第七十三話「王家の手紙」
ネブラ襲撃から、三日後の朝。
ギルドの総監執務室にて、エリンは金の長髪を耳にかけた。
「山田さん。なにをしたんですか」
「え?」
差し出されたのは、一通の手紙。
封蝋には、見覚えのある青金の星章が刻まれている。
「王家から山田さん宛てに、名指しの依頼が届いています」
「おう、け……?」
「詳細は、登城した際に直接伝えるとのことです」
嫌な予感しかしない。
「グランティナ王家の方と、お知り合いなんですか」
「いや、たまたま会ったというか」
「偶然出会えるような存在では、ないと思いますけれど」
エリンの碧眼が細められた。
「なにをしたんですか」
「ほんとに、何にもしてないですよ……」
「ふぅん……まぁ、いいでしょう」
釈然としない様子で息を吐き、エリンは俺の腹をちらりと見た。
「負傷しているようですし──手に余る依頼であれば、こちらに相談してくださいね」
怪我をしたなど一言もいっていないが、お見通しのようだ。
「へぇ~、大変そ」
フィオナはそういうと、机の菓子に手を伸ばした。
エリンはその手をぴしりと叩き落とし、にこりと微笑んだ。
「あなたも行くのよ」
「えっ?」
「当たり前でしょう。パーティのリーダーなんだから」
笑顔のまま、エリンは人差し指を立てた。
「くれぐれも失礼のないように。よろしくお願いしますよ」
王家からの名指し依頼──。
思い当たる相手は、ひとりだけだった。
俺とフィオナは王城を訪れた。
通されたのは、一角にある豪華な応接室。
横に長い卓の向こうで、藍色の長髪が揺れた。
青と金に彩られた白いドレスの少女──ミレイユ・グランティナが座っている。
「お久しぶりね、緋色」
「お久しぶりです」
「お二人とも、座ってくださいな」
上質な青いソファへ腰を下ろすと、座面がわずかに沈んだ。
向かいのミレイユは、俺の隣に目をやった。
「ええと、あなたは──」
「フィオナ・レスターと申します。よろしくお願いします」
フィオナは胸に手を当て、頭を下げた。普段の振る舞いからは、想像できない凛々しさだ。
よく考えたら、彼女は“エルフの姫様”である。心配は無用だったな。
「よろしくね、フィオナ。私はミレイユ──ミレイユ・グランティナといいます」
「それで、姫様、今日は──」
「むっ」
俺の言葉に、ミレイユの頬が膨らんだ。
「……なにか?」
「ミレイユ」
「えっ」
「私の名前──ミレイユよ。そう呼んでって言ったの、忘れたの?」
「覚えてます、けど……」
壁際を見れば、護衛らしき長身の女がいた。
群青の外套を垂らした銀鎧を纏い、直立不動。黒い短髪から覗くのは灰青の瞳。
右目には古い切り傷が縦に走っており、女はこちらを射抜くように見下ろしている。
「ああ。彼女には事情を伝えてあるから、堅くならなくていいのよ」
「睨まれてる気がするんだけど」
「イルゼ。ふたりは私の友人よ」
「承知しております」
イルゼと呼ばれた女は、視線を逸らすことなくそう言った。
──警戒は解いてもらえないようだ。
「そういうことだから、普段通りに話してちょうだい。フィオナもね」
「おっけー!」
フィオナは元気よく頷いた。まじで失礼なことを言いそうで心配だ。
「……じゃあ遠慮なく。俺たちを呼んだ理由を、聞いてもいいかな」
「こんな美女から会いたいと言われるなんて、嬉しいでしょう」
「それは──嬉しいけど」
ミレイユはいたずらっぽく微笑んだあと、声色を落とした。
「私は、もうすぐ女王になります」
「まだ女王じゃないんだ」
「ええ。一か月後にあるパレードで、正式な女王となる手はずになっています。それまでの間──二人には、私を守って欲しいの」
「守るって、何から?」
「──あらゆる全てから」
夜空のような紫眼が、こちらをじっと見据えた。
「信頼できる味方は多くありません。姉の派閥だった貴族たちも、何をしてくるか分からない」
ミレイユは卓の向こうから身を乗り出し、俺の手を包んだ。
「でも、あなたたちなら──緋色なら、私の味方になってくれるでしょう」
さらにミレイユは顔を寄せてきた。優しい花の香りがする。
「王城に忍び込んだこと、これで許してあげます」
その件を持ち出されると、何も言えない。
発端はアナスタシアだが、そばにいた俺も言い訳はできない。
──次期女王さまと仲良くしておくのも、悪くはないか。
「それで、俺たちは何をすればいい」
「学園に通ってください」
「はい?」
「私と一緒に、学園──“グランティナ王立星環学府”へ通ってほしいのです。戴冠までは私も学生ですから、護衛としてそばにいてもらえればと」
「ちょっと待って。俺、三十越えてるんだけど」
「問題ないわ。歳のわりには、見た目若いじゃない」
ミレイユが微笑むと、フィオナは控えめに手をあげた。
「あの……私も、九十一歳なんだけど」
「ふふ。エルフ的には、学生のようなものでしょう? イルゼ」
「はい」
控えていた女騎士──イルゼが卓上に置いたのは、三枚の書類。
「編入の手続きは済ませてあります。登校は明日から──制服も三人分、用意してありますので」
俺は書類に目を落とした。
流麗すぎる筆記体で書かれており、いまいち読めない。
「三人分って……あとひとりは?」
「もちろん、親愛なる友人──アナスタシアの分です」
ミレイユの言葉に、フィオナの目が丸くなった。
「アーちゃんって、友達いたんだ」
「はい。会う約束をしています」
──そういえば、そんな話をしていたな。
ミレイユは明るく笑った。
「よろしくお願いしますね」
断る余地はないらしい。
山田緋色、三十二歳──俺の学園生活が、ここから始まった。




