UNDERDOG
身体が宙を舞う。
簡単に俺の身体が振り回される。
「──っ!」
背中から壁に叩きつけられる。
肺から空気が一気に吐き出され、視界が白く弾けた。
「がっ……!」
ボロボロの壁を突き抜け、どこかの民家の中に投げられる。
まだ絡みつく鎖を咄嗟に斬り飛ばし、脚の自由を取り戻す。
痛い。
けれど、倒れている暇はない。
反射的に転がった。
直後──
俺の頭があった場所を、瓦礫が突き抜けた。
壁が砕ける。
その向こうには瓦礫を始めとしたこの街を絡めとり、何かの生き物の腕のように正確に投げつけてくる。
そして注意を向けている方とは別方向の壁を突き破り、また瓦礫が飛んでくる。
バリンと窓ガラスの割れる音、そしてそのガラス片の中から飛んできた瓦礫には横回転がかかっていて、まっすぐには飛んでくれない。
咄嗟に回避するも、まだまだ飛んでくる。
一人と戦っているとは思えないほどの手数。
視野が狭まるこの屋内にいては適当にものを投げ込まれて撲殺されると思い、急いで飛び出す。
広場の方にすでにアルビレオはおらず、辺りを探せば余裕そうに屋根の上でこちらを見下ろしていた。
「最後の別れの言葉も、罠か!?」
俺は彼に向かって叫ぶ。
しかし返答する声は冷淡で簡潔なものだった。
「別れはあの日、地上で済ませた」
罠だという肯定。
経験の差が表れた瞬間に奥歯を噛みしめる。
周りの警戒は怠っていない。
街。
壊れた建物。
崩れた道。
そして、無数の鎖。
建物の壁、街灯、瓦礫、地面。
ありとあらゆる場所に絡みついている。
廃墟と化したこの街に巣食う呪いの鎖はまるで蜘蛛の巣だ。
いや。
蜘蛛の巣より、もっと厄介だ。
解釈を改めないといけない。
これは、街そのものが罠になっている。
呪いと、罠と、『エルセリア』
この街を守り抜いてきたこの男の築いた、傷ついた同胞をただ庇うための街じゃない、戦っても負けない守れる街。
「気が付いたみたいだな。さて、次の罠だ」
そうわざわざ俺に宣言し、家に縛り付けていた鎖を束ね、持ち上げる。
「……なんて力──っ!」
なんて見上げて感心している場合ではないと動き出した瞬間、足元の床が沈み、ガクンと視界が揺れる。
上に注意させて、足元に罠……!
「流石に君のように近接戦が得意なわけではないがね、様々なところにひっかけたりすれば重いものでもこの通り……だっ!!」
振り下ろされた家屋の物量。
二階建て、この足場では一足では横にも後ろにも躱しきれない。
見えたのは、家の窓ガラス。
両手を顔の前でクロスさせ、飛び込めば体にいくつか切り傷ができるも、致命的な怪我はない。
自分の無事を確認した瞬間、轟音と共に家の中の家具や柱、壁が崩壊し、雪崩れ込む。
「クッソ……!!」
瓦礫を飛び越え、反対側の窓から、飛び込んだ時と同じように飛び出す。
その瞬間、窓ガラスに直前まで映っていた自分の赤い瞳が窓の外にも現れる。
「良い判断だが、読めている」
アルビレオが余裕そうな表情を見せ、そこにもういた。
右手に鎖を巻きつけ、振りかぶる。
その瞬間俺の右側から横腹に衝撃が走り、守りが崩れる。
俺が左側にガードを固めた瞬間、アルビレオが振りかぶる際に鎖が巻き込んだ瓦礫が、俺の右側に飛んできていた。
体勢を崩したところに、本命の右。
不完全なガードごとまとめて俺の身体を吹き飛ばす。
「っ!!──がはっ」
吹き飛ばされ、転がった先
ガコンッ
何かの音が鳴った。
瞬間感じる浮遊感。
あの時の落とし穴とは違う。
その下には様々武器が殺意を向けて鋭利に上を向いていた。
錆びた武器、折れた剣、それでも敵を殺すためにあり合わせのもので作ったような単純な罠。
だが、吹き飛ばされ、現状の理解が追い付いていない俺にはそれでも十分な脅威だった。
浮遊感には一度嫌な思い出がある。
咄嗟に剣を壁に突き刺し、それを使ってすぐに地上に出る。
ボロボロになった身体、ポーションをかけて傷を癒す。
「……呪い……!!」
自分の動作が緩慢になっていることに、傷を癒して気が付いた。
身体に溜まった呪痕、気が付かれないようにじわじわとやられていたみたいだ。
聖水を浴びれば、何とか体の動きは戻ってくる。
一息付けた。
そう安心した傍から、鎖が地を這う蛇のように大きく瓦礫を弾きながら迫りくる。
飛んでくる瓦礫も危険……だが、流石にこの短時間で何度も騙されたんだ。
周囲に気を配れば、別方向から静かに迫りくる鎖があった。
そして動く人影も。
瓦礫を避けた瞬間、その人影の方へ走る。
細い路地裏に入り、その影を追う。
ジャラリ。
足の速さなら負けていない。
魔法を放ち、それが当たる。
……追いかけていた人影は、布に服を着せた偽物。
ジャラリ。
上空からその音がする。
俺の首に冷たい感触が走る。
そしてそれを一気に引き上げ、首を折ろうと鎖が戻る瞬間、何とか剣で斬ることに成功する。
ほっとした瞬間、アルビレオが上から飛び降りてくる。
鎖を巻いた拳で超近距離戦を展開する。
剣で何とか捌くも、細い路地の中で捌き切るのは至難の業。
アルビレオが身軽に壁を蹴って打点を高くしたり、逃げようとする俺の先回りをしてくる。
俺は攻撃を回避した瞬間、少し空いた隙間に炎を連発する。
「《岩壁生成魔法》」
壁に触れ、アルビレオが魔法を使えば、それがアルビレオを守るように伸びて炎を掻き消す……だけでなく、俺の退路も埋まっていく。
「魔法……!」
多分土だ……魔法は使える土台はあるのに勉強不足過ぎて詳しくわからないものばかりだ。
だが、アルビレオが俺を視界を外した。
その隙に、真似をして壁を蹴ってアルビレオの背後へ飛び、また炎を飛ばし目くらましを行い、路地裏から逃げ出す。
それを読んでいるんだろうアルビレオが鎖を伸ばす。
だよな、アルビレオならそうすると思った。
しかしそれに加えて下水の蓋まで投げ飛ばしてくる。
武器が壊れる、これは避けないと……!!
追ってくる鎖を剣で弾き、ついに路地裏から抜け出した。
……抜け出した?俺が追い詰めに行ったのに……!?
「全然近距離も強いし、魔法も上手く使ってくる……!!」
戦っていてもジリ貧だ。
このままでは消耗して……呪いに蝕まれて、負ける。
急いて聖水を浴び、鎖から受けた呪いを解除する。
アルビレオが路地裏から現れるまでの間、息を整え迎え撃つ準備をする。
屋根の上か?別の道か?
何にしてもこの通りから姿は見える。
「……??」
しかし、何も起きない。
不気味なほどに静かな時間が流れる。
休憩……させてくれているのか……?
そんなことはあり得ない、けれどそう思ってしまうほどに何もない。
「……ぁ?あれっ」
急な眩暈、剣が手から滑り落ちそうになる。
膝ががくがくと震えだし、汗が噴き出す。
頭が痛い、考えたくない、横になりたい。
何だ?毒?呪い?
いや、どっちも聖水かけたんだら違うはず……疲労?いやそれはもっとない……
『そう、セレスティアの付近で採れる聖水、毒とか呪いとか、簡単なのならそれだけでどうにかできる』
「……?なにか、みおとし……てる?」
『聖女様のおかげね……高くなるけど神秘の力がもっと高ければ重い病気とか呪いも治せるの』
これは……誰との会話だ、何の話だ?ダメだ思考がまとまらない。
……いや、考える必要なんてない、俺にこんなに親切に冒険者としての事を教えてくれたのはただ一人。
「……ミーヤの言葉だ……!!」
『簡単なのならそれだけでどうにかできる』
『神秘の力がもっと高ければ重い病気とか呪いも治せるの』
「……しまったなぁ」
存在を忘れていたわけじゃなかった。
ただ、いつも買っている聖水でも、呪角銃の呪いも、呪水蛇の呪いも解けた。
だから、アルビレオの呪いも問題ないと思った。
もう一つ上の段階の聖水を買うには、いつも買っている聖水十本分の値段だった。
質よりも、攻撃にだって使えるんだから量がある方がいい。
そう『侮って』準備してきたのが俺の敗……
「……いや、まだだ」
聖水を浴びる、
また少し体が楽になるが、完治はしていない。
ただ、抑えることならこれでもなんとかなる。
簡単に諦めるな、俺は生きて帰るんだ。
アルビレオに勝たないと、じゃない。
『勝ちたい』
自分の膝を叩き、雄叫びを上げ、奮い立たせる。
「良い覚悟だ」
アルビレオの声が後ろから聞こえる。
驚いて振り向くと、悠々と背後から現れるアルビレオがそこにいた。
「な、んで……!?」
「さぁな、ただ私はお前よりもはるかにこの街に詳しい」
理由を探るために体をくまなく観察する。
少しの悪臭、服の裾が濡れている。
「……下水道」
そう答えるとコクリと頷く。
「そうだ、やるなアベル。
だが君は、ここまでだ。
敗因は単純なものだ、実力不足と準備不足。
一つ付け加えるなら、呪水蛇の呪いも、聖水だけでは解呪できていなかった、私が解呪を施したからだ」
そうか、そうだったのか。
『何とかなった』と思わされていた、あえて言わなかったのかもしれない。
この一度の勝負で俺を罠に嵌めるために。
「諦めろ、勝ち目はない」
そう冷淡に告げられる。
「……いやだ、いやだ!俺はまだ負けてない!!なのに負けを認めてたまるか!!」
そう叫ぶ俺にため息を一つ。
物分かりの悪い子供に言い聞かせるように話す。
「アベル、君は強い、決して弱くなんかはない。
ただ惜しいのは、実戦経験の乏しさ、対人戦闘の経験不足、素晴らしい才能に知識や技術が追い付いていない、そしてそれはすぐに埋まる者ではない。
しかし、その差を埋めずして私に勝つことはできない、だから──」
「だからって、俺が絶対負けるとは、限らないだろ!!」
休憩はできた、これ以上は呪いの進行が痛い。
剣を抜いて、魔法を放ちながら前進する。
罠……それもなく、攻撃を腕に巻いた鎖で弾く。
「魔法の名前も知らず、ただ炎に性質を変化させただけ、魔力に物を言わせているがやっていることは生活魔法と変わらない」
「っ!!」
剣も受け流され、蹴りに吹き飛ばされる。
「頼みの身体能力も呪いのせいでその様子だ、私へ有効打一つ与えられない」
すぐに飛び上がり、連撃を叩きこむ。
少しは掠るのに、明確なダメージを与えられない。
「鋭かった剣撃も、今ではこれだ」
まるで稽古をつけるように俺を簡単にいなして、ダメ出ししてくる。
命を賭けた攻防の中で、そんな余裕がある事実が、背中がずっと遠くだと突きつけられて、心が折れそうになる。
鎖が俺の右手に絡みつく。
すぐに左手に持ち替えて、鎖を斬って自由をすぐに取り戻す。
「……反応は、悪くないな。
だが、何もそこから進展しない。
魔法は?剣術は?私の罠への注意を忘れていないか?」
「……!!」
何も言えない、何もできていない。
意識はまだある、聖水もまた浴びて、まだ戦える。
なのに、戦っても絶対に勝てない、そう感じた。
それでも……何かしないと始まらない!!
「それは、勇気とは呼ばない」
そう言ってアルビレオがまた俺の攻撃を避ける。
避ける……いや、逃げている?
「!?ま、てっ!!」
「敵に頼むな、追いかけて追い詰めればいい」
アルビレオの背中を追いかける。
鎖を街にひっかけ、脚元の悪さも関係なく、ぐんぐんと距離を離される。
走っていく中で、罠をいくつも避けながら、時には発動した罠を捌きながら、エルセリアの中を探し回る。
耳で、目で、鼻で。
宿も鍛冶屋も学校も、知っているところも知らないところも。
さっき仮説として現れた下水道の存在も確認できた。
そこは薄暗くって、罠も多くて、匂いで追えないようにしているのか、腐臭がした。
それでも見つけられなかった。
迷宮内は俺しかいないのかと思うほどに静かだった。
探し回り、また人影が見えた広場まで探しに戻る。
──ゴォォォン!!!
鐘が鳴る。
反射的に展望台の方を見れば、アルビレオが立っていた。
鐘を鳴らしていたのは、彼だ。
「アベル、君はまだまだ若いな」
「どういう、ことだ!!」
「私を無視して、一度九層でも、十一層にでも逃げればよかった、その道を探す時間は君にあげたはずだ。
なのになぜ、君はこの階層に執着する。視野が狭くなってしまっていたんじゃないのか」
「……それも考えたさ」
「……何?」
「逃げるのだって考えた、これが勇気じゃないのもわかってる。
けれど!俺はそれでもあなたの前から逃げたくなかった!!」
「何故だ」
「……あなたの事を、救いたいから」
少しの沈黙
「……君も、不器用だ」
そう言うと、アルビレオが時計塔と展望台を鎖で繋ぐ。
ジャラリ。
アルビレオが鎖を握る。
一本。
二本。
十本。
数えるのも馬鹿らしいほどの鎖が、地面へ突き刺さっていく。
街の建物に絡みついていた鎖も、次々とここへ集まってくる。
「アベル、お前が今いる場所は、私に誘い込まれた場所だと思え」
「何を……!?」
アルビレオは答えない。
ただ、両手を広げた。
鎖が建物と建物を繋ぎ、地面を縫い、市場を使って俺を囲み、二つの塔とこの街を使って巨大な何かの発射台を作り上げていく。
蜘蛛の巣の中心に、俺はいた。
そしてそこを狙うように、二つの塔を繋いだ鎖を弓の弦のように引き、束ねた鎖を矢のようにして引き絞る。
青白い光が、アルビレオに絡みつき、煌めく。
「……これが」
アルビレオの……
いや、エルセリアの
『必殺技』
そんな言葉が頭をよぎった。
身体が痺れる。
聖水を浴びて、ポーションも使って、攻撃を見極めなければならない。
それでも圧倒的な圧力に身が竦む。
────
千年前、アルビレオ・ハーディがエルセリアを守るために編み出した、街を守るための一発限りの必殺技。
愛する街を守るために、街を破壊し放つどこまでも不器用な呪いの英雄の必殺技。
その名を──
「──《護城穿》」
青白い光を引きちぎり、その光の中でアルビレオの赤い瞳が爛爛と輝く。
街の中心目掛けて、真下に放ったそれは、いとも簡単に地面を抉り、大地が消える。
「っな!?!」
崩壊する轟音に巻き込まれ、直撃を回避したアベルが声を上げる。
しかし、ぽっかりと空いた大穴に飲み込まれ、越えも姿も消えていく。
建物も、噴水も、瓦礫も、アベルも。
全てが下へ落ちていく。
アルビレオだけが崩れ落ちる大地の向こうで立っていた。
身体が落ちる。
落ちる。
どこまでも。
暗闇へ。
「──っ!」
そして俺は負けた。
アルビレオに、完敗した。




