人間の魔法、魔物の魔法
アルビレオとの激闘から一週間の療養を終え、そして数日が経った頃。
俺は本屋に来ていた。
ギルドの噂を聞くに、十一層以降の魔物は、魔法を使う魔物で溢れているらしい。
しかし、俺はそんな魔物の知識がない。
ということで本屋でそれについて書いてある本を買って、迷宮探索のお供にすることにした。
今までのように遭遇、そして帰還後検索という流れでは、毎度毎度初見殺しに遭って命がいくつあっても足りない。
そこで魔物図鑑を買うことに決めた。
結構分厚くって重いし、値も張るし、掲載しきれていない魔物もいるらしいが、それでもこの分厚いページ分は調べながら冒険すればかなりマシになる……はずだ。
でも、魔法ってエルナが編み出したものだよな?
人間の技術だと思ってたけど、千年の間に魔物も使えるようになったのかな。
なんて思いながら重い図鑑を開く。
今までに戦ってきた魔物たちについてもしっかり記されており、戦っただけでは知らない生態についても記されていて、かなり勉強になった。
「ふーん、旅喰らいって千年前から姿が変わっていないんだ……冒険者を狙う前は他の動物が貯蓄した餌食べて生活していたとされている……昔からろくでもない奴なんだなあいつは」
嫌な思い出のある魔物たちについても、しっかり勉強しておいた。
「旅喰らいはアルコールが苦手、多発する地域では酒の輸送に本命の荷物を紛れさせると安全。鼻が利くので好物の獣皮などは食べられないように注意……と、へ~~」
対処法とかも書いてあるし、買ってよかった。
* * *
十層、エルセリアは今日も賑わっていた。
今まで発見されなかった為に足を止めていた冒険者たちもこの数日で再度迷宮探索を再開し、中継地点として十層が大いに活躍している。
もともと街の形をしていたから素早く設備を整えれたようだ。
俺もここで軽食を取り、宿も新しくここで取った。
……地上よりもやっぱり少し割高だな……また地上の方で宿取った方が俺の財布事情的にはいいかな。
なんてことを思いながら、十一層へと進んでいった。
* * *
十一層
そこは一層と特に変わらない静かな迷宮内部。
変わらず青白い光が点々と灯されており、自分の靴音以外は特に何も聞こえない。
そんな中小さな足音と、チューチューというネズミの鳴き声が聞こえてくる。
ネズミが入り込んだのかな、と思い視線を送れば、その先には薄暗い中に小さなオレンジ色の光が動いていた。
じっと観察していれば、それが数を増やしてわらわらと集まっていく。
集まるたびにネズミの鳴き声と足音が増えていく。
早速図鑑を開く。
「……ネズミ型の魔物、ネズミ型の……小型魔獣で……あ、あった、〈トーチマウス〉だ、へー?火属性
?
えぇっと……ちょっと暗いな……『体格は大きなネズミほど』『コウモリに似た薄い膜状の耳を持ち、背中にはオレンジ色に発光する模様がある』うん、挿絵と同じ模様だな……『群生して天敵を追い払い──』ここはいいか……生態は……『微小生物を探して食べる』か。
能力……『口から小さな火球を放つ。威力はそこまでない』『単体ならそこまで怖くないが、群れに襲われれば一斉に火球を放ってくるため要注意』……へぇ~」
戦う前からこんなにたくさんのことがわかるだなんて、いいものだな図鑑。
今回みたいに先に発見できて、尚且つ調べる余裕があるときぐらいしかこんなにのんびり調べられないけれど、まぁ調べる速度と精度はこれから上げていって、どんどん知識を叩きこむぞ。
「つまり……あいつらを正面から相手するのは面倒なことになりそうだな。
ただ、自分より大きな体格の敵には積極的に襲ったりはしないみたいだし、避けて通るか」
我ながら良い判断。
接触を控えて先に進むことで物資の消費を最低限に抑えられそうだ。
それからもこの階層を探索する中でまた群れている動物を見つけた。
今回は向こうの方から逃げていった。
それでも何とか掴んだ見た目の特徴から割り出していく。
「小さな角のウサギ、耳の先端が半透明な結晶……あ、〈結晶兎〉?……いやこいつは耳の先端以外も結晶化してるから違うか……あった、〈エコーホーン〉だ。
小型魔獣、土属性……『警戒心が強く、逃げ足が早い』うんうん……能力が『耳の結晶を振動させた音波攻撃、閉所で受け続ければ体調不良の原因にもなる』か……群れでいたし結構危ないのかもな」
まぁ、魔石にしてもそこまで大きくないだろうし、お金あんまりない俺からしてもおいしい相手じゃないから、逃げるならそのままにしておくか。
* * *
十二層
そこは、大自然が広がっていた。
左には赤褐色の岩場、正面には森、右側には水辺。
特に赤褐色の岩場は妙な熱を帯びていて、水辺も相まって少し蒸し暑い。
外が今の季節寒いので厚着してきたのが仇になったか……
「……なんにしても魔物の観察だな。そろそろ魔石確保したいし」
現状今日の稼ぎがないので何とか魔物を倒して魔石を手に入れたい。
森の中にはこれといって魔物は見当たらなかったので、岩場の方にまずは向かった。
そこには、全長1.5メートルほどの大きさのトカゲがいた。
灰色の鱗、腹部は赤熱した亀裂のような模様がある。
若干周囲の空気が揺れていて、恐らく熱を有していると感じられた。
「灰色、熱いトカゲ、おっきい……〈アッシュリザード〉か」
調べるのがだんだん楽しくなってきた。
「『分類:中型魔獣/火属性』、火属性か……高温の岩場に住んでて~?『口から炎を吐き出す』結構危ないな。『連続で放つと体内の温度を保てなくなり、動きが鈍くなる』弱点もある、と。
『体の構造上、正面からの戦いを得意とする』なるほどなるほど」
それなら……と、俺はアッシュリザードの側面に回り、手をかざす。
「《水鎖高速魔法》!」
水の鎖を飛ばし、拘束する。
触れた瞬間、激しい水蒸気が立ち上がった。
赤熱していた鱗はみるみる黒ずみ、アッシュリザードの動きが目に見えて鈍くなる。
その瞬間に飛び出し、蹴り転がし、腹部の方を切り裂き、倒す。
赤い中ぐらいの大きさの魔石になり、消滅した。
「うん、魔法を組み合わせて攻略すればかなり簡単に倒せるな」
魔法の錬度の上昇、自身の戦い方のバリエーションが増えてきたことを実感できた。
持ってきた図鑑に
『水の魔法が有効、赤熱箇所が黒ずむと簡単に討伐できた』
とメモを書き足す。図書館で借りているわけじゃないから俺が好きに書き足せる。
この後数体アッシュリザードを討伐し、魔石を回収し、安全を確保したところでかなり汗をかいたので水辺に向かった。
水筒の中の水を飲みながら、向こうの水も処理すれば飲めるといいななんて思いながら歩いていく。
水は非常に澄んでいたが、テイル冒険譚によると透明イコール安全とは限らない。
きちんと舌に乗せて異常がないか確認して、問題なさそうだったため手で掬い、水を飲む。
パシャン!!
その瞬間、水辺から大きな音とともに水弾が飛んできた。
「んぐっ!?」
水を飲んでて完全に無防備なのもあり、もろに喰らってしまい、鼻に水が入って痛いし、飲んでたのが気管に入って咳をしてしまう。
その瞬間にも水弾は絶え間なく射出され、その勢いから魔物の数が一匹ではないとわかる。
しかし、辺りを見回しても攻撃をしてきた存在が見当たらない。
みっともなく転がりながら、剣を抜き、攻撃を躱しながら、出所がわからず時折被弾して体勢を崩してしまいながらも好機を探る。
よく目を凝らしてみれば、水の中に何かが反射してゆらゆら動いている。
以前に六層で似たような魔物と戦った記憶がある。
牽制という意味を込め、以前に生活魔法だと言われた火球をいくつも飛ばす。
さっきと同じように水蒸気が上がり、内一発が当たり、攻撃の主が姿を現す。
「ゲコっ」
「……カエル?」
大型犬くらいはあろうかという大きさのカエル。
独特のぬめりを輝かせ、背中の焼けた斑点は鏡面のように辺りに溶け込んでいた。
川の水を活かして、攻撃に転じてくる。
回避するたびに足元が濡れ、俺の動きが落ちていく。
「姿が見えたらこっちのものなんだよ!!《水鎖高速魔法》!」
俺だって川の水を利用してカエルを引きずりだし、地面に思いっきり叩きつける。アルビレオの攻撃を真似している。
怯んだ隙に一歩踏み出し、魔力を剣に纏わせ、振るえば、簡単に両断できた。
目を凝らせばもう二匹おり、そいつらは地上から風魔法で討伐した。
見た目に反して青い綺麗な魔石を落とした。
水弾が当たった木には跡が残るほどの勢いだったが、俺の身体が頑丈なおかげで大したダメージはなかった。
それに、エルナ対策に準備した魔法防御力の高い装備がかなり役に立っているように感じた。
戦闘後、もちろんあのカエルについても調べた。
「〈ミラージュトード〉『中型魔獣/水属性』……アッシュリザードも中型だし、中型って結構大きさに差があるんだな……
『風景に溶け込む力に長けており、背中の斑紋がそれを助けている』『独特なぬめりを持っており、地上で戦う際はそれらをばらまき行動を奪ってくる』『主に水の魔法による遠距離攻撃を行った後、獲物が弱ったところに飛びつき、噛みついてくる』……こわ、あのサイズのカエルが食べようと飛びついてくるんだ……お、対処法だ『縄張り意識が強いので、逃げればわざわざ地上まで追ってくることは稀』へぇ~……でも水補給できるし近寄らざるを得ないなぁ」
そんなことを考えながら知識を得て、辺りを散策し、真の意味で安全を確保し、続く十三層へ向かう。
しかし、今日は攻略まではしない。
魔物の様子を見て、それを調べて、明日探索という流れだ。
十三層の様子はまた変わったもので、砂ばかりの景色。
遠くに朽ちかけている石柱が見つかったり、砂がひとりでに流れていったりと、今回もまた対策法を考えさせられる。
「……おっ」
そんな視界の端で、爆走している蜘蛛がいた。
背景と同系色の少し視認しにくい体色だが、面白いくらい走り回っているので嫌でも目についた。
「……なにかいいことあったのかな」
その蜘蛛は一歩走るたびに砂を細かく巻き上げる。
遠くで少しサイズ感が掴みにくいが……俺の掌や顔ぐらいはありそうだ、結構大きいな?
「ん~っと?走る結構大きな蜘蛛……もくじもくじ……蜘蛛……これかな?〈ウォールランナー〉『小型魔獣/闇属性』……あんまり蜘蛛っぽい名前じゃないな」
そんな感想を抱きながら、挿絵を見る。……やっぱりこれだ。
「意外と普通の蜘蛛だな……『腹部には淡い紫色の魔力器官があり、そこから魔力を込めた糸を出す』ほうほう……お、住処についても書いてるな。
あんなに走り回ってるのに巣があるんだ……どれどれ……『ウォールランナーは決まった数か所に巣を張り、定期的に巡回を行う』『巣穴は地中にあり、ロックウィーバーの作った穴にしばしば巣を張って暮らしている』……ロックウィーバー?」
知らない魔物の名前も出てきた……?ついでに調べるか。
「関連ページ86……〈ロックウィーバー〉『大型魔獣/土属性』でっかい……モグラ?顔怖いな……『全長三メートル、前足が大きく発達しており、爪の硬度は岩を砕くほどだ。背中には石板のような鱗が幾重にも重なっている』強そうだな……『周囲の岩や土を操り、地中で主に生活している』『離れれば魔法の効力が失われていくので距離を取るのが推奨される』」
戦わない方がよさそうな強敵だな……
ウォールランナーの方も巣に近づかなければそんなに問題なさそうだし、この階層も気を付ければ安全に行けそうだ。
「……うん、下見完了。よし、帰るか」
踵を返し、地上へと戻っていく。
今日はかなりいい大きさの魔石も回収できたし、三層までの魔物についてもかなり学べた。
戦うだけの今までに比べて、調べる動作が増えたのは少し大変だけれど、かなり頼りになることがわかってよかった。
これからもこうして調べながら慎重に迷宮を探索していこう。
* * *
そうして、十層に戻ってきた。
今日は十層の宿に泊まってみて、明日地上に戻る感じだ。
宿は今まで過ごしていたところと特に変わらないけれど、二割増しくらいの値段だからやっぱり今までいたところに戻った方がよさそうだ。
換金してもらって、今回の迷宮探索の結果は、小金貨三枚と、大銀貨六枚。
かなりいいお金になった。
灰色の魔石よりも火や水の魔石の方が需要があるらしく高値で買い取ってもらえた。
そういう需要とかを考えながら探索者やっていかないと、お金がなかなか溜まらない。
なかなか世知辛い思いをしながら、図鑑の中の危険そうな魔物の勉強をした。
少し濡れてしまったページを乾かしながら、危険そうな魔物をどんどん見ていく。もし出会ったときに、真っ先に逃げるために。
ドラゴンみたいな明らかに危険なものから、魔法を高いレベルで扱う魔物、四足歩行から二足歩行でもかなり種類がいる。その他にも蜘蛛に蠍に百足、どれもこれも危険な魔物は大きい魔物がほとんどだ。
中には小さいのにもかかわらず即死する可能性のある毒だとか、鎧すら容易に噛み千切る、のような物騒なことが書いてある魔物もいた。
もし、これを知らずに交戦したらと思うと恐ろしい。
自分の記憶についてはまだまだ進展がないが、それでも冒険者として生活できてきている。
魔法の練習も欠かさない。
いつか魔術使えるようになればいいな、なんて思いながら、エルナに命じられた無垢な魔力の操作をひたすら練習。
エルナに次に会う時が楽しみだ。




