聖都 セラス
船に乗り二週間。
その長い旅の中、時折乗船する人達も、自分では抱えきれない傷を背負っている人が多かった。
リラも俺も様々な魔法の基礎に始まり、新しい魔法の使い方を教えて貰っていた。
「うん、悪くないわ、あとは実戦できちんと使えるか、ってところかしら。
まぁ、ワタシが直々に教えたんだからもしその時が来ても心配なく使いなさい!」
そんな太鼓判を押してもらえた。
へとへとになってソファで項垂れる俺とリラはその言葉を聞いて力なく笑い、ハイタッチした。
放送が鳴る。
もうじき到着するらしい。
アルビレオは甲板に行ってずっと前からセレスティアの方を見ていた。
放送を合図にそんなアルビレオも帰ってきて、四人そろって上陸する。
『聖国 セレスティア』
聖女と神の住む美しい国。
白を基調とした建造物の数々、街にはごみ一つ落ちておらず、外から来た俺たちを笑顔で受け入れてくれる。
「すごーい!!綺麗!!」
リラが辺りをきょろきょろと見ながら感激してる。
「真っ白だ、凄い……!」
「ここはあんまり変わんないわね~」
街が真っ白なおかげでアルビレオとリラが余計に目立って見える。
「さて、これからセラス旅行だけど、まずは宿に行きましょ、そのあと色々見て回りましょ~!!いいわね~?」
「おー!」
「了解」
アベルとリラが返事をし、アルビレオは静かにその後をついていく。
借りた宿は港近くということもあり部屋数は多く、セレスティアの首都なだけあり内装も豪華、そして何より安かった。
「な、なんでこんなに安いんですか……?」
部屋の綺麗さの割にあまりにも安くて俺は逆に心配してしまった。
宿屋の主人は笑顔で
「そんなにお金を貰っても仕方ありませんから、必要最低限で結構です」
とのことだった。出費をかなり抑えられるのはかなり助かる。
宿にて集まり、これからについて話をする。
「ワタシ個人的には一度聖女の魔術見る価値あるんだけれど、なかなか会えないし、見れるものでもないからねぇ、誰も怪我も病気もしてない健康体だし」
「それなんだけどさ」
そういって俺が手を上げる。
「リラには黙ってたんだけど実は俺、記憶喪失でさ、二、三か月より前の記憶がないんだ」
俺がそう告白すると、リラが驚いた顔をして、困ったようにきょろきょろとアルビレオとエルナの方を交互に見る。
「そうなのよね~、なんだっけ、アベル、迷宮の入り口で倒れてたらしくって、それで記憶喪失の手がかり探すために迷宮に潜ってるんだって」
「そ、そんなのって、大変じゃなかったのお兄さん!っていうか怖くないの?」
そういって俺の手を取り、混乱しながらも彼女なりに俺の立場に立って色々考えて言葉を尽くしてくれる。
「そうだね、結構大変だったし怖いこともあったけど、今はみんなと出会えて楽しいからそんなに心配しなくても大丈夫。俺は強いでしょ?」
「つ、強い弱いじゃなくって……あ、でもそれ治せるかもしれないんだ」
心配してたリラもパッと表情を明るくする。
「記憶喪失かぁ、治したって話は聞いたことないけど、神聖魔術なら有り得るわね、面白いしそれでいってみましょ」
そうして、俺の記憶喪失を治すために聖女の元へ向かうことになった。
どこにいるかは調べなくともわかる、大聖堂というこの街のどこから見ても見つかるいちばん高い建物。
そして、そこにある大行列。
皆表情は暗いが、その中に最後の希望を見出して並んでいる人達ばかり。
「聖女って、本当に凄いんだね」
「そうね、この感じだと千年前の戦争の時代からずーーーーっと人類の希望ね。
ワタシにだって真似出来ない……いや、誰にも真似出来ない御業なのに、聖女一人にしか出来ない特殊で、異質な力」
「凄いんだね、聖女様って!
こうやって人を助けるのを、ほとんど毎日、ずっと前からやってるんだって!!」
そう言ってパンフレットをパラパラ捲りながらリラは興奮した様子だ。
「そうよ〜、ちゃんとお勉強してて偉いわね」
「ずっと前から?いつからしてるって書いてあるの?」
「んーっとね、聖女様のプロフィールのところに書いてあるんだけど……今二十二歳で、十四年前からだから……」
「八歳の頃からやってるってこと……?」
「そうだね!凄いね、リラ八歳の頃お洗濯みたいな安全な作業しかさせて貰えなかったや」
「八歳から?……早いのね、ワタシそんなに幼い頃から聖女として皆に奉仕してるのは聞いた事ないわ」
「自主的に申し出たんだって、『皆の助けになりたい』って!」
「立派ね、流石は聖女様」
もはや異質とも思える奉仕の精神。
八歳の頃からこんな怪我人達から自分しか頼れないと縋られて、怖くなかったのだろうか、おかしくなってしまいそうなものだが。
「見て、アベルさん!聖女様すっごく美人!!」
肖像画が書かれたそれには、まるで女神のように微笑み、ただの絵ですら息をしていて、目が合ったそれに強い意志を感じるほど美しかった。
「……確かに、綺麗だ……」
景色以外に美しいとここまで思ったのは初めてだ。
もはや自然の美しさとも取れるし、こんなにも美しい存在が自然にあれば、それが不自然に感じ取れもする。
理解が及ばない程、パンフレットのただの絵すら美しい。
あの時グランディアの広場で遠目に見たが、思っていた以上、こんなに綺麗な人だったのか。
* * *
そんな話をしながら、セラスの美味しいご飯屋さんを調べたり、大聖堂から出てくる笑顔の人を見る度に、聖女の力は本物だと期待してしまう。
並んでいる俺達に売店や屋台の店主が声をかけてくる。
毎日ここで人が並んでいるんだ、それを対象にした商売もやっているらしい。
いくつか食事を買って、皆で舌鼓を打ちながらまた話題の種が増える。
その間も、アルビレオはいつも以上に静かだった。
何かを考えているような、重く暗い表情だった。
そうして長い時間並んでいれば
近付けば美しい模様が目立って、巨大な鐘が象徴的だ。
「……模様、綺麗」
リラが興味を示したそれに、エルナが嬉しそうな顔で話し出す。
「いい着眼点ね、リラちゃん。
あの模様、ただ綺麗だ〜っていう飾りだけにあらず!
あれも神聖魔術の効果を増幅させているの。
言うなればこの大聖堂は大きな魔法具とも言えるのよ」
「へ!?これが魔法具!?こんなにおっきいので、何するの?」
「ズバリこの街を、国を守る防壁ね。
セレスティアの防壁の更に外、魔力で覆われたドーム状の壁があるからセレスティアの防壁って傷一つないのよね。
『防衛戦』って言うのにフォーカスすればここ以上に強い国はないわ」
「凄い!」
「ドーム状ってことは空からもダメってこと?」
「ダメってこと。
戦争中は空飛べる魔族とかも多かったから空からの攻撃を防いでいたの。
もっとも、千年前の戦争の頃の話だから今はちょっと性質違うわね、アンタ達は入れてるし、魔物だけ弾くようにでもしてるのかしら?相変わらず不思議な力ね神聖魔術」
「そんなに万能な壁があるなら門番とかは暇になっちゃわない?」
俺の素朴な疑問。
エルナが少し苦笑いをしながら答える。
「あー……心配ないわ。
セレスティアの門番、ないし武力とも言い換えれる『聖騎士団』の奴らはそんなに甘くないわ。
皆バカみたいに強いし、皆バカみたいに真面目よ。
どいつもこいつも『聖女様を守るため』に頑張ってるわ」
そう言って呆れたように手をヒラヒラさせる。
いい事のように聞こえるけど……と考えていると
「ダメなことなんですか?それって?」
リラがすかさず質問する。
「ダメってことはないんだけどね、やり過ぎな部分もあるって言うか……ほら、リラちゃんの周りにも頑張りすぎてる人いるでしょ?そんな感じ、しっかり休むべきなのに休まないみたいな……?」
「あぁ~!」
エルナなりに頑張って優しく言い換えているみたいだけど、俺にはこう聞こえた。
『聖女様を守る為ならば、なんだってする』と。
「ってことは、頑張り屋さんなんだ……ちゃんと休んで欲しいね」
「そーねぇ……アハハ……」
何か嫌な思い出でもあるのか、目を逸らすエルナだった。
「おい貴様!!」
そんな談笑の最中、誰かの声が響き渡る。
ぎょっとしてそちらを振り向けば、一人の老人が怒鳴り声をあげていた。
「貴様だ!!聖女様の御前にそのような悍ましい角を剝き出しにして行くわけではあるまいな!?」
そういって詰め寄った先にいたのは……アルビレオだった。
「……何の話だ」
そういえば、今日初めて聞いたアルビレオの声。
それは重く、冷たく、押し潰すような低い声。
「とぼけるな!その角だ!!貴様魔族か!」
「魔人だ、それがなんだ」
「混ざりものか、汚らわしい」
「……魔人が寄ってはならないなどという決まりはないはずだ」
「決まりだと?貴様らが結界内に踏み入ることすら許されんのだ!貴様も!獣人と魔族の混血など人にあらず、魔物とそう変わらんだろう!聖女様の御力は我ら人間のためのものだ!貴様らが甘受するものではない!!」
別の獣人にも突っかかる。
目を丸くして俺は固まってしまった。
何を言っているのか、わからなかった。
他の人たちも、動きを止める。
並んでいた、傷を負い引きずるように歩いていた者たちも足を止める。
その弱った心のヒビを広げるのに十分な無遠慮な言葉。
老若男女問わずぞろぞろと集まり、この列に並ぶ者たちに子供も老人も関係なく罵声を浴びせる。
アルビレオはひどく冷めた目でそれを見つめる。何と言われようと目は逸らさない。
その様子に腹を立てたのか、始めに声を上げた老人がアルビレオから視線を外し、同行している俺とリラの方を向く。
俺もリラも初めて浴びる人の悪意に固まってしまっている。
それを見て、言葉を吐く。
「貴様が何の用か知らんが、貴様らのような者のために聖女様の手を煩わせられん、早く列からどけ!」
そういって俺とリラを掴み、引きずり出そうとする。
「っ!だ……ぁ、な、なんで……!」
なんといえばいいのかわからず、言葉が詰まる。
辛うじて出た疑問の言葉もあまりにもか細い。
リラを庇う様に立つも、簡単に引かれる。
手足の先が妙に痺れて、心臓がうるさくて、息が詰まって、耳がよく聞こえない。
知っている、俺はこの感覚を知っている。
『呪い』
見かねたエルナが声を上げ、乱暴をやめるように老人の肩を掴む。
リラの怯える悲鳴が聞こえる。
ジャラリ。
「っか、っぐ……!?」
「………やめろ」
そこには、その老人の首を掴み、引きはがし、片手で持ち上げているアルビレオがいた。
腕にも眉間にも血管が浮き上がり、目は冷淡ではなく、深い怒りの炎のような赤だった。
「……っ!待って!やめなさい!!」
俺も、リラも、エルナさえも、他の人間も気圧されて動けなかったが、エルナだけが一番にアルビレオを止めた。
その言葉に納得いっていないのか、エルナの方を見るも何も答えない。
その間にも締め上げる力は少しも緩まない。
「アベルの記憶喪失治しに来たんでしょ!ツレのアンタがそんなんで会えなくなったらどうするの!?」
その言葉を聞いて、はっとしたようにその手を放す。
地に伏し、細い息を吸う声と、溺れるように咳をする老人。
まだ少し顔を上げ、アルビレオを糾弾するような言葉を吐こうとする。
『魔人は野蛮』だの『貴様らに祝福を受ける資格はない』だの。
絞められて咳交じりの聞き取りにくい声だったが、まだアルビレオに暴言を吐いている。
アルビレオが見下しながら言葉を告げる。
「貴様がどう思おうが関係ない、貴様の自由だ。
だが、幼い子供にまでその呪いを振りまくというのであれば微塵も容赦はせん」
その言葉を聞いた止めようと集まっていた他のセラスの住人達も、人間の住人達もアルビレオを庇うように言葉を投げる。
全員が、敵だというわけではないようで、アルビレオは驚いた顔をしていた。
少しして、その騒ぎを止めるために鎧を着た人たちが集まる。
さっき話に出た 聖騎士団だろう。
彼らは逃げ出すものもいれば取り押さえられるものもおり、アルビレオが絞め上げた老人もその一人だ。
聖騎士の人たちの対応は真摯で、丁寧なものだった。
鎧を脱ぎ、顔を見せて話す彼ら彼女らの表情は、無事かを本気で確かめ、少しの擦り傷にも魔法を惜しまず、怯えて、少し泣いてしまっていたリラですら安心して最後には手を振って別れていった。
「セラスの住人が皆ああいうわけではありません。
古い考えのもとああいった差別的な思想を持っている者も残念ながらまだいます。
ただ、この街を守る我々は貴方たちの味方です、もちろん聖女様も。
あんなことがあってまだ信用はできないでしょうが、私たちは貴方の平穏を祈っています」
そんな風に俺たちの目を見て、片時も逸らす事無く、こっちが恥ずかしくなるほどまっすぐに言われては疑うことさえ申し訳なく感じる。
「ごめんなさいね、ワタシが付いてたのに怖い思いさせて……ああいう時何もしない方が結果安全だと思ったから、あんな乱暴してくるなんて思わなくって……」
エルナがそう言って俺たちの手を取り、優しく包んで謝罪する。
アルビレオも向き直り、言葉を告げる。
「すまない、ずっと警戒していたのだが……やはり今の時代でもああいった者はいる。
しかし気にするな、私たちは何も悪いことなどしていないんだから」
「はい……」
リラも小さく頷く。
しかし俺にも、リラの心の中にもしこりができた。
自分たちの存在を、生きているだけで否定するものもいる。
どうしようもない、治せない部分が原因で否定される。
差別とは、呪いだ。




