リラの祈り
浮かぶ夕日ごと飲み込まんとする勢いで口を開く。
身体が動かない、握っていたはずの剣もどこかにいってしまった。
喰われる。
そう思った瞬間、身体に鎖が巻き付き、グンッと離される。
「アベル!大丈夫か!!」
アルビレオの鎖だ。
地面に衝突する直前に勢いを殺し、静かに傍に立たせる。
身体がまだまだ痺れるが、そこまで大した怪我はしていない。
「大丈夫……立てます!!」
「……君は、規格外に頑丈だな」
そう言ってまた別の鎖で俺の剣を拾い、差し向ける。
「えぇ、親に感謝してます……それより!あの化け物どうします!?」
「あぁ、さっきから君に前線を上げてもらい、後ろから観察していて気がついたのだが、濃い呪いの影響か、あの二匹も全力を出せてはいないようだ」
「……本気でやればもっと手強いってことですか?」
「そう悲観するな、討伐するなら今だという話だ」
なるほど、そういう考え方もあるのか。
「確かに、それでどうします?突き刺すところまで行ければ何とか剣から魔法を出して内側から破裂させれます……というか俺の手札はそれくらいです」
「だが、敵の勢いにやられて上手く刺せない、と」
「はい……って話してたらまた来ましたよ!!」
そう言って走り出そうにも、身体が思ったように動かない……怪我もあるが、呪いのせいか。
剣を受け取り、走り出そうとした時、その剣が手中から消える。
「アベル、この剣、私に預けてくれ」
「へ!?どういうことですか!?──ッ!!」
理由を聞こうにも、既に別れてしまい、質問の返答は戦闘の轟音で遮られた。
ただ、今はあの人を信じるしかない。
攻撃を避けることに集中すればいくらかは楽になる。
アルビレオが張り巡らせた鎖の上を走り、呪いの水に触れないように意識しながら、鱗の隙間から溢れる呪いの霧を吸わないように、できるだけ触れないように。
重なる弱体化の呪いのせいで動きが鈍くなるも、アルビレオが遠くで俺に解呪の魔法をかけてくれているおかげで深刻な問題ではない。
蛇の背に乗り、別の木々へ移動したりして攻撃を避ける中、不意に気がつくことがあった。
あの霧がどこかへ消えていた。
風の流れが変わっている。
振り向けば、小さな渦が呪いを飲み込んでいた。
その中心にいるのはアルビレオ。
鎖を回し、聖水をかけた俺の剣を振り回し、風の流れを変えている。
しかしそれだけでは現状を打破するには少し足りない。
何をするつもりなのかと気になるがまずは自分の身を守らなければ何も見れない。
その時、俺のいる雄の蛇の背中へ、俺の立つすぐそこに、何かが風を切って突き刺さる。
深々と、根元まで刺さったそれは……俺の剣……?
俺も呪水蛇も一拍遅れた後、反応する。
蛇はのたうちまわる、俺はこれに魔力を注ぎに行く。
──そして、俺の身体はそれよりもずっと早くに動き出し、剣を握っていた。
魔力を放出し、それを炎に変えて内側から焼き焦がす。
暴れる身体にしがみついて、俺を岩肌に擦り付けたり、のしかかったり、川の水に飛び込んだりと大暴れだが、俺は離さない。
声も出せないその激しい攻防の中、遂に動きを止めた。
「──ァアルビレオ!!」
剣を引き抜き、笑顔を携え俺が次の敵へ突き刺してもらうために剣を渡す。
「こういうことだよな!!アルビレオ!」
「よくやった……無事か!!?」
身体には枝が突き刺さるほかに、小石が体にめり込んだり、蛇の血を浴びて全身真っ赤。
正直もうひと踏ん張りもできないほど呪いの影響を強く受けた……はずだった。
しかし、持ってきていた割れたポーションと聖水が全部割れて、それを浴びた影響で俺の身体はまだまだ動ける。
「無事です!!あと一匹、やりましょう!!早く!!!」
日が落ちてきている。
もう暗くなってきて、あんなに大きな呪水蛇の全容を把握できない時さえある。
雌の方は怒り狂っている訳ではなかった。
ただ、敵として認め、種の繁栄のために、母として俺たちを殺そうとしている。
殺意に満ちた眼差し、シュルシュルと不気味な舌を鳴らす音が響く。
「同じ流れで行けるか?アベル」
「………どうかな……!」
さっきのようにポーションは残っていない、さっきの蛇よりも大きい。
だが、それ以外に、俺がやらなければ誰がやるんだ。
やりかたを変えるんだ、頭を回せ、今日も生き残るために。
「……なら、君に任せる。
安心しろ、君が失敗しても私が何とかしよう」
そうだ、本当ならこの人に任せてしまえばいい。
アルビレオは俺よりもずっと強い。
そのはずなのに、俺に全てを任せてくれる。
なら、その期待に応えないと。
「はい!!」
剣を持たずに走り出す。
初めての事だった。
自分よりもはるかに、あの呪角獣よりもさらに大きな魔物に立ち向かう。
これも初めての事だった。
そして、後ろにはアルビレオ、ひいては村の皆がいる。
自分以外のためにも負けられない戦い。
初めての経験、胸が熱い。
「……ははっ!!」
笑みを、浮かべていた。
身体が軽い。
限界だとさっきまで弱音を吐いていたこの身体が嘘みたいに加速し始める。
死んだ雄の死骸の影を上手く利用して、距離をぐんぐんと詰めていく。
ゴウゴウと風を巻き込んで振り回すアルビレオの音が遠くに聞こえる。
日が落ち始めた今、視覚以外の感覚が冴えている。
さっき、喰われかける直前に見た。
あの魔物、口の中に木が突き刺さっていた。
俺を喰うために口の中に傷を負っていた。
口の中は、たいして固くないんじゃないか?
それはまだ仮説。
確かめるためには俺の命を賭けなければならない。
だが、さっきみたいに身体にしがみつく作戦では今度こそ持たない。
「……一撃で決める」
その為には、今はアルビレオの持っている聖水をかけた俺の剣が必要だ。
だが、意思疎通はできない。
この轟音の中では声も届かない。
火球を一つ生み出す。
そしてそれを自分のすぐ真上に放つ。
蛇の巨体であれば、どこかしらにヒットする。
弾けた炎に蛇が反応する。
それよりも早くアルビレオが剣を投げる。
突き刺さる……はずのそれを空中でキャッチ、そしてそのまま蛇の身体を駆け上がる。
吹き出す霧を浴びながら、息は止めて、飛び上がる、
さっきと同じ、空中に浮いて無防備な俺。
そこへ喰らいつこうと口を開き、襲い掛かってくる。
勝負は、一発。
閉じる顎、その上顎に剣を突き刺し、引き寄せるように力を込めれば、ぽっかりと空いた口の中にグンっと勢いがついて、飛び込む。
牙を躱し、剣を引き抜き、内側から身体を横に一回転させ、振り切る。
……しかし、半分以上引き裂いたところで勢いが足りず、骨に当たって刃が止まる。
「っ──ォオオ!!」
魔法を流し、そのまま振り切る。
それは炎ではなく、透明な魔力の塊が刃となって切り裂いた。
そのまま重力に従い、蛇の体内にいるまま地面に叩きつけられ、呪いの影響で体が動かなくなっていく。
「……た、おした……ぞ」
剣を握り締め、断面から月を拝む。
頭だけになってもあの蛇は暴れ、残された身体も激しくのたうつ。
誰彼構わず暴れて噛み付いていればついに自身の膨らんだ腹に噛みつく。
赤茶色の粘液と、パキャリぐちょりと不快な音が、体内にいる俺の耳どころか全身に響き、不快さに背筋が凍る。
身体には気が付けば鎖が巻き付けられており、そこから引きずり出される。
「……あんな方法で勝つとはな……無茶をする……だが、よくやった」
その言葉に返事を返す体力もなく、グッドサインを返す。
解呪し、蛇の死骸については残された呪いを解き、あとはこの山の生命力に賭けるしかないらしい。
「当分こいつの血とかが下流に流れるのか」
やっと喋れるようになった俺はすっかり暗くなったこの場所で火を焚いて白濁と赤茶色の血が混ざった水を見ながら話す。
「ある程度は水門が何とかするだろう」
「……あの水門にこれ綺麗にできる力あるのかな」
「無理だろうな。
……ただ、アベル、君ならなんとかできるかもしれない」
「へ?おれ?」
その言葉は意外なものだった。
魔法具の知識も、呪いの知識もない俺が?
「あぁ、どうやら君の体内には莫大な魔力があふれている。
何物にも染まっていない無垢な魔力が。
それを魔法具に上乗せするんだ、もしもし上手くいけば、この弱体化の呪いに満たされた川の水を浄化する力を強化できるかもしれない」
「……ん??弱体化の、浄化を、強化?」
同じような音の響きの連続と複雑そうな話。
今の疲れた俺にはかなり難解だ。
「……私は魔法についてはそこまで詳しくないが、一度やってみよう」
「うわわっと!?」
鎖が蛇のように巻き付き、また俺の身体を持ち上げ、運ぶ。
まるで物のような扱いには一言いいたいが、疲れているので今回は不問にしておいた。
* * *
すぐに水門の近くに行く。
水の流れは速く、あの戦闘の傷で流れた血が下流に流れ、木くずや土砂も酷い。
その水門の中でも、淡く光り続けるそこは、セレスティアから仕入れたという魔法具なのだろう。
「……結局、これをどうしたらいいんだっけ」
そう質問すれば、アルビレオが説明を始める。
「魔法具にも許容量がある。
それは純粋な量の問題もあれば、呪いの質によるものかもしれない。
アベルの純粋な魔力は、それらの容量の肩代わりができる……かもしれない」
「か、かもしれない?」
「あぁ、私も何分君のような濃い魔力はなかなかお目にかかれない。
だが、できない理由もない、君が染めるのではなく、染まるのだ。
この魔法具の放つ『聖魔術』の色に」
「聖魔『術』?魔法じゃなくって?」
「……今の時代がどうかはわからないが、その昔、魔法を扱える存在は稀だった。
中でも人間の中ではさらに希少で、それらを魔法使いと呼んでいた」
「……昔は貴重だったんだ」
「あぁ、だがとある英雄が誰でも魔法を使えるように改良してしまった。
その結果広く流通したのだが……その英雄でも再現ができなかったものを『魔術』として後世に残していったようだ」
「聖魔術はその魔法の英雄でも真似できない不思議な力だった……ってこと?」
「あぁ、それでそんな呼び分けをされている。
本来なら聖女でも呼んでこないと効果の増幅などできないが……無垢な魔力を持つお前なら……」
それでだったのか。
聖女にしかできないようなことを、今から俺はするのか。
聖女は確か、あの日見た優しそうな女の人だったよな……
言われてみればこの魔法具にも同じような温かい気配がある。
それに身を任せて、委ねて……預けて───
そうして、アベルはその場でその温もりに包まれ、眠りについてしまった。
結果から言えばこの策は成功した。
大きな呪いの影響はアルビレオが解除し、眠りながらアベルは水門を使い川を浄化した。
* * *
翌日、目を覚ます。
血まみれの服が肌に張り付き痒くて臭い。
酷く不快なはずなのに、俺は昨日やけに安らかに眠れた。
ただ、魔力が底を尽きかける感覚というのはこういうことを言うのだろう。
寝起きなのに寝不足のような、頭がうすぼんやりとしてはっきりとせず、しかもそれが取れない。
俺たちは汗もかきながら、綺麗になった川の流れに合わせて村に帰った。
遠くにリュネ村が見える。
朝食時を少し逃した頃らしい。
それでも多くの村人が俺たちの帰還を待ってくれていた。
俺たちの姿を見て泣き出すものもいた。
川は綺麗になった、俺が血まみれで帰ってきて、しかし自分で歩いている様子を見て、顔を真っ青にしている者もいた。
アルビレオが肘でちょいと俺を突く。
「英雄の帰還だというのに、君がそんな様子では安心できんだろ」
「えい……ゆう?」
そう返せば、アルビレオは少し困ったような顔で俺を一歩先へ歩かせる。
「何か安心させる言葉を」
そういわれてもすぐに……
「………」
一つ、大きく息を吸う。
「皆ーー!!!もう安心だ!!俺たちは無事に帰った!!!」
その言葉に、村の方から歓声が上がり、どんどんとお互いの距離は縮む。
右手を上げ、歩み寄れば、駆け寄る集団を追い抜いて、黒髪が飛び出す。
血まみれの俺の身体の飛びつき、汚れるのも気にせずきつく抱きしめる。
その正体は……リラだ。
「おかえり……!!待ってたよリラの英雄様……!!!!」
掲げた右腕を、彼女の肩に回し、抱き返そうとする……が、力が完全に抜けていく。
魔力切れ、そして安心感で足元が綿毛に変わったように落ちていく。
ただ、彼女の涙をそっと拭いて、薄く微笑みながら、消えそうな声で最後に一言。
「ただいま」
そうして俺はまた意識を失った。
アルビレオやほかの住人が運ぶと言っても聞かず、リラが俺を運んでくれたらしい。
ずっと、目が覚めるまで傍で包帯を変えて、汚れを拭いて、魔法をかけて、目を覚ますのを待ってくれていた。
長い長い、二日間の眠りの話だ。
その間、俺は多くの村人から目を覚ますのを今か今かと待ち望まれていたらしい。
主役が片方寝ていては、祭りにならないから、らしい。
「かっこいいな、お兄さん。
私もいつかあなたみたいに……なりたいな」
夏風が部屋に吹く。
湿った空気を攫って、少し汗ばんだ額を冷たく撫でた。




