い見た目だけど仕事と兼用するのは難しそう」
「そっか、それじゃ買い物済んだし、ご飯食べに行こっか」
「えぇ、行きましょうか」
夕方になって人通りが増え、はぐれないように二人はまた少し寄り添って歩いた。




