勝利する力、生き残る力
今日も準備を整え、迷宮の先に進んでいく。
昨日攻略できたところは今まで通り進むことができ、下見だけした十三層へ向かう。
その途中でアッシュリザードとミラージュトードを倒して魔石はそこそこ稼いでおいた。
砂漠地帯は、踏み入れればいつもの地面と違って少し足が沈み込む。
すぐに走り出そうとしても独特の感触に邪魔されることもある。
体重が軽いウォールランナーみたいなやつの方が素早く動けるんだろうな。
風が吹けば前を砂煙が覆って視認性がすこぶる悪い。
そんな中次の階層を目指して周りを探索していれば、足が急に深く沈む。
「っわ!?」
膝ぐらいまで一気に沈み、上手く引き抜けない。
むしろもがけばもがくほど体が沈んでいく。
「まてまてまて!?」
どうしたらいいか、訳もわからず足、胸、首、そして顎まで砂に沈んでいた。
ただ、少し妙なのが、足元に空間がある。
さっきまで砂の重みがあったのに、今は膝を簡単に曲げられるくらいのスペースがある。
足元の底は見えない。
あまりにも深いと落下する可能性があるが、それならまだいい。
問題は浅かった場合、足が詰まって砂の中で窒息死だ。
ついに口まで砂が来て、鼻まで覆われる前に大きく息を吸い、目を閉じ、一気に体を動かして沈んでいく。
頭の先まで砂に埋め尽くされ、もがき続けること約三十秒。
手が、砂の下で自由に扱えるようになった。
そのまま服を脱ぐみたいにぐっと下に体を押し出せば、何とか下の空間に顔を出せた。
「──っぷは!!はぁっ!はぁっ!!……うぇぇ」
靴や服の中に砂が入ったり、鼻の中にも砂が入って気持ち悪い。
しかし下の空間は懸念していたものとは違って、ちょうどいい高さで、壁をつたって下りていけば少し落ち着ける場所についた。
俺が落ちてきたところは、頭の上からサラサラと少量の砂が絶え間なく落ちてきている。
ちょっとした地下空間内、光を生み出して少し明かりを確保する。
「……人工的に作られたってわけじゃ……ないか」
明かりを灯して分かったのは、この洞穴内に張り巡らされた蜘蛛の糸。
恐らくウォールランナーの巣に迷い込んでしまったのか。
俺が立ち上がってもまだかなり余裕のある高さと幅のあるこの通路。
もちろん罠の警戒はしていたのに、こんなに広い所へ、見事に巣穴に落ちてしまった。
この階層内にかなりの規模で巣が広がっているようで、道は複雑ではないが、先が見えないほどに広い。
そんな中、奥から砂を踏み分け、こちらに猛進してくる魔物の姿があった。
人の頭ほどある大きな蜘蛛、ウォールランナーだ。
「やっぱりお前の巣なんだな……」
剣を抜いて、間合いに入ってくるのを待つ。
しかし、真っ直ぐ走ってきたウォールランナーも、俺を認識して、勢いそのままに壁を走り、天井を走り、俺の真上までやってくる。
「……狙いにくいな」
そこから糸を飛ばしてくる。
真っ直ぐ飛んでくるそれを後ろに飛んで躱す。
しかしその中に風に煽られて軌道が少し変わることもある。
対応を間違えればその偶然にやられるかもしれない。
「……風が来るってことは、外に繋がってるのか?」
ウォールランナーは答えてはくれない。
天井までの高さは大体数メートルほど。
魔法を使えば簡単に攻撃できるだろうが、崩落が怖い。
今度こそ生き埋めになれば助からないだろう。
飛び上がって攻撃しようにも、剣を蜘蛛だけに当てないといけないし、何より飛び上がった隙を狙われる。
足元にもねばついた糸が散らばって、動きにくくなってきた。
のんびりしていたら蜘蛛の餌食になってしまう。
「……こいつの巣だもんな、そりゃあ厄介か」
それなら、今まで練習してきた魔力操作の出番だ。
薄い魔力の塊を傘のように広げ、そこに火属性を流して糸を焼き切る。
そのまま魔力をさらに広げ、蜘蛛を囲み、握りこむように炎で包む。
少しして、ゴトリと魔石が落ちた。
「……ふぅ、結構集中力いるな」
魔石を回収して、更に洞窟の奥へ進んでいく。
明かりとして付けていた炎が時折風に流されて揺れる。
その風の向きを頼りにすると、外への出口を見つけた。
そこから這い出て、また体の砂を落とし、十三層を歩く。
足元に気を付けても仕方がないので、今度は落ちそうになった時にきちんと対応できるように落ち着いて行動しようと思った。
そうして敵をひたすら避けながら、また足が砂に取られたときは落ち着いて近くの場所に剣を突き立て、それを頼りに体を起こした。
それから少しして、長かった十三層の探索を終え、下に繋がる階段を見つけた。
結局この階層で出会ったのはウォールランナーだけだったが、あの地下道に他の魔物もかなり潜んでいたのかもしれない。
あの不慣れな環境の中で、あまり敵と交戦しないで済んだのは幸運だった。
* * *
「うわっぷ」
十四層。
入ってすぐに強風に迎え入れられる。
他の階層よりも風の勢いが強く、髪の毛が変な形で固定されてしまいそうだ。
向こうまで続く平原。
魔物の気配もかなりする。
近くの小さな穴から、狼の群れが姿を現す。
こちらを認識しているようで、真っ直ぐ群れが走ってくる。
青灰色の毛を風にたなびかせ、一歩踏みしめるたびに奴らの足元に細い風の線が生まれる。
遠くから走ってくる魔物たちに魔法を連射し攻撃を浴びせるも、うまく連携して躱してくる。
それでも何匹かには風の槍が当たり、数匹仕留められた。
しかしリーダー格の先頭を走る狼は素早く、攻撃を回避する瞬間に爆発的に加速していた。
魔法だ、それもかなり練度が高い。
向こうの射程距離に入ったのか、遠距離から風の刃を飛ばして牽制してくる。
今相手の残る狼は四体、一斉に攻撃されれば俺も回避で精一杯だ。
群れとしての錬度も高い。
群れといえば、一層辺りにいた灰牙犬の事を思い出す。
アイツらは呪いを浴びせるために、死に物狂いで一撃与えようとしてくるのが特徴的だった。
しかしこいつらは遠距離から徹底して削って、何匹かが仲間の射線に入らないようにうまく立ち回りながら近距離でも攻撃してくる。
剣一本で相手するには少し分が悪い。
魔法の発生も早く、風の刃は見にくくって切れ味も申し分ない厄介な攻撃だ。
だからこそ、いい練習になる。
精度も悪くない連携攻撃を上手く回避し、風魔法をぶつけて剣でいなす。
そうしてゆっくりと時間をかけて隙を伺えば、近くに飛びついてきた魔物の攻撃を避け、反撃に成功する。
なかなかない攻撃のチャンス、一発でものにするために魔力を込め、完全に両断する。
「あと三匹!……ん?」
魔物たちの方に振り返った瞬間、強風に乗って火の粉が視界に入った。
風の吹く方を見れば、巨大なトカゲが岩の上から尾を叩きつけ、火花を起こして、飛ばしていた。
「……なんだアイツ」
アッシュリザード……に似てるけどなんか違うな。
アイツはそれよりも少し細身だし、鱗の色も鮮やかな赤色だ。
中でも尻尾の先端が赤く発光していて、そこから炎をほとばしらせている。
縄張りの誇示でもしているのか?
「……うわっ!?」
そんな魔物の嫌がらせのような攻撃に意識を奪われていれば、その隙にリーダー格の狼が強襲してきた。
腕に嚙みつかれ、首を振るって歯を食い込ませてくる。
「っ!!放せ!!」
剣を振るうにも剣を持っていた右腕に噛みつかれて上手く切れない。
左手に剣を持ち替え、避けられてもいいように魔力を伸ばして振り下ろす。
「……何っ!?」
しかし、その伸びた分も含めて余裕をもって距離を取られた。
先ほど仲間を攻撃した時の俺の剣から学習して余分に避けてきたわけか。
半透明の刃に気が付いて、回避してきたか。
そして、俺の剣の振り終わりの隙を狙って群れの狼が魔法を放つ。
何とか避けた先に火の粉が舞い散り、風で勢いを増した炎が衣服に着火する。
水魔法でとっさに消火しながら、続く連撃に備える。
地面に手を向け、魔力を一気に放出しながら、水を生み出す。
「《水壁生成魔法》!!」
敵と自分の間に水の壁を作る魔法。
相手の攻撃から身を守れるが、それだけでは何も解決しない。
だから反撃開始だ
「《風弾射出魔法》!」
そこで、風の魔法も使って、攻めに出る。
撃ったのは二発。
一発目は水の壁を炸裂させ、狼のリーダーに水を浴びせて動きを遅らせる。
二発目は以前テーブルに乗って空に飛んだように、そして目の前の狼たちが使っていたように風魔法を使った爆発的な加速のため。
といっても俺はそこら辺の調節はよくわかっていない。
自分を風で吹っ飛ばせば、地面が抉れ草原の草や泥が跳ね、身体が吹っ飛ぶ。
「っぐ……!!」
腕の傷口を振り回され、血が飛び散るが、両手で握った剣は離さない。
この中で一番狙うべきはリーダー格のあいつ。
水で萎んだ身体を振って、また風魔法を纏う前に一気に剣を突く。
距離は足りないが、魔力で伸ばせば補える。
今度は隙を突いての攻撃、串刺しにし、剣を抜き、またもう一発突く。
しかし最後の執念か、身体の端が消えかけているのにそれを躱し近距離から魔法を放つ。
「っく!!」
顔を逸らすも頬が切れた。
しかし魔法を使った後の隙を突いてもう一度突けば、身体が消える速度が増し、魔石を落とした。
腕の深手を負いながらも、魔物の追撃を回避する。
「二匹だけなら、手負いの俺でも勝てるぞ」
舞う火の粉の量が増し、傷口をひりひりさせる。
その火の粉が狼たちにも降りかかり、もふもふの毛に引火する。
慌てる狼たち。その隙は、あまりにも大きい。
風を纏っているからか、燃え上がる速さも凄まじい。
すぐにもう一匹がカバーするように俺の前に立ちはだかるが、単純な一対一なら負けるはずがない。
右腕を振って血をかける。
それを避けるようにステップを踏めば、それに追従し、剣を振るう。
地面を転がるもう一匹は焼けて死んだ。
薄緑色の狼たちの落とした魔石。
その中でもリーダー格のものは一回り大きかった。
風の槍で穿った狼の分の魔石もちゃんと回収する。
計九個の魔石。
大きさも悪くないしいい稼ぎになる。
腕にポーションをかけて、包帯を巻く。
風が強い、濡れた腕がスース―する。
小高い丘から火花を飛ばしてきたあのトカゲに、戦闘で邪魔をしてくれたあのトカゲに……
「お礼しに行かないとな」
剣を抜いて、まっすぐ歩いていく。
相手も俺に気が付いたようで、低く構えて俺を待つ。
こいつも調べておきたいんだが、こんな平原では見晴らしがよくってそんなことしている暇がない。
お互いの距離に近づいた瞬間、飛び上がるトカゲ。
そんなに早くもないし、的も大きい、魔力で剣を覆って一刀両断だ。
そう思い、剣を掲げれば、トカゲが腕を広げ、皮膜を広げる。
「あ?」
全身で風を受けて、強風に乗って少し浮いて、軌道を変えてくる。
そのまま尻尾を槍のように伸ばし、突き刺しに来る。
剣で咄嗟に受けるも、火花がバチバチと上がり、思わず目を瞑ってしまう。
その瞬間、上にのしかかられ、地面に押し倒される。
右腕踏むな!痛いんだよ!!
「っぐあぁ!!?」
そのまま、俺の足に焼き鏝のような尾を押し付けてくる。
そして大きな口を開けて噛み付こうとしてくる。
「っ!《風槍射出魔法》!!」
咄嗟に放った魔法で下から突き刺す。
そして身体を削り、バランスを崩したところを転がって脱出する。
「《風槍射出魔法》!《風槍射出魔法》!」
魔法を乱射し、風穴をいくつも空け、一気に畳みかければ魔石になった。
結構大きめの赤い魔石。
それを拾い上げる。
「……事前情報なしで相手するのはやっぱりなしだな」
今までの俺がいかに無謀だったかがよくわかる。
火傷で痛む足に手当をして、今日はもう上がることにした。
出来れば十五層も見ておきたかったが、今の俺には少し早い。
中ぐらいの火属性の魔石が五つ、風の魔石は九つ、水の魔石は三つ、小さい灰魔石が一つ、かなり上々だ。
アルビレオと戦うまでの一人旅は迷宮内でこんなに落ち着いて判断はできなかった。
自分の成長に喜びながら干し肉を齧って腹を満たした。
* * *
それから俺は帰路を辿る。
十三層の砂漠地帯はまだまだどこが沈むのか、沈まないのかまるで分らない。
多分砂の流れとかが関係しているんだろうけど、そんなの一歩一歩確認しながら歩いていくのは手間がかかりすぎる。
それに、俺の背中の羽が急かす様にピクピク反応してくるんだ。
だからここに長居はしたくない。
少し無茶しながらも、早々に十二層に上がる。
以前は水質に注意しすぎてミラージュトードの奇襲を受けたが、今回は水辺の安全にも注意を向けている。
そのおかげで今日だって簡単に討伐できた。
水辺で顔や身体についた砂を落として、さっぱりする。傷口を不潔なままにしたくない。
冷たい水で火傷跡を浸しながら考える。
俺は、強い。
しかも、結構強い。
多分正面からやりあって負ける魔物とはまだであったことがない。
……いや、呪水蛇は微妙だな……
め、迷宮内で、俺は結構強い。
だというのに、俺はいつも怪我をしている。
それは、魔物たちの『生き残る力』が高いんだろう。
しかも不思議なことにそれは俺の持つ『勝利する力』とは別なんだ。
近中遠、どれをとっても俺は強い。
苦戦した狼の群れだって、遠距離から撃ちまくるだけで半分も無傷で倒せた。
けれど、苦戦した。
魔術と魔法みたいな、似て非なるものだ。
ミラージュトードの様な擬態による奇襲、狼たちの様な群れによる連携、ウォールランナーの様な縄張りを用いた戦闘、自分が有利に戦うために……いや、そんな目先の話じゃない。
『今日以降の食事にありつくため』……いやもっと言えば『死なないため』に戦う。
文字通り死ぬ気で準備している魔物たち相手だ、苦労するのは当然だ。
俺はそれを正面から攻略しなければならない。
しかし、難しい。
パシャッ!と顔に水を浴びせて。考えすぎて熱くなった頭を冷やす。
「……あーあ、アルビレオやエルナがいたらなぁ~」
二人がいたら、迷宮攻略なんてとっても簡単になるのにな。
なんて、守護者に思っても仕方ないか。
ふふっ、と小さく一人で笑った。




