GO BEYOND
「── 《護城穿》」
引き絞られる必殺の一撃。
──ドクン
青い光の中に胎動めいた音が大きくこの階層に響く。
放たれる直前、アルビレオの纏う青白い光を引きちぎる。以前と同じだ。
お陰でタイミングは簡単に測れた。
あの一撃、雑に言えば超強力、巨大な弓矢。
あまりにも早すぎて避けられなかったそれから逃げる。
ただ逃げるだけじゃない、勝算を持って前へ向かう。
──その瞬間青い光が瞬いて、矢が放たれる。
そしてその瞬間、俺も前へ走り、飛び出す。
激しい破壊音、風圧、瓦礫を踏みつけて、風に乗って大きく跳躍する。
アルビレオのその一撃の都合上、どうやっても塔を狙うことはできない。
目論み通り、塔は無傷だった。
壁に剣を突き立て、そこから魔力を放出して穴を開け、展望台の中に入り込む。
「……うわぁ」
自分が入り込んだ穴から見たエルセリアは黒い大穴を開け、自分がさっきいた場所は今まさに大きな音を立てて崩れていく。
タイミングを一つ間違えば死んでいた。
だが、あの攻撃を退けた。
それさえどうにかすれば鎖を失ったアルビレオを仕留めればいい。
螺旋階段を駆け上り、鐘のすぐ傍まで向かう。
「……あれ?」
そこにアルビレオは居ない。
次の瞬間大きな地鳴り、塔自体が大きく揺れる。
アルビレオが居ない、塔の揺れ、無関係とは思えない。
背中の方から嫌な予感がビリビリ来る。
咄嗟に隣の時計塔目掛けて展望台から飛び出す。
道ひとつ挟んで隣にある時計塔に飛びつき、壁面に指をかけて何とか落下を止めた瞬間。
ギャゴン─!!!
巨大な鎖の塊が石造りの塔を抉り抜き、鐘のど真ん中を貫いて、塔の下から頂上までを一気に穿つ。
「……どこから二発目……いや」
『お前を追って撃ち殺す』
「一発目が……まだ続いてるんだ……!!」
恐らく地面に向かって撃った一撃を操って、十一層辺りをえぐってピンポイントで塔を穿ってきた。
巨大だからといって精度が落ちてる訳じゃない……まるで巨大な蛇。
空まで撃ち上がった護城穿が今度は撃ち下ろそうと時計塔を狙う。
見上げた瞬間、確かに見た。
空中に静止するアルビレオの姿を。
「なにが?っ……!?」
あんな上空にいたら俺の攻撃は届かない。
しかしそれよりも、この一撃を回避しないと!
アルビレオが上空からなにか追撃してくる様子はない。
護城穿を操るので精一杯なんだ。
よく見れば赤い血がぼたぼたと地上に落ちてきている……反動でもあるのか、それがすぐに追ってこれなかった理由か。
軌道は真っ直ぐで単純だ、狙いも上から俺を見下ろして確認するだけだから雑。
ただスピードと威力が異次元。
時計塔から飛び出し、落下の勢いを魔法で殺す。
「──ぐへっ!!」
それでも足が痺れるし、何より足場が悪くて着地が難しいし、攻撃が掠ってしまった。
ただそこまで大きな怪我ではないし、呪いは魔法具で何とか抑える。
振り返れば俺がさっきまでいた展望台も時計塔も真ん中に大穴が空いて崩落し始めていく。
その瓦礫を何とか避けていれば、また地面が揺れる。
──こんな無茶苦茶な攻撃を連発されたら、十層が崩落するんじゃないか……!?
しかしそんなこと考えていても止める手段は一つだけ。
「……アルビレオを倒すしかない」
上、下の順で連撃をしてくるが、一発一発の間隔は広い。
剣を構えて、自分に触れないように逃げながら剣で受け流す。
しかし回避先を読まれていたのか真正面から受けることになり、勢いに弾かれ、身体が回転し横腹を大きく抉られる。
「がふっ……!」
横腹の肉がなくなって、白い骨が少し見える。血がビチャビチャ流れて、動けなくなりそうな激痛。
爆ぜた太腿の怪我が完全に治ってないから動きが悪かったんだ。
なんて反省している暇はない!!次は撃ち下ろし……
「……?下りてこない……?」
上へ、上へ、さらに上へ伸びていく。
アルビレオがいるその場所にまで伸びていく。
なんにしても時間ができた。
アルビレオを観察すれば右腕を空にずっと掲げたまま静止している。
左手で鎖を指揮するようにゆらゆらと動かしている。
その右腕からは一本の長い鎖……突き刺さっているのは……空?
「……あ」
この街に感じる閉塞感。
動かない雲、止まった時間。
そう見えていた、あの空さえも、空に見えてるだけで……罠だとしたら。
どこまでも伸びていけるはずの空、その『天井』に護城穿が突き刺さる。
一撃が、十層の天井の中で広がり、膨らみ、破裂させ、空に蜘蛛の巣のような亀裂が走る。
雲も、青空も、太陽も。
青白い光が叫ぶように空から……いやその奥から光る。
空が堕ちる。
大きな瓦礫が、空から降り注ぐ。
予測される結末は『圧死』
『撃ち殺す』という宣言すら罠。
活路を見出すために上を見上げれば、瓦礫の中に混じるのはボロボロになった鎖の残骸たち。
───そして、大きな瓦礫を滞空に使っていた一本の鎖で結び、矢の代わりに自分をつがえるアルビレオの姿。
それは護城穿とよく似ている。
避けた隙を狙うつもりなのだろう。
しかしアルビレオもズタボロで、鼻からも口からも、血を流し、赤い眼が溶けたのかと錯覚するほどドクドクと流血は止まらない。
それでも、アルビレオの視線が鋭く俺を射抜く。
すぐに回避行動をとらないと、危険だ。
不規則な瓦礫の落下、高さもある、当たればタダでは済まない。
けれど俺は、アルビレオを超えていかないと。
──活路は、前にしかない。
魔力を込め、叫ぶ。
「《風槍射出魔法》!!」
魔力を練っている予備動作の間に、アルビレオが自身を守る盾であり、自身を砲弾とする土属性の防壁を何重にも展開する。
あれじゃ俺の魔法は貫けない。
──はなから貫くつもりもない!!
狙ったのは俺とアルビレオを結ぶ間にある瓦礫たち……そして発射台にしている大きな瓦礫、そこを結ぶ鎖の部分を穿つ!!
『護城穿』の弱点は、連発できない一撃必殺。
それをアルビレオは操作し何度も叩きつけて弱点をカバーした。
自身に降りかかる呪い、その影響を、迷宮の偽の空に突き刺して滞空することで隙を見せないようにした。
俺の予想や想像なんて全部簡単に超えられた。
──ただ一つ、千年前にアルビレオが負けた、絶対にして不変の弱点は残っている。
『撃つ前に、撃てなくすればいい』
瓦礫の方に守りを固められたら、貫けず、負けただろう。
ただ、アルビレオが矢になれば、自分が狙われることが最大のリスク。
アルビレオも限界だ、自分を守らないと負ける、だから守ると読んだんだ、慎重な男で、全部守れるほど器用な男じゃないから!!
バランスを崩すアルビレオ。
魔法を解き、俺の魔法が作った一本の線に、自身の鎖を伸ばし、俺を突きに来る。
横に避け、鎖を掴む。
アルビレオの最後の執念が伝わるような重い呪いの感覚。
「スゥ―――」
大きく息を吸い、胸いっぱいにし、息を止める。
その瞬間、身体を回転させ、鎖を自分の身体で絡め取りながらアルビレオに接近する。
腰を捻じるたびに横腹から血が溢れる。
「────っつぐ……!!!」
歯を食いしばり、まだ息を吐かないように胸に鎖を巻き付ける。
離さないって、信じてる。
そして、アルビレオの眼前まで来たところで息を吐く。
「アルビレオォァ!!!」
そう叫ぶと、アルビレオも剥き出しの拳を構え、鎖に拘束された俺を打とうとする。
「アベル!!!」
胸から空気が抜け、隙間が生まれた瞬間、鎖から抜け出し、拳を躱す。
そして、崩落するエルセリアの中、瓦礫を乗り越えた先に、その瞬間だけ世界が止まったように静かだった。
「俺の、勝ちだ」
そう静かに告げ、剣を突き刺す。
腹部の真ん中に、剣が刺さり、アルビレオが血を吐く。
そして、二人瓦礫の上に落下する。
激痛、意識が飛びそうになるが、何とか必死で繋ぎ止める。
剣から手は離れ、アルビレオに突き刺さったままそばで横になっている。
「ゴフッ……も……う、動けそうに、ないな……」
光の魔法で自分の怪我を治癒しようにも、死ぬまで苦しむ時間が伸びるだけだと悟り、アルビレオが笑う。
「負けた……凄まじい成長だ」
「っぐ、おえ……あり、がど……」
血を吐き、横腹を抑え、呪いの進行を止めるため魔法具に魔力を注ぎ込み続ける。
その様子を見て、アルビレオが口を開く。
「フフ……勝った君も死にそうじゃないか……悪いが助けないよ、地上に帰れず、私と相打ちだ」
そういって、守護者として俺に憎まれ口を言う。
しかし俺もにやりと笑い、懐から二本の瓶を出す。
「クハハ……四級聖水と、セラスのポーション、予備で……隠してたのさ……!!」
その様子を見てアルビレオが目を見開く。
「馬鹿な……すべて破壊したはず」
アルビレオが、俺に騙された。
「アルビレオなら狙うと思ってた。だから、対策したのさ」
ギュポンと栓をあけ、ポーションと聖水を浴びる。
セラスのポーションは質が良いと言われていた。その効能をこの身で体感する。
傷口に沁みて激痛が走るが、少しすれば落ち着く、動ける、そして立ち上がる。
「どうだ……!」
そういうと、目を閉じ、崩壊した空を仰ぎながら一言。
「……完敗だ」
足元には空の破片が落ちていた、不思議な世界だ。
空は青白い光が傷を隠すように照らしていた。
アルビレオの身体の端から光が零れる。
迷宮で、魔物を倒した時に起きる反応。
……アルビレオは、死ぬんだ。
俺が殺した、先に行くために、超えていくために。
そんなことを考えている俺の表情に気が付いたのか、アルビレオが優しく笑う。
「これでいいんだ、これで。
私は、この日を待っていた、何も怖くない、悲しくない、未練などない……千年先に、私の居場所はあった」
エルセリア跡地の大きな墓。
アルビレオの居場所、帰る場所。
ポタリ
「……あれ?」
雨が降る。
いや、おかしいな、空は足元にあるのに、どこから。
「……泣いてくれるのか」
「………?え?」
ジャラリ。
頭をポンと撫でられる。
「……この三か月、私の居場所は、君の横だった……私の居場所をくれた君は、私にとって間違いなく英雄だった。
ありがとう、私の小さな英雄」
そんなことを言われたら、余計に別れたくなくなってしまう。
「……俺の方こそ、ありがとうアルビレオ」
「私は何もしていない。君がこの試練を乗り越えてきたんだ」
あぁ、この男は、本当に、どうしようもないほど……
「不器用だ」
「よく言われる」
そういって、満足げに目を閉じ、光が更にアルビレオを強く包む。
「あぁ……僕も、今行くよ………アリス」
アルビレオの瞳の裏には、一人の最愛の人の姿があった。
その背景には、在りし日のエルセリアが広がっていた。
手を引いて、自分の街を案内して、今日からここが僕たちの居場所なんだと微笑みかける。
とても、柔らかい微笑みの中、十層の守護者、アルビレオ・ハーディは光と共に消えていった。
ガランカランと、付き刺さっていた剣が落ちる。
黒い魔石が一つ、そこにはあった。
アルビレオの髪の色にそれはよく似ていて、今までに見たどんな夜よりも深く暗い、そして圧倒的な力が凝縮されていた。
「…………」
剣を収め、魔石を拾い上げ、近くにあった大きな石をアルビレオのいたところに置く。
別れは、さみしい。
やっぱり悲しいものだった。
目を閉じて、もう話せないアルビレオの姿を思い出す。
あぁ、そうだったんだね、アルビレオ。
あの日、貴方がエルセリアで瞳を閉じて、自分の墓前でなんて話しかけていたかわかったよ。
「行ってきます」
自分の過去を、超えていったんだね。
ジャラリ。
ジャラリ。
ジャラリ。
地面に落ちた空の欠片に混じった鎖の破片が、それを踏み越えるたびに静かな十層に鳴り響く。
さぁ、帰ろう
俺の居場所へ
* * *
八層で、迷宮の中で、他の冒険者パーティと出会った。
お互い初めての事だった。
ボロボロの俺を気にしてそのパーティの人たちは一緒に地上まで送ってくれた。
そして、その間、魔物が出ないことを皆不思議がっていた。
そして、九層が安全なことを知っていたそのパーティは、俺がなぜ怪我をしているのか気にしていたが、怪我が酷かったからそのまま上に送り届けられた。
ギルドまで運ばれ、手配された一団に、回復のために必要な施設へ送って貰えた。
数日寝ている間に、ギルドは大騒ぎになっていたらしい。
迷宮の中の魔物がいなくなって、十層の道が開いて、そして十一層以降の攻略が始まった。
俺が何かしたんじゃないかと、あの日ギルドに運ばれてきた俺を見た人たちは噂しているが、まだ噂程度だ。
* * *
「元気そうじゃん」
病室で療養しながら、世間のそんな話に置いて行かれている俺のもとに、一人の女性が見舞いに来る。
リンゴを籠に詰めて持ってきた、特徴的な翡翠の瞳と、エルフ特有の長い耳。
「あ、ミーヤ、久しぶり」
「久しぶり。話すのは二か月ぶりとかかしら……?」
「かもね、どうしてここが?」
「アベルが運び込まれたときたまたま食堂で食べててね、あなた身寄りいないんでしょ?一人は暇だろうから、付き合ってあげるわ」
そういって近くの椅子に座って、リンゴの皮をナイフで器用に剥いていく。
「優しいんだね」
「そうかもね……ほら、食べて」
「うん……ねぇミーヤ、変なこと言ってもいい?」
「変なこと?……なーに?」
「俺、今ミーヤと話せて、ちゃんとグランディアに帰ってきたんだって気持ちになった」
そういうと、ミーヤは少しきょとんとした後、小さく吹き出し
「ふふっ、何よそれ?」
「わかんない、けど、なんだかそんな気がしただけ」
シャクっと音を立ててリンゴを食べる。
「みずみずしくておいしいね」
「私の目利きに、外れなしよ」
そう誇らしげなミーヤ。
初めて会った時もこの目に助けられたんだったな。
「まぁとりあえず、危ない迷宮からよく帰ってきたわね。『おかえり』アベル」
「ぁ……うん」
「……うん、じゃなくってさ、帰ってきたんでしょ?」
そう言われてハッとする。
そして、笑って言葉を返す。
「『ただいま』」




