第七十四話「王立星環学府」
きらめく太陽。
風に揺れる白いスカート。
白石の坂を歩くたび、水色のポニーテールが弾んだ。
尖った耳があらわになり、いつも以上に快活で可愛らしい。
フィオナは白地に銀縁の制服を纏い、どう見ても学生だった。
それに比べ──
「うーむ」
俺は、黒い学ランの襟元を正した。
三十二歳が着ていい代物なのか、これは。
「十代に見えるかな……」
「老け顔ってことにしたら!?」
フィオナは閃いたように言った。
「バカにしてるよね」
「してないって~、ふふ」
「……アーちゃんはどう思う?」
前を歩いていたアナスタシアに問うと、銀の長髪が風に舞った。
白の制服を隙なく着こなしており、彼女も学生にしか見えない。
振り返りざま、青い瞳が細まった。
「くだらん」
アナスタシアは短く言い捨て、再び歩いていく。
その背を追うように、フィオナも小走った。
「歩くの早いって~」
──気にしても仕方ないか。
なんか言われたら、老けてるってことにしよ。
しばらく歩いたところで、俺はあたりを見回した。
ここは第二環・貴族外郭区。中央都市区に比べて人通りは少なく、庭園付きの華やかな邸宅が立ち並んでいる。いかにも上流階級の街らしい景観だ。
ゆるやかな坂を登り切ると、二本の白い門柱がそびえ立っていた。その間を結ぶアーチの中央には王家の星章が掲げられ、銘板には“グランティナ王立星環学府”の名が刻まれている。
──これが校門か。でかいな。
開け放たれた門の先には、白石を敷き詰めた大階段。その奥には、濃紺の屋根をのせた純白の学舎があった。建物は翼のように左右へ広がり、果てが見えないほど続いている。
さらに校舎の背後には、巨大な塔が立っていた。その上部では、大きさの異なる三つの銀環が重なり、同じ軸を中心にゆっくりと回っている。まるで、塔に巨大な天球儀をつけたようだ。
──あれも、校舎なのだろうか。
門をくぐったところで、アナスタシアがふいに足を止めた。
彼女の横──木々に覆われた一角にあったのは、高さ二メートルほどの女性像。
長い髪、裾の広がったドレス、片腕には一冊の本。台座に刻まれた文字は風化しており、ほとんど読めない。
この像、どこかで──。
近寄ろうとしたとき、横からしわがれた声がした。
「いい像でしょう」
声の方にいたのは──白髪をきれいに七三に流した、銀縁メガネの老爺。整った白ひげの奥には、穏やかな笑みが浮かんでいる。ホウキを持っており、どうやら用務員のようだ。
「智謀の魔女像です」
アナスタシアがわずかに眉をひそめた。
ああ、既視感の正体は──。
「この街を見守り続けた、慈悲深い魔女だったとか。その功績を忘れないために、初代学長が自ら手掛けたものだそうです」
「君を覚えているものは、もう居ない──か」
アナスタシアは石像を見上げ、ぼそりと呟いた。
「あの顔のラインなど、見事な彫りでしょう」
老爺は石像とアナスタシアを見比べ、微笑んだ。
「おや、あなた──どことなく顔が似ていますね」
答えることなく、アナスタシアはさっさと歩いていった。
“うそつきめ”
彼女は去り際、そう言った気がする。
「すみません。授業に遅れちゃうので、また聞かせてください」
「ええ、ええ。学生の本分は学業です。頑張ってくださいね」
俺たちは老爺に別れを告げ、アナスタシアを追った。
白石の大階段を上り、学府の中へ入っていく。
正面には広大な中庭があり、いくつもの校舎が立ち並んでいた。左右には長い回廊が伸び、生徒たちが行き交っている。
「迷いそうだな、これは……」
壁にある案内板を確かめると、職員室は本館の一階にあるらしい。
中庭を囲む校舎群──その中央に、ひときわ大きな建物がある。あれが本館のようだ。
俺たちは中庭を横切り、正面玄関から本館へ入っていく。
案内に従って廊下を進むと、ほどなく“職員室”と書かれた表示板が見えた。
──ここか。
扉を開けると、中には大勢の教師がいた。立ち並ぶ机には書類が山積みになっており、誰もが忙しそうに手を動かしている。
あたりを見渡していると、窓際にいた男が勢いよく立った。
「おおっ、来たか! 推薦の!」
豪快にかき上げた赤茶の短髪に、大きな茶色の目。太い首に二重アゴ、そのアゴ先は見事に割れている。腕まくりした白いワイシャツは、盛り上がった筋肉ではち切れそうだった。
「すいせん、ってなに」
フィオナが小声でいうと、アナスタシアは腕を組んだ。
「編入生のことだろう」
そう──俺たちは名目上、“王家推薦の短期編入生”ということになっている。
男は大股で俺の前まで来るなり、両肩をわしづかんできた。
「むぅッ!」
肩だけでなく、腕や脚に至るまで揉まれていく。
「あの……」
「すばらしい肉体だ。どんな鍛え方をしてるんだ!?」
「腕立てとかですね」
風牙隊式なので、通常の十倍はきついけど。
「そうか、そうか! 来月の武闘会は期待できそうだな。ガッハッハ!」
男はバンバンと俺の肩を叩き、豪快に笑った。
──なんだ、ぶとうかいって。
「オレは、高等部3-C担任のマツ・ローマン! マッちゃんって呼んでいいぞ!」
マツ先生が拳を突き出すと、フィオナは拳を合わせた。
「マッちゃん、よろしくお願いします!」
「うむ! 元気でよろしい!」
「よろしくお願いします、マツ先生」
「おう! では、教室に行こうか!」
声はデカくうるさいが、普通にいい人そうだ。
五分ほど歩いたあと、マツ先生は勢いよく木扉を開けた。
教室は奥へ向かって扇形に広がり、座席が階段状に並んでいる。
「みんな、おはよう!」
マツ先生が叫ぶと、三十人ほどの生徒が一斉にこちらを見た。
最後方には、藍色の長髪を流す少女──ミレイユが小さく手を振っている。
隣には、右眼に傷のある女──イルゼも座っていた。銀鎧ではなく、なぜか学ラン姿だ。黒い短髪も相まって、男にしか見えない。
「今日は編入生を紹介するぞ! 自己紹介を頼む。先頭のキミから!」
マツ先生に促され、アナスタシアが前に出た。
「アナスタシアだ。よろしく頼む」
──どこの令嬢だ。はじめて見たぞ。
──美しい。
教室のあちこちで囁きが漏れている。
すげぇ。漫画のヒロイン転入シーンでしか見たことないやつだ!
続いて、フィオナが前に出た。
珍しく緊張しているのか、胸元で指をもじもじと合わせている。
「あの、えっと、フィオナ・レスターです。特技は、えーと、魔法です。よろしく!」
勢いよく頭が下がって上がり、水色のポニーテールが跳ねた。
──え、耳長くない?
──エルフじゃん。
──めっちゃ可愛い。
アナスタシアの時よりも、教室は大きくざわめいた。
え、この空気で俺、自己紹介する感じ?
「山田緋色です。甘い物が好きです。この街に来たばかりなので、色々教えてくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
自己紹介を終えても、教室の注目はフィオナに集まったままだった。
ひとりだけ楽しそうに拍手するミレイユがいなければ、俺は死んでいただろう。
まじでありがとうございます。何があっても、絶対にあなたを守ります。
心の中で、そう誓った──。




