【エピローグNo1】動き始めた時計
ベッドから起き上がる。
窓の外を眺める。
子供がはしゃぐ声、活気に満ちた街の声。
大怪我をした俺も、次第に傷を癒して貰い、一週間が経過したころ、退院を許可された。
荷物をまとめ、感謝を伝える。
入院期間の医療費の高さにまた倒れかけたが、冒険者なので何とか安くして貰えた。
自分の宿に戻る前に、少しこの街を散歩して回る。
街の時計は昼前、朝食がまだで屋台の食事を買って食べながら公園へ行く。
串焼きと、紙皿に乗った炒め物とパン。
公園のベンチに座り、陽光を浴びながらまったりしている。
挟んで、大きな口を開けてバクン。
口の中をいっぱいにしてむぐむぐ食べる。
「んん~~!!!」
これ、結構美味しいな。
今度また買ってみようかな、何て思いながら街をまた歩く。
様々な種族が歩いて、そのほとんどが冒険者だ。
ただ、この街に普通に暮らしている人もいる。
子供たちがヒーローごっこしたり、追いかけっこしたり。
少し寒くなってきたのに、まだまだ半袖で走り回っていて、親は困ったような嬉しそうな、愛情のこもった眼差しを向けていた。
鍛冶屋に行って、ずっと使っていた剣を研いで貰うように依頼する。
防具もボロボロで、次にエルナと戦うなら、と魔法防御が高いものを選んで買うも、少し値が張る。
また街の中を歩きまわる。
いつもは遠くから見ている時計塔の真下までやってくる。
近くから見上げると首が痛いし、太陽眩しいしで時間が見にくい。
財布の中の硬貨がどんどん減っていって、ちょっと心配になってきたな。
ポーチの中の黒い魔石を取り出し、空に透かす。
しかし太陽の光を完全に遮ってしまうほどの黒い魔石。
アルビレオを倒して、手に入れた魔石。
売れば、高いんだろうな。
けれど、売るつもりはなかった。
魔法具なんかに加工すれば、何かいい使い道もあるかもしれない。
けれど、これを上手く活かすには、いい魔法具を作れる人との人脈もいるし、見極める知識もいるし、依頼するためのお金もいる。
……アルビレオには悪いけれど、当分使うことはないかな。
お守りってことにして持っておこっと。
そんな時、ちょうど時計の方を向けば針が真上を刺していた。
ぶらぶら歩きまわっている間にまた少し腹が空いてきた。
ギルドに行って、迷宮の情報収集もしたいし、昼食も食べに行く。
* * *
ギルドは今日も賑やかだ。
一週間ぶりに来たからか、いつもよりも更に騒がしいように思う。
隣の食堂でカウンター席に座って、ミーヤが食べていたサンドイッチを注文する。
なんやかんやでアルビレオ達と一緒にいる時は食べれてなかったから楽しみだ。
待つ間に新聞を読んだり、周りの話を聞けば、驚くことがたくさんあった。
深星迷宮の一から十層までの魔物がいなくなっているらしい。
そしてそれについて調査したところ原因は不明だが、本当にいなくなっており、十層に冒険者用の補給地点を作成しているとのことだった。
荷物輸送の護衛依頼もあったらしく、かなりいい報酬がもらえる話だったようだが、すっかり寝過ごした。
瓦礫ばかりで何もなかったはずの十層、しかし新聞や噂を聞く中でそんな話は上がってこない。
それを聞いて、行ってみたくなった。
あの迷宮に俺が残したアルビレオの墓が無くなっていたらとても悲しいから。
新聞を読んでいると、横から声をかけられる。
「アベル、退院したんだね、おめでと」
「ミーヤ、ありがと。
おかげで無事に退院できたよ。」
「貴方って頑丈なのね、すっかり元気そう」
「まぁね」
アルビレオにも褒められた俺の強みだ。
ちょっと誇らしげに話す俺の横に座り、雑談をする。
「新聞読んだ?私も迷宮の物資運搬依頼受けてね、結構儲けさせてもらったわ」
「結構報酬良かったもんね、俺も受けたかったな~」
「そうね、魔物も出てこなかったし、結構楽な依頼だったわ」
「やっぱりいなくなってるんだ」
「えぇ、ただ往復するだけでも結構時間かかったし、アベルって結構大変なことしてたのね」
「そうだね、何日も中に潜って、たまに出てくる、みたいな時もあったよ」
なんて話をしていると、サンドイッチが届く。
それを見て、ミーヤが少し笑う。
「この間私が食べてたやつだ、ハマったの?」
「いや、なんやかんやで食べれてなかったから今日が初」
「へー、私も今日もそれ頼んだのよね」
「お揃いだ」
「そーね」
なんて話しながら食事をとる。
少し静かな時間が流れた後、ジュースを飲んで食後の時間を過ごしていると、ミーヤが食べる手を止めてこちらに振り向く。
「そうだ、この後暇?」
「?そうだな……迷宮行って確認したくらいかな」
「ちょうどいいわ、私もこのあと迷宮行ってみたくってさ。
物資運んだり、整備したりしてたからどうなったか気になってて、一緒に行かない?」
「行く、行こ!」
「えぇ、ありがと」
そうして、ミーヤと共に迷宮へ向かう。
その前に、小さな白い花を一輪買っていく。
「……白環花?アベルその花好きなの?」
「詳しいね、そうなんだ、特別な思い出があるんだ」
「今から迷宮行くのよ?宿に置いてくる?」
「いや……これを持っていきたいんだ」
「……?まぁ魔物いないしいいと思うけど……?」
ミーヤはどこか分からないといった顔だ。
そのまま一緒に迷宮に入っていく。
いつも一人で、罠や敵を警戒しながら歩いていた道を、ミーヤとゆっくり歩いていく。
初めての感覚で何だか慣れないから、ミーヤに時々心配された。
「そういえば、記憶の調子はどうなの?迷宮で何かわかった?」
「いや……あ、でも自分の年齢はわかったよ、十七歳だって」
そう話せば、ミーヤが目を少し開く。
「同い年だったんだ、意外」
「ミーヤも十七歳?」
「そうね、冒険者になったのは去年からだから冒険者としては私の方が先輩ね」
「確かに」
そうか、ミーヤも同い年なんだ。
それに冒険者になったのは去年から……あ、そういえば俺ミーヤの事全然知らないや。
「そういえば、ミーヤってなんで冒険者になったの?」
「私?……そうね……実家が嫌になって飛び出したの。
それで一人で生きていくために、冒険者になったわ」
「結構アグレッシブなんだね……ミーヤの実家ってどこなの?」
「天蓋の森、エルディアってところよ。
世界樹の根っこが張ってるありがたいところだって言ってるだけの、古臭いところ」
「古臭いの、嫌なんだ」
そう聞けば、彼女が少し足を止め、俺の目をまっすぐ見て一言。
「大嫌い」
「そ、そっか、ごめん」
「……いや、私の方こそごめん、アベルは知らないから気になるだけだもんね」
「ま、まぁね」
でもそうか、故郷の事とか、古いものについてあんまりいい思い出が無いのかな。
アルビレオはあんなに大事にしてたから、皆そうなんだと思ってた。
世界樹の根なんて変わった言い方してたからどんなところなのか聞いてみたいけど……今はやめとこ。
「……そういえばさ、アベル」
「なに?」
そう言って振り向けば、ミーヤの顔が近づいてくる。
手を伸ばし、顔に手を伸ばそうとしながらエルナが話す。
「角、おっきくなった?」
「え?そうかな……ち、近くない?」
俺の目の、少し上のところと見ながら角に触れるミーヤ。
「あ、ごめんなさい。でも大きくなった気がするのよね」
そう言って触り続ける。
なんだか変な感じだ、顔が近くっていい匂いがするし、普段触られないところを触られて少し体が反応してしまう。
「せ、成長中なのかも」
「そうね、同い年ならまだまだ伸び盛りだろうし、もっと大きくなるといいわね」
「?大きい方がいいの?」
「そりゃそうよ、角が大きい魔族って強いイメージあるもん、魔王とか」
そう言われて納得した。
アルビレオも魔王も角が大きかった。
対する俺の角は髪に隠れ……アレ?
「あ、大きくなってる」
自分で触れてみれば、髪よりも前に角が伸びてきていた。
「やっぱりそう?よかったわね」
「うん、嬉しいな」
そんな話をしながら、各階層の迷宮の思い出話をしていれば、十層についた。
* * *
「……おぉ」
そこは、エルセリア。
崩れた瓦礫をいくつも修復して、鍛冶屋も道具屋もやっている。
様々な種族の人達が集まって、そこで商いをしている。
そして……迷宮の空、その太陽が傾き始めている。
カチリ
カチリ
時計の音も鳴っている。
「凄い、時間が進んでる」
「?何言ってるのよ、それはそうでしょ?私たち生きてるんだし。
それよりも迷宮の中に何で空があるかに驚かないのね、八、九層もそうだけど……私だけ驚いてたのかしら」
「いや、それも初めて来たときには驚いたけど、前に来た時と違う」
「……前?……アベル、貴方もしかして十層に来たことがあるの?」
「……実はね」
「!!……なんで言わないの?凄いことよ?どんな腕利きの迷宮探索者だってこの場所を見つけられなかったの。それを見つけたのに」
「……なんでだろ、目的じゃないからかな。
俺の記憶について探りたいだけなんだ、迷宮攻略も楽しくってワクワクするけど、褒められたり、称えられたい訳じゃないっていうか……」
「……そういうものなの?」
「ごめん、まだよくわかんないや」
「……いいんじゃない?」
「へ?」
「そういう、無暗にひけらかさないの、いいんじゃない?私はその方が好き」
「……じゃあ、これからもそうする」
俺がそう言うと、ミーヤが笑う。
「何?私に好かれたいの?」
「うん、好かれたい」
「あ、あ、貴方って、本当に素直ね……!?」
そんなやり取りをしながら探し回っていると、やっぱり俺が以前に置いた墓石は、先頭の爪痕とともになくなっていた。
迷宮って不思議なところだ。
花を手向ける先が無くなって残念だけど、これは部屋に飾ろう。
「……そういえばミーヤは、迷宮にいかないの?」
「行かないわよ、なんだか嫌な気配がするもの、最近は十層までならしないけど……って言うか、そのお花結局何なの?」
「……仲間の墓に、手向けようと思って」
「……そう、いい仲間だったのね、記憶の無い貴方にも優しくって、頼りになるような」
「うん……」
「お墓なら、あっちじゃないの?」
そう言って、ミーヤが指をさす。
その方向は、現実のエルセリアの墓地の方。
「あ……そうだ、あっちに墓地が……なんでわかったの?」
「?さぁ、風が教えてくれたの」
「そっか……?」
よくわからなかったが墓地に向かえば、そこに墓はあった。
そして、アルビレオの墓もあった。
前には、絶対になかった、戦いの中でこの街を走り回ったんだ。
『アルビレオ・ハーディ』
英雄がどうとか、そんなのは書かれていなかったが、武骨なのがアルビレオそっくりだ。
なら、これがアルビレオの墓……いや、帰る場所なんだろう。
花を手向け、目を閉じる。
ミーヤも同じように目を閉じる。
アルビレオの居場所に、敬意を込めて。
『ありがとう』『さようなら』
『行ってきます』
──ゴォォォン!!!
展望台の鐘が鳴った。
それは日暮れを知らせる鐘。
この鐘の音を聞いて人々は店を閉めたり、むしろ開いたり。
日暮れが何を意味するか。
この街で暮らす人の終わりと始まり。
店を閉め、酒を飲むために、食事をとるために、長くて楽しい夜が始まる。
この街の止まった時間が、流れ始める。
* * *
その後、ミーヤと地上に帰り、別れた。
宿に戻り明日からの日々に備えようとしていると、主人から手紙が届いていると言われた。
今から三日前に、リュネ村から届いていた。
恐らくリラからのだろう。
椅子に座り、明かりを点け、封を丁寧に開く。
『アベルさん、アルビレオさん、エルナさんへ
こんにちは!リラです。
お兄さんたちは今日も元気にやっていますでしょうか、私は今日もとっても元気です!
少し寒くなって、乾燥し始めたので、エルナさんに教えてもらった保湿魔法を重宝しています、お母さんも喜んでくれています。』
「……相変わらず、元気だなぁ」
『魔法についてはエルナさんに言われた通りいっぱい練習してるので、今度会ったときに褒めてもらえるようもっと頑張ります、アベルさんも追い越します!
ピアノも、昔弾いてて、最近はお母さんと一緒に練習してます。
コツコツやって、上手になるので、いつかみんなで聞きに来てくれると嬉しいです!』
その手紙の中には、まだアルビレオが生きていた。
殺した俺は、何とも言えない罪悪感を感じていたが、彼女の明るさは救いだ。
『アベルさん!私、一緒に旅できてとっても楽しかったです。
誘ってくれて本当にありがとうございました。
セレスティア、ちょっと怖いこともあったけど、皆のおかげでとっても大事な思い出になりました。
私の人生初めての冒険があの旅行で、本当によかったです。
今度リュネ村にきたら、冒険に連れて行ってってお願いしちゃうかも、覚悟しててくださいね!』
「……ふふっ」
リラらしい、元気いっぱいな手紙で、なんだか話しているのが想像できる。
いい旅になってよかった。
そして、差出人の名前を確認する。
「……えっ?」
『皆さんの事が大好きな、リラ・ハーディより♡』
───第一章・了




