少女からの依頼
リュネ村についてから、少女から依頼を受け、本格的に探索を始めることになった。
話にあった川の上流にある謎を突き止めて、この村の救いになりたい。
「よいしょ……よいしょ」
しかしその前に作業を手伝うことになった。
飲み水はそこまで問題ないのだが、川の水がダメになってしまい野菜や果物が上手く育たないらしい。
元気のない様子の野菜たちが、この村の現状を表しているように感じられた。
実際に俺も川の方へ向かってみたが、確かに少し白く濁っている。
しかし村の人たちはそれでも元気に暮らしていた。
俺やアルビレオへ指示を出し、一緒になって作業する様子からそう感じられたが、この村のたくわえが十分にあったからなのだろう、それが尽き始めればこうはいかないだろう。
ある程度作業を終えれば、すっかり懐かれた少女、リラがそばに座って一緒に休憩する。
「お兄さん、あのねあのね、川の事なんだけど、村長さんに聞いたら色々教えてくれると思うの!」
そう言って俺に話してくれる。
言われてみればそうだが、川の上流に向かっても細かい情報がまだなかった。
迷宮みたいにただ進めば次のステップに進めるってわけじゃないのが難しいな。
「確かに、村長さんから話聞かないと危ないもんな、ありがとうちょっとこの後聞いてくる」
「うん!あ、そうだ見て見て、あそこのお花ね、リラが育ててるの、お母さんに種貰って育ててるの」
その花はもう少しで咲くかといったところまで育っており、畑の野菜に比べて立派に育っているように見えた。
「上手に育ってるね……あの花川の汚れに負けないくらい強い花なのかな、それかリラの育て方が上手いかな」
「私のおかげ!あと私しか育ててないからあそこは井戸の水あげてるの、リラも村の水好きだから、あの子にもあげないとって思って」
そう言って胸を張る。
上手く育っているというのがそれだけ嬉しいのだろう。
しかし、やっぱり井戸水には問題ないのか……川の上流、魔物の正体、いつから調子が悪いのか、そういうのも村長に聞かないと。
彼女と少し話したのち、村長のもとへ向かうことにした。
アルビレオは子供たちに俺以上に大人気で、鎖に皮で椅子のようなものを造り、ブランコみたいにして遊んであげたり、やんちゃな子に角を掴まれグイグイされて振り回されている。
しかしその表情は笑顔で、そんな顔をしているものだから子供たちもアルビレオが喜んでいるのだともっと遊んでいる。
親御さんは困った顔でやめるように言うも、その気遣いも「問題ない」とアルビレオ本人が言うのだから誰もそれを止めることはなかった。
「……あの様子ならアルビレオは忙しいかな……リラも遊んでもらいな、俺は村長さんのとこ行ってくるから」
そういって立ち上がってもリラが服の裾を掴んで
「リラも一緒に行く!案内する!!」
と言ってくれた。
詳しい場所については人に聞こうと思っていたので助かる。
「そう?ありがとう、それじゃお願いしようかな」
その返事にまた嬉しそうな顔をして張り切ってグイグイと引っ張ってくれる。
俺もその小さい歩幅に合わせて村長のもとに向かう。
* * *
村長の家に付けば、商人の男性と入れ違いで中に入ることになった。
扉の前で少し雑談し、くっついているリラの方を見て少し微笑んだ後別れた。
ノックをして声を掛けようとしたが、リラがノックし
「村長さーーん!あのね、お兄さんが川の事解決してくれるって!!」
と声をかける。
少しして返事のあと扉を開き、村長が顔を出す。
白髪交じりの老人で、しわが多く刻まれた顔をしている。
こちらに向ける眼差しから、優しい人なんだろうと思わせる。
「リラ……と、冒険者の方だね、こんにちは」
「こーんにーちは!!」
「こんにちは」
「……川の件、調べてくださるというのですか?」
「少し気になりますし、リラに頼まれてはなかなか断れなくって」
頭の後ろを掻きながら困ったように答える俺に微笑みながらそういうことならばと、中に入るように勧められた。
「それで、川の事教えて欲しくって」
「うん、ああやって川が濁ること自体、珍しいけれど過去にも何度かあったみたいでね、それこそリラが生まれるより前に、昔かあることなんだけど……大体一月ぐらいで勝手に収まってきたんだ。
ただ今回は半年以上続いていてね、そのせいで作物の育ちも悪いしで困っているんだ。
確かめに行こうにも自分たちの力ではなかなか難しく、魔物の姿も見えたらしくって近づけないんだ」
そう言って困った顔をしている。
「魔物って、どんな魔物なんですか?」
「巨大な魚の影のようにも、蛇のようにも見えたらしい、どちらも水の中にその姿を見たというよ」
「そういう魔物はここの近くに住み着いているんですか?」
「そうだね、魚や蛇の魔物自体、この辺りではたまに見るけれど、どれもそこまで大きなものじゃないね」
「川の上流って何かあったりするんですか?魔物の巣があるとか」
「巣なんかはよくわからないね。
季節や時期なんかでそこらへんは変わってしまうから。
そうだ、上流には昔、水の濁りを記録し始めた最初の頃に魔法具をつけてもらったね。
水の浄化なんかに使われるもので、セレスティア原産のものだから物は間違いないんだけど」
その魔法具が故障してる可能性もあるのか……
「なるほど……魔物が出たって噂が広まったのって、水が濁り始めた半年前からとおんなじタイミングですか?」
「うん、ほとんど同時期だったと記憶しているよ」
「なら、魔物が川を濁らせた可能性もあるけれど……川が濁って魔物が住み着いた可能性、つまり魔物が原因じゃないってのもあり得たりしますか?」
村長が目を見開く……思いもしなかったという顔だ。
リラも同じようで素直に声を上げる。
「どういうこと?魔物が暴れて水が変になったんじゃないの?」
「魔物の中には濁った水を好むやつもいてね、そいつらはそういう水の方が身を潜めやすくって生き残りやすいんだと思うよ」
六層で出会った魔物たちがまさにその特徴を有していた。
「であれば、水を何とかするのと魔物の件は別問題だと?」
「可能性の話ですけれどね……ただ、そっちの方が厄介そうだ。
どっちにしても一度確かめに行かないといけない、すぐにでも確かめに行きたいです」
そう言うと、村長は窓の外を見る。
さっき昼食を取ったばかりで外はまだまだ明るい。
「……上流までは川を辿っていけば迷うことはないでしょう、あまり遅くなる前に帰ってきてもらえると安心します」
「分かりました、ありがとうございます」
「いやいやこちらこそ、本当にありがとうございます」
「ありがと!お兄さん!!」
二人の笑顔につられて俺も笑顔になる。
アルビレオを見つけ、さっきの話をすれば、質問の内容に満足そうに頷く。
「そうだな、もし私がそこにいたとしてもアベル少年と同じ質問をしていただろう、よくやった」
「ありがとうございます、それで、早速行きませんか?」
「あぁ、子供たちもすっかり遊び疲れたようだし、今なら外に出ても怒られないだろう」
そんなことを気にするアルビレオの姿に少し笑ってしまった。
出発前に村の水路を見て回る。
川から別れた水路は村の畑を縫うように伸びている。
水門らしい場所には古い魔法具が取付らえており、それを商人の男が修理していた。
「水質の変化って、魔法具の故障とかの原因になったりするのかな」
「ありえない話じゃない、人の生活に密接にかかわる道具だ、使う人と同じくらい繊細でないと安心できない」
「……確かに」
「この村の依頼、ひいてはこの村の住人全員の希望を託された依頼だ、気を引き締めろよ」
「はい……冒険者、誰かの依頼を成し遂げるって言うのは、大変ですね」
「今更知ったのか」
「はい……」
そう答えればアルビレオは小さく笑い
「そうか、それでいい」
そう短く返事を返す。
「初めから何もかも知っている必要はない。
歩いて、見て、話して、感じて考えて、一つ一つ理解していけばいい。
この村が積み上げた者、大切にしているもの、一人の少女の小さい声の大きな願いも、これからだ」
そう言って山の方を見る。
一つの街を作った男の言葉は、どうにも重く感じられた。
* * *
山道はそれほど険しいものではなかった。
迷宮とは違う。
足元に土があり、それを踏む感触、木々の隙間から鳥の声が聞こえ、風が枝を揺らしている。
その様子にアベルは時々足を止め、外の世界の冒険を肌で感じる。
「……賑やかで、温かい」
「外の世界をこうして歩くのは初めてだったな。
馬車の外に出るのも護衛のときか。野宿のときだけだったからアベル少年にとっては新鮮か」
「……その、アベル『少年』ってのはなんですか?」
「?……あぁ、まぁ君はまだ子供だろう、記憶がないなら尚更だから君のことを少年であると忘れてしまわないようにそう呼んでいるだけだ」
「子ども扱いってことですか?」
「悪いことじゃない、むしろいいことのように私は思う」
そう言って言葉を返されればこれ以上何も言えなかった。
ただ、子ども扱いされたのには少しムッとしたので何とか言い返そうとしてみる。
「なんというか……不器用ですね」
「あぁ、よく言われた、自覚している」
……大人に流されてしまった。
そんな話をしながら川の流れる音を聞きながら、上流へ上がっていけば、その濁りが少しずつ濃くなっていく。
その視界の先に、水の中に大きな黒い影が見えた。
「……魔物?」
「まだわからん」
アルビレオが手を上げる。
鎖が音を立てて伸びた。
木の枝を絡め取り、遠くの黒い影へ投げる。
水の中のソレに当たり、弾かれる。
そして影が動く。
「アベル少年、来るぞ」
次の瞬間、川の中から巨大な魚の魔物が飛び出した。
濁った水撒き散らし、こちらに殺意を叩きつけてくる。
「でっか!?」
大きさは三メートルほど。
開いた口には俺がすっぽり入ってしまいそうだ。
剣を抜き、また水の中に隠れていった魔物とどう戦おうか考えを巡らせていると。鎖は今度は水の中に伸びる。
指揮するように指で操り、こぶしを握り締めると魔物を締め上げ、宙に引きずり出す。
魔物が体を跳ねさせると、アルビレオも体も振り回されそうになる。
「今だ、やれ」
「わかった!」
飛び上がり、川の中心に浮かされる魔物の額に剣を突き刺す。
そのまま捻じれば、少し痙攣したのち動かなくなった。
突き刺した剣にしがみついていれば、アルビレオが地上に魔物事引き戻してくれる。
迷宮内なら魔石に代わるから難しかったが、身体が残るならこういうこともできる。
「よくやった」
「はい、助かりました」
「これだけ大きな魔物なら体内に魔石があるかも知れないな」
「あ、迷宮以外でも魔石ってとれるんですね」
「……本当に知らないんだな……魔石は魔力の結晶、魔物なんかは魔法を扱うためや生きていくために魔力を使うからその力の結晶として強いものなら死後も体に残るんだ」
「へぇ……」
そんな俺の心底感心したといった様子に困った顔をする。
「この魚、持ち帰ったら村の人喜ぶかな」
「そうだな、どちらにしても水質汚染の原因を探るために一度持ち帰って解剖しなければいけない」
「そっか、捌いたりして貰わないと……」
「あぁ、それにこの川、まだまだ上に続いている。
言っていた魔法具も見当たらないし、この魔物は住み着いただけで原因ではないのかもしれないな」
「……一筋縄ではいかないか」
「そういうものだ、日ももう暮れ始めている、一度村に帰ろう」
「はい」
そうして、その巨大な魚を持ち帰ることにした。
ただ、今の季節は夏、帰り道の間にこの魚が腐ってしまう可能性もあった。
内臓だけ捌いて処理して、少し軽くなったその魚をアベルが担いで帰ることになった。
内臓や身を見て見れば独特の悪臭があり、水の影響を受けているのかもしれない。
* * *
帰った俺たちは村人たちに驚かれた。
そしてその魚を渡し、今日の夕食にしてくれるとのことだった。
村の住人がみな集まり、小さな宴のようだった。
俺たちが村の外に出ている間に、この村のために頑張っているのだと話が広まり。魔物を討伐してきたことで解決に近づいたのだと喜んでいた。
しかし、本質的な部分はいまだ解明できていなかった。
それでもこの村の人たちが喜んでくれて、アベルはそれだけでなんだか嬉しかった。
あの魚も美味しく調理され、皆が笑顔で食べ進める。
毒や病気を持っていないことはアルビレオも確認済みで安心して食べられた。
迷宮とは違う戦い方、考え方、そして一日の終わりは騒がしくも楽しいものだった。
明日もまた、あの山を調べに行くため、早々に眠ることにした。




