水源の怪物
翌朝、目を覚ます。
最近この村に来るまでは野宿ばかりだったのでこうして落ち着いて休めたのは久しぶりだった。
しかし眠りすぎてはいけない、朝食に誘われ食事をとる。
今日は昨日よりも早くこの村を出てさらに奥まで探索に行きたい。
リラは今日も俺の隣に座って一緒に食事をとっていた。
「ねぇ、今日も探索に行くの?」
「うん、今日こそ原因掴めたらいいんだけどな」
「リラが頼んでて変な話だけどさ、怪我しないでね」
「大丈夫、無事に帰ってくるよ」
その言葉に少し安心したのか、質問を沢山してくる。
どうやってあの魔物を倒したのかとか、グランディアはどんなところなのか、ここに来るまでどんなふうにして来たのかなど、彼女の質問に答えていく。
そうしていれば時間はあっという間で、すぐに出発の時間になった。
「ごめんリラ、もう時間だから行かないと」
「……帰ってきたらまた話聞かせてくれる?」
「あぁ、もちろん。
元気に帰ってくるって約束したし、大丈夫」
「うん……頑張ってね!いってらっしゃい!!」
くせ毛を揺らして彼女が手を振る。
「あぁ、いってきます」
アルビレオも小さい子供たちに元気を貰って村の外に向かう。
昨日と同じ道をどんどんと辿って行き、それに合わせて水の濁りも増していく。
その中で、アルビレオが話しかけてきた。
「アベル少年、少し話しておきたいことがある、昨日の魔物についてだ」
「?なにか知ってるの?」
「というよりは、解剖して分かったことだな。
食べる前に色々調べたのだが、あの魔物は呪いにかかっていた。
人体に害はないだろうが、一応私の方で解呪は済ませておいた。
しかしこのことからこの川の濁りは呪いの仕業の可能性がある」
「……呪い……かぁ……アルビレオが使うのとは別なの?」
その言葉に少し目を見開くアルビレオ。
「私が呪いを使うと知っていたのか」
「一緒に戦ってる時に気が付いたよ。
解呪もできるって口ぶりだったしそうなのかなって」
「そうだな、アベル少年の考える通り私も呪いを扱える、解呪もできる。
ただ、私が主に使う呪いとは別の種類のものが今回水に溶けている」
「じゃあこの水もずっとこのままだと危ないってこと?」
「そうだな、土地に呪いがしみ込めばそれこそ聖女でもないと元に戻すのは至難の業だ」
「アルビレオの解呪でも?」
「今なら間に合う、ただもっと被害が大きくなれば止められないし、何より元を断たねば解決には至らない。
半年この状態で、土地を飲み込む勢いにもかかわらず弱体化の呪いの力は薄い、私もその原因を今考えているところだ」
弱体化の呪い、それがこの水にかけられた呪いの正体だという。
それに、あまりにも長く放置していれば解決できなくなるというのであれば、早く原因を探らないと。
* * *
それから昨日魔物と戦ったところを通りすぎ、さらに奥へ行けばすぐに異常に気づいた。
川から隣接している植物の元気がない。
周囲の生き物たちの気配や声が聞こえない。
この感覚は俺がよく知る迷宮の雰囲気に似ていた。
二人とも警戒を強め、慎重に奥に進む。
その中で目にしたのは、森の草木を大きな何かが這った跡。
噂に聞いた巨大な蛇の跡と言われれば納得できてしまうが、かなり大きい。
静かに顔を見合わせ、その跡を頼りに歩いていく。
途中、削れた樹の幹に、黒紫色の結晶を見つけた。
俺はそれに見覚えがあった。
「……これ、呪角獣の身体に生えてたのと似てる……」
アベルの呟きに反応し、アルビレオが頷く。
「上位の呪いを扱う魔物はその力が体内だけでなく体表に現れることがある。
あの迷宮にもそういった魔物はいただろう、手ごわい相手だ、気を引き締めろ」
「はい」
より一層緊張感が走る。
五層の強敵、そして六層のような不安定な足場で戦う可能性もある。
以前よりも苦戦するかもしれない。
それからまた川沿いを歩いて入れば、魔法具を発見した。
川の上流から流れる水を浄化したり、大雨で発生する洪水を抑制する効果があるらしい。
巨大な水門のようなそれは、それ全体が魔法具なのだという。
俺はあまり詳しくないのでアルビレオにみてもらった。
「……魔法具自体は故障していない、
ただ、この程度では浄化しきれないほどの呪いが絶え間なく流れ続けているようだ」
「昔はこれで防げたって話だったのに?」
少しアルビレオは考えるそぶりを見せ、口を開く。
「恐らくこの被害の原因は魔物によるものだ。
何十年前からある被害も同じ個体が原因で。どんどんと力をつけているのだろう。
目撃のあった蛇型の魔物が原因、定期的にここの上流に帰ってきて休んでいたのだろう。
ただ、今回はあまりにも滞在期間が長いように感じる、いったいなぜだ」
「そんなことまでわかるんですね、すごい」
「あくまでも恐らく、だがな。
この水門の奥がここよりもひどい状況なら……」
そう言って水門を上り、向こう側を見る。
「うわ……」
そこは、命を無くし始めた森の姿。
力を失い、黒く萎れ始めている。
「……これは、私が想定していた以上にまずい事態になっているのかもしれないな」
そう話すアルビレオの顔には焦りの色が見えた。
呪いについて詳しくない俺でも事の異常さはわかる。
「急ぎましょう」
「あぁ」
水門を下り、向こう側に足を踏み入れた。
足を踏み入れて感じたのは夏の柔らかい青葉の感触ではなく、パキリ、クシャリと枯葉を踏む軽い音がした。
* * *
それから足を進めるも、全く何も起きない、音もしない。
時折吹く風が頬を撫でるが、夏なのに妙に寒気を感じる。
川の水は白濁していて、明らかに体に害がありそうな色をしている。
重苦しい無言の中道を進むも、全くなにも見当たらない。
巨大な蛇、跡からわかるようにかなりの大きさのはずなのに、どこにも見当たらない。
さらに奥に、足元が不安定になり、人が住む世界を超えていく。
空はすっかり茜色に染まり始め、昨日であれば帰還を考えていたころだった。
空に浮かぶ紫の雲に交じり、黒い瘴気が見えた。
「あれ!あの煙!!」
そう言って俺が指さした方をアルビレオは咄嗟に見る。
「……でかした、あれは呪いの類だ……あの近くにいるかもしれない」
その言葉に、ついに見つけた手掛かりを手放すわけにもいかず、二人駆け出して行った。
そこは、とある岩肌がむき出しになった洞窟。
その入り口からドクドクとまるで脈打つように白い液体があふれ出てくる。
その奥からは更に濃い黒色の瘴気。
洞窟の周囲にはあの結晶も落ちており、跡もあった、ここで間違いない。
「この洞窟の奥に、リュネ村を苦しめている魔物がいるんですね、なら早くいかないと」
「落ち着け、この瘴気、吸ったりむやみに触れるだけでも危険だ。飛び込むのは得策ではない」
「なら、出てくるのを待つんですか」
俺の言葉に少し間をおいて答える。
「いや、恐らく奴はもう出てこないかもしれん」
「……?そんなことあります?食事とかするために外に出てくるんじゃ」
その反応に首を振る……どういうことだ?
「恐らくこの先にいるのは『呪水蛇』という大蛇。
成体になれば全長5メートルはある巨大な蛇で、鱗の隙間から呪いの霧を出し、それを水に溶かし己の縄張りにし、潜む。
一定の場所に留まることは稀だが、同じ場所に留まることもある……産卵のためだ」
「産卵……つまりこの中で今数を増やしていると?」
「そうだ、この洞窟の中にはそんな大きな怪物が雄と雌の二匹もいるわけだ。
そして、呪水蛇は凶暴な魔物だ。
卵の時点から親を呪い殺そうとする。
呪いを扱う魔物は同時に強い耐性も持つが、常にその呪いに晒されては身が持たない」
「子が親を呪う……そんな生態もあるんですね」
「あぁ、呪いを扱う者は皆不器用で生き物としての欠陥のようなものを抱えている。
それでも生きているのだから強く恐ろしいが……話が逸れたな。
その呪いに耐えるために、親の蛇も子を呪う。
呪いの力を弱体化させるための呪いをな。
ただ、そんな負荷のかかることを何カ月も続けるのだから、親は子が生まれた瞬間絶命する。
そして子の餌となるのが呪水蛇の生態だ」
「その親子の呪い合いのせいで、こんなことに」
「あぁ、生命に密接に関わる水に関係する呪いだ、厄介極まりない。
ただ、私も呪水蛇の霧が水に溶け切らずこうして宙を舞っているのは初めて見た、相当強い力を持っているのかもしれないぞ」
「美味しい果実ができることで有名な村らしいですからね、育つにはちょうど良かったのかも……けど、尚更どうすれば……」
「……一つ、今すぐできて、大した準備も必要ないものがある」
「!そんなのがあるんですか!?」
「あぁ、私がこの洞窟に入り、蛇を鎖で引きずり出し、仕留める」
思っていたよりもかなり力技だ……が
「それぐらいシンプルな方が俺もやりやすいです、やりましょう」
即決に満足気に頷き、アルビレオが洞窟の中に入っていく。
少しして、奥から地響きのような音と、鋭く息を吐く巨大な何かの息づかい。
揺れがどんどんと大きくなり、奥から流れてくる水の勢いがどんどんと増していく。
鎖が奥から伸びてきて、岩や木にひっかけられる。
洞窟の中から声が聞こえてくる。
「アベル!!!!」
少年とは呼ばれなかった。
守るべきものではなく、共に戦う仲間として認められたようで嬉しかった。
剣を抜き、その言葉に応える。
「アルビレオ!!!いつでも来い!!」
その言葉を告げた瞬間、激しい水しぶきと共に、二匹の蛇が姿を現した。
夕暮の赤い光を吸い込むような黒い鱗。
大きな眼には何も光を反射しない不気味な暗い紫が映っていた。
その二匹の全長は片方が6メートルほど、そしてもう片方は……10メートルはある大物。
大きな個体は腹が膨らんでおり、雌の個体だとわかる。
少し体を動かすだけで、膝まで波が叩きつけられ、弱体化の呪いの影響もあり足元がふらつく。
身体が持っていかれそうになっていたアルビレオが鎖を解き、俺の隣に立つ。
「予想以上の大きさだ、かなりの強敵だが、勝つぞ」
「はい」
剣を構える。
アルビレオの鎖が作った道の上に立ち、呪いの水から逃れ、剣に聖水をかける。
懐に飛び込み、切り裂けば確かにそれは上手くダメージを与えたが、身体が大きすぎてただ怒らせただけだった。
のたうつ規格外の大きさの怪物の攻撃を何とか受けながら、浴びた血さえも呪いの力が加わっていた。
即座にアルビレオが手をかざせば、その不調は次第に静まる。
「攻撃は通じている、その調子で臆せず飛び込むんだ、呪いについては私が何とかしよう」
「頼りにしてます」
その後何度も攻防を繰り返す。
斬る、避ける、呪いに耐えて、治してもらう。
一発避けるたびに背後で岩や木が破裂する音が響く。
剣を刺して、以前のように体内で魔法を炸裂しようにも暴れまわるこいつらに突き刺したりなんてとてもできない。
「……ゼェ……ハァッ……!!」
足元が不安定、巨大な相手、精神も体力も凄まじい速さで消耗していく。
戦闘の中の轟音、遠くでアルビレオが何かを叫んでいる。
「──ベル!!後ろだ」
「──っへ?」
バチン
尾に弾かれ、身体が弾ける。
息が詰まって、内臓がひっくり返ったような衝撃。
目の前がチカチカするし、身体の中が、変だ。
急いで辺りを確認する。
眼前に広がるのは燃えるように赤い美しい夕日。
地上の木があんなに小さく見える。
そして、大きく口を開けた呪水蛇の姿──
* * *
夕暮時、私は川の様子を見に来ていた。
昨日この村にやってきてくれたアベルお兄さんとアルビレオさん。
私と二人とも、とっても容姿が似ててなんだか安心してしまう。
特にお兄さんは、私の話を真剣に聞いてくれて、外のことをいっぱい楽しそうに話してくれる。
私の話したことに本気で答えようとしてくれて、昨日だってあんなに大きな魔物を倒してきた。
まるで童話の中の英雄みたいに強くて、優しくって、私と見た目は似てるのに、年もそんなに離れてないのに、凄い、かっこいい。
夕日を眺めながら、相変わらず水底がきちんと見えない川の傍に腰を下ろす。
今この川の上流では私たちのためにあの二人が頑張ってくれてる。
そんな風に思いを馳せていれば、大きな音が響き、山奥から鳥が一斉に逃げ出す。
胸騒ぎがした。何かが起きていると直感的にわかった。
それでも、私がその現場に向かうことはできない。
戦いに行っても、私は簡単な魔法が使えるだけで戦ったりはできない……そんな言い訳じゃなくって、ただ怖い。
臆病な私にできるのは両手を重ねて、祈る、それしかできなかった。
「………ぁ、ぇ?」
リラの祈りを嘲笑うように、川が赤く染まり、上流から血が流れてくる。
彼女が小さく悲鳴を上げ、村へ戻り、両親にも何も言わず、部屋の中で毛布を握り、小さく震える。
振動が、私の部屋まで響いてくる。
それでも私は祈ることしかできなかった。
「……お兄さんたち、どうか無事に帰ってきて」




