優しい嘘
目を覚ました時、最初に感じたのは身体の重さだった。
「……ん……」
ゆっくりと目を開ける。
見慣れない天井――ではない。
リュネ村に来てから泊めてもらっている家の天井だ。
身体を起こそうとすると、全身から鈍い痛みが返ってきた。
「痛っ……」
昨日のことを思い出す。
巨大な蛇。
呪い。
血に染まった川。
それを浄化した……すごく疲れた。
そして――リラ。
『おかえり……!!』
「……勝ったんだっけ」
口に出してから、自分でも少し笑った。
そうだ。
俺達は勝った。
川も綺麗になった。
村の人たちも、もうあの川を恐れる必要はない。
勝利を噛みしめ、こぶしを握り掲げれば、少し傷が開いて傷む。
「っつ……!ははっ」
そうして目を覚まし、窓の外から村を眺める。
小さな子供たちがアルビレオと一緒に遊んでいる。
本当にあの人は子供が好きなのだろう、振り回されているように見えるのにその表情は笑顔だ。
その時、足音と、扉を開ける音。
リラが中に入ってくる。
「「あ」」
目が合って、言葉が重なる。
「お兄さん!!起きたんだ!!痛くない?元気?調子どう?」
グイグイと歩み寄りながら質問を重ねる。
身体の調子は……まぁ悪くはないが、万全には程遠い。
「リラ、おはよう、痛くないし、元気だよ、調子良い」
そう言葉を返すと、手を取ってぶんぶんを振り、俺の目覚めを喜んでくれる。
こうして振り回すと流石に痛いが……
「よかった!!お兄さん魔力切れと疲労で倒れちゃったんだって!リラたちの村のために戦ってくれて本当にありがとう!!」
こんなにうれしそうな顔をしているんだ、我慢我慢……優しい嘘ってやつだ。
「どういたしまして……それで、川はどう?」
「綺麗になったよ!お兄さんが帰ってきてからもう二日も寝てたけど、その間水がまた変になったりはしなかった!アルビレオさんも『もう大丈夫だろう』って言ってたよ!」
腕を組んで少し眉を顰め、頑張って低い声を出してアルビレオの真似をしているらしい。
「ふふっ……そっか、よかった、それなら安心……って二日!?」
アルビレオの物まねの方に気が向いていたが二日も寝ていたのか!?
そう自覚すると途端にお腹減ってきたな……
「そう、だから私もみんなも心配してたの、ほら、皆に元気だよってあいさつしないと!」
そう言って彼女は窓を開け放ち、村中に響き渡るような声を張る。
「みーーんなーー!!お兄さん起きたよーーー!!元気!!だってー!!」
すると外から大きな歓声が聞こえてきた。
その向こうには、村人たちが集まっていた。
俺の姿を確認すると――。
「起きたぞ!」
「アベルさんだ!」
「よかった!」
「英雄様のお目覚めだ!」
一斉に歓声が上がった。
「え……?」
その反応に少しいたずらっぽくリラが笑う。
「ほら、英雄様!」
「俺はそんなんじゃ……」
「リラの中だとそうなの!皆の中でもね。
元気になったならさ、今日の番はお祭りだよ!お兄さんが起きるの皆待ってたんだから!!」
その話の速さに置いて行かれそうになっていたが、とりあえずみんなに手を振り、外にでる。
アルビレオを探し、声をかける。
「お、おはよう」
「おはよう、調子はどうだ?かなり眠っていたことから消耗が激しかったようだが……」
「激しく動くとまだ少し傷は痛みますけど、元気です」
「そうか、よかった」
そう短く告げる。
少しの沈黙。
俺の周りを、目覚めを喜んでくれる様子で囲む村人たち。
昨日まで名前すら知らなかった人たち。
それなのに、皆が俺のことを知っている。
川を救ったこと。
魔物を倒したこと。
俺たちが村のために戦ったこと。
たった数日しかいなかったのに。
* * *
すぐに準備が始まり、夕方から祭りは始まった。
キャンプファイヤーと山ほどの肉や野菜、そして酒。
この村の平穏が帰ってきたことを喜び、誰もが笑顔を輝かせていた。
……しかし、それまで何も食べていなかった俺は、食欲に従い食事を行う。
「アベルさん、これ食べて!」
「魚もまだありますよ!」
「こっちの野菜も!」
「いや、そんなに食べられないって!」
笑い声が広がる。
その中に、昨日倒した呪水蛇の肉もあった。
「これ……」
「えぇ、お二人が討伐した魔物ですよ!」
「食べられるところは全部いただきました!」
「毒もないって確認してもらったから安心してください!」
少し躊躇いながらも齧りつく。
炙られた表面はパリッとしていて、中から引き締まった身が姿を現す。
淡白で油も少ないその身に、スパイスが効いて口の中が乾くほど良い塩味。
「……美味しい……!?」
思わず呟く。
村人たちが嬉しそうに笑った。
迷宮では、倒した魔物は魔石になってしまう。
だから、こうして自分が倒した魔物を皆で食べるというのは初めてだった。
戦って。
勝って。
その結果が、誰かの食卓に並ぶ。
それが不思議で――嬉しかった。
少し離れたところでは、アルビレオも村人たちに囲まれていた。
「アルビレオさんもどうぞ!」
「私はもう十分だ」
「でもまだありますよ!」
「……そうか」
結局、受け取っている。
子供たちも彼の周りに集まっていた。
「ねぇ!また角触っていい?」
「構わん」
「本当に?」
「あぁ」
「やったーー!!すげー!」
角を撫で回されても、アルビレオはされるがままになっている。
昔、街を作った人なのだから、きっとこういう光景を何度も見てきたのかもしれない。
「……あの人、子供好きなんだな」
そう呟いたところで、横から声がした。
「うん! アルビレオさん、優しいよ!」
「リラ」
いつの間にか隣に座っていた。
いつもの動きやすそうな格好ではなく、スカートを履いて、髪飾りを付け、髪を結っている。
そんな風に容姿を見ている俺に気が付いたリラは嬉しそうに笑いながら、俺の顔を覗き込む。
「どう?お母さんに髪の毛綺麗にしてもらったの」
「いいね、綺麗だよ」
少しそっけないかな?と思った。
それは彼女も同じだったのか、さっきより深く覗き込んでくる。
「ほんとに?あれじゃないの?『優しい噓』って言うのじゃない?本当に綺麗?」
これは……伝え方を間違えた。
手に持っている串を一度置いて、再度目を見て言葉を返す。
「うん、いつものくせっ毛も可愛いけどそうやって綺麗に括ってると長い髪によく似合ってるよ。
服も可愛い、ひらひらしてて、風になびいてとても綺麗だよ」
そう伝えると、少し離れ
「でしょ!!えへへ、ありがと」
そう言って嬉しそうに髪飾りを指で弄る。
「そういえばリラはアルビレオさんのほう行かないの?」
「まぁ、私はお姉さんだからね。子供たちに譲ってあげてるの」
「大人なんだねぇ……でも確かに俺とそこまで歳変わらなさそうだもんね」
「うん!私今16歳!お兄さんは?」
「……リラの一個か二個上だったはず……確か17歳」
「わ、お兄さん本当にお兄さんなんだ……けど答えあやふや、自分の誕生日忘れちゃったの?」
「あはは、そうなんだよね」
「意外とお兄さんも抜けてるんだ」
「結構抜けてるよ、わからない事ばっかりだし」
「お兄さんでも知らないことあるんだ……やっぱりこの村の外にもいろいろあるんだよね」
そう言ってごうごうと燃えるキャンプファイヤーを見つめ、思いを馳せている。
「リラは、この村から出たいの?」
そう言うと、炎から目だけこちらに向けて、にやりと笑う。
「バレた?流石……私の事いっぱい見てくれてて嬉しいなぁ~。
……出てみたいとは思ってるけど、ここも平和でリラは好きだから迷ってるってのが本音かな。
アベルさんは、迷宮の探索者さんなんでしょ?アルビレオさんから聞いたの」
「そーだね」
彼女から視線を外し、俺も炎の方を見る。
彼女が見ている景色を俺も見て話せば何かわかるかもしれない。
「迷宮ってさ、どんなとこ?」
「危ないところかな、何が起きるかわからない」
「そんなところ、どうしていくの?」
「そこに俺の答えがある気がしたから」
「なんでそう思ったの?」
「……勘かな、勘だと思う。正しい理由はないからこれから見つけに行く予定」
「そういう生き方、カッコいいね、なんだか憧れちゃう」
そう言われると俺もなんだか少し照れる。
英雄だなんてもてはやされて、いい気分になっているのは事実だ。
ただ、それ以上に自分のことを話している自分が嬉しい。
誰かに覚えてもらえるこれは、俺の過去になるんだと思う。
リラが俺の方を向く。
「ねぇ、お兄さん、私がもし冒険者になって、どこかであったら一緒に冒険しよ。
その時は、今度は私もあなたみたいに誰かの英雄になれるくらい強い人になってるからさ」
「もちろん……ま、冒険者になるなら、だけどね」
「もしリラの決意が決まってたらお兄さんに『旅に連れてって!!』っていうとこだったんだけどね~」
「はははっ、そういわれたらどうしてたかな」
そんな話をしながら、腹いっぱい食事を楽しんだ。
祭りの途中商人や村長などの村の男衆に呼ばれ、酒を勧められたが初めて飲んだ酒は苦くって、あんまり多く飲めずにお腹もいっぱいになってしまった。
少しすれば、祭りの喧騒も潜まり、俺も部屋に戻され、眠りにつく──はずだった。
「……眠れん」
眼が冴えてしまう、
中々眠気がやってこず、少し外を散歩することにした。
魔法具で小さな明かりを灯し、静かになった村を歩く。
「……ん?」
夜風を浴びながら川沿いまでやってきたら、もう一つ同じような魔法具の光が見えた。
その光の方へ歩いていけば、向こうも気が付いたらしく声をかけてきた。
「アベルか」
「……その声は、アルビレオ?」
暗い夜の中、二人出会い、少し腰を下ろして話を始めた。
「リュネ村、いいところですね。
俺には記憶がありませんけど、あの人たちが俺は好きです」
「そうだな、私もだ」
そうして少し沈黙が流れる。
ふと沈黙ということで、ミーヤの事を思い出した。
今も彼女は元気にやっているのだろうか。
そんなことを思っていたころ、アルビレオから言葉を投げかけられる。
「ここで少し休んだ後、エルセリアへ向かおうと思う」
「はい、あの山の更に奥……呪水蛇も倒しましたし、もう大きな敵はいないといいですけど」
そう言うと、アルビレオが川に一つ石を投げながら言葉を返す。
「そのことなのだが、二つ謝りたい」
「?……なんのこと?」
謝ることなど何か……まさか俺が寝ている間に行ってしまったのか?
「エルセリアのある方角は今まで向かっていた方とは違う、こっちの方角だ。
恐らくそこまで危なくはないだろう。」
そう言って地図を見せる。
リュネ村と、山、大きな川をさかのぼる道。
俺たちが歩いた道。
そこから大きく右に逸れ、小さな湖の近くを指さす。
その指の動きを目で追いながら、着地点を見て声を漏らす。
「……え?えぇ!?っな、なんで嘘!?」
「……あの子の依頼を聞くのに、エルセリアが邪魔になるといけないし、なにより目標を重ねれば、アベルが彼女の依頼を受けてくれると思ったんだ」
「そ、そんな……そんな嘘つかれなくても俺はリラの依頼受けたし、エルセリアにもちゃんと行きます!」
そう言うと、彼は頭を素直に下げる。
「あぁ、すまない。
君に嘘をついていたこと、そして君を試すような真似をしたこと、謝りたい」
こうも素直に謝られてはやりにくい。
「……わ、わかったよ……けど、なんでそんな試すようなことしたんですか?」
「あの迷宮で願いを叶えようとする者が、どんな存在なのかを知りたかった。
守護者として……というより私個人として、邪な者に与えたいとは思わない。
だが、あの日の君の言動ですでに私の心は動かされていた。
君の中に英雄性を垣間見た。
だから私も同行し、君の守護をしたかったんだ」
「英雄性……この村の人たちは確かにアルビレオが言う通り英雄って言ってくれるけど……」
「アベル、『英雄』とは、なんだと思う」
「きゅ、急ですね……俺もよくわかりません。
リアのお願い聞いただけなのに。
あの蛇倒すだけなら、俺よりもずっと強い人がいるはずなんだから……それこそアルビレオとか。
俺が英雄ならアルビレオもだよね」
そう返すと、少し考え込むような顔をしている。
「私も英雄……か。
確かにあの村にとってはそうかもしれないが、それでもアベルの方がそう呼ばれるにふさわしい」
「どうしてです?一緒に成し遂げたのに」
「強さじゃない、英雄は強いだけじゃダメなんだ。
あの日、リラの頼みを二つ返事で承諾したお前は、この村の希望になった。
そしてこの川を取り戻したお前は、英雄になったんだ」
「……??頑張ったから英雄ってこと?」
「いや、答えはない。
それもそうかもしれない、頑張り続けられるものも英雄たりえるだろう」
よくわからない。
『英雄』って言うのは、誰の頭の中にもあって、それは一人一人答えが違うのかな。
「じゃあ、アルビレオの英雄ってどんなの?」
そう言うと、アルビレオが少し黙る。
答えに困っているというよりは、言いにくいことなのか黙る。
イヤな質問をしてしまったのだろうか、なんて反省しかけたころ、彼がまっすぐ俺の方を見る。
その眼は、見覚えがあった。
憧れ、羨望、期待。
どれも一方的な強い感情。
フラムの話を聞く民衆のような。
俺を見るリュネ村の皆のような。
息を吸った後、一言。
「私にとって『英雄とは、居場所を作る者である』」




