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願いの果てで、英雄は笑う  作者: サングラス
英雄とは、居場所を作る者である
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31/53

【幕間】僕の居場所

ジャラリ。


ジャラリ。


子供の笑う声、窓から零れるピアノの旋律、小鳥の鳴き声、柔らかい風の音、温かい日差し。

聖国セレスティアは、もちろん今日も平和そのもの。


小さなとある片田舎。

子供が鎖でぶら下げられたブランコで遊ぶ声が聞こえる。


一人の少女の背中を、優しく押してあげている。

その背中にある『天使の羽』を、折ってしまわないように不安な気持ちと、それでも触れたい思いを孕みながら。


「アリス、怖くない?ほんとにするの?」


「う、うん!アル、後ろいてね!!?」


勢いがついたブランコ、彼女の言葉に少年は従い、後ろから更に押して、そして少女がブランコから飛び出して、羽を広げる。


バサッと羽を広げる音、顔を赤くし、少し羽ばたいて飛んで見せる。

まるでそれは白鳥のよう、鳩のよう、いや、見たことはないけど、きっとそれは天使の羽のよう。


それでも勢いが落ちて、落下する。


「も、もう無理……!」


「危ない!」


咄嗟に少年が彼女の下敷きになって、怪我を防ぐ。


「大丈夫?」


「うん!見てた?アル、私今ちょっと飛べたよね!」


「飛んでたけど……危ないよ」


いつも二人はこうして遊んでいた。

何もない田舎だから、お互いの存在が何よりも最高の遊び相手。


少年、アル。

アルビレオ・ハーディ。

暗い髪を分けて小さな角が生えた赤い目の魔人。


少女、アリス。

アウストラリス・パパス。

日が当たれば金糸のように輝く柔らかい金髪と、琥珀色の綺麗な瞳。

普通の人間の女の子、けれど背中から大きな白い羽が生えている。


二人はずっと仲良しだった。


アルビレオの父は聖騎士。

光の魔法について、様々なことを教えてくれた。

戦いの腕も立ち、エルセリアを守るために罠を整備し、堅牢な守りを固めている。


母は、魔族の女性。

アルビレオが幼い頃は膝に乗せ、一緒にピアノを弾いていた。

楽器が好きで、ピアノやバイオリン、二人の知ってる楽器なら何でも持っていた。


アルビレオはピアノを、アウストラリスはバイオリンを。

二人が大きくなって、彼女の背をアルビレオが追い越し、二人の関係が深くなっても、アルビレオの家に集まり、二人で夜な夜な音楽を奏でていた。


夜遅くなって、泊っていけばいいと言ってもらうための口実でもあった。


二人は同じベッドで横になり、星空を眺める。

星空は確かに綺麗なのに、お互いしかその世界には無かった。


想いが溢れて押し倒しても、彼女は受け入れるように瞳を閉じた。

大きくなったその羽で、アルビレオを深く包み込む。

幸せだった。

彼女の傍こそ、アルビレオの居場所だった。


ずっと一緒だと、十九歳になったころにはお互いの未来を約束までした仲だったが、その関係はある日突然終わりを迎えた。

魔族と人間の戦争、それが次第に悪化していく。


父が仕事から帰ってくる日が少なくなった。

母が街を歩くだけで視線を集め、少しずつ孤立していった。

僕はアリスと会えることもなくなり、楽器も次第に触らなくなった。


家の中にいても外にいても、周りの人間が僕たちの存在を否定する。

部屋の中で、カーテンも閉め切り、椅子に座り本を本を読んでいた。


コンコンコン。


窓を小さく叩く音。

二階の自室の窓を叩く音。

石を投げられているわけではなかった。


静かにカーテンを開ければ、月明かりが入り込む。

そしてそれを遮るように、アリスの姿があった。


「開けて?アル」


「ダメだ、会ったら君まで」


「いいから、お願い」


どこか切羽詰まった表情。

それを見て、鍵を開ければ、アリスが飛びつき、抱きしめてくる。


「……会いたかった、私、ずっと、ずっっと、貴方を抱きしめたかった……!」


受け止め、僕も強く抱きしめる。


「僕も……会いたかった……ありがとう……!」


ずっと会えなかった愛する人。

それが手の届く場所にいる、会いに来てくれた。


「ねぇアル、空の旅に出よ?少し、外でデートしよ」


「空なら……誰にも見られないか」


少し甘い判断だったと今なら思うが、頭を鈍らせるほど会いたかった。

それに、その行動が悪い結果を招くこともなかった。


大空の中、彼女の腕に掴まり、星空にグングン近付く。

しかし、結界の外に出たら俺はもう戻れない。


それを忘れたかのように、アリスは空を駆け上る。


「あ、アリス!結界!上!!」


僕がそう声をかけると、ビクッと跳ねて、バッサバッサと滞空する。


「……そう、だね。ねぇアル、高いね、ここ」


「?あ、あぁ、そうだね」


空を見れば、星がいつもよりも大きい、家があんなに小さい。

セラスの方は今日も何かしているのか少し明るい。


城壁は、今や僕達よりも下だ。


「ねぇ、アル?」


「……なに?」


「……このまま二人で、逃げちゃわない?」


「え」


彼女の言葉に驚いた間抜けな声を出す僕。

返事を待つようにじっと見つめられる。


「……ごめん、家族もいるし、一緒に居たらアリスにも迷惑かけちゃう」


「迷惑なんて!私は、貴方と一緒にいたいの、逃げ出して、二人で幸せになろうよ……!」


僕の手を包む力が強くなる。

魔人の僕に、あの家以外の居場所なんてない。


魔界に行けば人の血を呪われ。

人間と共に暮らせば魔族の血を理由に呪われる。


もう半分の、皆と同じ地には誰も目を向けてくれない。


そんな僕とアリスが一緒に居ちゃいけない。

だから僕は絞り出すように口を開く。


「こんな世界じゃ、二人で幸せに、なれないよ……!」


見上げた彼女の必死な顔。

彼女の思いを裏切りたくはない。

けれど、彼女には、幸せになって欲しいんだ。


涙が僕の頬を伝う。

僕も、アリスも泣いていた。


「……貴方って、ほんっとに、不器用な人」


「……よく言われる」


「知ってる、私が言ってる……そういうところも、大好き、愛してる」


ギュッと、空中で抱きしめられる。

僕も強く抱き返す。


「あ、ありがとう」


「……そこは『僕もだよ、愛してる』って言ってよ」


「あ、愛してる!!」


「ふふっ、知ってる」


次に抱き合って離れた時に見た彼女の顔はいつもの笑顔だった。

そうして空の散歩は終わって、自室に戻る。

そして、もう夜も遅いからと別れようとしたとき


「まだ、帰りたくないの」


珍しく、彼女がそう言って手を引き、ベッドに誘う。


「当分会えなくても、寂しくないように、愛して」


暗い部屋の中でも、僅かな月明かりが彼女の髪や瞳を煌めかせる。

そんな彼女に、暗い影が落ちて、重なって、交じった。


次の日の朝、彼女は居なくなっていた。

開いた窓、カーテンを靡かせる風。


その日が、僕が彼女に会えた最後の日だった。


* * *


それから戦争は悪化し、父は戦死した。

その知らせを聞いて僕も母も酷く落ち込んだ。


何より気が滅入ったのは、母を、魔族を愛した聖騎士など、神への侮辱だ、裏切りだと……『死んで当然だ』なんて言葉を投げかけてくる。


母はそんなことが立て続けに起き、精神を病んでしまった。

一日の大半を壁を見て過ごし、最低限の食事と世話をして、何とか支えあって生きていた。


ある日の夜、母の食事を食べさせ、世話を終えて、疲れが溜まってウトウトして眠ってしまった。

リビングの床、硬い、冷たい床に不格好な体勢でも、深く眠れてしまった。


母は、ピアノを弾いていた。

病んでから、元気もなくなって、周りに迷惑をかけないようにとピアノを弾かせなかった反動か、鍵盤をゆらゆら叩く。


あんなに上手だった演奏も、もう満足にできなくなっていた。


ドンドンドン!!!


扉が少し浮いて、棚の埃が落ちるほどの大きな扉を叩く音。

それでも僕は起き上がれなかった。


さらに強く叩き、罵声が聞こえてきたころ、ようやく目を覚まし、冷や汗が溢れだした。


「な、なん、ですっか、なんですか!?」


「開けろ!お前の母親の演奏が喧しいんだ!こんな真夜中に、ふざけやがって!!!」


「ごめんなさい、ごめんなさい!!母には僕がきつく言っておきますから、勘弁してください、お願いします!!!」


扉を開け、条件反射的に頭を下げる。

その先には何人も集まって、光源や棒を持っていた。


「そうじゃねぇだろ!今も鳴ってんじゃねぇか!さっさと止めさせろクソ魔族!殺して静かにさせてもいいんだぞ!!」


理不尽に叩かれる。

歯が欠け、口の中で砂を噛んだような感覚と、割れた歯が舌の裏にゴロゴロと入り込む。気持ち悪い。


「ごめんなざい、ごべんなざい!この村に、まだ居させでください!お願いしあす……!!どこにも、いけないんです!!!」


両手も両膝も、額さえも地面に押し付ける。

片方の、よく伸びた角が、その謝罪の格好さえ彼らを不快に思わせるものにしてしまう。


「だったらとっとと黙らせろ!!二度と魔族の汚い手でピアノなんて触らせんじゃねぇ!!」


顔を、腹を蹴り、叩き、踏みにじられる。

意識を失っても暴力が止むことはなく、また目覚めて、そして気絶する。


「もうしまぜん、ごえんらざい……ごめん……なざい……!!」


どれほど時間が経ったか、何度も意識を失い、目覚めることを繰り返しているうちに、一通り満足したのか、踵を返して帰っていく。

ボロボロの身体、耳鳴りが止めば、そういえばピアノの音はいつの間にか止んでいた。

部屋の中は、ぐちゃぐちゃに荒れて……あぁ、食器も割れて……そうだ、母さん。


「母さん、らいじょ………あ」


衰弱しきった母は、部屋の隅に乱暴に投げつけられたようで、蹲って動かない。

その両腕や指は赤紫に変色して、変に曲がって、折れていた。

ピアノも、激しく破壊されて、もはや演奏なんてとてもできない。


母さんと、父さんが誉めてくれた、大事なピアノ。


アリスと、ずっと一緒に弾いてきた、大事な大事なピアノ。


母さんも、もう動かない。

息をしている、助けたいのに魔法が上手く使えない。

父さんが教えてくれた、大事な人を守るための魔法なのに、頭が、心が、魔力が、なんかヘンになってる。

母を抱えて、僕は何もできなかった。


助けて貰いに行こうにも、この村で助けてくれる人間なんていない。

抱えて走ろうにも、身体が動かない。

やせ細った母すら抱えられない。

時間がたって、やがて母は息を引き取った。


蹲って、無様に泣くしかできなかった。


僕は、何をやってるんだ。

頭を下げて、みっともなく、プライドもなく、謝罪して、僕はただ生きてるだけなのに。


母さんをあんなに追い詰めたやつらに、なんで謝らないといけないんだ、なんで殺されないといけないんだ、なんで僕はこんなにも報われないんだ、なんで僕は母さんの面倒まで見ないといけないんだ自分のことで精一杯なのに、なんで僕のことを誰も助けてくれないんだ、なんで僕だけこんなに苦しいんだ、なんで、なんで、なんで


何で僕は、人間に生まれてこれなかったんだ。


魔族の、最愛の母を抱きながら、そんなことを思ってしまった。


そうだ、初めから人間なら、こんなに苦しい思いをしなくてよかった。

僕達を傷つける奴らみたいに楽しそうに魔族をいたぶって、何も心配ないこの国で楽しく居られたのに。

病院にも行けた、ご飯も食べれた、助けてもらえた。


アリスと、一緒に居られた。


「……は?」


僕はなんだ、何を考えてるんだ。

そんなこと考えていいはずがない、そんなこと思っていいはずがない。


けど、僕は母を無くして、大きな声で泣くことさえ許されない。

そんなことをしてまた怒らせたら今度死ぬのは僕だ。


この村の人たちは、魔族への鬱憤を僕たちに向けて晴らすことで気持ちを一つにして、あんなひどいことができるんだ。


呪った。

早くに死んだ父も、病んで一人では何もできなくなった母も、誰も助けてくれないこの村も、自分自身の血も……そして何より、それを呪う自分が心底嫌で呪いたくなる。


そうだ、この村に僕たちの居場所なんてないんだ。


それから僕は、オカシクなった。

身体を引きずって水を飲んで、飯を食べて、ぼーーーーーーーーーーーーーーーーーっと壁を眺める。


母とは違う。

壁の向こうには、村の人たちがいる。

ブツブツと、死を願い、呪い続けた。


おかしな病が、村で流行った。

僕の家から異臭がするらしい。

皆、なんでも僕たちのせいにするんだ、酷いよね父さん、母さん。


腐った母の遺体に、蛆が沸いて、虫が群がり、溶けて醜くなったソレを井戸に捨てたせいだろう。

村の皆はオカシクなった僕を、セレスティアから追放した。


殺せば自分が呪われると思ったから。

身体に鎖を巻き付けられて、結界の外に放り出される。


ジャラリ。


ジャラリ。


セレスティアに背を向けて、歩いて行った。


それからのことはあやふやだった。

山道で魔物を殺して食べて、武器がないから鎖で締め付けたり、殴って頭をたたき割ったり。

いついかなる時も、鎖がそこにあった。


寝る時も食べる時も、息をするときも。

心臓の音が鎖に伝って、血が巡るように感じた。

自分の体の一部のように扱えた。


草を分ける感覚、水に浸かる感覚、空気を斬る感覚、全部全部鋭敏に感じる。


いつからか、一晩寝れば周りの草が枯れていた。

歩いた道が枯れて、飲むために触れる水が濁って、吸う空気が汚れている。


呪いの中に……いや、僕が呪いそのものになっている。


何のために生きているのだろう。

アリスに会うため?母の敵討ちかな、それとも嫌いな奴殺そうか。お父さん、どうしたらいいかな。


ゆらゆら歩いていると、何人も冒険者と出会った。

魔物だと思い、僕を討伐しようとする。


皆返り討ちにして、バラバラにして、撒く。

そしてまたあてのない旅を再開する。


そうしている中で、いつしか住処になった場所があった。

呪いで覆われて、近くに湖があって、狩りにでて、水を飲むのにも困らない場所。

人もあまり来ない、戦争から離れた安寧の地。


ここに訪れるのは、決まって何か僕と同じように傷を抱えた人たち。

戦争を嫌ってか、周りの目を嫌ってか、世界を嫌ってか、皆ここに流れ着く。


何人も僕を見て、恐れる。

けれどお互い敵意はないから、たまに人と話すことがあった。


久しぶりに喋った時は上手く声が出せず、言葉を忘れて何も喋れなかった。

それが何だかお互い面白くって、そこに流れてきたエルフの男と話の仕方を思い出すまで相手をしてもらった。


そんな中、そうして話している僕たちに興味をもって、ボロボロになった魔人も獣人も、種族も関係なく焚火を囲んで話をする。


どこから来たのか、なんでそんな傷を負っているのか、これからどこに行くのか。


僕はそこにずっと居続けた。

獣人の男が手伝って建ててくれた小屋に住んで、流れてくる人のためにもっと沢山建てた。


流れていった人もいれば、一緒に滞在して、家を建てたり、同じものばかりだから面白味がないなんて言いながら様々なものを作る。


鎖を操って建築の手伝いをしていれば沢山喜ばれた。

多くの人が集まってきて、滞在する人が増えてきた。


山の木を切って、土地を切り開く。

何年も、何年もかけて街を作って、リーダーが欲しいと言われた時、ずっと昔からいるからと私(・)が推薦され、街の長になった。


名は『共生都市 エルセリア』


数年前まで会話すらままならなかったのに、今では周りに人がいる。


皆が触れられるように、呪いとの付き合い方も変えていった。

負荷がかかるもの、過剰に魔力を放出する呪いなどを、限界まで抑えて解呪して、自分の能力の強化に利用していた。


器用だと褒められたのは、魔法の事だけだった。


必死になって皆を導くために勉強して、報われて次第に慕われていった。


ある時、この街で暮らしていた二人が結婚し、子供を授かった。

その子の誕生は、この街にとって大きな意味があった。


共生都市の名は、ここを通りかかる人たちによって口伝され、次第に街をどんどんと大きくしていく必要が生まれてきた。

色んな種族の種族間トラブル防止策、下水道の完備、生活水準を高く、安定したものにするためにできることを尽くした。


自分たちで、自分たちの居場所を創っていった。

戦火から逃れた、私たちだけの幸せな世界を。


次第に多くの子供たちが生まれ、学校を造り、その子達と遊び、元気を貰った。

街の中を歩けば皆声をかけてくれて、皆の笑顔を見せてくれる。


戦争は激しくなっているようだが、私たちには関係なかった。

何度来ても追い払って、守ってきた。

だから関係ない、はずだった。


* * *


それなのに、ある時、鐘が鳴る。

時報ではない、危険を知らせる激しい警鐘。


夜なのに、神々しく光る集団。

あの鎧の紋章は聖騎士のもの、掲げた旗は聖国 セレスティアのものだ。


先頭を歩くのは金髪の女……聖女?


訓練させていた通り、皆上手く逃げてくれている。

なのに執念深い聖騎士はそれを一人も逃すまいと追い立てる。


街に仕掛けた罠で足止めに成功しても、すぐに踏み越え、街を蹂躙する、

私たちはこの街を守るために戦う。


展望台と、時計塔、それらを鎖で繋ぎ、早々に追い払おうとした。

そんな時、夜にもかかわらず、日の光が私を照らす。


私の呪いが、簡単に解けてしまった。


「……!?」


聖女の仕業だ、あまりにもでたらめな力だ。

ただただこちらの攻撃を潰され、塔を破壊し、聖騎士が雪崩れ込む。


しかし簡単に負ける私ではない。

何人だって打ち払い続ける。


他の皆は消耗が激しく、敵はまだ勢いが止まらない。

倒れた敵が、聖女によってすぐに戦線復帰してくるのだ。


致命傷を負わせたはずの聖騎士も、数秒後にはまた前線に参加している。


「クソ……クソォ!!」


皆に撤退を指示する。

相性が悪すぎる、私の天敵と言ってもいい。

このまま戦っていても、埒が明かない。


余裕をもって戦闘していた私が殿を務め、皆を先に逃がす──つもりだった。


「見ていましたよ、貴方ですねこの街で一番強いのは」


聖女の飲み込むような眩しい瞳がこちらをギョロリととらえる。

そして手をかざして、魔力を込める。


「《聖光射出魔術(ホーリー・レイ)》」


その光線が、街を、人を、いとも簡単に貫き破壊する。


「《聖光連射魔術(ホーリー・レイン)》」


それを何度も何度も連射する。

仲間を逃がせない。

聖女を止めようにも、聖騎士に阻まれ何もできない。


「やめろ!!!」


「敵に頼むとは、哀れですね。やめさせればよろしいのでは?」


それが出来たら苦労しない……!!

聖女『フレイ・メイ・テンス』


歴代最高峰の聖女とは聞いていたが、これほどとは。


相性や、人数、奇襲を仕掛けられたのもあるが、私が相手をしてもまるで歯が立たない。

瓦礫の上で、ついに起き上がることすらできなくなってしまった。


そんな俺を見下し、微笑を張り付け、夜のくせに後光が刺すような輝きを放つ金髪を戦火で照らしながら告げる。


「貴方は、きっとよく頑張ったんでしょうね。

それっぽくマネをして、こんな街を創って、すごいですね」


「黙れ……!!貴様に私たちの何がわかる!!!」


「人間未満の裏切り者の気持ちなんて、何もわかりません、知りません、だからこんなことができるんですよ?」


「ふざけるな……!貴様らには何もしていないだろ……!!なぜこんなことができる!?」


「ふざけてなどいません。何もしていないからこそですよ。

目障りなんです、私達が命をかけて戦っているのに、こんなことされては。

士気が下がります、私は貴方たちのような者たちを許しません。

世界を変えることから目を逸らし、そのくせ世界平和を願っているような存在を」


「なら!!貴様が変えればいい!!魔族と人の争いを終わらせられる力があるだろう!!?」


「ありますよ。

ただ、私の犠牲の上でヘラヘラ幸せそうに生きていくのが許せない」


即答すると彼女の張り付けるような笑みが消え、冷たく見下ろす。


「貴方の敗北は、呪いを生みます。

この街の皆が貴方の敗北を許すはずがありません。

傷ついた者たちを今、貴方は戦火の中で裏切ってしまったのです」


「違う!!裏切ってなどいない!!!」


「違いません。

この街の人々はもう人の手を取れません、私たちが必ず追い詰め、殺します。

この街の痕跡は、共存を否定する呪いになります。ご協力、ありがとうございました」


そう言って頭をぺこりと下げ、魔術を放ち、私を置いて去っていく。

聖騎士が人々を追い立て、鎖で繋いで引きずっていく。

そんな光景を、霞む意識の中、無力感で煮えたぎりそうな思いの中、目蓋を遂に閉じた。


この日、私はまた、居場所を失った。


* * *


瓦礫から這い上がり、雨の中目を覚ます。

なぜ殺されなかったんだろうか。

それから何日待っても、誰もこの街に帰ってくることはなかった。


瓦礫の中にいると、頭がおかしくなりそうで、皆の墓を建てて、時折話しかけていた。

それでも限界が来て、しばらくしてその街を去った。


少しして、勇者が魔王を討ったと聞いた。

戦争は終わったらしい。


なら、魔族は処刑でもされるんだろうか?魔人もきっとただでは済まないよな。

私は世間から離れ、流れ、いつしか未練を抱え、迷宮の中にいた。


私の望んだ世界はどこにあるのだろう、私は何のために生まれてきたんだろう、私たちはなぜ死ななければならなかったんだろう。


誰か教えてくれ。

それだけが今の歩く理由だった。


地下深くに、懐かしい鐘の音が鳴る。

ボロボロのエルセリアの中、気が付けばそこにいた。


迷宮の中のエルセリア。日は沈まない、時間は動かない。

落ちている本を読んで、空を眺めて、いない誰かに話しかけて、遊んで、眠って、長い時間を過ごした。


* * *


ある日、迷宮に一人の少年がやってきた。

少年は、昔の私によく似ていた。


しかし、少年は少年で、昔の私ではなかった。


外の世界は、自分が思ってたものと違った。

千年という時間は、私を遥か過去のものにしてしまって、世界は平和になっていた。


冒険者になり、地図を探し、歴史を調べるために図書館に。

様々な英雄の名前があった。


私の街を殺した英雄の名もあった。

歴史の中に、私たちの記録はほとんど残っていなかった。


エルセリアは、もう名前も残っていなかった。


少年と共に、世界を見て回った。

それはあまりにも狭い世界。


それでも、様々な違いがあった。

世界は平和になったんだと、何度も痛感した。


それはとてもいいことなんだろう。

だけれど、納得できなかった。


ただ、旅の中に、少年の心の中に、未来を見出した。

自分と勝手に重ねて、期待していた部分もあった。


彼ならば、私の未練を解消してくれると。


叩き落し、さらなる試練をあたえ、それさえ乗り越え、それでも私とまた歩んでくれた。


エルセリアにも向かった。

聖女と話し、自分の中の思いを吐き出せた。


一人になった時、懐かしいものを見に行った。

セラスから遠く離れた田舎の集落。


綺麗な川が流れ、小屋が立ち並ぶその村は千年前と特に変わらなかった。

九層のモデルになった私たちの故郷は、千年前のもの。

今は魔法が発展して、少し様子は違うけれど、同じに見えた。


遠くに見える城壁。

あの日、アリスの提案に乗って、あの城壁を越えていたら、私は幸せになれたんだろうか。


きっとやり方は他にもたくさんあったはずなんだ。

なのに、僕はそれが思いつかなかった。

彼女の勇気を、踏みにじってしまった。


リュネ村にリラを送り、エルセリアをもう一度見に行く。

墓を、見に行く。


私の遺した墓は今でも残っていて、あの日のように言葉を投げかける。


そんな中、私の墓を見つけた。

私が作ってなどいない。


ならだれが?


私の死を悼んで、その名を未来に残してくれていた。

それだけで何よりうれしかった。


誰かがまたこの街に戻ってきて、私のために墓を残してくれた。

英雄と、呼んでくれていた。


私は、彼らの救いになれていたように感じた。

そしてその行動に私は救われた。


……そうだ、私は助けたかったし、助けられたかった。

お互い助け合う。

目指していた姿は共存なんだ。


この世界には、もう戦争はなく、平和に見える。

差別は残っていても、それを無くそうと尽力している、考え方が変わりつつある。

世界に少し、希望が持てた。

呪うほど憎んでいた世界を、それでも愛してきた。

それが、愚かなことじゃないと、思える気がした。


私とアリスのように、種族の壁を理由に幸せになれないなんてこと、あってはならない。


おせっかいだが、アベルも誰かを愛すことがあるのなら、愛していること以上に理由はいらない。

愛せない理由なんて、考えなくていい。


ありがとう、アベル。

君の隣に立って、私の居場所がまた一つできた。


* * *


アベルは、ついに私を越えていった。

本気で戦って、私は負けたんだ、後悔はない。


私の街はもうどこにもない。


それでも、この世界を愛していた。

愛する人たちの生きている世界だから。


これから死んでも、何も後悔はない。


帰るべき居場所があるんだから。

死の間際、涙を流してくれたアベルを見て、エルセリアで生まれた赤子の事を思い出す。


戦争を嫌った人間と魔族の子。

小さな角、抱かせて貰った身体はあまりに小さく、そして強い生きる力で満ちていた。


この街があるのは、この子を守るため。


産まれてきてくれてありがとう、ほら、皆嬉しいんだ。

大丈夫、もう泣かないで。


この世界に、君が生まれたことが祝福だ。

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