ただいま
エルセリアからの帰還の道のりの中、これといった問題はなく、無事にリュネ村に帰ってくることができた。
道中、アルビレオとの会話はそこまで多いものではなかった。
俺から話しかけることも少なかったように感じた。
彼との旅も、これで最後になるような気がしたからだ。
守護者と冒険者。
本来こうして一緒に歩いているのは、少し変なのかもしれない。
もしこれからこの人と戦うなら、俺はどうするんだろうか。
そんなことを考えながら歩いていれば、遠くにリュネ村が見えた。
門をくぐれば、農作業をしていた村人たちが手を止め、集まってくる。
「おかえり、アベルさん、アルビレオさん」
「お疲れ様」
「エルセリアはどうだった!?」
様々な声が迎えてくれる。
「ただいま」
短くそう返し、落ち着く隙間を作って皆の質問に答えたりしながらいつもの日常に帰ってくる。
エルセリアの話は、特別何か収穫があったわけではないが、冒険の話を少し盛って話せば子供たちは喜んでくれた。
この村に滞在するのは残り一週間ほど。
帰ってきてからの日々は、今までに比べて驚くほど緩やかなものだった。
農作業を手伝い、家畜の世話をして、川の魚を取りに向かったり、洗濯物をしたり、料理をしたり。
そうして過ごす日々は楽しかった。
自分が迷宮探索者であることを忘れて、初めからこの村で暮らしていたように感じるほど、何もなかった俺には大切な日々だった。
村の人たちの名前を覚え、別れが惜しくなった頃に、グランディアへ帰る日がやってくる。
俺たちが帰る前日の夜は豪華な食事を振舞ってもらい、大いに楽しんだ。
最後の日、馬車に荷物を積み込み、村と別れを告げる。
「一カ月ありがとうございました。また来ます」
あまり長く話しては、別れが寂しくなってしまう。
短く終わらせれば、村の大人たちは頷き、また迎えてくれると話していた。
子供たちは落ち込んでいたり、門出を喜んでくれたり、泣いてしまっている子もいたり、皆感情豊かで、正直だ。
しかし泣いている子も、アルビレオと少し話した後、泣き止んで目は腫れているが、表情は晴れた。
大人でも、子供でもないリラは、少し悲しそうな顔をしながらも、俺の方に歩み寄る。
「アベルさん」
「リラ?」
この一カ月の中で、俺のを事をお兄さんとずっと呼んでいたから、少し驚いた。
「この村に着てすぐから、私の話聞いてくれて、村を救ってくれて本当にありがと」
「いいよ、この一月村の皆にすごく助けられたし」
リラは何かを隠すように両手を後ろにしながら話しているのが少し気になり、目線をそらせば、それに気が付いてリラが話す。
「私の依頼を受けてくれたアベルさんに、報酬……って言うと硬いから、贈り物、プレゼントです」
そう言って彼女が差し出したのは一輪の花。
白い花弁を風に揺らし、不思議な香りが広がる。
その花は小さくとも立派に咲いていた。
「綺麗な花だね、ありがとう」
「でしょ、私が頑張って育てた花なんだ」
そう言われて思い出す。
井戸水で育てていたと以前に話してくれたあの花。
「そっか、あれ無事に咲いたんだね」
「うん……このお花はね白環花って言うの。
厳しい環境でも育って、毎年必ず咲く花なんだ。
何があっても必ず帰ってくる、そんな花なの」
「……帰ってくる」
リラから受け取った花を見つめる。
花に、こんな小さな一輪の花にそんな意味が詰まっているのか。
「いいね、なんだか思いや言葉が花になったみたいだ」
「私もそう思う!迷宮って危ないところみたいだから、それでも無事に帰ってきてって思い込めたから、大事にしてね」
「うん……大事にする。必ず大事にするよ」
その言葉を聞いて笑顔になるリラ。
さっきまでの寂しそうな顔はもうなかった。
馬車に乗り込み、初めてグランディアを出た時のように身を乗り出し、手を振る。
姿が見えなくなるまで、彼らは俺に手を振ってくれていた。
* * *
一カ月という滞在期間を終えて、俺たちは久しぶりにグランディアへ戻ってきた。
商人から報酬を貰い、別れを告げる。
依頼を受けた当時よりも多くの報酬を貰った。
自分の世話になっている村を救ってくれたから、そしてまた依頼を受けて欲しいと言葉を足された。
お金に余裕があるわけじゃなかったから、その言葉が有難かった。
「……久しぶりだな」
街を歩く。
見覚えのある建物。
見覚えのある道。
人の多さ。
喧騒。
屋台から漂う匂い。
リュネ村とは全く違う。
なのに、以前はこれが当たり前だった。
「戻ってきた」という感覚はある。
でも、不思議と懐かしさは薄かった。
この街を見て回るのもいいけど、ミーヤに会わないと帰ってきた感じはしないんだろうな。
人って、そこから生まれる思い出って特別だ。
「アベル」
後ろから声をかけられる。
振り向かなくてもわかる。アルビレオだった。
「どうしました?」
振り向けば、アルビレオが俺の手を握る。
力強く、今までにないことで少しうろたえる。
「ぅあ!?ど、どうしました!?」
真剣な眼差しで俺の方をまっすぐ見ながら話す。
「私はこれから十層へ戻り、守護者としての任を務める。
君がまだ迷宮の最深部へ向かうというなら、私は守護者として君を殺す。
私の未練は……すべて果たされたとは言わない。
エルセリアの現状、この世界の現状、私にとってはどれも新鮮で、理解の追い付かないものだった」
アルビレオが言葉を止める。
殺す、戦う。
守護者と冒険者としての会話だ。
しかし後半に連れ、アルビレオとアベルの話になっていく。
「だが、君との日々は存外悪くはなかった」
言い方が、不器用な人だ。
「君を殺したいとは思わない。
迷宮の先に向かわせるわけにもいかない。
そして、私を倒すなら、君に倒されたい。
しかし君と戦いたくもない」
全部、不器用だ。
俺だって、同じだ、戦いたくなんてない。
「だが、それでも戦わなくてはならない……だからここでお別れだ」
「……あなたは本当に、不器用だ」
「よく言われる」
いつものやり取り……これが最後。
「君が十層へ到達した時、私はそこにいる。守護者として、君を迎える」
その言葉を聞いて、胸の奥がざわつく。
これまでずっと隣にいた。
一緒に戦った。
リュネ村まで一緒に行った。
飯も食べた。
話もした。
そんなアルビレオと、ここで別れる。
「……分かりました」
少し考えてから、頷いた。
「十層で会いましょう」
「あぁ」
アルビレオはそれだけ言って、背を向ける。
離した手の温もりが、風に冷まされ消えていく。
代わりに手の中にはさっき商人からもらった報酬が入った袋があった。
迷宮に戻るから不要だということだろうか。
「アベル」
背中越しに、アルビレオが声をかけてくる。
そんな彼の背中を見ながら言葉を返す。
「はい」
「英雄とは、なんなんだろうな」
返事を待っているような質問ではなく、彼の本音のようなもの。
俺の返事も待たず。彼は歩いて行った。
ジャラリ
ジャラリ
歩くたびに鳴る鎖の音が遠くなる。
日が沈み始め、紫色の空が遠くに広がる。
背中が見えなくなるまで見送れば、追いかけてしまいそうだったので俺はすぐに背中を向けてその場を立ち去った。
その足で宿に戻り、荷物を置き、剣を壁に立てかける。
「……」
何となく部屋を見回す。
以前なら、何も感じなかったはずだ。
「……静かだな」
ぽつりと呟く。
* * *
ギルド併設の食堂まで足を運ぶ。
一カ月ぶりだったが、道に迷うことなくやってくた。
宿の夕食は貰わなかった。
静かなのがなぜか嫌だった。
「……」
料理を注文する。
運ばれてきた料理を食べる。
美味しい。
けれど――。
「……なんか、物足りないな」
料理は足りている。
腹も減っていたし、満たされつつある。
なのに、何かが足りない。
リュネ村では、食事をすれば誰かが隣にいた。
村人たちが話しかけてきた。
アルビレオの方で子供たちが騒いでいた。
リラが勝手に隣へ座ってきた。
グランディアでは一人だ。
「……ミーヤ」
名前が口から出た。
最近、彼女の姿を見ていない。
いつもならどこかで会う気がしていた。
でも、今日は会わなかった。
別に約束をしていたわけでもない。
一緒に食事をする理由もない。
それなのに。
「……なんで寂しいんだろうな」
自分でもよく分からなかった。
記憶がない。
家族も知らない。
故郷も知らない。
だからこそ、誰かと過ごした時間が増えるたびに、それが妙に大切になっていく。
それを失うことが怖いのかもしれない。
「……変なの」
一人でそう呟いて、残った料理を口に運んだ。
ギルドの中は今日も迷宮の話で盛り上がっていた。
複数の行方不明者が出ているらしい。
迷宮の中で誰とも合流できていないことから、遭難や重傷で動けなくなればそのまま死ぬしかないのだろう。
あまりにも危険な迷宮だと再度実感した。
その中でも気になる話が合った。
誰も十層へ繋がる道を見つけられていないとの話だ。
九層がのどかな村であることは、そこへ到達した誰もが確認した物。
そのそばにある城壁については誰も開くことができなかったのだという。
俺は、開けられたそれを、誰も?
……一人でないといけないのだろうか、それとも早い者勝ちとか……?アルビレオの不在も関係しているんだろうか。
原因は相変わらずわからない。
迷宮の謎はずっと増えていくばかりだ。
俺は皆に自慢したりはしなかった。
俺だけが十層について知っていることは、誇らしかったけど、誰かに話したりしたいとは思わなかった。
アルビレオが俺に言ってくれたんだ。
だから俺がその言葉を受けてどうするかが大切なんだ。
* * *
翌朝。
準備を整える。
剣は一本だけ、身軽に。
ポーションと聖水は少しお金に余裕があるから多めに準備。
食料を始めとした必要な道具を一つずつ確認する。
これから向かうのは十層。
アルビレオが待っている場所。
「……」
彼に再会したらなんて言おうか。
あの日、彼が最後に投げかけた誰に向けたでもない問の答えを持っていきたい。
『英雄』
以前ミーヤに進められて図書館に行った時に沢山記されていたもの。
全てを見たわけではない。
しかし、英雄とは何なのか、見れば見るほどわからなくなる。
戦争の中で誰よりも人の命を救った人が『英雄』であれば
戦争の中で誰よりも人の命を奪った人も『英雄』だった。
英雄とは何なのか、一つ答えが出た。
『英雄とは、正義の体現者である』
一報から見れば英雄で、一方から見れば怨敵。
少なくとも戦争の時代においてはそうだった。
人間から見た魔族の王
魔族から見た勇者
どちらも英雄で、どちらも怨敵だ。
「……あれ?」
そんなことを宿の中で考えていたが、一つ疑問が生まれた。
「……じゃあ、人でも魔族でもない存在は?」
そう……例えばアルビレオのような。
戦争が起きて、その間に生まれた存在は、世界から愛されるのだろうか。
魔族からすれば半分恨めしい。
人間からしても半分恨めしい。
俺は頭を抱えた。
アルビレオとの初めの会話を思い出した。
『人』という言葉に違和感を覚えていた。
誰からも恨まれるような存在だったのだろうか。
だからあんな山の奥に、呪いの充満した地に、誰かに追いやられるように、世界から逃げるように。
そんな彼が築き上げた『共存都市 エルセリア』の惨状。
俺はてっきり魔物か何かの被害にあったのだと思っていた。
だって、あまりにも徹底的にそこに誰かがいたことを否定する様な破壊の足跡があった。
あんな恐ろしいことを……人間や魔族が、半分は同胞だというのに、もう片方の存在を原因に歪に争った。
まるで呪いだ。
そして、そんな世界にどちらでもない存在に生まれてしまったことも呪いと言える。
俺は自分の身体を呪ったことはない。
記憶については文句が言いたいが、誰にも差別や邪険に扱われた記憶などない。
アルビレオの片方だけ生えた角。
あれを俺やリュネ村の子供たちは立派な角だと思った。
グランディアの街中でも好奇の目で見る者がいる程度だった。
千年前の戦時中は、彼が人間でも魔族でもないと晒し上げられる呪いで……そして同族にとっての救いの証。
どちらでもない、居場所のない存在の英雄だったのだろう。
英雄とは何か、その答えを持っているアルビレオ。
なのに彼は俺と別れる時にこう言った。
『英雄とは、なんなんだろうな』
彼の作ったエルセリアの惨状。
それに反して世界は平和に手を取り合っている。
政治や世界に詳しいわけではないが、魔王の言葉で俺でもわかる。
アルビレオの未練は、まだ果たせていない。
満足な死を、彼に与えられないのではないか。
何より俺は、アルビレオに勝てるのだろうか。
鎖はどこから伸びてくるのかいつもわからない。
物をひっかけて飛ばしたり、締め付けたり、呪いを扱ったり。
戦闘の中でアルビレオの底は見えなかった。
あの呪水蛇を二匹まとめて引きずりだした剛力の正体もわからない。
……あれも呪いの類なのだろうか。
迷宮の周りでやっている店で食事をとって、道具を再度確認し足を踏み入れた。
静かだ。
迷宮はいつもと同じ、一カ月前と何も変わらない。
戻ってきた。
『ただいま』なんていうには少し物騒なところだけど、ここを超えて十層へ俺は向かう。




