波風に揺られて
船がついに出航し、ゆらゆら不思議な感覚に包まれる。
よく見たらずれないように家具が固定されていたり、自分の普段の生活の中ではなかなか見ない知恵を体感している。
「それじゃ、まずは船内一周しましょ~」
そんなのんきなエルナの掛け声と共に四人集まって船内を歩く。
アルビレオも流石に鎖を外して歩く。初めて見たな、外してるところ。
少しすれば放送が流れ、乗船を感謝する挨拶や、軽い案内をしていた。
「夕食の時間長いのね~」
「確かにそうだな……アベルの話していた甲板についても天気がいいから今日は見れるようでよかったな」
なんて話しながら歩いていると、リラが少し俺にしがみ付く。
「どうした?」
そう問いかけ、リラの顔を見ると、少しおびえた様子で何かを見ていた。
視線の先には、顔に包帯を巻き、虚ろな目をして窓の外を眺めている獣人の男がいた。
片足を失っていて、手の指もかなり欠損している。
「あ、の。怖がるの失礼って、わか、ってるけど」
俺も流石に息を飲む光景だった。
今まで見ていた冒険者の良い側面。
「っ……」
気ままで、陽気で、自由。
しかし、それだけに危険な仕事なのだ。
ああして自分の体を失ったり、何か恐ろしい体験をして立ち直れなくなることもあるんだろう。
あんな深く傷ついた人でも、こんなに長い船旅に参加して、セレスティアはそんなに魅力的なところなんだろうか。
アルビレオとエルナの方を向けば、二人も同じ人を見ていたが、特に何も言わず雑談を続ける。
何も感じていないのでも、冷たいのでもない。
あの人の生き方を『尊重』しているのか、何か話しかけるわけでも、手を貸すわけでもない。
だから心配や恐れの目を向けるのではなく、何もできることがないのなら必要以上に踏み込まない。
二人はきっとああいう人たちのことをよく知っているのだろう、
そうして歩いていけば、船内の広間につく。
そこからならどこにだって行ける。
乗船して始め、部屋に向かう時にもここを通ったし、食事をとるためにも、甲板に上がるための階段にもここからどこかに繋がっている。
大きなシャンデリアが波に揺られて船と一緒にゆら~りゆらり。
なんだか生き物みたいでかわいく見える。
広間には多くの人が集まっており、壇上にはピアノが置いてあった。
ただの飾りではなく、弾きたい方はご自由にとおいてある。
小さな子供たちが集まって鍵盤を鳴らして遊んでいる。
「あ、知ってるこの歌」
リラがその曲に反応を示す。
「そうなの?何の曲?」
「童謡!!こんなに離れてるところでも同じ歌うたってるんだね」
そういいながら鼻歌でピアノの音に乗れば、ただの鍵盤からなっていた音が、リラの鼻歌のおかげで歌に聞こえる。
「上手……」
「リラちゃんお歌上手ねぇ、音楽好きなの?」
「お母さんが昔から歌ってて、凄く上手なの。
だから私も真似して歌ってた!」
「へぇ~素敵な歌だったわよ!センスあり!」
なんて楽しそうに女子二人はしゃいでいる。
「アルビレオは歌とか好きなの?」
何となく聞いてみた。
「あぁ、特にピアノは好きだ」
素っ気なく返されたが、意外だった。
「そうなんだ!?」
「意外か……?音楽なら種族関係なく楽しめるし、何より祭りの日に披露すると盛り上がる」
アルビレオにとっては文化や種族を超えるために、音楽っていう鎖で繋いだのか。
少しして、子供たちかが壇上から降り、また広間には誰かの話し声だけががやがや響き、大きく揺れたときは皆一瞬静まり、シャンデリアだけがそれをクスクス笑うように揺れる。
「ねぇ、アルビレオ、それなら何か一曲弾いてみてよ」
「……久しぶりだからあまり期待するなよ」
そういってすんなり受け入れてくれた。
本当は自分も弾きたかったのだろうか。
また一人壇上に上がったのを視界の端でとらえた広間の人たちは手を叩いて応援したり、何も気にかけてない人もいた。
「お兄さん、アルビレオさんってピアノ弾けるの!?」
「らしい……俺もさっき聞いてびっくりした」
「へー!上手なのかな」
なんて話していると、エルナがニヤニヤしながら混ざってくる。
「上手いわよ、ワタシ一回だけ聞いたことあるけど覚えてる。
あの時は一人じゃなかったからほかの種族もいたけど、アルビレオは周りの音を活かすのが上手いのよね~、性格悪い戦い方そっくり!」
なんていって笑っている。
アルビレオがピアノをゆっくりと弾き始める。
静かな立ち上がりで、周りの人はそれが聞こえると少し声を小さくする。
演奏の音を聞くために無意識に静かになっていく。
そうなれば、雑談を中断し、今度はアルビレオの方に視線が集まり、話題の内容も独占していく。
不思議な空間だった。
静かなのに、その音を聞くために皆がさらに静かになった。
そのまま、最後まで激しい曲になることはなかったが、誰も目を離せないでいた。
アルビレオは皆の視線を集めていることを自覚すると頭を下げ、壇上から降りていく。
小さな拍手がまばらに上がり、次第に大きくなり、注目の的となってアルビレオは少し照れ臭そうだ。
その拍手をしている人たちの思いはきっと『いい演奏だった』という気持ち。
俺もそうだ。あの人も、あっちの人も、怪我してる人も、種族の違う人も、仕事も立場も違う人も、皆思いが一つになって拍手をしている。
アルビレオが言っていた言葉の意味が少しわかった気がした。
「すごい、素敵な曲でした!!」
一番にリラが興奮した様子で言葉を発する。
「アルビレオって、ほんとに色んなことできるんだね」
次に俺も、小さく手を叩きながら賞賛する。
「あぁ、ありがとう」
少し照れ臭そうに笑うアルビレオをにやにやしながらエルナが肘で突く。
それから、甲板に上がり、外の景色を見た。
「「おぉ~~!!」」
ここで声を漏らしたのは俺とリラだけだった。
アルビレオは進行方向、セレスティアの方角をじっと見つめ、エルナは空を見上げ、両腕を広げ、全身に風を浴びていた。
「きもちぃ~~!!」
大きな河の中をグングン上っていく。
リュネ村のそばにあった川に比べて深くて、幅も広い。
両脇には山があり、岩肌が露出していて物々しい。
左右が狭まれたせいで細く感じてしまうが、こんなに大きな船が通れるほどの幅はあるのだから面白い。
今まで迷宮探索の中で、下に進むことばっかりだった。
前に前に進んでいく、こういう冒険も案外楽しい。
下へ進むのが俺の過去へ向かう冒険なら
前へ進むのは俺の未来へ向かう冒険だ。
甲板にも、眼帯をつけている人や腕をなくした人、子供の介護をしながら支えて歩く親。
聖国なんて言われているのに、なんだか悲しい陰のある人が多い気がする。
そんな俺の視線に気が付いたのか、アルビレオが口を開く。
「聖国にいる聖女には、どんな怪我や病でも直せる力があるという。
そんな力を求めて、それに願いや希望を託してああいう人たちが集まる。
なにも珍しいことではない、昔からずっとそうだ」
その話に付け加えるようにエルナが口を開く。
「そうそう、あとね、神聖魔術の回復力は凄まじいの。
光魔法でも、切れた部位が新鮮な内は、ワタシみたいな腕のいい魔法使いの回復魔法でくっつけたりできるんだけど、無くなった部位は治らないし、重い病気も治せないことが多いわ。
ただ、神聖魔術は話が別。
なくなった部位が生えてきて、以前と同じように機能を取り戻すし、寝たきりの老人が庭を走り回れるとも言われてるわ。
流石に魔法の域を超えている、まさに神聖なる神様の御力ね」
エルナらしからぬ大層な紹介の仕方。
「そんなに凄いんだ、光魔法の上位互換なのかな」
そういうと、少し困った様子で腕を組み、考え込む。
「う~~~ん、以前にも言ったけど似て非なるものだから一概にどっちがってのは言えないんだけど、光魔法にできることは神聖魔術には更に何段階も上のスケールでそれをできるからあながち間違いじゃない……でも私の可愛い光魔法ちゃんにだって、神聖魔術に真似できないこと、できるのよ?」
──ん?
「あれ?光魔法にできることは神聖魔術ならもっとすごくできるんじゃ?なのに真似出来ないってのは、えーっと?」
「ふっふっふ、甘いわね~!知りたい~~~??そーれーはーねー!」
俺はアルビレオの方を見る。
またいつものようにネタバレするかと思ったが今回は本当にわからないといった顔をしている。
「ま、話すと長くなるんだけど、魔法にしかできないって部分がミソの特殊な技術があるのよ」
俺も、アルビレオも、リラも、首を傾げる。
それをみてエルナが
「なんかアンタ達見た目似てて、さらに反応も似てるのね」
とケラケラ笑っていた。
光魔法にしか、魔法にしかないもので、そんなに凄い神聖魔術を上回る。
そんなことができ……るから、エルナ・カーラなのか。
「っていうか、ワタシの言ってた光魔法ならではの強み、それに似たことのうち一つなら、アルビレオはできているわよ?」
「そうなのか?」
「……変に説明してダメになっても嫌だし、教えないけどね」
「……そうか?」
アルビレオは決して、魔法使いではない。
むしろ魔法をあまり使わず戦っているように感じた。
なのに、魔術に届く『技術』を持っている。
このレベルの戦闘者であればそれを手にしているのだろうか。
呪いと、鎖と、街と……魔法も一級品なのか?
* * *
時間が経ち、ディナーを取りにビュッフェ会場へ向かう。
その放送を聞いたとき、エルナが嬉しそうな顔で話し始める。
「ちなみに、この放送魔法具は、風と土の生活魔法の応用ね、振動を増幅させて、広い範囲に声を届けるの」
「これが風と土で?」
頭の中に思い浮かんだのは乾いた風に巻き上げられる砂。
どうにも放送とは結び付かない。
「そうね。あと、この船の主力は蒸気、水属性と火属性ね、面白いこと考えるわ。
燃料も別で燃やしてて、そこは火力用の火属性と風を送る風属性、形状を整えるために───」
「ほうほう」
なんて話していればあっという間に会場についた。
会場には色とりどりの料理が並べられており、いい匂いで充満している。
「こ、これ全部好きなの食べていいの!?」
そういってリラが俺にキラキラのまなざしを向けてくれるが、俺も初めてだ。
アルビレオの方を見れば、コクリと頷く。
エルナは既に自分が食べたいものを取りに行っていた。
俺とリラもアルビレオの返事を見て、エルナについてった。
「好きなものばかりじゃなく、きちんと栄養とかも考えるんだぞ」
窘めるようなセリフを言いながらも、嬉しそうに食べるものを選んでいる俺たちにそれ以上何かを言うことはなかった。
魚も肉も野菜も、様々な調理方法でどれ一つとして同じ味のものはなく、往復約四週間の中で全部一度は味わっておきたいな。と思った。
四人とも、同じテーブルを囲いながらどれが美味しいだとか、何がどこにあっただとか話しながら楽しく食事を終えた。
* * *
それからシャワーを浴び、少し温まった体で部屋に集まれば、レンタルされているバスローブを着て、いつもとは違う見た目の四人で集まる。
エルナとリラは顔によくわからん水の塊みたいなのを乗せており、何か聞けば
「水と光属性で作った保湿パックよ」
とのこと。
リラは「お肌モチモチになった!」と喜んでいた。
この後は寝るまでの時間で魔法の練習をする。
俺もリラも魔法使い未満とレベル的には同じぐらい。
リラの方の指導を先に終わらせ、アルビレオが付く。
ついに俺の練習開始……の前に、アルビレオが質問する。
「なぁエルナ、魔力だけ放出して、それを攻撃に利用するというのは可能か?」
「?変な質問ね……う~ん、可能なんじゃないかしら?ただ、自分の魔術回路通すから基本そこで属性が変わって、魔力だけとはいかないわよ……外部のほかの魔力に染まっちゃうし、そうしないと霧散するわ。
霧散しないぐらい濃厚で、重厚な魔力を放出できるなら、かしら?
まぁ面白いしそういうの考えたことある……けど……まさか」
アルビレオが頷き、俺の方を見る。
エルナも同じようにこっちを向く、目を見開き、何か真剣に考えている。
その話には俺も聞き覚えがあった。
リュネ村を守るために呪水蛇と戦った最後の決め手だったり、魔法具の力強めるのに使った気がする。
「……なるほど、おっきな赤ちゃん、どこにも繋がっていない未発達な魔術回路だから純粋な魔力を扱える……アベル、やってみることできる?」
そういって、真剣な顔でエルナに頼まれる。
手からいつものように炎を出す……その前、重い蜂蜜のような魔力の段階で止める。
それには確かに以前のように触れられる。
「……面白いわね。
魔力、なかでもその無垢な魔力はワタシ達生き物の体に駆け巡るいわば命の源。
それがあるから魔法攻撃受けても魔力量多い相手には効きにくかったりするわ、強い魔物とかね。
ワタシの研究の中に、そういう研究した記録はある。
ただ、体外に作用させるのは机上の空論だった……アベルはそれを実現できるっていうわけなのね」
ぶつぶつと呟きながら、少し出して止めている俺の魔力を上手く操作してエルナが形を変えて遊んでいる。
「あまりにも濃すぎて、世界に溶けるのが遅い、小さなグラスに入った大きな氷ってところかしら……これ、操れるようになれば結構面白いかもしれないわね」
そういって、エルナが俺の魔力の塊を叩く。
硬い音と、叩いたエルナの手が赤くなる。
「……こうやって圧縮してやれば残るし、硬くもなる……理論通り光魔法の強化に似てるわね、動かし方も普通の魔力操作の範疇超えてないし……」
「エルナ……?エルナー?」
俺がそう声をかけるとハッとしたように自分の世界から帰ってくる。
「ごめんごめん、アンタのこれ、結構面白いわ。
普通の魔法の練習しながらアンタはこっちも練習。
魔法都市行かなくてよかったわ、これはアベルの『個性』よ、伸ばしましょ」
そういって熱く語る。
エルナでも為せないことを、俺になら出来る……?
「やってみる」
やらない理由はない。




