可能性は空よりも広く
小さな丸いテーブルに、俺とエルナが向かい合うように座る。
その机の上で俺の掌と、よくわからない線の書かれた腕が書いてある紙と、二つティーセットとドライフルーツが置いてある。
アルビレオとは少し戦闘をやめ、また以前のような関係で話せそうで良かった。
エルナというこの二十層の絶対強者がいる限りアルビレオも罠を仕掛けたりしないだろう。
あくまでもアルビレオが戦う理由は、エルセリアから先に行かせないようにするためだから、戦う理由もいがみ合う理由もない。
俺たちのすぐそばでアルビレオも座っているが、出されたお茶をもって、机のどこにも置けない、肩身の狭い思いでいた。
「なぁエルナ、私にもお茶を出してくれて嬉しいのだが、机に置か──」
「静かにして!!ワタシ今集中してるの!!アンタのお茶どけたっていいのよ!?大体アンタがワタシの階層に──」
「すまない、すまない悪かった、すまない」
話が長くなりそうになると、アルビレオはおとなしく引いた。
エルナは今度は俺に眩しいくらいの笑顔を見せる。
「アベル、見て、この紙に書いてあるのが、あなたと同じ十七歳の魔人の男性の魔術回路」
そういって嬉しそうに見せてくる。
俺って十七歳だったんだ。
「……見たけどよくわからないや、魔術回路って何?」
「そっか、それもそうね。
いいわ、みっちり教えたげる。
まず『魔術回路』の話の前に『魔術』と『魔法』に違いは分かるかしら」
以前にアルビレオが言っていた気がする。
「……えっと、魔術は希少な力で、誰にでも使えるわけじゃなかったやつ。
それを、昔の英雄がそれを皆が使えるようにしたのが、魔法」
「正解、本質的には魔術と魔法は似てるけど違う物よ。
水車を回して石臼を回すのと、牛に石臼を回させる、どっちも結果は同じだけど、方法が違うでしょ?
その他にも、魔術じゃないとできないものもあるわ、例えば聖女の神秘の力なんかがそうね、その他にも一部の一族だけが継いできた不思議な魔術もある」
「じゃあ、魔術の方が凄いんだ」
そういうと、エルナはいい質問だと言わんばかりに笑う。
「そうね、凄いところもあるわ、けれど完全な劣化じゃないの。
逆に魔法にできて魔術にできないことだっていっぱいあるわ」
穏やかな口調、魔法の話をするときはこの人は普段の勢いが静まり、優しい雰囲気になる。
「魔法の英雄さんがそうやって皆が使えるようにしてくれたんだっけ、エルナは知ってるの?」
「ん~~~????それはね~~~!」
「こいつがその魔法の英雄だ」
もったいぶって話そうとしていたエルナの横からアルビレオが口を挟む。
「え、そうだったんだ!」
「アルビレオ!ネタバレ厳禁!!」
「あっつ!?!」
驚く俺、腹を立て、カップの中身を浮かせてアルビレオの顔にかけるエルナ、それを浴びて悲鳴を上げるアルビレオ。
アルビレオには気も留めず、エルナが咳払いし、話を続ける。
「コホン……あの空気の読めない男の言うように、私が魔法を作ったの。
魔法を皆使えるようになれば、今まで魔術しか使えなかった人の何倍ものデータが取れる。
もっと新しい使い道や技がきっと生まれるに違いないと思ったのよ」
嬉しそうに自分がしたことを話す。
自身の好奇心の為にもあるが、それよりもその無限に広がる魔術、魔法の世界を皆にも見てほしかったのかな。
「話が逸れちゃったわね、『魔術』と『魔法』の違いは分かったわね、そしたら『魔術回路』についてよ。
まぁ、簡単に言うと、魔力の出口についてね。
魔術回路が魔力を変換しやすい形にして、魔術という様々な現象を発生させるの。
魔術を使えるかどうかは個々の回路の形によるけれど、魔法を使う時もこの魔術回路を利用するの。
魔術を使えない人間は、その形が不完全だったり、理解が浅かったり、理由は様々だけどここが原因なの。
だけど、魔法は魔力で不足している魔術回路を補って、魔力の変化を起こせるようにするの。
『魔法はイメージ』なんて書かれている本もあるし、それ自体を否定しないけれど、あくまで感覚の話、理論としてはこっちが正解なの」
そういいながら、俺の名前が書かれた紙に、掌から肘までの絵を描き、線を足していく。
「魔術回路はそのまま魔法使いの錬度の証。
太いものは魔力出力が高く、形が綺麗なものは効率がいい、色んな形してる奴は多彩な魔法使い、ワタシレベルになれば、魔術回路を一目見ればわかるん……だけど……」
そういって彼女が渡してきた俺の魔術回路の絵は同年代の同種に比べて……
「……なんか、線が太くてごちゃごちゃしてるのに、絶妙にどこも繋がっていない……?」
「そうなの、これ変なことなのよね……これ赤ちゃんの魔術回路なんだけど、アベルに一番近いのはこれね。
アベルに比べて複雑でもないし、太くもないんだけど、どこも繋がっていないってのは似てるわ」
「つまり、俺は魔術の才能なし……?」
ちょっと肩を落とす。
しかし、エルナが首を傾げる。
「いや?あなた珍しいけど、魔術の才能アリよ」
「ほんと!?」
「えぇ、系統的には水……いや風?どこも繋がってないからまだ判断できないけど、ここと形似てるでしょ」
「……確かに」
また出てきた系統を教えてくれる紙には『エルナ・カーラ』と二枚とも書いていた。
「……エルナって、水と風の魔術使えるの?すごいレアなんじゃ!」
そう質問すると、嬉しそうに頷く。
「飲み込みが早いわね、アンタみたいなの好きよ。
ただ、少し違うわよ~~?なんとワタシはね~~~~!」
「メジャーなのだと魔王と聖女の魔術以外すべて適性があるぞ」
また、アルビレオが話を割って入ってきた。
「え、そうだったんだ!」
「アルビレオ!ネタバレ厳禁!!」
「あっつ!!?!」
驚く俺、腹を立て、またカップの中身をアルビレオの顔にかけるエルナ、それを浴びて悲鳴を上げるアルビレオ。
さっきに比べて時間が経っているのに熱いのはエルナが魔法で温めて、それをかけるという面倒なことをしていたから。
さっきよりも熱そうなアルビレオには気も留めず、エルナが咳払いし、話を続ける。
「コホン、魔術回路について話したし、次は『属性』についてね。
基本的には魔術も魔法も同じ名称で属性分けされているわ。」
そういうと、指を立て、一つ一つ魔法を使ってくれる。
「まず、火力に特化しつつも、生活でもかなり使う『火』の属性。紅茶温めたのはこの属性。
性格的に熱血な奴がこの属性の魔術回路の傾向あるわね。」
人差し指で小さな炎を生み出す。
「次が、防御や拘束、変形に特化した『水』の属性。あいつに紅茶かけたのがこの属性。
性格的には周りと意見合わせられる協調性ある奴が多いかな。」
次に中指で水玉を浮かせ、炎に近づけ、温めている。
「そして、速度と斬撃に特化した『風』の属性。ワタシはこれが一番得意かな。
性格的にはせっかちな人がこの魔術回路持ってるイメージ。」
薬指で風を生んで、炎と水玉に浴びせて形を変えて遊んでいる。
「次、防御と変形、拘束に特化した『土』の属性。水に似てるけど、食らえばわかる、結構違う。
性格的にはそこのジャラジャラネタバレ男みたいな寡黙な奴が多いわね」
土の塊を水と混ぜて、泥にしてそれを風で勢い付けた炎で炙って、小さな指にはめられる陶器の人形を作る。
多分モデルはエルナ自身だろう。
その様子を見て、アルビレオが呟く。
「相変わらず、バケモノじみてるな」
冷や汗すら流している様子から、この芸当は凄まじいものらしい。
「酷いわね、ジャラジャラネタバレ男」
「……私の事だったのか」
「……まぁいいわ、アベル、わかったかしら?基本はこの四属性。
誰でも魔法なら使えるけど、魔術の場合は誰でもは使えない。
魔法にしても、練度もあるけど、才能だって必要になってくるから魔法でも四属性操れる人はまずいないわ」
「……エルナなら、できる」
「そうなんだけど、そうじゃないのよね~」
もう片方の手でピースするように人差し指と中指を立てる。
「?何を?」
そう俺が聞いた瞬間、明るい小さな太陽のような光の塊と、真っ黒でもやもやしている小さな暗闇が指先に現れる。
「これは『光魔法』と『闇魔法』さっき言ってた『基本的に名称が同じ』の例外ね。
聖女だけが代々持つ、魔術回路『神聖魔術』って正式には呼ばれるそれと
魔王だけが代々持つ、魔術回路『深淵魔術』って正式には呼ばれるそれの魔法バージョン。
光は浄化や治療、あとは邪な力を貫通する力。
闇は浸食や呪い、精神にかかわる力」
「……エルナ、もしかしてエルナが使えるのって、四種類じゃなくって」
俺がそう言葉を漏らすと大きく頷き、六本の指を立て、その全てで違う魔法を展開する。
「そう、私が使える魔術の種類は『四種類』、けれどね、魔法になれば『六種類』、全部足せば『十種類』なのよ♡」
残りの四本を立て、十本指から違う属性の魔法と魔術を使う。
そして余裕そうにパチンとウィンクしながらそう言い切った。
唖然とする。
魔法を教わるのなら、これ以上の存在はいない。
だがそれ以上に、エルナもまたアルビレオ級の猛者なんだと実感した。
「──とはいっても、私がやっているのは全部『生活魔法』の範囲ね。
ワタシの魔術回路を見せて、どうやったか図式用いて説明してもいいけど、さすがに段階飛ばしすぎだからね。」
そういって十本指を全部一気に閉じて魔法を消す。
「さっきから気になってたでしょ、『生活魔法』と『実戦魔法』の違い。教えてあげるわ。
主な違いは結構簡単なものよ、要は『出力』の違い」
「……出力?」
「そ、魔術回路はいっぱい使って練度上げていくものなの。
魔術も魔法も、全部同じ。
だけど魔法は全属性誰でも使える。その魔法の中でも『誰でも使えるレベル』のものを『生活魔法』とワタシは名付けたの。
『火を起こす』『水を出す』『風を送る』『土を動かす』とかね。
単純なものなら誰にでも使えるの。
ただ、『実践魔法』については少し違う。
魔術回路の使い道をそれに特化させる、つまりどんなに色んな種類の属性を扱えても、一度に出せる『実戦魔法』は一つだけ、もちろんこの時は『生活魔法』レベルのものも併用不可よ。
だから生活魔法だけなら容量いい人だと同時に使ったりもできるわ、そう!ワタシとかね!!!」
そう高らかに話すエルナをアルビレオが無視して話し始める。
「……アベルが使っているのはその火属性の生活魔法だ。
本来なら攻撃に使えるようなものではないが、恐らく魔術回路の中でも魔力放出の部分が異常発達しているから生活魔法なのに攻撃に転用できた、というわけだろう。」
「アルビレオ、正解だけどワタシが褒めようと思ってた」
唇を尖らせて文句を言う。
アルビレオはまた紅茶をかけられるのではないかと警戒していたが、今回はそんなことはなかった。
「そう、アルビレオの奴のいう通り、アベルのシンプルな魔力量と出力が高いから、攻撃用じゃないのに攻撃できるレベルの威力が出るの……自分で言ってて恐ろしいわ。
アベルはまだ、魔法使いですらないの、もっと強くなれる、ワタシが言うから間違いないわ」
その言葉は、凄く強かった。
今までのように強引で一方的なエルナの発言。だからこそ信じられる。
絶対に魔法の事についは嘘なんかつかない。
こんなにすごい二人が、俺のことを認めて褒めてくれている。
「ただし!アンタはその年までまともに魔法を扱ったことのない体!!だから実際に旅をしながら、ワタシの未練開所も兼ねて魔法の指導をしてあげる!!」
「エルナ、迷宮の守護者として助けるような真似は……」
「何よアルビレオ、どうせアンタもこの子と一緒に外に出て、仲良い感じからして一緒に戦ったり、守ったりしてたんでしょ。
アンタみたいな不器用さんとは違うのよワタシは」
そうぐいぐいとまくしたてられ、事実を言い当てられたアルビレオは黙ってしまった。
「そういうことだから、ワタシも旅に連れて行って貰うから」
「は、はい、よろしくおねがいします」
エルナが仲間になった、頼りになる。
アルビレオと旅に出た時のような安心感だ。
「アベル」
「は、はい」
アルビレオが声をかけてくる。
さっきまで殺し合い……いや、俺が一方的にやられていただけだが、そんな状態だったから少し緊張する。
「私は不器用だ。
願いも結局のところ完全に満足したわけではない。
この気持ちさえ隠していけば、きっと君にも迷惑をかけてしまう。
だから、もう一度、私も君と旅がしたい。今度こそなにか千年後の世界で答えを得たい」
そういってアルビレオが頭を下げる。
「……あなたは、本当に不器用だ」
「よく言われる」
「……俺の方こそ、お願いします。二人がついてきてくれるなら、何も怖くない」
「ありがとう、アベル。
ただ、私たちはまた、必ずあの十層で殺しあうことになる」
「分かってます、だからって一緒に旅する中で冷たくなんてしません。
別れが今のままでは寂しいなら、何の心配もいらないぐらい俺は強くなります。
そうして、認めさせてやります」
「認めさせる?……何を?」
「俺が──『英雄』だって」
そう言い切った。
少し恥ずかしいけど、珍しくアルビレオが口を開けて笑う。
「はっははは!!そうか、そうか!そうか……そうなれば、確かに私も安心だな」
そういって俺に笑いかけるアルビレオ……よかった、帰ってきたんだ。
「ねぇ、ちょっと待ってよ」
エルナが嬉しそうな顔で話しかけてくる。
「な、なに?エルナ」
「な、なんだその顔は」
「『千年』って言った!!?!ねぇ!!そんなにいっぱい時間たってるなら早く言ってよ!!!外に早く行こ!!ほらアルビレオ!十層まで早く鎖伸ばして!!ワタシの可愛い子供たちの、千年先の成長を早く見たいわ!!」
どこまで行っても、この階層の主導権を握るのはエルナ。
なんだか来た時より少し涼しい風が吹くように感じる二十層の小屋の中。
探索者一人と守護者が二人、そんなおかしな、夢のようなパーティが結成された。
「アベルも!!!はーーーやーーーくーーー!!行くわよ!!置いてくわよ!!?」
「えぇ!?ま、まって!!?」




