英雄とは、居場所を作る者である
──ゴォォォン!!!
朝、一日の始まりを知らせる鐘が鳴る。
今日がセレスティア滞在最終日。
といっても、何処かに遠出するというよりは、帰るための準備をしている。
荷物を纏め、買ったものを大切にしまい、世話になった宿の軽い掃除を行う。
そうして別れを済ませ、宿を出て港へ向かう。
行きに乗った船と同じ、豪華な船だった。
広場のピアノを今度はリラが弾いて、アルビレオが教える。
帰りの部屋の中でも俺はエルナと魔法の特訓をしている。
ビュッフェは行きとは全く違うメニューで全制覇とはいかなかった。
そんな日をまた何日も続け、明日にはグランディアに帰還となった。
そして、部屋に集まり、お土産屋で買ったものをリラが自慢してくれた。
「お兄さん、見て!大聖堂の壁の欠片だって!」
「か、壁の欠片ぁ?なにそれ」
「これね、聖女様が代々お仕事してる大聖堂の欠片だからご利益あるんだって!寝る前に枕元に置いたりとかしたらいいんだって!」
「ほんとに効果あるの?それ」
「あら、懐かしいの売ってるわね~!!これほんとよ?実際ちょっと魔力籠ってるし、安眠効果は本当にあるわ……ただ、同じ値段ならこっちの方が良い感じよ?」
「へー……ち、違いわかんないや」
リラは困った顔をしているが、エルナの言うことなので信じている。
「アルビレオは知ってる?アレ」
「あぁ、昔からあるお守りの一種だな。
私も子供のころのに買ってもらった」
「そうなんだ!?……アルビレオの幼少期結構に気になるな……!」
「……そんな大した幼少期は過ごしていない」
「好きな人とかいました?」
リラがどこからともなく聞きつけて話に入ってくる。
「アンタのご両親ってどんな人なの、やっぱり静かなの?」
「昔からアルビレオって今みたいな雰囲気なの?」
「なぜ急に私に興味津々なんだ君たちは……!」
三人でズイズイ距離を詰めれば、困ったように視線を逸らす。
「恋は!」
リラがしつこく質問する。
「……したことある」
「きゃー!!」
「うっそ!アンタが!?」
「ど、どんな人?」
「だからなぜそんなに……綺麗な、天真爛漫な感じの女の子……だ」
「へ~!!」
にやにやするリラ。
「アンタにある意味お似合いかしらね?」
納得したような表情のエルナ
「アルビレオも普通の幼少期過ごしてたんだ……」
「……私の話はもういいだろう。
それより、向こうに戻ったらまたすぐにリュネ村に向けて出発だ、きちんと休め」
「「はーい」」
「はいは~い」
そんな話をしながらついにグランディアに戻ってきた。
帰りの船の中、様々なことを思った。
ただ、一番は、セレスティアに行ってよかったというものだ。
結果アルビレオの中であの日以降何か変わったような気がする。
本人に聞いてないし、アルビレオが自分のことをあまり話さないので本当にそうかはわからないけれど、周りから見てそう感じた。
帰りの船の中は、暗い表情をしている他の乗船客もおらず、セレスティアに抱いていた希望は、思っていた通りの希望だったのだろう。
俺の記憶は結局治らなかったが、聖女でも直せないようなものなのだと思うともはや諦めがついた。
これから魔法や魔術による記憶復活の道をたどりのではなく、やっぱり俺には迷宮探索しかない。
* * *
久しぶりに帰ってきたグランディア。
相変わらず街は活気に包まれており、一か月以上ぶりに帰ってきたのでなんだかいつもよりもうるさく感じる。
人の波を何とか抜けて、馬車に乗って、また長い旅が始まる。
数日間の馬車旅の中、これといって大きな問題もなく、魔物が出ても誰も怪我することなく切り抜けることができた。
久しぶりに帰ってきたリュネ村の皆はリラの無事を心から喜んでおり、リラの嬉しそうな様子を見て彼女の両親が
「娘を外の世界に連れて行ってくれてありがとうございました」
とお礼まで言われた。
むしろお礼を言いたいのはこっちなのに、なんだか困ってしまう。
秋に本格的に入ってきて、果物が美味しく成っているらしい。
それを切って、皿に盛って俺たちにふるまってくれた。
アルビレオが少し微笑むほど甘く、エルナのテンション上がるほど綺麗にできている。
俺も、本当に美味しくって、川の水を守れて本当に良かったと思った。
リュネ村はリラの帰るところ。
長い時間一緒にいたから別れるのはさみしいけれど、また会いに来ようと思った。
そして、アルビレオからこんな話をされた。
「帰る前に、エルセリアによってもいいか」
「……いいの?アルビレオ」
「心配ない、今向き合っておかないともう二度とここには戻ってこれないかもしれないんだ」
「辛気臭い理由ね、そんな面倒な良い方しなくっても、懐かしい街に帰りたいくらい簡単なので良いのに」
「……そうだな」
そうして、リラを村において、俺たちはまたエルセリアへ向かう。
馬車の運転手には無理を言って数日待ってもらうことにした。
* * *
道とも言えない道を歩いて、山を越えた先に、相変わらずそこにあった。
以前来た時よりも葉っぱが枯れてたり、色が変わっていて雰囲気が違って見えた。
すぐそばにある巨大な湖の上に葉っぱが浮かんでなんだか歩けてしまいそうに錯覚する。
アルビレオはエルセリアに近づくに連れてまた口数が減っていく。
変わりにエルナと話すことが多くなった。
山を下って、街の中に入っていく。
以前と同じボロボロの瓦礫の山。
「懐かしいわね、エルセリア。
やっぱり結構変わっちゃっているわね」
そういって懐かしむように歩く。
「エルナは来たことあるんだね」
「一回だけだけどね、半年ぐらい滞在してたから結構思い出深いわ」
「……アルビレオがこの間言ってたよく怒る先生って……!」
「エルナではないな、セブンという女教師だ」
「セブン先生懐かしいわね~、あの人確かによく怒ってたイメージワタシもあるわね」
そんな話をしながら、現実のエルセリアと迷宮の中のエルセリアを見比べていく。
その中で、以前アルビレオに止められた道の先を進む。
「アルビレオ、そっちって」
「……すまないアベル。
以前は何もないといったが、この先にはまだ続きがある」
そういって案内されたのは……おそらく墓地。
石に名前が掘ってあったり、形は様々だが、人々をそこで弔っていた。
「ここは……」
「私は、ここに来たくはなかった。ずっと怖かった。
……でも、墓というのはこの街で一緒に生きた者たちの最終終着点。
ここに挨拶せずに去ったのをあの後ずっと引っかかってたんだ」
そういって墓の前に一つ一つ名前を確かめるために腰を落とし、目を閉じる。
俺もその真似をして、目を閉じる。
暗闇の中、何をアルビレオは考えているんだろうか。
『ただいま』?
『ごめん』?
『さようなら』?
『久しぶり』かな?
分からない。
俺は『初めまして』だ。
別に返事が返ってくるわけじゃなかったが、それでも何か意味があるような気がした。
かなり長い時間目を瞑っていたような気がしたが、うっすら眼をあけてもアルビレオはまだ目を閉じていた。
エルナは俺と同じくらいのタイミングで目を開いているようで、アルビレオはまだ話足りないらしい。
アルビレオが話しかけているのは家族や友達、この街で過ごした沢山の仲間たちなのだろう。
そりゃ時間もかかるわけだ。
俺とエルナは少しその墓地の中を静かに二人で見て回る。
その中で、一つ、中でも大きく、綺麗な墓があった。
誰の墓なのか気になり、苔を払って、落ち葉をどけて名前を確認してみる。
「「……えっ」」
『我らの英雄アルビレオ・ハーディここに眠る』
俺もエルナも同時にアルビレオの方を向く。
まだ目を閉じたまま、ピクリとも動かない。
まるでそのまま眠ってしまったかのように。
二人顔を見合わせ、近づいていけば、足音に気が付いて、目を開いて振り向く。
良かった生きてた。
「待たせて悪かった」
「……いや、いいんだけど……」
「アルビレオ、アンタって死んでたの?」
エルナがズバッといった。
しかしアルビレオの反応は不思議そうな顔をするだけだった。
「冗談……ではなさそうだな、なんだ?」
案内して見せれば、アルビレオは目を見開く。
そして膝を付き、自分の墓の前で信じられないという顔をしている。
「これは……なぜ……」
「死んで、迷宮に来た、とかじゃないの?」
「それはない……私はあの日、戦いに敗れ、この街の皆を守り切れず、死に切れもしなかった。
瓦礫の中から身を起こして、ボロボロになったエルセリアには誰もおらず、誰も帰ってこなかった。
それから、戦争が終わりを迎え、世界は平和になったというが、私にはどうでもよかった」
背負い続けたのは、守り切れなかった大切な街の情景。
それだけ、アルビレオにとってこの街は大きな意味を持っていたのだろう。
「……帰る場所も失い、私は恨まれ、呪われていると思っていた。
街の皆に、何で助けてくれなかったんだ、って、生きていることを憎まれていると思っていた……!」
両膝、どころか両手を付き、自身の墓の前で涙を流す。
そんなアルビレオの姿を見るのは初めてだった。
「……誰かが……私のことを許してくれたんだ……生き残った誰かが、私を『英雄』と……私の居場所を作ってくれたんだ……!!」
『英雄とは、居場所を作る者である』
アルビレオのあの言葉は、なんて重い言葉だったんだろう。
皆の居場所を作った男が、それを守れなかったことで『自分の居場所を見失っていた』だなんて。
そんな彼が、リュネ村を守るために勇気を出した俺を助けてくれたのも、守るための強さを求めたのも。
全部自分への厳しさだったんだ。
俺に英雄とは何かを話しながら、自分のことをずっと責めていたなんて。
英雄とは何なのか、自分の存在意義を無くしていた男にとって、この墓のある意味はきっと大きい。
墓というのはこの街で一緒に生きた者たちの最終終着点。
アルビレオもこの街で一緒に生きた一人なんだ。
アルビレオが静かに涙を流し続ける。
俺もエルナもその間何も言わず、ただ見守った。
風は優しくって、葉が落ちたから、空は前に来た閉塞感なんて感じさせず、晴れて見えた。
* * *
それから俺たちはリュネ村に帰り、馬車に乗って帰っていく。
リラは今回は別れの場に来なかった。
「……?」
風に乗って、ピアノの音が聞こえる。
リラの母親が笑いながら話す。
「あの子、帰ってきてからピアノ久しぶりに引っ張り出してきて、ずっと引いてるんです。
『皆が帰るまでに、弾けるようになるんだ』って」
そんな話に俺もエルナも、アルビレオだって笑って顔を見合わせた。
上手だ、あの時のアルビレオ程とはいかなくても、これからが楽しみだ。
アルビレオが腕を上げ、リラの部屋の空いた窓に向かって……大きな声を上げた。
「リラ!!上手になってるぞ!!!」
短い、しかし不器用な彼にしては簡潔で、今までに聞いたことないほど大きな声。
窓から演奏が止まってリラが顔を出す。
「ありがとうございます!!!また教えてください!!!」
大きな元気な声だった。
リュネ村の皆が大きな声を出したアルビレオに質問する。
「アルビレオさん、何かありました?」
「……いや、ただ、なんだか前に進めた気がして」
リュネ村の皆は分かったようなわからないような顔をして、俺たちを見送ってくれた。
いっぱいの果物をもって、馬車に揺られながら、アルビレオが口を開く。
「いい村だった」
たった一言。
もう、アルビレオと行くことはないんだろう。
* * *
グランディアへ戻り、宿に果物を置き、世話になっている宿の店主にも少し御裾分けし、ギルドで三人で食事をする。
「アベル」
真剣な顔でアルビレオが俺の名前を呼ぶ。
何を話すかは、なんとなくわかっていた。
「……うん、わかってる」
「あぁ……もう一度、俺は十層で待つ。
今度来た時が私と君の最後の日だ」
「もう、未練はない?」
「何もない。本当にありがとう。
この世界のすべてを愛せるわけではない。
だが、愛されていると知れたのは、何にも代えがたい幸福だ」
あの墓が、アルビレオの最後の未練を解消したように見える。
表情がなんだか少し明るく感じる。
本来、エルセリアで住民たちと暮らしていたアルビレオはこんな顔だったんだろうな。
「今度こそ、私にはもう必要のないものだ」
そういって硬貨の入った袋を渡す。
「うん」
小さく頷き、それを受け取る。
「エルナ、面倒をかけた、だがお前を頼ってよかった」
「何の話~?面倒をかけたのさえ反省してればいいわ」
「そうか……アベルも、ありがとう。
君と過ごしたこの約三か月、ぐんぐん伸びていく君を見ていて、期待せざるを得なかった。
君は、私の期待以上の男だ」
そういって言葉をかけてくる。
様々な感情が一気に湧き出す。
『別れ』
記憶の無い俺が、本当の意味でこれから経験するもの。
怖くて悲しくって恐ろしくって……そして美しい
「……うん」
いっぱい考えたのに、これしか言葉が出なかった。
ただ、無口なアルビレオだからこそ、それ以上に言葉は必要なかった。
ジャラリ。
ジャラリ。
騒々しいギルドの中、一歩一歩離れていくその足音だけは、どうしても耳が捉えてしまう。
頼りになる、仲間の足音を。




