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願いの果てで、英雄は笑う  作者: サングラス
英雄とは、居場所を作る者である
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18/53

《十層の守護者》アルビレオ・ハーディ

一層

魔物の数は少ない。

動きにも慣れている。


簡単に倒すだけじゃなく、戦う回数を考える。

九層で休めると言っても、そこまでの消耗は控えたい。


何より、もう一度安全に休める保証もない。


二層、三層、四層

同じだ。


数が増えたり、質が上がったり、変化は確かにある。

以前の俺なら引っ掛かっていた罠もあるだろう。


そのすべてが見抜けるわけではない。

ただ、考え方が変わった。

警戒の仕方も一段レベルが上がった。


「……ふぅ……!」


しかし体力の消耗も激しかった。


今まで以上に気を巡らせるものが多くなったんだ、当然と言えば当然か。

寧ろ今になってみれば、ずんずん進んでいた自分の無知が恐ろしい。


よく見て見れば床の一部が少し高い。

剣でつついてみても、何も起きない。


自分で踏んでも何も起きない。

罠っぽい、罠じゃないものもある。


それが余計に俺の心を揺さぶった。


五層

懐かしい。


一度痛い目を見たところだ。

一度戦わずにやり過ごしたことがある。


今回もかなり余裕をもって先に進むことができそうだ。

戦わずに、次に進む。


六層

以前はここで水を補給したが、今回はまだまだ余裕がある。

補給の時間も惜しくって、先に進むことにした。


水辺、その中から飛び出す魔物たち。

リュネ村のように澄んだ水ではないが、水辺での戦いはもっと大きな敵との戦いで嫌というほど苦戦させられた。


経験をもとに、自分の身体が勝手にうまくバランスを取ってくれる。

ここにいるやつらも厄介極まりない存在だが、警戒心が強いおかげか、とどめを刺さずとも簡単に追い払えた。


以前に最も厄介だったのは蛭のような魔物の存在。

今回は最大限警戒しながら先に進み。無事に攻略できた。


七層

迷路は以前と同じ造りとはいかないらしい。


以前に残した壁の傷も消えており、壁に擬態している魔物の相手もしなくてはいけない。

蛾の群れは炎で早々に焼き払い、岩の魔物については攻撃を回避し、いなして先に進んでいく。


迷路ばかりはまだまだ慣れない。

行き止まりに罠、魔物から逃げながらで注意が散漫になり何度か罠にかかり痛い目を見た。

ここまでで、ポーションを合計二本使ってしまったが、まだ六本残っている、消費の量は想定内だ。


八層

ここは荷物を盗む魔物が一番厄介だった。


あの魔物の名前は『旅喰らい』というらしい。

昔はエルセリアの周辺にもいたらしいが、千年後の今のエルセリアに行くまでに出くわしたことはなかった。


八層から見上げる空は、やっぱり外と何も変わらなかった。

しかし、雲が動かなかったりする様子からこれは偽物の空なのだ。


ずる。


ずる。


また、何かを引きずる音。

以前も聞こえたそれは、結局正体は掴めなかった。


振り返っても、そこには何もいなかった。

警戒しながら進んだ前回と違い、戻り、その正体を確かめに行く。


物陰の一つまで見逃さないようにして探していれば、その音の正体は姿を現した。


「……誰?」


鎧を着た、誰か。

血を流し、身体を引きずっていたが、俺に気づかれないように息を潜めていたらしい。


バレたと思ったそいつは魔法を俺に飛ばしてくる。

黒い魔力の塊、魔族の力なのだろうそれを矢のようにして飛ばしてくる。


敵意を感じていたので回避自体は間に合った。

攻撃しようと剣を構えたが、そいつは血を吐いて、蹲る。


人間……俺と同じ冒険者?


「あの、大丈夫ですか?俺も冒険者です」


剣を収め、自分の安全を示して歩み寄る。

そいつも向けていた掌を収め、傷口に手を当て魔法を放つそぶりは見せなくなった。


それに安心して近づいた──その瞬間、急に飛び上がり、持っていた小さな短剣で俺の事を刺しに来る。


「──っな!?」


急いで身を反らして何とか回避、そして剣を抜いて反撃する。

鎧ごと切ろうとすれば、剣は胸のあたりまで食い込んで止まった。


それでも動くその敵は、何かをぶつぶつとつぶやく。

逆流する血も混ざり、溺れたような声を出し遂にぐったりと項垂れ動かなくなった。


そいつは光に包まれ、魔石になった。

こいつも……魔物だったのだろうか。


そんなことを思いながら剣を収めると、右手に違和感がある。


「……?」


違和感の正体を確かめるために右手を見て俺は戦慄した。

手の色がおかしい。


緑色に染まったそれを見てすぐに聖水を取り出した。


「──ッチ!」


右手の感覚が消えていく。

それなのに手が勝手に動く。


剣を抜いて、勝手に俺を刺そうとしてくる。

急いで左手で離させて、剣を投げれば、今度は俺の首を掴み、絞め上げてくる。


「がひゅがっ……!?」


急いで聖水をかける。

絞めるなんて生易しいものじゃない、へし折る気だ。


聖水をかければ感覚が次第に戻っていく。

両手両膝をついて、慌てて水面に出たかのように荒く息を吸う。


呪いだ、これも呪いの類なんだ。

この迷宮の全部を知っているわけじゃない。


ただ、ここまでの迷宮探索でわかったことがある。


『罠と呪い』


その印象が強い。

踏むと作動する罠、上から急に、壁から魔物。

吸ったりするだけで危険な呪いの霧に、呪痕や、こういった自害の呪い。


呪いは強力だ。

そして一度当たるだけで致命的な事態に繋がりやすい。


そして、その一(・)度(・)を何が何でも作りに来ている。


危険だ、何度もそう思っているのに毎回そう思わせる。


九層

平和な村。


いや、平和だった村に見える。


荒れた室内、そこさえ見なければリュネ村とどこか雰囲気が似ている。

穏やかで、綺麗な海があって、作物もある。


この九層を歩いて回れば、それだけでアルビレオやリュネ村の皆の事を思い出してしまう。


寂しいんだ、俺は。

あの人たちとの生活が楽しかった。


アルビレオも、子供たちと一緒にいて、とっても楽しそうだった。

なのに、俺は今からその男と命を賭けて戦わなければならない。


長く過ごしたあの村の既視感を感じながら、ここでまた一晩明かす。


……まぁ、一晩明かすと言ったが、日は沈まないし、明ける夜もここにはないのだけれど。


食事をとり、自身のコンディションを整える。

顔を洗い、剣を腰に携えて、ポーチの中にポーションと聖水を出しやすいところに入れ替え、門を押す。


『英雄とは、なんなんだろうな』


俺だってわからないよ、アルビレオ。


誰よりも強かったら英雄なのかな、誰よりも優しかったら英雄なのかな。

誰よりも頭がよかったら英雄なのかな、誰よりもこの世界を知ってたら英雄なのかな。

誰よりも多くの生きた証を残せば英雄なのかな、誰よりも迷惑かけずに生きたら英雄なのかな。


でも、その全部じゃないといけないのかな。


けれど、俺はどれもいらない気もするんだ。


だって俺は、何もないのに、自分の事すらわからないのに、リュネ村の皆の英雄になれたんだから。

そんな俺に、アルビレオも微笑みかけてくれたよね。


* * *


十層


眼前に広がるのは、荒廃した街。

千年後の草木に包まれたエルセリアではなく、まだ少し原形を留めている。


時計塔と展望台、あれが宿で、あっちは学校、そして真ん中の広いところは市場。


アルビレオが言ったとおりだった。


──ゴォォォン!!!


展望台から金が鳴る。

何かの時報なのだろうそれは、すでに止まって動かない時計と対照的にひとりでに何かを叫んでいた。


鐘の音が消え、耳と腹の奥にあった音の響きが消えたころ、遠くから何かの気配を感じる。


ジャラリ


ジャラリ


一定の間隔で響く音。


その音を聞いた瞬間、身体が勝手に反応した。


剣へ手を伸ばす。

しかし、抜かない。


音のする方へ歩いていく。

頼りになる仲間の音が、今では俺の警戒値を最大に引き上げる。


広場にある小さなベンチ、そこに腰かけ、動かなくなった噴水を見つめている。


黒髪。


赤い瞳。


大きな角。


身体に巻き付いた無数の鎖。


以前と何も変わらない姿。

けれど、俺には以前とはまるで違って見えた。


「早かったな」


「……はい」


アルビレオがいつものように声をかけてくる。

だから俺もいつものように言葉を返した。


これすらも罠かもしれない。

そう思い、剣から手は離さない。


「よく来たな」


少し声のトーンが落ちた。


「……あぁ」


不器用な人だ、こうしなければ守護者と冒険者に戻れないだなんて……いや、それは俺も同じだ。


「……君は、この迷宮の果てに何を求める」


「何も。俺はまだ人生を賭けて叶えたい願いもないし、困っていることと言えば記憶のことぐらい……それもこの迷宮の中で見つけられる気がしてる」


「なら、なんの願いもないのか」


「……今は、そう」


「……そうか」


少しの沈黙。

それを破るように戦いが始まってしまいそうだった。


だから俺が今度は話しかけた。


「あなたは、どんな願いがあるんですか」


「……人間族も魔族も、誰もが安心して暮らせる世界」


「……立派ですね」


「口にするだけならな」


自嘲気味に笑い、言葉を続ける。


「この街は、人間に滅ぼされた。

老人も、子供も、魔人だからと殺された。

この街に滞在していたからという理由だけで、普通の人間や魔族、獣人やエルフも殺された。

『戦争は、よくないことだ。』『争いは、醜いものだ。』学校で教わらなくでも誰もが知っている常識から抜け出して、殺し合いたいなら勝手にやっていればいい、私はそう思ってこの街を築いた」


初めての事だった。

彼がこんなにも自分の話をするのは。


そして、やはりこの街は魔物ではなく、悪意によって滅んだんだ。


「なのに、全て奪って、滅ぼしたあの街はそのまま放置して、何も、何も残らなかった。

私が生きた理由なんて、私の夢なんて、何も残っていない」


「けど、世界は今平和じゃないですか」


言葉を挟んだ。

アルビレオがこちらを見る。


「そうだな、世界は今平和だ。

くだらない差別や戦争などもない、平和で、笑顔に満ちている」


「なら、あなたの未練は何ですか」


「『忘れている』んだ。

今の人たちは忘れている……いや忘れ『させられている』」


「誰に」


「歴史に」


「歴史?」


「私たちの犠牲を、この世界の歴史はなかったことにしている。

千年前に平和を願った存在をなかったことにして、殺された者たちの犠牲を忘れて……それでは死んだ者たちはなんで殺されなければならなかった……!これではいつか、繰り返す」


俺には、よくわからない話だった。

千年前の話だから、歴史に詳しくないから、大事なものを無くした気持ちがわからないから、だから何を言っても中身がないから。


そんな俺でもわかるのは『事実』だけ。今わかることだけ。


「アルビレオは、そんな世界を見ても、まだ世界平和を願うんですね。

まだ、英雄の存在を信じてるんですね」


アルビレオの言葉が止まる。

ジャラリ、と腕を持ちあげ、顎に手を当てる。


「……そうだな、私はこの世界を愛している。

だから、平和であって欲しい。

私たちを絶望させたことを誤って欲しいのでもない、不幸になって欲しいのでもない。

同じことが起きないで欲しい、何の禍根さえない世界が、私の願いなんだ」


「それが、魔族と人の共存」


「そうだ、私はリュネ村のような世界が理想だ。

街や国になれば問題も生まれるだろう、それでも世界が平和になる方法はある」


そんな方法が……?


「それは」


それは?


「それは?」


「『英雄』の存在だ」


英雄。

アルビレオが何度も話した、俺を何度も悩ませた言葉。


「……それが、世界平和に?」


「あぁ、必要だ、私はそう思う。

私は呪いの力でしかそれを成し遂げられなかった」


戦争の犠牲を残せば、それが新たな禍根になる可能性だってある、それが新たな呪いになるかもしれない。


だからアルビレオの言い分は、わかる。

わかるのに……肯定できない、自分も同じようにしたいとは思わない。


でもアルビレオはその理想になるために、誰かを呪った。

誰にも話せない悍ましい力を武器に。


後ろ指をさされても、平和を願う。

それこそがこの男の背負う一番の『呪い』


「不器用な人だ」


「……よく言われる」


いつの間にかいつもの雰囲気に戻っていたが、アルビレオが鎖を掴み、軽く振るう。

咄嗟に構えたが、攻撃ではなかった。


俺と彼の間に一本の鎖で線を敷いた。


「昔話をするのが初めてでな……長くなったな。

この線を越えれば、君と私は守護者と冒険者になる」


「あぁ」


「君が迷宮の先を目指すのなら、私がそれを拒む」


「あぁ」


「拒むとはつまり、君を殺す」


赤い目が強く輝く。


「……あぁ」


剣を抜き、構える。


「わかってる」


そう告げると、鎖がまるで一本一本が意志を持つかのようにこの街に伸びる。

いったいどれだけの量の鎖を操っているんだろうか。


俺が剣を抜いたように、アルビレオの空気も変わる。

身体が自然と低く、警戒しながら飛び込む準備を始める。


心臓の音は今までにないほど大きく鳴る。


「私の名は『アルビレオ・ハーディ』この迷宮の十層を守護する《十層の守護者《ファーストガーディアン》》

君をこの先へは行かせない」


その名乗りを聞き、俺も剣を構え、走り出した。


彼との仲間でいられるのは、あの鎖を越えるまでのわずか数秒。

惜しみながらも、一歩一歩踏み出す。


あと一歩、アルビレオとの日々が蘇る。


──瞬間、越えるはずの鎖がギュルリと足に絡みつく。


「──えっ?」


『罠(・)』


忘れてはいけない。


俺は探索者

敵(・)は守護者


どんな汚い手だって使ってくる。


俺の身体は鎖に振り回され、壁に叩きつけられる。

こうして戦いが始まった。

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