未知の敵と、既知の味
今日も、二十層を目指して迷宮を探索する。
火傷跡や腕の傷はまだ痛むが、探索できないほどでもない。
昨日までに探索して分かったのは十四層までの道のり。
今回の探索で有利に戦えるように十四層にいた魔物についても図鑑で探した。
群れていた風を扱う狼『ゲイルハウンド』
『中型魔獣/風属性』数匹から最大十匹ほどの群れで生活するらしく、群れの数が多いことはリーダーの実力が高い証らしい。昨日戦ったリーダー格が強かったのにも納得だ。
普段から風の魔法を使って狩りを有利に進めているらしい。
その他にも生態などについて調べても特に弱点らしい弱点は見当たらなかった。
だから図鑑には手書きで文字を加えた。
「『火属性の攻撃に弱い』と……よし」
昨日戦った中で、毛に火が付いた瞬間、一気に動きが悪くなった。
風を纏う性質上一度火が付けばかなりの勢いで燃え上がる。
あれは明確な弱点だと思った。
もう一匹、尻尾から火花を散らしていたトカゲ『フレアテイル』
『中型魔獣/火属性』風通しの良い岩場に生息する魔物で、尻尾の先端が赤熱していてとても熱い。
『火花を風に乗せ、自身の縄張りを示す』『被膜を広げ、風に乗って移動することが多い』
弱点は……『尻尾を切られると一目散に逃げていく』か。
追加で文字を足す。
『水属性の拘束魔法がこいつにも有効かもしれない』
まだ仮説の段階だけど、たぶん有効だと思ったから付け足しておいた。
* * *
十三層で足を取られて少し苦戦したこと以外は特に問題なく十四層までやってこれた。
前回とは違い、ゲイルハウンドがすぐに襲ってくることはなかった。
警戒しながら進んでいけば、風の刃が飛んでくる。
「見つかったか」
視線の先にはかなりそばまで寄ってきているゲイルハウンドの群れ……今回は五匹か。
前回交戦した群れよりも数は少ないが、直接戦う数は今回の方が多い。
前回のように近づかれるまでに何匹か減らしておきたかったななんて文句を心の中で言いながら、今回は剣を抜かない。
両手を別々の敵に向け、魔法の準備をする。
近距離で魔法だけで戦うなんて少し分が悪いと思われるかもしれないが、守りに特化すれば攻撃を避けること自体はそこまで難しくない。
今までもそうだ、初見の戦いのときは苦戦を強いられてきたが、二度目三度目と戦いを重ねるごとにどんどん簡単に勝てるようになっている。
基礎の実力なら、俺の方が圧倒的だ。
襲い掛かる奴らの連携攻撃。
遠距離から攻めてくるのは三匹、近接で攻撃してくるのは二匹。
「《炎壁生成魔法》!」
地面に右手を付け、炎の障壁を生み出す。
火属性はあまり得意じゃないがエルナからしっかり教えて貰っている。
攻撃を防ぎながら、同時に巻き込むように展開する。
一匹炎に巻き込まれ、身体に着火、陣形が少し崩れる。
地面に転がり消火しようとする一匹に目掛けて、左手を向ける。
「《 爆炎炸裂魔法》!」
燃える一匹を庇うように入ったもう一匹の前衛と、援護していたもう一匹も巻き込む大火力。
二つの魔法で三匹倒した。
剣を振るうのとは違う、圧倒的な攻撃範囲と、殲滅力。
そして舞い上がる炎を風属性の生活魔法で更に勢いを増し、薙ぎ払うように群れに浴びせる。
火が着いて、残りの二匹も隙を見せたところに両手の掌をそれぞれに向けて魔法を放つ。
「《風槍射出魔法》!」
残りの二匹も回避できずに仕留めることができた。
魔石を五つ回収する。
火と風、この階層の中にある魔物の属性を利用して勝つ。
こいつらの『生き残る力』有利な環境で戦っているのなら、俺も自分の有利な環境に作り替えればいい。
相手の強い所と正面から戦う必要はない。
自分の強みを押し付けるんじゃなく、相手の弱いところを突くか、自分も強く出れるものを積極的に使っていく。
フレアテイルの方は縄張りに入らないように距離を取りながら、もう一度ゲイルハウンドの群れと遭遇したが、同じように炎で焼き払った。
そうして風の中を歩いて十五層へ向かった。
* * *
十五層
今までの階層とはこれまた雰囲気が違う。
凄くシンプルな、祭壇のような暗い空間。
「うおっと」
正面に魔物が、次の階段を背に鎮座していた。
不気味な見た目の魔物だった。
全長は……四メートルくらいかな、大柄の魔物だ。
獅子のような体格で、本来首の部分から人間のような胴体が伸びている。
四本足で地面に立ちながら、二本の腕を持ち、両手で錫杖のような杖を持っている。
顔はなく、平面としていて、身体には幾何学模様が伸び、淡く発光している。
「……攻めてこない?」
目……はないんだけど、目が合っているような感覚がある。
それなのに、まるで動こうとしない。
背中の羽がぴくぴく反応している。
強い。
しかしまるで襲い掛かってくる様子がないので、少し戻って、十四層の階段に腰掛け図鑑を開く。
「なんだアイツ……どこにも載ってない……!?」
あんなに特徴的な魔物、図鑑に載っていないならなんなんだ、アイツは魔物なのか?
ここより下に向かうためにはどっちにしてもあいつを超えないといけない。
……無理に討伐せず、何か情報を持ち帰って、アイツの事をまた攻略しに行けばいい。
剣を構え、近づく。
しかし俺よりも間合いが広い魔物は錫杖を振るって間合いに入らせてくれない。
腕がいい、足元がほとんど動いていないのに間合いが詰めにくい。
それでも一気に踏み込み、切り上げ──
その瞬間、地を這うような低い声が迷宮内に響く。
「……《大地圧潰魔法》」
「喋っ──うぉおぁ!?」
喋った!?
しかも土魔法を使ってきた。
エルナからまだ習ってなかった高位の魔法。
地面が隆起し、押しつぶすように波打つ。
急いで距離を取って、魔法を回避する。
その隙に一歩踏み出し、錫杖を薙ぎ払ってくる。
「っぐ!!」
吹き飛ばされ、地面を転げる。
身体が頑丈なおかげでそこまでのダメージではないが、距離をまた空けられてしまった。
追撃に備えて飛び上がるも、魔物はもといた位置に戻っていた。
「……生き物って感じがしないな……」
門番……よりもずっと無機質な敵だ。
踏み込んでこないからこそ厄介だ。
「……こないなら……《風槍射出魔法》!」
「《炎壁生成魔法》」
風の槍を、熱の壁で逸らし、防ぐ。
「っ!《爆炎炸裂魔法》!」
「《大波生成魔法》」
炎の塊を、大波が俺もろとも押し流す。
「くっそぉ!!全部魔法で返される……!」
守っているというよりも処理されているようにさえ感じる。
魔法の連打もまるで何でもないように簡単に防いでくる。
「……守りに特化すれば、打ち破るのは容易じゃない……か」
それは奇しくもさっきゲイルハウンドと戦った時の俺のようだった。
隙をついて、錫杖での一撃、魔法は魔法で完全に返される。
賢い敵だ。
「……だが、勝ち目はある」
剣を構え、一気に加速。
手から炎を生み出し、連射して牽制する。
これは魔法だ、攻撃だ。
ただ、これは『生活魔法』だ。
俺の魔力で勢いを増してるが、所詮は生活魔法。
だが、生み出した炎に魔物は水の障壁で身を守る。
魔物が守るのに使ったそれは『実戦魔法』だ。
つまり、今は別の魔法が使えない。
「《風槍射出魔法》!!」
なら、これは通るだろ!!
「《大地圧潰魔法》」
「はぁ!!?」
錫杖を振るい、地面が隆起する。
攻めに転じようとしていたからその隙は大きい。
構えていた剣が波打つ地面に引っかかり、土流に巻き込まれる。
転げまわる俺に錫杖での追撃が……
「……こない……?」
分からないことが二つ増えた。
一つは、あの魔物はなぜか実戦魔法を二種類同時に扱ってくる。
切り替えが早いだけかと思ったが、連射している火の玉を守っているタイミングで攻撃した。
確かに同時に攻撃したはずなんだ。
もう一つは反撃がなかったこと。
さっきの俺の隙は致命的だった。
被弾を覚悟したはずなのに、何もなかった。
「……一度帰る、謎を解いてすぐに倒してやる」
そんなセリフを吐きながら、俺は奴に背を向けて上階へ戻っていく。
最後の土魔法に飲まれたときに足を巻き込まれて捻挫してしまった、かなり痛い。
ぴょこぴょこ跳ねながら、ポーションをかけて手当てをして帰る。
……悔しい。
* * *
十三層、謎を抱えたまま歩けるほど簡単な階層ではない。
今日は怪我もあるし、いつもよりも慎重に帰る。
背中の羽がまた騒がしくぴくぴく反応する。
急げと俺を急かしてくる。
しかしそうはいかないんだ、慎重にいかないと、この階層で急げば、今の身体だとろくな結果にならない。
そんなことを考えながら、足元に注意しながら砂嵐の中歩く。
背中の羽が一層強く反応した。
反射的に前を向けば……朽ちた石柱が遠くに見える。
ただ、それを見て、ゾクッと背中が泡立つ。
ぐにゃりぐにゃり、その石柱が動く。
「……?」
その石柱が、伸びる。
そして、こちらに向かって猛然と……
「なんだ!!?」
とっさに横に飛べば、俺がさっきまでいたところに巨大な生物が突き刺さっている。
そして、そこを中心に砂を操り、渦巻き状の流砂が真ん中に俺を引きずり込む。
「なんなんだよこいつは!!」
顔を砂の中にめり込ませるその巨体は、翼と爪をもつ……ドラゴン!?
「なんなんだよ……!!」
剣を抜いて、頭を地面に埋めたままのドラゴンの身体に剣を突き刺す。
最初っから本気だ、魔力を込めて、内部で炸裂させる!
「喰ら……っ!!」
しかし、すぐに爪を伸ばしてくる。
このままでは相打ちになってしまう、とっさに回避して、地面に足を付けば、また流砂に巻き込まれる。
捻挫した足が踏み込みも回避も満足に行わせてくれない。
ズボッと頭を抜いたドラゴンがその相貌をこちらに見せる。
砂のような色の鱗、黄色い瞳、口の中の舌は黒く、牙は尖っている。
怪我を気にしていないようにニヤリと牙を見せ、舌を伸ばしてこちらを逃がさないと砂を集める。
「……ははっ」
俺も思わず笑みがこぼれる。
大丈夫、大きさに圧倒されるな、相手に俺の剣はちゃんと効いたんだ。
そう自分を鼓舞するも、翼を広げ、上空に上がっていく。
流砂の勢いはいまだ衰えず、何とか這い出て、距離を取る。
そうだ落ち着け、別に戦わなくてもいい、生きて帰る方が大切だ。
その瞬間風を切る暴力的な音と共にドラゴンが強襲してくる。
今度は爪で、叩きつけて発生する砂煙と衝撃、それを魔法で操り、浴びせてくる。
「っ!」
こういう小細工もしてくるのかよ!!
そして、その瞬間に口を開き、噛みついてくる。
腕をとっさに差し込むも、上あごが右腕を、下あごが俺の腹に突き刺さる。
「ぐあぁっ!!」
ゲイルハウンドにやられた腕の傷が広がる、それに腹の中に牙が入ってきている!!?
魔法を放とうとすれば、また口を離して避けてくる。
「……っぐぅ」
牙が抜けたところから血がドバドバ流れてくる。
「うぉぁあ!!?」
そして、足元が崩落する。
バランスを失い、地下に真っ逆さまになる。
ドラゴンは入ってこれないようで爪で砂をかき分けて入ろうとしている。
あの様子ならすぐに入ってくる……!!
「……逃げ、ないと……!」
ふらつく体で穴の中を走り回り、上の階層を目指して突き進む。
走るたびに血がびしゃびしゃと音を立てて流れる。
「ぁ……やばい」
意識がフワフワしてきた……眠い……
剣を握る力が弱まる。
轟音と共に入ってきたドラゴンが爪を伸ばしてひっかこうとしてくる。
身体が勝手に動く、それに任せる懐かしい感覚。
剣が爪を受け流して、そのまま走る。
身体が勝手に動く、傷口に炎を当てて止血する。
激痛
グルンと眼球が上を向いて、痛みで視界が白く明滅して、膝から崩れ落ちそう……そんな俺の意思を無視して身体が走り続ける。
不安定な足元から、正解を選んで、捻挫している足でもグングン加速していく。
ポーションを全部浴びて、魔法でドラゴンに牽制しながら、狭い道へと走り、ドラゴンを撒く。
そして、穴の出口から十二層へ向かう階段を見つけ、何とか生き延びた。
自分の意思で戦っても上手くいかなかったのに、限界の中身体に任せて戦えば、何とか上手く生き残れた。
記憶を失っている俺の身体の中に刻まれた記憶、動き。
また負けた。
一日に二度も、相手から逃げて生き残った。
悔しい。
しかし、誇らしくもある。
『生き残る力』を身につけつつある感覚が、少しある。
限界の中で何とか生きている。
生きてさえいれば、アルビレオにだって俺は勝てた。
怪我の中、剣を杖のようにして身体を引きずって帰っていく。
これからの課題は
十三層の攻略方法を見つけること。
十五層の魔物の正体を掴むこと、そして謎を解くこと。
未知の敵たちを超えるために準備する。
そして何より
「……いってぇ……!!」
この傷を早く癒すこと。
ジャリと口の中で砂を噛む感覚。
血と、砂と、唾液の塊を口から吐く。
知ってる。この味は敗北の味だ。
アルビレオに負けた時も、こんな思いをした。
それでも、俺がアルビレオに勝ったんだ。
十層の医療施設に血まみれの身体を引きずって、治療を受けることにした。
あぁ、ここ十層だからお金結構かかるんだろうなぁ。
なんて思いながら、寝台に寝かされた。




