呪いの英雄
「……よしっ」
荷物を確認する。
聖水も、魔法具も持っていく。
リラから貰った花はもう時期が過ぎて枯れてしまったので残念だけどさようなら。
宿を出て、迷宮に向かう途中、エルナと出会う。
「あ、エルナ」
「やっほ、アベル。
準備万端って感じかしら?」
「……うん」
「そう……アルビレオは、強いわ」
「知ってる」
「……けれど、アベルならきっと超えられる。
ワタシはこの後迷宮に帰るから、また会いましょ」
「……うん、ありがとう」
「いいのよ、ワタシの事は今はいいの」
そういって額を指でチョンと突いてくる。
「じゃ、またね」
そういって手を振って迷宮の中に消えていった。
俺も準備を整え、迷宮の中に潜る。
* * *
一層から四層はいつも通り剣でどうにか戦い抜く。
五層は無視、六層は気持ち悪い空気は変わらず、けれどダメージはない。
七層の迷路もまだ慣れないけれど、時間をかけて安全に。
八層の長い道は走って突っ切り、あっという間に九層に着く。
疲れをいつものように癒す。
罠についてもほとんど引っかからなくなったし、初めに来た時よりも明らかに強くなっている。
ポーションも、聖水もただの一度も使わなくたってここまで来れるようになった。
門を押す。
その先に、彼が待っている。
攻略法は考えてきている。
ただそのためにはいくつかの仮説を実証して、何より生き残らなければならない。
ただ、あの時に確かにあるはずの『隙』
そこを狙って勝ちに行く。
* * *
十層
以前と同じように、彼はそこにいた。
「アベル、来たか」
「あぁ」
「……いい眼だ、それでいい。
私を超えてこの先に行くには、生半可な気持ちでは先に行けん。
長くを共に過ごして、情もはっきり言ってしまえばある。
それでも私はこのエルセリアを守る者。《十層の守護者》として、全力で相手する」
アルビレオの鎖が街中に伸びる。
あれが厄介でたまらない。
俺も呼応して剣を抜く。
魔法の準備をする。
「こい、アベル」
「あぁ、行くぞ!」
剣を構えてまっすぐ走る。
不安定な足場でも速度は落とさず、距離を詰めていけば、影から鎖が伸びてくる。
剣で受ければ、鎖に絡めとられ、武器を自由に扱えない。
そのタイミングで武器や瓦礫を鎖に引っ掛け飛ばしてくる。
剣から魔力を放出、固めて刃のようにし、絡め取る鎖を内側から切り裂き、伸びた間合いで瓦礫も切り払う。
「ずいぶん豪快な戦い方ができるようになったな」
「まだだ!!《風槍射出魔法》!」
剣に纏わせた純粋な魔力に、魔術回路を通じて風の魔法を放つ。
薄緑の風の塊が、槍のように瓦礫や鎖を貫通し、アルビレオを襲う。
「っ──!!」
アルビレオの左腕が、避けきれず少し抉れ、鮮血が上がる。
本当はエルナみたいに風の魔術を使いたいけど、まだまだレベルが足りないから今はこれだ。
「どうだ!!」
肩を抑えるアルビレオに油断せずそのまま走って距離を詰める。
アルビレオから見て左側の鎖の動きが悪くなる。
アルビレオは解呪が上手いことから光魔法の使い手、怪我の回復もお手の物だろうが、それでも一瞬時間ができる。
距離を取られては勝ち目がない、一気に前へ!
「その身体能力は、厄介だなやはり」
そういいながら鎖を振るう。
避けた先にある地面のわずかな違和感、へこんだ地面の罠を避け、そのまま前に進む。
「通り抜けさせんさ」
俺が避けた鎖が罠を叩き、勝手に罠を作動させる。
「何っ!?」
だが、何も起きない。
「……しまった!?」
罠だと思わせて、避けさせ、そして発動を勝手にして、それも視線を誘導するための……罠!?ややこしい!!
「いい反応だ、だからこそ、引っかかる」
屋根を鎖が削り、破片を降らせる。
ダメージは大したことはないが、視界が制限される。
そして、その落ちた破片が今度こそ地面の罠を発動させる。
落とし穴、縄をひっかけ体制を崩す罠、剣や槍が飛んでくる罠、どれも判断が遅れれば致命傷に繋がるかもしれない。
それを回避している間にアルビレオは傷を回復させ、戦闘に支障のない範囲まで復帰している。
また鎖が飛んでくるが、やはり回復中の方が攻撃の勢いが弱かったように感じる。
明らかな隙だった。
その間の埋め合わせとしてさっきのように罠を発動していたんだ。
……いや、勢いが弱かったのも罠かもしれない……なんて言い始めれば疑心暗鬼になってしまう。
距離を詰め、魔法を使い鎖も投擲物も回避する、
そして今度こそ近距離戦に持ち込んだ。
拳に巻いた鎖で上手く攻撃をいなされ、細かいカウンターで呪いを蓄積させられる。
だが、攻撃される場所を誘い、その場所に無属性の魔力を張っておく。
攻撃が当たる瞬間に、魔術回路から水の魔法を放つ。
「《水壁生成魔法》!」
誘い込んだ拳に水で防御。
「練ってきてるな……!!」
その水の壁を炸裂させ、飛沫でアルビレオの顔に水をかける。
避けられるが、体制が悪い。
そのまま、剣を振るえば、始めてまっすぐアルビレオの胸を横に割いた。
身体に巻き付けられた鎖の隙間を狙った一閃。
アルビレオも食らう覚悟で半歩引いて重傷を回避する。
そして手を当て回復魔法に入る。
「っく……!《聖光治癒魔法》……!」
『一度に出せる『実戦魔法』は一つだけ』エルナの言葉を思い出す。
「今が好機!!」
距離を詰めれば、アルビレオが蹴りを放つ。
剣で受け、そのまま懐に入って、なにもさせずにっ────
「重っ────!?」
受けようとしたその蹴りを受け切れず弾き飛ばされてしまう。
今までの攻防の中であんな一撃はなかった。
ガン──ガン──ガン──!!
壁を何枚も突き破り、何処かの家屋の中に吹き飛ばされる。
頭からぽたぽたと血が流れ落ち、耳の奥で甲高い音が鳴り止まない。
「なんっだ……今の……!?」
急いで頭からポーションを被る。
それでも体が重い。
ふらつき、テーブルに手を置けば、そのテーブルごと片手で押しつぶしてしまう。
身体の重さが何倍にもなったというよりも、何か上からのしかかるように重い。
恐らく呪い……それでもこんなにひどい状態になったのは初めてだ。これが本気?
四級聖水を早速使って何とか体の感覚が戻っていく。
穴が開いた向こうに、俺と同じように押しつぶされそうになって、蹲っているアルビレオが遠くに見える。
「……そういう……ことか!」
アルビレオは自分に呪いをかけたんだ。
そしてその重さを乗せて蹴りを撃って、その呪いをさらに俺に押し付ける。
自分はそれを直ぐに光魔法で解呪、結果俺には一方的に蹴られて、聖水がなかったら呪われたって結果が残るのか。
厄介だ。まさしく呪いの英雄、自分も相手もお構いなしに呪って、追い詰めてくる。
だが、どうやらポーションの効果が出て調子を取り戻すのは俺の方が早い。
まだ蹲っている今のうちに距離を詰めないと。
駆け出し、自分が吹き飛ばされてきた穴を通り抜けていく。
その時、足元が揺れる。
地鳴りのような大きな音、窓の外の景色が……沈んだ。
いや違う、俺のいる家が浮かされている!!
「全然元気じゃん……!!」
アルビレオの方に文句を言いながら向けば、スッと立ち上がり、傷を抑えながら鎖を操っている。
倒れていたのも……演技か!!
一気に上昇、加速。家の床に叩き付けられ、重力に上から押し付けられる。
次に足元も机も椅子も絨毯も、皿も何もかもがふわりと宙に浮かぶ。
窓の外には、展望台の鐘が真横に見えた。
「──どんだけ高く投げ飛ばしてるんだよ……!!?」
家の外に飛び出し、滞空時間にして何十秒もありそうな高さに身を乗り出す。
高いところから落ちるのは、これよりもずっと怖い思いをしてきたから大丈夫、冷静だ。
家の中からテーブルを一つ引きずり出し、その上に乗り、無垢な魔力で強化する。
そのテーブルの下から、風魔法で爆発的な勢いを生む。
「実戦初披露がこんな一発芸でごめんな!《風弾射出魔法》!!」
またエルナの言葉を思い出す。
『いい?二人とも!魔法っているのはね、自分の魔力を使って扱うものなの。
だから自分とおんなじくらい大切なものだと思いなさい!!一発も無駄にしちゃだめ、一発も雑に扱っちゃダメ、あと絶対に可愛がること!いいわね!!?』
無駄にしない。
推進力に乗って目指すのは展望台。
テーブルに乗って空を飛んで、展望台の壁に何とかしがみ付く、
勢いを殺しながら壁伝いに降りていくも、そんなことを簡単に許してはくれない。
しかし、鋭利なものを投げてくるばかりで塔ごと俺を大きな瓦礫で破壊しようとはしない。
攻略に必要な仮説その一
あの必殺技を使うためには時計塔と展望台の二つ、つまり発射台が満足にないと使えない説。
千年後のエルセリアは以前に俺と戦った時のようにめちゃくちゃになっていなかった。
恐らく千年前、アルビレオは必殺技を使う前に負けたのだ。
なぜ使えなかったのか、それは折れた二つの塔。
千年前にアルビレオに勝った誰かはそうして封じたんだ。
だが、そいつはそれを封じて、勝てる算段があったから。
──俺はこの塔を破壊しない
理由は二つ
一つ目が破壊するような力がないから
もう一つは……
なんて呑気に考えている場合じゃない!!
剣で弾き、水の魔法で守り、着地は風で緩和し、すぐにアルビレオを探しに行く。
鎖だけ伸ばしてきて、どこにいるかまるで分らない。
治療もどこかで済ませているのだろう。
腰を落とし警戒していれば、真下の下水道から鎖が伸びてくる。
「っ!!」
予想外だったが対応できる。
しかし、予想外が一つあるということは……アルビレオは必ず攻撃を繋げてくる。
視線を誘導し、鞭を撃つように足を鎖が叩きつける。
「いっ──!?」
太腿の肉が爆ぜ、血が止まらない。
その瞬間俺の顔に影が落ちる。
見上げればそこには鎖で繋がれた大きな瓦礫の塊。
避けようにも足の痛みと痺れ、嫌な脂汗が止まらず判断が遅れる。
しかし、食らってはならないそれを、剣に込めた魔力で一刀両断する。
パリン!!!
その瞬間、持っていた荷物から甲高い音が聞こえる。
そしてポーションごと、背中のあたりに鎖の鞭が命中する。
「っつ!!!」
やられた、ポーションや聖水を狙われた。
最後に割れたそれを何とか浴びれたが、これ以上回復はできない。
呪いも解けないから、アルビレオは堅実に弱い呪いを重ねて俺を倒そうとするだろう。
魔法具の存在を、知らないから。
確実にローリスクに攻めるアルビレオの性格が裏目にでる。
「ちっ!」
思い通りの流れ……しかし危険。
舌打ちをしたのは、小さなナイフが頬を掠めたから。
鎖に繋ぎ、振り回し、投擲する。早すぎる。
風を切る鎖の音と、アルビレオが構える姿が見える。
それが、何本も、何本も、避けるのが難しい速度で次々に飛んでくる。
防具で上手く受け流したり、風の魔法で軌道を狂わせてみても、全ては避けられない。
あっという間に血まみれになった。
傷が浅いが、出血が不味い、剣が滑るし、隠れても痕跡が残ってしまう。
とっさに返した風の魔法も土魔法の壁に遮られる。
急いで物陰に姿を潜め、魔法具を使う。
これはアルビレオに隠している魔法具で……そしてこの使い方は、エルナにも隠してる。
アルビレオがあの日くれた言葉を思い出す。
『君が染めるのではなく、染まるのだ。』
魔法具の力を無垢な魔力で増幅させ、身体の呪いを解く。
呪痕は消え、体は動く。
しかしそれを悟られてはならない。
今まで罠にかけられてきて、たくさんのことを学んだ。
だから俺からも何か罠を仕掛けて返したい。
この街にいる限り、すぐにアルビレオに補足される。
鎖が動き出し、ナイフが飛んでくる。
最初の接触以降、アルビレオは徹底して近距離戦を避けている、
だからキツイのだが、だからこそ呪いを解いた事にも気づかれにくい。
罠から逃げるように走っていれば、いつの間にか、街の真ん中に、市場に来ていた。
あの時と同じ、ここに誘導され、そして、周りの鎖が二本の塔に集まっていく。
──ゴォォォン!!!
鐘が鳴る。
時間切れを知られる鐘の音。
「アベル!君は確かに強くなった!!
だが、やはりこの戦い私の勝ちだ!この技を攻略せずして、勝ち目はない!!」
塔の上からアルビレオが声高らかに叫ぶ。
俺は呪いを今はまだ解呪していないものがある。
流石に演技だけではバレてしまいそうだったから、直前で解く。
「アルビレオ!!俺もここまでは予想通りだ!!だからこの戦い、俺の勝ちだ!!」
「私にハッタリや罠の類は通じんぞ!」
「分かってる!!」
二本の塔を繋ぐ数多の鎖。
悍ましい鎖の擦れる音と呪いの濃い気配。
あの塔を破壊しなかった理由
その二つ目は
あの一撃を外せば、アルビレオは少しの間動けなくなる──はずだ。
確証はない。
ただ、俺を落としてから、生存確認をするまでに、二十層に降りてくるまでにあまりにも時間がかかりすぎていた。
それにこの攻撃でエルセリアの鎖を総動員させるから、罠も何もない。
逃げ場をただ瓦礫で崩しただけ、避ければ、隙がある。
「……『避ければ、隙がある』なんて思っているのか?アベル」
「っな……!?」
心の中を読まれた!?
「アベル、いいか、これは私の、この街を守るための『必殺技』だ。
必ず、殺す、技だ。避けられても、必ずお前を追って撃ち殺す……!!」
──ゴォォォン!!!
──ゴォォォン!!!
鐘が激しく鳴り響く。
以前に向けられた時よりも禍々しい……まさか以前のは本気じゃなかったのか……!?
青白い光が以前よりもずっと強く光る、矢を引き絞るほどにずっと強く。
アルビレオを強く光が包む。
急いで解呪を済ませ、回避の準備をする。
落ち着け、アルビレオは避けられた後の事なんてさっきの口振りから考えていない。
一発限りの大技には間違いないんだ。
「行くぞ!アベル!!」
「……来る……!!」
青白い光の中で、アルビレオの赤い瞳が爛爛と輝く。
そして、最後の一撃が放たれる。




