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World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第三章「星詠みの巫女」

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第七十二話「死亡遊戯」

 崩れたホームの中央で、アナスタシアとネブラ──蒼銀と紫の気配が、火花もなくぶつかった。

 ネブラは上体を横へ折り、唇をぽかんと開けた。半ば閉じていた翡翠の左目が、食い入るように見開かれていく。そして、右目に埋まった時計をガリガリと掻いていた。

「う~ん……」

 ──不気味だ。

 その間に、黒い渦は小人の姿へ戻った。


 タンッ。

 

 小人は軽快に降り立つと、てくてくと歩いてきた。

 座り込んでいた俺の前で止まり──腹に刺さったナイフに、ぴとりと小さな手が──

 おい、まさか、

 引き抜──

「ウッ」

「痛ッァ゛ア゛アアッ!!!!!!!!」

 抜いたナイフを掲げ、小人は野太い声で笑っている。

「ハッ、ハッ」

「なにすん──」

 小人は俺の腹を叩いた。

「ハッ!」

「ぐぉッ!」

 腹に押し当てられた小さな掌に、緑光が滲んだ。

 じわりと溢れた血が、止まっていく。

「っ……傷が……」

 傷口が、塞がっている。

「ハッ、ハッ」

「ほう、よかったな。サービスだそうだ」

 アナスタシアは淡々と言った。

「もっと、こう……優しさとか、ないんですか……」

 激痛で失神しそうだ。

 小人はウッと一礼すると、きらめく粒子となって消えていった。

 最後の一粒が消えた向こう──横へ曲がっていたネブラの上体が、ぐわんと垂直に戻った。

「隙がまるでない。キミ、強いんだね──そこそこはさ。詠唱するってことは魔法使い(ウィザード)──」

 アナスタシアの指先がすっと上がり、小石ほどの氷弾が撃ち出された。

 予備動作なし、空裂く一閃──ッ!

 ネブラは首を傾けた。一拍遅れ、頬からつうっと血が垂れ落ちていく。

「ひどいなぁ……話の最中に」

「戦闘にルールはない」

「クク……アッハハハハ!」

 ネブラは狂ったように笑うと、指先で頬の血を拭った。

「たまんないなァ。死亡遊戯(デスゲーム)ができるなんて、今日は運がいい──ツいてる!」

 身をよじるたび、声は高く、激しさを増していく。

「あぁ──その強気な顔を剥がして、犯して、腹の中までかき混ぜたら──ッ!」

 ぴたりと動きが止まると、ネブラはそっと首を傾げた。

「どんな顔するんだろうなぁ」

「ふん、気狂いめ」

 アナスタシアが吐き捨てると、ネブラは行儀よくスカートをつまんだ。

「ふふ、始めようか。最終演目は──美女の断頭台」

 言い終わるや否や、アナスタシアは右手を左へ掲げた。

 虚空に、氷のつぶてが錬成されていく。

 右手を外へ、薙いだ──ッ!

 轟然と放たれる氷弾が、雨あられに乱れ飛ぶ。

 ネブラは指先から銀糸を放ち、近くの石柱へ巻き付けた。糸が張り、引かれた体は宙へ舞う。氷弾の雨を縫うように旋回していく。

「いいなぁ。髪は綺麗、顔も可愛い、魔法も使える──世界は不公平、いつだってそうだよね」

 着地することなく、銀糸は次の柱へと伸びていく。

 ネブラの体は大きく弧を描き、氷弾はその背後を追いかけた。

「知ってる? 人生の九割は、お金で買えるんだよ」

 小柄な体が、上へと高く放り飛んだ。

 ゴシックな黒スカートが翻り、ネブラはバッと両手を広げた。

「魔女ク~イズ! 誰もが持っていて、何よりも大切なもの、なーんだ!」

 両手が振り下ろされ、銀糸の濁流が視界を覆い尽くす。

 圧倒的、物量──ッ!

 アナスタシアは手をかざした。

 青白い冷気が爆ぜ、銀糸は絡み合うまま巨大な氷塊へ変わっていく。

 さらにアナスタシアが指を握り込むと、氷塊は轟音とともに砕けた。

 星のように散る銀片。だが、その向こうにネブラはいない。

 目くらまし──銀の残滓(ざんし)の下、ネブラは低く潜り込んでいた。

「ヒントは時計──ッ!」

 地を舐めるような加速に、互いの距離が一瞬で消えていく。

 アナスタシアの手に蒼光が宿り、形を成したのは透き通る水晶剣。

 振り下ろされる刃の下で、吐息の混じった声がした。

「正解は──じ・か・ん」


 カチッ。


 針の音が聞こえた。

 ──止まっている。

 アナスタシアの動きが、止まっている──ッ!

「二問目! いま、キミの時間を奪おうとしているのは、だれでしょう?」

 ネブラはスカートをたくし上げた。するりと覗く太もも──付け根には黒革の帯が巻かれ、細い小針がびっしりと連なっている。そのうちの一本が引き抜かれると、小針は膨れ上がり、大鉈へと変貌した。

 ──まずい。

 立とうとしたとき、くらりと意識が揺れた。

 こんなときにッ!

「答えは──ネ・ブ・ラ♪」

 大鉈が、アナスタシアに迫った。

 白い首へ、刃先が食い込み──

 

 ザンッ!!!!


 首から上が、斬り飛んだ。

 頭部は銀髪をなびかせ、宙空で半回転していく。

 やがて──

 

 ゴトンッ。


 鈍い音を立て、石床へと落ちた。

 ごろり、ごろごろ。

「ぁ……」

 アナスタシアの、頭が、

 頭が、

「ごめんねぇ。痛ぶってやろうと思ったんだけど、手加減できなかったよ」

 ネブラが何か言っている。

 転がる頭は、俺の前で動きを止めた。

 ごろり。

 挿絵(By みてみん)

「ぇ……」

 指先を伸ばし、触れた。

 冷たい。

 横から伸びたネブラの手が、頭を拾い上げた。

 そして頭を撫で、指の間へさらりと銀髪を通していく。

「この髪、やっぱ良いなぁ。人形にしよう」

 残された胴体は、水晶剣を構えたまま静止していた。

 おかしい。

 何か、おかしい。

 そう、そうだ。

 血が、流れていない。ただの一滴も。

 異変に気づいたのか、ネブラは手にした首を回した。

「ん~……?」

 頭部がぐらりと傾く。その途中で、青い眼球がぎょろりと回った。

 小さく開いていた口が、動き出す。

「首を落とされたのは、ひさしぶりだ」

「うわァッ!」

 ネブラは首を放り投げた。

 ごろり、ごろごろ。

 止まっていた胴体は動きだし、転がる首を雑に拾い上げた。

「キミ……生きてるのかい……」

 胴体の断面から、蒼炎が噴き上がる。

 ぐりぐりと頭がねじ込まれ、裂けた皮膚が継ぎ目を覆っていく。

 蒼炎が完全に消えると、アナスタシアはごきりと首を鳴らした。

「意識の遮断──察するに精神干渉か。最初に使わなかったということは、距離か、発動条件がある。そんなところだろう」

「……なるほどね。変な感じがすると思ったら……キミ、そっち系かぁ」

 ネブラはおどけた仕草で、自分の(でこ)をぴしりと打った。

 ──原理は不明だが、アナスタシアは無事らしい。

「ずるいなぁ。人間じゃないなら、最初に言ってよぉ」

「ふん」

 アナスタシアは鼻を鳴らし、胸に手を当てた。

 白いキャミソールを蒼光が覆い、ドレスの輪郭が織り上げられていく。

 二つ結びを留めていた髪紐もほどけ、銀の長髪が背へと流れた。

 紺碧のドレスの裾が、風を孕んで舞い上がる。

 伏せられていた長いまつ毛が静かに上がり、深海のような瞳が覗いた。

幻想魔典(ヒエログリフ)

 掌の上に現れたのは、一冊の本。氷晶めいた装丁は、見惚れるほどに美しい。

 ネブラは口元に手を当て、左右へ歩きまわっていた。

「想定外……想定外だ。いや、うーん」

「雪原の氷姫(ひょうき)、第一章」

「あ~、ちょっと待った!」

 ネブラは声を張るが、アナスタシアは止まらない。

「眠る蛇は春待たず、雪喰らいて腹満たす」

 開かれた氷晶の本──薄い氷のようなページが、ひとりでに捲られていく。

 本の隙間から、肌を刺すほどの冷気が漏れだした。

「帰ることにするよ。ほら、あれ見て、結界が壊れそうだ」

 ネブラが示したのは、ホームの端──宙に亀裂が走り、虹色の膜が歪んでいる。

「目立つと、()()()()に怒られちゃうしさ」

「這い貪れ、白の災禍──」

 本から噴き出す冷気が、床を白く凍てつかせていく。

 氷霜(ひょうそう)は石床を呑み、柱を這い、崩れたホームの果てまで駆け抜けた。

「ああ、でも勘違いしないでね。僕は負けたわけじゃない──そう、時間がないだけさ」


 ゴゴゴ──。

 

 地面が揺れた。

 下に、なにかいる。

 なにか、途方もなく巨大なものが──ッ!

 後退していくネブラへ、アナスタシアは本を突き出した。

「≪雪葬大蛇(ニヴァリスガンド)≫!」

 叫びが空気を震わせた。

 直後。

 霜に侵された床が、ぐわりと盛り上がった。

 石床を飛び出したのは、白鱗の大蛇。

 うねる巨体。

 琥珀色の双眸。

 牙の並んだ顎。

 ホームを吞むほどの大蛇が身をしならせ、ネブラへ迫る。

 逃げ場はない。

 大蛇が口を開いたとき──ネブラは、不気味に微笑んだ。

 ねっとりと粘つくような笑みが、紫の唇に張りついていた。

「また来るよ──ばいばい」

 

 ダァン──ッ!!!!

 

 大蛇がネブラを呑み込んだ。

 白鱗の巨体が爆ぜ、凍てつく轟風がホームを駆け抜ける。

 霧のような雪煙が、辺りを白く染め上げた。

 視界が晴れていくと──そこに、ネブラの姿はなかった。

 砕けた床の上で、虹色の亀裂だけが揺らめいている。

「……逃げられたか」

 舌打ちするアナスタシアに、俺は小さく声をかけた。

「助かったよ」

「いや、丁度いいときに呼んでくれた。よくやった」

 なぜか感謝されながら、アナスタシアの差し出す手を掴んだ。

 ──くそ、貧血なのか、足元がおぼつかない。

「厄介なやつに目をつけられたな。お前の周りは、なぜこうも変な女ばかりなんだ」

 あなたもその一人なんですけど。

 そう言おうとしたとき、くらりと視界が歪んだ。

 あっ──やっぱ、血が足りな──。

 俺の意識は、深く沈んでいった──。

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