二十層
叫び声。誰のだろう。
あっけなく落とされた俺の声と、轟音を立てて鳴り響くエルセルアの悲鳴。
上下もわからず、暗闇の中何秒も落ちていく。
その時間は本当に長く、落ちている自分を受け入れてしまえるほどだった。
そして、叫び声を上げても無駄だと悟れるほどに。
無理かもしれないが、この落下の衝撃に備えるために足を下にし、地面を、おそらく自分が落ちていっている方向を注視する。
どこまでも深く突き刺さったアルビレオのあの一撃。
何層分も下に落ちていくのを感じる。
「……光?」
不意に、足元に光が見えた。
そしてその光に吸い込まれるように落ちていった。
* * *
強い光に包まれ、目を瞑る。
風を切る音が耳に響く。
落下する中、自分の髪が上に巻き上がる。
瞼越しにでも伝わるその光に目が眩まないようにゆっくり目を開かなければならないのに、俺はその光景に理解が追い付かず、見開いてしまった。
「は……!?」
眼前に広がるのはどこまでも雄大な『空』
地面を割って、落ちていった先で、俺は空に浮かんでいた。
何が起きているのか全く理解できない。
雲よりもはるか上から、まるで隕石のように落ちていく。
もちろん俺と一緒に落ちてきた瓦礫たちもあるが、もし質問しても彼らにだって何が起きたかわからないだろう。
雲が動いている、その中を突っ切って、地面に今真っ逆さまだ。
この空は本物?なら俺は迷宮の中から出たのか?
それとももう死んでいて、いわゆる死後の世界ってやつなのか?
様々な疑問が頭をよぎる。
雲の下に広がるのは草原。
柔らかい緑が、風を浴びて幸せそうに踊っていた。
あと小屋が一つ。
「なんて言ってる場合じゃない!!!?」
着地できそうなところはどこにもない、このままでは本当に死んでしまう!
何か……いや、何もできない。
この死を受け入れることしかできない。
アルビレオと戦った際にも感じなかった『諦め』の感情で頭の中が埋め尽くされる。
簡単に落ちて死ぬ、なんてあっけない人生だったんだろう。
自分の目標何一つかなえられないで終わる現状に悔しい思いを感じながらも死を受け入れたとき、不意に体に違和感を感じる。
「ぉ?」
落下速度が落ちていく……どころではない、空中で地面にぶつかる直前に静止した。
「は?え?何、が?」
地上十メートルあたりのところで静止した自分の体を信じられず、何かに引っかかっているのかと少し体を動かそうとすれば……
「こら!!!勝手にじたばたしないの!!その魔法解けちゃうでしょ!!」
良く通る高い女性の声だった。
少し暗く品のある赤い髪、その髪の色に似た赤い瞳、しかし彼女の右目は暗い緑色をしていて、左右で違う目の色だなんて珍しいと思った。
大きな帽子を頭に乗せ、腰まで伸びた長い髪をたなびかせながら、彼女の背丈ほどある大きさの杖を振るう。
そうすれば俺も瓦礫も緩やかに地面に着地させられる。
「ふぅ、よし……じゃない!?アンタ冒険者よね!?じゃあワタシの仕事的にはそのまま見殺しにするのがベストじゃない!?!なんで助けちゃってるのよ!?ワー!ター!シー!!」
「え、っとありがとうございました……?」
自分を落下死から助けてくれたこの女性は、助けた俺の前で反射的に助けてしまったことを、大きな声を上げて後悔している。
呪いのせいで体調最悪だが、それでも助けてもらった俺からすればかなり複雑な反応だ。
しかし、礼を言えばその大声はピタリと止んで、腕を組んで考えるそぶりをした後
「……まぁ、いいわ!礼儀正しい子みたいだし、このままここで落下死なんてされたら寝覚めが悪いわ……アラ、あなた呪われてるじゃないかわいそうに」
「わかるんで……あれ?」
彼女の話を聞いて、返事をしている間に呪いの影響がすっかり消えた……!?
「なーにびっくりした顔してんのよアンタ、呪われてちゃ話しにくいでしょ、アンタどこから来たのよ、空?ってか名前何?冒険者なの?」
グイグイと詰め寄り質問をしてくる。
こ、この人押しが強い……!!
「俺は、アベルって言います、冒険者です。どこから来たか……十層から来ました、戦ってる途中で叩き落されて……」
「はーー!!やっぱり冒険者!!アベルね、とりあえずよろしく」
勝手に俺の手を取り、ぶんぶんと雑に挨拶を済ませる……済ませるこの人は誰だ?
色々あって頭が追い付かなかったが、この人は誰だ、なんでこの迷宮内にいるんだ、俺以外の冒険者が先に進んでいたとか?それか...…まさか
「あ、次ワタシの自己紹介ね~」
勝手に話のペースを握る。
しかしちょうど気になっていた話だったから止めずに聞く。
「ワタシの名前は『エルナ・カーラ』
そうね、なんて言えばいいかしら?……この迷宮の守護者よ」
あっさりと名乗るその正体に、とっさに構えてしまう。
「落ち着きなさい、今アンタをどうこうしようって気はないわ。
この先に行きたがるなら話は別だけど、アンタ今そんな元気ないでしょ」
それはそうだ。
戦う必要がないなら願ってもないことだ。
「ありがとうございます」
「いいのいいのー、ワタシもこの距離で剣持ってるやつの相手するリスク負いたくないのよ」
そう言っているが、俺をまるで警戒していないのか、背中を向けてふわりと宙に浮いて移動する。
「あの、エルナさん」
「なーに?エルナでいいわよ、アベル」
彼女は瓦礫を宙に浮かせて片付け始めている。
「じゃあ、エルナ。
なんで俺の事助けてくれたんです?というかどうやって……」
「あー……ワタシが反射的に助けちゃったの、どうやって助けたのはか企業秘密、ワタシの可愛い可愛い魔法ちゃんとだけ教えたげる。
アンタはラッキーね、ワタシが超絶優しくってキュートでスマートな女性で」
自信の塊みたいな人だ。
魔法についても理解が深くって、口ぶりからして魔法を愛しているんだろう。
……馬鹿なことだとは自分でも思った。
それでも一つ彼女に声をかけた。
「魔法の使い方を教えてくれませんか」
「はぁ!?」
グンッと振り返る彼女の顔は驚きに満ちていた。
そりゃそうだ、俺とエルナは初対面。
しかも探索者と守護者なんだから俺を強くするようなアドバイスなんて──
「なーーんでワタシの可愛い魔法ちゃんを『使えない』のよ!?」
「えっ」
意外な反応だった。
怒っている、怒っているのはわかる。
ただその理由が意外だった。
「アンタもしかして魔法全然使えないの!?ちょっとやってみなさいよ!!」
そう詰め寄られ、急いで炎を出す。
「ちがーーーーーーう!!!!」
大きな声と共にその炎をかき消される。
「うわっ!?」
「違う違うちがーーう!!!アンタのそれは魔法は魔法でも『生活魔法』!冒険者のアンタに見せて欲しいのは『実戦魔法』!!」
「な、なにそれ」
そう言葉をか細く吐き出すと、呆れたような、怒りに満ちたような何とも言えない顔をする。
「アンッタ……!!勉強不足よ!!なに!?そんな基礎も知らないなんて、すっごい馬鹿か記憶喪失かぐらいよ!!せっかくの才能がもったいない!!」
「じ、実は……」
「なに!!」
手を挙げた俺をギロっと睨みながらも発言するようにビシッ!と手を差し向けてくれる。
「本当に記憶喪失で……ここ一ヶ月くらいより昔の記憶がなくって……」
その言葉を聞いて、さっきまで怒り心頭だったエルナの顔がキョトンとなり
「へ?なに、アンタ記憶ないのに迷宮のこんなところまで来たの?一人で??」
「そ、そうです」
厳密には落とされたが正解だけど、今はそういうことにする。
「それで、ワタシの魔法見て興味湧いて、勉強したくなっちゃったの?」
「はい!見たことない魔法だったし、すごく魔法に詳しそうだったので!!」
そういうと、ニマーーーっとした笑みになり、エルナが大きな胸を張るどころかふんぞり返る勢いで高笑いする。
「なーーんだ!アンタ可愛いじゃないアベル!!いい着眼点よ!魔法に興味を持ったのは!!素晴らしくって美しいんだから!!
何よもう!記憶ないなら早くそういってよ!!いいわよ!いくらでも教えてあげる!あなたの才能自体はワタシも買ってるんだから、早くこっちおいでなさい!いろいろ教えてあげるわ!!」
とっても嬉しそうな顔でビュン!!と近づき、俺の手を取る。
『こっちにおいで』なんて言いながら、俺より先に近づいてきたのはそれだけ魔法を教えるのが楽しみだからなんだろう。
才能を買っている云々についてはよく分からない、ここで会ったのが初めてなんじゃ?
「まずあんたの『魔術回路』を見させてもらうわよ~?魔力の質的には魔人に近いけど、アベルはそれ以外もいろいろ混ざってるわね~!!記憶がなくても回路を使った跡からどんな魔法使いだったかぐらいはわかるから安心なさい!!」
そういって掌に触れ、ムニムニと揉みながら話す。
しかし表情が固まる。
「……使用痕跡がない……!?そんなわけないわ、魔力量的にもあなた結構いいセンいってる魔法使いだと思ったのに……嘘、ワタシでもわかんないなんて……!!」
表情が固まり、深刻そうな顔を一瞬したのち、俯き小さく震え始める。
「エルナ?」
プライドの高そうな彼女の事だ、自分の知らないものにショックを──
「面白い!!!いいわねアベル!!アンタの事もっと知りたくなったわ!!受講料はアンタの事調べさせてもらうことに決定よ!!」
勝手に全部決められた。
「へっ?」
「ちょっと待っててね~確か魔人の魔力回路図は~」
そういって小屋の中に消えていく。
色々あったが、いい先生を見つけられた気がする。
ジャララララ。
その時、鎖の音が響く。
音のする方、空を見上げれば、青空に黒い穴が開いていて、そこから鎖に掴まったアルビレオが下りてくる。
「アベル、見つけたぞ、まさか生きているとはな……しかもこんな深くまで落ちていたとは驚いた」
口ではそう言いながら、驚いた様子はない。
剣を抜き、構える。
街中と違ってここは罠もない、鎖の本数も少ない。
これなら、さっきよりはやれる、可能性がある。
予備動作なく伸びてくる鎖を弾き、詰め寄り、剣閃を走らせる。
動きが軽い、俺の距離で、上手く剣で戦えばかなり押せている。
「やはりこのフィールドなら私の勝ち目は薄いか」
この発言も罠かもしれない、警戒は緩めない。
お互い目の前の相手に集中していると、アルビレオ目掛けて水の塊が飛んでくる。
あのアルビレオが不意打ちを避けられず、水でぐっしょり頭を濡らす。
『頭を冷やせ』とでも言いたげなそれは、小屋の方から。
「アルビレオ!ここはワタシの階層よ!!アンタが取り逃がしたアベルをどうこうするなら、まずはワタシが許可してからよ!」
「エルナ……そうか、ここは二十層か」
「アンタが落とした瓦礫のせいで大変だったんだからね!アンタがまだ勝手にやろうっていうなら……ワタシも暴れるわよ」
地鳴り、そして宙に浮かぶ様々な色の魔力の塊たち。
遮蔽物も何もないこの平原では、ただの遠距離攻撃でさえ為す術のない凶悪な技になる。
アルビレオもそれはわかっているらしく、手を引くように両手を上げる。
「やめてくれ、こんなところで君とやりあうのは割に合わない」
「フン!!わかればいいの───よぉぉっ!!?!」
瞬間、エルナが鎖に振り回される。
アルビレオが草むらの中にこっそり鎖を通して、エルナの足を絡め取ったんだ。
「すまないが少し席を外してくれ」
そのまま遠くに投げられたエルナ、何か遠くで大きな声を出している。多分死ぬほど怒っている。
鎖を巻き付けた拳や蹴りを放つために距離を猛然と詰めてくるアルビレオ。
それを受けて立つ構えのアベル。
──その二人の横顔を、赤青黄、様々な色の光が包む。
同時に二人とも振り向けば、その方向、エルナを投げた方向から、多彩な属性の弾が飛んでくる。
火、水、風、土、それ以外にも混ざった色の魔法も飛んでくる。
急いで剣を構えて受けようにも耐えきれず吹き飛ばされる。
アルビレオはまた地面を使って防壁を作るも、いとも簡単に削り、吹き飛ばされる。
爆煙の向こうからエルナが空を飛んで寄ってくる。
「アールビレオォ!ワタシに!なんてことするの!!」
三つ巴の大混戦が始まりかけたその時、アルビレオが両手を上げる。
「降参だ」
鎖も手放している、本当に観念したようだ。
「フン、それでいいのよ!……あ!アベル~?生きてるかしら~?」
のんきな声で俺のことを呼ぶ。
無事に生きてはいるが、あの一瞬でボロボロだ。
しかし痛みも次第に引いてくる。
「ごめんね怪我させちゃって、回復魔法使うから許して、あとアルビレオが全部悪いから」
軽口をたたきながら怪我を治すエルナの底知れない強さに恐怖しつつも、そんな存在から学べることに喜びもあった。
ボロボロのアルビレオは、俺の方をじっと見て、何もしない。
もう、戦いは終わったんだ。
エルナに小屋の中に誘われる。
「さて、座って、アルビレオも座りなさいな、お茶くらいなら出してあげるわ」




