第九話「ドキッ! エルフ大温泉」
「フィオ、ナ──」
青い長髪、その隙間から見える露わになった白肌。
するり──
恥部を隠す薄布が、肩を滑るように落ちていく。
彼女は腰下の絹布に手をかけると、ゆっくりと下ろしはじめた。
するする──
柔らかな音が耳を撫でる。
艶のある唇、健康的で肉付きのいい肢体──全てが目に毒だ。
「えっ……」
「んっ。顔……ちょっと赤くない? 緋色、大丈夫?」
純粋な顔で、フィオナは下から俺を覗き込んだ。
生まれたままの、飾らない姿で──
「──えッ……?」
ここは、エルフ里の大温泉『星の湯』。
先日フィオナに誘われ、気づけば二つ返事で了承していた。
久しぶりの温泉に胸が躍り、深く考える間もなく足を運んだのだが──
「ちょっと待って下さい、フィオナさん。ここって……混、浴なんですか……?」
「なんで敬語? そうだよ~。特に分ける理由もないし」
ぱさり、と背後で衣擦れの音がした。
里のエルフたちは脱ぎ始めている。ためらいなく、当たり前のように。
「ふっ……とんだテーマパークに来ちまったようだな……」
一体どうなっちまうんだ。俺はッ──
──ファンタジア歴二〇二五年、七月六日。
七夜祭の日だった。この日は風牙隊の訓練もお休みである。
静まり返った書館に足を踏み入れると、俺はゆっくりと席に腰を下ろした。
見上げるほどの本棚に、地上の歴史書から知らない理論書まで、ぎっしりと詰まっている。
銀長髪の司書イリナに文字を教わってから、少しずつ読める字も増えてきた。
メモを頼りにすれば、なんとか本を読み進められそうだ。
胸の奥に、わずかな高揚が灯る。
イリナは奥の棚で本を整理しており、周囲には誰もいない。
そっとページをめくった。
この本のタイトルは『異界の伝承』。
著者はエリック・スレイダー、各地を旅する歴史学者らしい。
内容は簡単にいうと、異界人はどれほど歴史に絡んで来たか、というものだ。
──第一章・同宇宙起源説──神意介入論──
『太古より、時代の動乱が迫るたびにこの世界──ファンタジアは外界から生命を呼んでいる。
それは人であったり、獣であったり、もはや生命と呼称していいのかも分からない存在まで。
しかし幾千の歳月を経るうち、彼らの痕跡は次第に薄れ、伝承の多くは風化してしまった。
理由は単純である。彼らはあまりにも自然に、この大陸に溶け込んでしまうのだ。
異邦の民であったはずが、いつしか原住民と見分けがつかなくなるほどに。
だが、“異界人”は確かに存在する。
彼らが持ち込んだ知識と技術に、魔法という概念が加わることで、この世界の文明は飛躍的に進んだ。
そして私は各地を巡るうちに、あることに気づいた。
宇宙論や天文学──異界の知識とこの世界の理が、驚くほどに重なる点が多い。
そこで私はひとつの仮説を立てた。
“異界人は全く異なる別宇宙から来たのではなく、我々と同一の宇宙から来訪したのではないか”。
大いなる意思──神とでも言うべき存在が、この地へ彼らを導いているのではないか。
その原因となる光の渦──以下:神渦と呼称──は未だに解明されておらず、真実は闇の中である──。』
胸の奥がざわつく。
第一章だけでも、この世界の文明レベルが俺の想像を超えているのが分かる。
二章以降では、星の構造や国々の技術についても触れられていた。
土地ごと空に飛んでいる国すらあるらしい。
エルフ里の素朴な暮らしが、この世界の“標準”だと思い込んでいた。
エバーウッドの里は、ただ閉じた文化を守っているだけなのだ。地球でいうと、島国の民族のようなものだろう。
外には、もっと進んだ文明が広がっている。
「もうこれ、SFだよなぁ」
現代知識で無双ッ! キャー! 山田さんカッコイイ!
へへっ、よせよ。
みたいな妄想をしていたのだが、たぶん俺の方が遅れている。
がっかりである……。
「ラノベが流行ってるぐらいだしな」
フィオナが読んでいた本──“転生したらドラゴンだった件”を手に取り、ぱらぱらとめくった。
卵から人間の意識のまま出てきたところで、
「お勉強は進んでいますか?」
司書イリナが声をかけてきた。
「ええ、おかげさまで。分からないことも増えましたけど」
「学びとは、そういうものです」
ふふ、と優しく彼女は笑った。
「そういえば書館の本って、どこで仕入れてるんですか」
「実は、もう長いこと新書は届いてないんです。昔は行商人がよく立ち寄っていたのですが……」
「そうなんですか。それは、いつ頃からですか?」
「行商人さんが最後にお見えになったのは……そうですね……もう、八十三年前でしょうか」
「はちじゅっ──!?」
イリナは微笑んでいるが、どこか表情に影がある。
俺が想像している以上に、この里は交流を長く閉ざしているらしい。
「……里に何があったのか、聞いてもいいですか?」
何やら不穏な空気を感じながらも、俺は問いかけた。
「──ええ、忘れもしません。あれは一九四二年の春……戦争が始まったのです。“第三次大魔戦争”──魔人族を筆頭に、多くの国や勢力が血を流しました。……とても、とても辛い抗争でした」
戦争。
イメージが全くわかない。絵本のおとぎ話を聞かされているような気分だ。
俺は戦争を知らない。生まれた頃にはすでに戦争は終結し、平和だったからだ。
「その頃から、里は外界との交流を断ちました。あの戦争の傷跡は深く、今でも傷を抱えている者はたくさんいます」
俺はライルのことを思い出した。
『滑稽だろう──』
壊れてしまった母を見て、帰らなかった父を思い出して、彼は一体どんな気持ちで言葉を発したのだろうか。
それは戦争を経験したことのない者には、決して分からない心情なのかもしれない。
「戦争が終わったあとも、次第に周辺地域の魔素が荒れ始めてしまって……安全に通れる道はもうありません」
「なるほど。外に出るのも難しそうですね……」
荒れた魔素は、魔獣を生み出す。
巨躯の狼に叩きつけられた衝撃が、まだ体の奥に残っている。
あれにまた遭遇したとして、生き残れる気がしない。
「ええ。でも山田さんが来て、みな喜んでいるのですよ。流れ人は豊穣の予兆、女神様が状況を変えようとして下さっているのだと」
時代の動乱が迫るたびに、異界人は呼ばれるという。
なら俺は、一体なんのために──
「帰りたい、ですか?」
うつむいたままの俺を、イリナは見つめた。
「……」
答えられなかった。
正直──俺には、帰る理由なんて無い。
戻ったところで、“仕事をしない精神病患者”という烙印を押される。
家族にしたって、しばらくすれば俺のことなど……
ズキリ。
手の端に痛みが走った。遠い昔の古傷だった。
脳裏に浮かぶのは、幸せだったはずの家庭。
壊れたフィルムのように、記憶がざらついて再生される。
疲れていた──。
興味のない仕事に忙殺される日々に。
いまだに自分の人生を諦めない自分に。
父親として未熟な自分に。
あのとき俺は、我慢すべきだった。
『山田くん、会おう』
深夜零時。
仲のいいゲーム友達から連絡が来た。
会ったことはなかったが、住まいは驚くほど近かった。
運命めいたものを感じながら、寂れたバーで待ち合わせた。
不思議な女性だった。
短く整えた白髪に、飾り気のないジーンズと白いロングTシャツ。
どこにでもいそうで──どこにもいない人だった。
やましい気持ちはなかった。ただ、悩みを聞いて欲しかった。
嫁には話せなかった。自分の弱さを見せたくなかった。
「君はきっと、この世界じゃ物足りないのかもね」
彼女の白い手がそっと、俺の手に触れた。
驚くほどに冷たい手だった。
「大丈夫──そういう運命に、生まれてきただけだよ」
「……」
「さようなら、山田くん。また会おう……人生は長いからね。良き旅を」
その言葉を最後に、彼女はどこかに消えてしまった。
どこまでも妖しく、艶のある笑みを残して。
時刻はもう、深夜になっていた。
二階建ての借家の階段をのぼり、扉を開けると──
「こんな時間に──何してたの?」
ぐっすりと寝ていたはずの、妻が起きていた。
「絵未……なんで」
「若い女と会ってたの、知ってるんだから」
彼女の後ろ──五畳半の狭い居間で、パソコンのブルーライトは壁を照らしていた。
ダイレクトメールを見たのだと、俺は察した。
「あっ……いや、ただの友達なんだ。相談事があって……」
「なにそれ……なにそれ。二人目の子供が、出来てるんだよ」
とてもナイーブな時期だった。
つわりはひどく、精神は不安定だった。
俺が悪い。
どう考えても、俺が悪い。
はやく彼女を安心させなくては──
「なぁ、ちょっと待ってくれ!」
「いやっ触らないで! 気持ち悪い!」
「聞けって! 俺の話をっ──」
手を伸ばす。
頼む。
どうか、話を──
「いやっ! 来ないで!」
「痛ッ──! っ、……。」
ぽた、ぽたり──。
彼女の顔に伸ばした手の端から、赤黒い雫がこぼれた。
血のついた唇を震わせ、赤子のように泣きじゃくる妻を──ただ、ただ茫然と眺めていた。
そうして大切だったはずの家族は、もう掴めないもやとなった。
小さな息子は、どんな顔をしていただろう。
笑った顔はモザイクがかかったように、もう、思い出せなかった──
「──すいません。今日のところは、帰ります」
「そうですか。またいらして下さいね……私も、七夜祭の準備をしないと」
何かを察したように、イリナは静かに見送ってくれた。
学校の廊下には、夕暮れの色がゆっくりと伸びていた。
「うっ……」
吐き気がした。
ぼんやりと浮かぶ記憶に蓋をするように、俺はその場でうずくまった。
「くそ……」
黙っていると、自分がいかにダメな人間だったか思い出す。
後悔という見えない刃は、自分の心を切りつけていた。
何度も、何度も、何度も何度も。
キリキリと胸が痛い。
俺は、今でも自分を許していないのだ。
……外に出る必要なんてない。里にずっといれば良いさ。
親や兄弟は心残りだが、命を懸けてまで帰りたいとは思えない。
それに俺は……何も出来ないやつなんだから。
体は強くなっても、心は成長していなかった。
俺は下を向いたまま、ぎゅっと奥歯を嚙み締めた。
そんなとき、廊下の向こうで声が響いた。
「リーリーは行かない! 絶対いかない!」
「もー。たまには一緒に入ろうって!」
フィオナとリーリーだ。いつもより騒がしかった。
「緋色も呼ぶから!!」
「もっとヤダーー! ヤダヤダ!!」
リーリーは緑短髪を揺らし、つかまれた手を必死にふりほどこうとしている。
「あっ、緋色! 約束してたお風呂、いこっ!」
フィオナは俺に気づくと、にぱっと明るく笑った。
そうだ、今日は彼女と約束をしていたんだ。
きっと良い気分転換になる。
助かった。いま声をかけてくれなければ、もっと沈んでいただろう。
「──ああ、今日だったな。めっちゃ楽しみ! デカいんだろ!?」
気持ちを切り替えるように、わざとらしく声を張った。
「リーリーは家で入るのー! やなのー!!」
「なんで? 風呂、嫌いなのか?」
「いつも誘っても全然来ないのよ。大浴場のほうが気持ちいいのに。ほら、今日はみんなでお風呂パーティなんだから! 行くよ!!」
「やーーあぁーーーーーー!!!!」
そんなこんなで、エルフ里の大温泉『星の湯』に俺は来ていた。
露天風呂の縁側では、悩ましい体のエルフお姉さんたちが涼しんでいる。
「……いやおかしい! おかしいですよこれは! 混浴!?」
隣では、ライルが濡れた茶髪を後ろへかき上げていた。薄黄の瞳は涼しげで、恥部を隠す気などさらさらない。
「大丈夫だ。女の裸を見て欲情するバカは里に居ない」
彼はふっと笑った。
こ・こ・にっ、居るんだよォ──!!!!!!
俺はライルの涼し気な顔をみて腹が立った。
「だめだって! 子供できちゃうって!」
「お前は何を言ってるんだ。前を隠すな、堂々としろ」
そう言ってライルは、俺のタオルを奪おうと手を伸ばしてきた。
「おいよせッ! 今この布をどけたら社会的に俺は死ぬ……そしてお前は堂々すぎるッ!」
「わけのわからんことを……」
「性欲というものはないのか!?」
ていうかライルさん、デッ──!
俺は自分のものを見て、情けなくなった。
「エルフに性欲はほとんど無いぞ」
霧の向こうで、聞きなれた女の声がした。
「だから薬で無理やり発情させ、子作りするんだ」
「その声は……ヴァネッ、サ──」
言葉を失った。
湯気の向こう、黒髪がゆるりと胸へ流れ、褐色の肌は灯りを受けて輝く。
くびれは滑らかに締まり、そこから続くヒップは丸く魅惑的だ。
OH──理不尽ボディ──音をつけるならボン、キュッ、ボン。
半開きの口は閉じず、俺の体は硬まっていた。色んな意味で。
「人間は薬がいらないんだろう? 楽でもあり……大変そうでもあるなぁ」
彼女はおれの股下を見て、にやりと小悪魔めいた笑みを浮かべている。
「ほら、リーリーも湯舟入るよ~。行くよ~」
フィオナに引っ張られるように、リーリーが渋々ついてきている。
わがままを言う妹と、その面倒を見る姉のようだ。
結局、押し負けて来たらしい。
「うぅ……」
リーリーは恥ずかしそうに、体を手ぬぐいで隠している。
──クク、侮るなよ……。
俺は女子の裸を見る時だけ視力が十倍になる固有能力、モザイクは目を細めれば多分薄くなる《ファンタスティック・ベイビー》──を持っている(自称)。
目元に手をやり、ダブルピースポーズをとった。
──ファンタスティック・ベイビー!
「……こっち見ないで。エッチっ!」
「あっ。すいません」
「もー!! ひーろエッチ! きらい!!!!」
小さな拳でパシパシ叩いてきた。
「……そんなに怒らなくても……」
てっきり“洗いっこしよ”とか言い始めると思っていた。
というか恥ずかしがられると、非常に良くないことをしている気分になる。
彼女の見た目は小さな子供……日本であれば逮捕である。
「そういう年頃なんでしょ〜」
フィオナはふにゃっとした表情で、肩まで露天風呂に浸かっていた。
湯舟の上、お盆に浮かんだ酒をぐびぐび飲んでいる。
「くぅ~……ンマッ!」
まるで休暇中のオッサンだ。いやらしさは全くない。
「歳! フィオナとかわらない!!」
「え~? わたし九十だも~ん。一つ上のお姉さんだも~ん」
フィオナは九十歳なのか。
俺の五十八歳上──もはや驚くまい。エルフだから当然、当然なんだ。
そして百歳以下は、エルフ的には若者。彼女たちの年齢を五で割った数字が人間に比例した年齢なのではないか──という仮説を勝手に立てていた。
「おっぱいだって大きいし! ほーれほれ」
豊満な胸をばいんばいんと湯船に押しつけ、バシャバシャと煽っている。
リーリーは自分の平らな胸を見ると、キッと悔しそうな顔をした。
「うぅっうっ……こういうのが好きな人だっているって……ロリコンと結婚すればいいって、グレース言ってたもん!!」
なに言ってんだよ、あの人。
グレース隊長は夜の警備に出ており、今日は居なかった。
このロリエルフを慰められるのは、どうやら俺しかいないようだ。
「リーリー……俺は小さいのも、好きだぜッ」
キラッ、と白い歯を見せつけるように笑った。
「うぅぅ……! バカーーー!!!!」
平手打ちッ──速いッ!
だが当たらなければどうということはっ、パァンッ!!
直ッ撃ッ! だと……!?
「ホゲェァーッ!!!!」
少女の平手打ちひとつで、俺は数メートルふっとんだ。
世界が回っている──
「もう帰る!」
顔を真っ赤にして、リーリーは浴場から去っていった。
「おい、山田! 山田っ! 死ぬな、山田ーーッ!!」
遠くでライルの声がする。
リーリーさん……エルフで幼女なのに……羞恥心、あるんだ……。
ギャップ……萌え──
*
夜風が気持ち良い。
のぼせた頭を落ち着かせるように、俺は里の外れをひとり歩いていた。
祭りのざわめきが遠くから聞こえる。
ふと、視界の端で、誰かの影が揺れた。
崖の縁に置かれた長椅子──その上に、リーリーが静かに腰かけていた。
里を一望できるその場所で、ただぼんやりと宙を眺めている。
そっと近寄ると、少女は顔だけこちらへ向けた。
「ひーろ」
「リーリー、みんな七夜祭で飲んでるぞ。行かないのか?」
「うん……リーリーは、ここで良いの」
「さっきは、ごめんな」
「ううん。リーリーも、ごめん」
いつもより、どこか柔らかい雰囲気だった。
横に座ると、少女は緑髪を指でくるくると弄んだ。
「実はね。リーリー、里のエルフじゃないんだ!」
「外から来たってこと?」
「そう! ママと一緒に里に来たんだ。だからちょっと恥ずかしかったというか……リーリーの故郷は、裸を見せることなかったから」
「へぇ。みんなと仲いいから、ずっと一緒に居たのかと思ってたよ」
「フィオナとは、小さい頃から一緒だよ。もう八十年以上は一緒だから」
「はちじゅっ──!?」
どこかで聞いた覚えのある数字だ。
「お母さんはすぐ里を出て、一人になっちゃったから……フィオナがよく遊びに来てくれたんだ」
少女は膝を抱えると、足先をぎゅっと寄せて丸くなった。
「パパが心配だからって、すぐ戻るからって。お母さん、故郷に戻って行っちゃった」
リーリーは遠い目のまま、里の奥を見た。
幻想大樹は淡い青光をまとい、今日も静かに里を照らしている。
眼下に広がる祭りの華やぎは、この場所とは別世界のように思えた。
「約束なんだ。夏には帰るからって……この崖からは、里のぜんぶ見えるから。ずーっとここで待ってるの」
──彼女は、ずっと待ち続けているというのか。
何年も、何十年も……気の遠くなる年月を、この寂しい場所で。
「ママとパパは……リーリーのこと、多分もう忘れてる」
ズキリ。
記憶を叩くように、また手の端が痛んだ。
『パパ、どこいくの?』
黒塗りでぼやけた息子の顔と、幼い声が蘇る。
そして──顔も知らない二人目の子供──娘が成長していれば、きっと彼女ぐらいの大きさだ。
「……え……?」
俺は無意識に、リーリーの頭に手をおいていた。
「──忘れてない。きっと、きっとまた会える。大丈夫だ」
思わず口から出た言葉は、少女に言ったのか、それとも──。
「戻れない事情があるんだよ。エルフは長生きなんだろ? 八〇年なんて大した時間じゃないって」
「──そう、だね。そうだよね!!」
言葉とは裏腹に、少女の瞳は怯えているように見えた。
「ああ。……大丈夫、大丈夫だ」
不安よ、溶けてくれ──と思いながら、俺は少女の頭をずっと撫で続けた。
リーリーは、しばらく黙っていた。
長い間そうしていると、少女は小さく声をあげた。
「ありがとう。ひーろ」
もう大丈夫そうだ。
手を離そうとした瞬間、
「ん!」
リーリーは俺の右肩に、ちょこんと頭を寄せた。
「……?」
「んっ!!」
撫でればいいのだろうか。
そっと髪をすくように撫でると、少女はくすぐったそうに微笑んだ。
「ふふー!」
その笑顔につられるように、俺も笑った。
わからんな、エルフってやつは……本当に。
風呂上り、少しの肌寒さを感じる夏の夜。
肩の小さなぬくもりは、とても居心地の良いものだった──




