外の世界
アルビレオと共に迷宮から生還したアベルは、そのままの足で自身が暮らしていた宿に戻り、まだ外は日が出ているのに、早々に疲れを癒すために眠りについた。
地上に帰ってきた安心感がずっと張り詰めさせていた緊張の糸を切ったのだ。
その間アルビレオには好きにこの街を見て回るように伝えた。
「好きに歩いてきて、午後には起きると思う」
「……疲れているんだな」
「そりゃぁ……これまでかなり時間かけて潜ったのをノンストップで駆け上がったんだから……」
アルビレオに疲れは見えなかった。
俺と違い帰りの道のりだけだったからというのも関係してるのかもしれない。
「そうか……私はどうしておこうか?金もないし、宿もない」
そう言われて確かにと思った。
「……いくらかあげるから、俺が体力回復するまでに何とか暇を潰して」
そう言って小金貨を二枚渡す。
今の俺にしては大きな出費だが、この男を引き留めるための代金と思えば安く感じる。
「いや、金銭を要求したかったわけじゃ」
アルビレオが申し訳なさそうにこちらに金を返そうとする。
ここ最近お金を渡そうと思った人全員から受け取りを拒否される……俺ならうれしいのにな。
「いいから、その代わりこれからエルセリアに行くときに俺のこと助けてくれれば……いいです」
あんまりにも疲れすぎて口調が安定しない。
「……なら、有難く頂くが……外に私を誘ったんだ、早く元気になってくれ」
「……」
言葉は返せず、グッドサインを送ることで返事とした。
* * *
それから数時間後、十分に休息をとった後、目を覚ませば外はすでに夕焼けの赤で染まっていた。
外に出て、アルビレオを探そうとしたが、出てすぐの街路で俺を待っていたようで探す手間は省けた。
「ぁ……お、おはよう、待たせちゃったかな」
「いや、いい。
私も今来たところだ」
そう言って組んでいた腕を解き、アベルの方へ歩み寄る。
「エルセリアについて、この街の図書館などから調べてみたが、どの地図にも残っていなかった」
「そ、そうですか……どうしましょう」
「心配ない、すぐそばにあった湖や山々はいまだに残っていた、それを頼りに跡地に向かえば恐らくたどり着ける」
「ならそうしましょう!どこの方角ですか?」
「ここの……この山だな」
そう言って地図を開き俺に見せてくれる。
この地図、買ったのだろうか……
指さしたのはグランディアから遠くもなく、近くもない微妙なところ。
一つ山を越える必要があるらしいから、地図上で見るよりも過酷な道のりになりそうだ。
「この方角ですか……それなら、何かその方向で助け求めてる人がいないかギルドの掲示板見に行きましょう」
そう言って共にギルドへ向かう。
冒険者ギルドは夕方ではあるが、むしろ昼に来たときよりも活気に溢れていた。
掲示板には様々な依頼が張り出されていた。
討伐依頼、採取依頼、開拓依頼、そして俺の探しているのは護衛依頼。
要人の依頼についてもあるが、その中から探しているのは商談や旅団と言った一定の場所に留まらない集団の護衛。
グランディアからから見てエルセリア跡地がありそうなのが西の方面。
一つ一つアルビレオと確認していれば、『リュネ村』という村へ向かう商人の依頼があった。
単純な護衛依頼、リュネ村到着後、一月の滞在の後、グランディアへ帰還という流れだ。
「これはどうだ」
その依頼をアルビレオが見せてくれた。
「お……この滞在期間にエルセリアに行って帰ってこれます?」
「明確に位置が把握できるわけではないが、一月あれば問題ないだろう。
私はこれを勧めたいな」
「じゃあこれで……受注申請してきます」
アルビレオは冒険者登録をしていないから、これらの申請は俺がしなければ……
「あぁ、そのことなら問題ない。
先の自由時間の間に冒険者としての申請はしておいた」
そう言って付いてくる。
方針を決めていたとはいえ……エルセリアの位置と言い、地図の準備と言い、本当に手際が良い……!!
「そ、そうなんだ!?それじゃ、一緒に……!」
そう言って共に申請に行く。
俺は初めてだったが、アルビレオはスラスラと慣れた様子でこなしていく。
「……アルビレオって、元冒険者?」
「いや?……あぁ、そういうことか。
私がこういった手続きが得意なのはそういった仕事を生業としていたからだ」
「へぇ?」
迷宮から地上に共に上がる中で、何度か魔物と戦ったが、戦闘になれている様子だった。
しかしこういった事務仕事もできるとは……謎の多い男だ。
手続きは簡単に済ませ、明日の正午に依頼者と落ち合う手筈となっているのを聞いた。
その後、アルビレオから声を掛けられる。
「そうだ、私が今晩泊まるのは君が過ごしていたあの宿の女将と話をつけて同じ宿に宿泊することになった」
「なんでも話が早いですね……なら少し時間あるのでどうします?」
何か食べたいものとか……あるのかな
「……それがだな、迷宮の外に出てから、腹が減ってしまって……君も起きてから何も食べていないだろう、食事でもどうだろうか」
「いいですね……お腹減ったのはやっぱり迷宮の外に出たのが何か影響しているのかな……それならギルドに併設されている食堂に行きましょう」
そう言ってそのままの流れで食事をとる。
言われてみれば急に腹が空いてきた。
食堂で簡単な定食を食べる。
相変わらず美味しい。
「……久しぶりに食事をした……美味いな」
そう言って微笑みながらスプーンを口へ運ぶ。
この人は何年も食事をとっていなかったと言っていた。
「そうですね、俺もここのご飯は好きです」
そして俺は記憶を失っていたからここの食事に感動したのは俺も同じだ。
食事を終えて、同じ帰路を辿り、宿に帰る。
「それじゃ、明日の昼からまた」
「あぁ、おやすみ」
「…………あ、はい、おやすみなさい」
おやすみ、その言葉に何だか慣れないものを感じた。
そういえば初めてその言葉を発した。
ベッドに入った後、しばらく眠れなかったのは日中深く眠っていたからなのか、それともその言葉を咀嚼する時間がかかったからなのか分からなかった。
* * *
翌日、朝食を取り、依頼主の待ち合わせ場所に少し早く着き、アルビレオが声をかけてくる。
「少し話しておきたいことがある、エルセリアについてだ」
「そうですね……俺の知らない都市の名前ですし、気になってました」
俺が興味を示せば、コクリと頷き言葉を続ける。
「『共生都市 エルセリア』そこは私が立ち上げた都市の名前だ。
魔族と人、戦乱の時代に平和を願った者たちが集まって造り上げた都市だ」
「戦乱の時代?……それっていつの話ですか?」
「それについても調べた。
私があの都市を造り、生きていた時代は今から『千年前』の話だった」
その言葉を聞いて、理解が追い付かなかった。
「せんねん?」
「あぁ、だから都市が残っていないのは仕方のないことなのかもしれないが、それでも何か私の遺した物の現状を知りたい」
そうだ、その都市を作ったのはこの人だった。
千年前というワードの強烈さに意識を持っていかれていたが、その都市の設立者でもあったんだ。
通りで事務作業とかになれた雰囲気を感じたわけだ。
「わ、わかりました……千年……」
そう言って言葉を何とか理解しようとする。
目標自体はとても立派な話だった。
平和を求めた、まさに共生を目指した街の話。
……?なんでその街が繁栄せずに記録から消えたんだ?
その単純な疑問を尋ねようとしたタイミングで依頼人である獣人の商人がやってきた。
陽気な人物で、少し挨拶をした後出発することとなった。
* * *
「いや~~しかし、田舎の方の村だからなかなか依頼受けてくれる人がいなくてね、魔人の二人だなんて戦力的にも頼りになるし助かるよ」
魔人、魔族と人間のハーフを指す言葉らしい。
もし依頼を受けてくれる人がいなければそのまま一人で無理やり進むつもりだったらしく感謝された。
「こちらこそ、その方角にちょうど用があったので馬車出してくれるって言うので助かります」
「そうか?ならよかったけど……そうだ、今から行くリュネ村は果実の産地でな、栽培に使う魔法具の注文と整備依頼、あとなんでか食料の注文があったから向かうところでよ、帰りにリュネ村の作物を荷積みしてグランディアで売るんだ、果物好きか?収穫手伝ってくれたらいくつか分けてくれるかもしれないぞ」
「へぇ、果物」
そんな話を馬車の手綱を操りながら話してくれた。
その間アルビレオは何か考えるような顔をしながら外を眺めていた。
始めて出たグランディアの外、舗装された道を馬車がゆったりとした速さで進む。
時折小さな石を踏んで揺れが大きくなる。
アルビレオの見ている外へ、俺も窓の外に身を乗り出して世界を見る。
今まで過ごしていたグランディアが離れていく。
今ではグランディアの端から端まで視界の中に収まる。
そして晴天の下、風が大きく吹く。
「おぉ~!!いい天気……!!風が気持ち良い~!」
そうやってはしゃいでいる俺の服の裾をちょいと引いてアルビレオが話しかける。
「あまり身を乗り出すな、危ないぞ」
窓の外からアルビレオと目が合う。
なんというか……窘めるような、そして少し優しく微笑みながら注意してくれる。
「あっはは、だいじっ―—」
ガタンと、少し跳ねて舌を噛んでしまった。
「あっづつ……!!?いっら……」
痛みに怯み、反射的に亀のように馬車の中に引っ込む。
目が合ったアルビレオは困ったような顔をして、今度はあんまり笑っていなかった。
「……危ないぞ」
「はひ……」
そんな様子で目的地まで向かう最中、何度か魔物に襲われたりしたが、簡単に片付けることができた。
中でも驚いたのは二つ。
一つは、討伐した魔物が魔石にならないこと。
当然と言えば当然なのだが、俺にとっては初めての出来事。
商人には呆れたような困ったような反応をされた。
次に驚いたのは、アルビレオの強さ。
鎖がまるで意志を持つかのように絡みつき、魔物を振り回し叩きつけたり、石や木片をひっかけて飛ばして戦っていた。
また、魔物が攻撃を受ければ少し動きが鈍くなったように見えた。
その様子には見覚えがあった。
呪いを受けた時の、俺の様子によく似ていた。
この男、アルビレオは迷宮の守護者だと言っていた。
この男といつか戦う時が来るのだ。
こんなにも頼りになるこの男と。
* * *
それから数日、時間をかけて安全な道を辿りながらゆっくりとリュネ村へ向かった。
道中野宿をしながら、村の話を多く聞いた。
アルビレオは基本的に受け身の姿勢で話を聞くことが多かったが、そんな彼が自分の方から質問することがあったのはどれも魔族や人間などの、現代の種族間の問題についてだった。
リュネ村は田舎の村で、様々な種族の者たちが集まって、寄り添って作られた村だという。
体力に優れる獣人が作業し、知識のある人間と魔力に優れた魔族が魔法具を上手く使いながら生活しているらしい。
農業が主な収入源らしいが、行商人なんかと定期的に物々交換などをしながらゆったりと静かに暮らしていたのだと言う。
アルビレオが詳しくその話を聞く度に感慨深そうに頷いていた。
彼の目指していた世界の、その一端のように感じられたのだと俺は思った。
その後、リュネ村が見えてきた。
出迎えてくれたのは村長らしき獣人の男性と、村の外からやってきた俺たちを好奇の眼差しで見つめ、集まってきた少年少女たち。
遠巻きでは恐らく、彼ら彼女らの親が見ている。
「遠路遥々よく来てくれた、助かるよ」
「こちらこそ、いつも定期的に仕事をくれて助かるよ。
今年の出来はどうだい?」
そんな話をしながら馬車から降りる。
しかし言葉に返事はなく、村長の顔は少し曇ったように見えた。
俺たちも荷下ろし作業を手伝いながらこの村の温かい空気を感じる様子に、アルビレオの動きも少し素早くなっていたように感じた。
魔法具の修理依頼とのことだったが、食料品が殆どだった。
荷下ろしを終えれば水を用意してくれる。
「冒険者の方々もありがとうございます、これよかったらどうぞ」
そう言って手渡される。
礼を言い飲んだその水は冷たくって美味しかった。
そんな俺に少女が声をかけてくる。
「あのね、お兄さん、困ったことがあって、お話聞いてくれない?」
年の方は俺とそこまで変わらないように見える、一、二歳ほど年下のように見える彼女は俺に似た小さな角を生やしており、同じようにそれは片方だけだった。
この子も魔人なのだろう、黒い髪に赤い瞳、容姿が似ているので俺に親近感が湧いたのか、不安そうな顔で言葉を続ける。
「この村のお水、最近何だか濁ってて、美味しくないの」
「そうなんだ?これは美味しいけど」
「うん、それは井戸の水なのけど、川の水が濁ってて、果物が上手く育たないの」
先の村長の表情が曇っていたのは、今年の出来があまり良くなかったからなのだろう、彼女の言葉で合点がいった。
「そうか……」
「うん、川の上流、山の奥は魔物多くて危ないから皆原因もわからなくって困ってて……お兄さん冒険者なら、助けて欲しいの、ダメかな?」
そう言って真っすぐ冒険者として依頼を申し込まれた。
「ここの村の果物、美味しいって評判だからな、皆困ってそうだし……一カ月ぐらいここに滞在する予定だし頑張って原因確かめてみるよ」
そう返事すれば、彼女は嬉しそうな様子で俺の手を取って小さく飛び跳ねる。
「やった!!ホントに良いの?あ、でも、危ないことしないでね!!怪我しちゃったら申し訳ないし……!!」
そう言って飛び跳ねるのをやめて、無事を願う言葉をかけてくれる。
その言葉に多くの人が集まり、自分に救いを見出したような目を向けてくれる。
少しして何とかその人の渦から離れて、アルビレオのほうに向かう。
「ごめん、アルビレオ。
勝手に依頼受けて……エルセリアの方気になるだろうから、別行動でもいいけど…………アルビレオ?」
そう言って謝罪の言葉を告げた俺になぜか満足気な笑みを浮かべていた。
俺がその笑顔の意味を、顔を覗き込んでわかろうとしたが、すぐにいつもの表情に戻り
「いや、別行動はしなくていい、川の上流はエルセリアの方面と同じだ、気にしなくていい」
そう言ってくれた。




