第七十一話「銀天氷葬」
黒金の指輪が強く光を放ち、そして──
パリンッ!
砕け散った。
「えっ」
思わず声をあげた、そのとき──目の前に黒い渦が生まれた。
俺に巻き付いていた銀糸が、渦に触れた端から千切れていく。
ネブラは飛び退いた。
「ふぅん……なにそれ」
黒い渦はゆっくりと降下し、石床へ触れた。
瞬間。
墨を流したような黒煙が広がり、蒼炎が渦巻いた。
何か、出てくる。
「ウォオオオオ!!!!」
野太い咆哮が響いた。
黒い渦は収束していき──現れたのは、手のひらほどの人影。
真っ黒な肌に、アラビアンな白装束。
まん丸い目と、ピンクのぶ厚い唇。
頭には純白のターバン。
──小人だ。不思議なオーラを纏っている。
小人は大きく体を開き、片足を上げた。
そして、足は振り下ろされ──
「ウッ!」
ダンッ!
豪快な音が反響した。
「うぉッ」
「……なんでキミが驚くんだよ。精霊かい……可愛いね」
そういうネブラの顔は、全く笑っていない。いや、笑えないのだ。
この小さいやつ──見た目はチンチクリンだが、内包している魔力が尋常じゃない。
触れたら爆発するのではないか──というほどの質量が、目の前にいる。
小人は足を閉じてから、バッと開いた。
「ハッ!」
力強い足踏みだ。
足を閉じ、開く、閉じ、開く。
「ウッ、ハッ、ウッ、ハッ!」
腕がビシッバシッ、カク、カク。
関節を弾く舞踏が続いていく。
「うるさいよ」
ネブラが手をかざすと、小人に銀糸が巻き付いた。
しかし──巻き付いた糸がはじけ飛んだ。
「ッ!」
舞いは止まらない。
小人の首は左右に跳ね、体の動きが速くなっていく。
「ウッハッ、ウッハッ、ウッハッ!」
魔力が、膨れ上がっていく──ッ!
「撲殺者!!!!」
叫んだネブラの背後から、小人めがけて鉄球が飛んだ。
巨大な鉄球が、小人の姿を呑み込んでいく。
潰れた──そう思った瞬間、鉄球が弾き返された。
「ウー、ハッ!」
小人は勢いよく宙へ飛び、両手を打ち合わせた。
パンッと小さな体は崩れ、黒い渦となっていく。
渦は空中に大きな輪を描いた。その内側は深く、暗い闇。
ずるり。
白い手が、闇から這い出た。
音もなく手は開かれ──その内に、魔素が収束していく。
やがて、青白い光球となり──
ダァン──ッ!!!!
蒼き閃光が放たれた。ネブラへ、一直線に──ッ!
重騎士が割って入り、長盾が激しく火花を散らす。
だが、盾は腕ごとはじけ飛んだ。閃光は止まらない。
「わおっ」
ネブラは横へ跳び、腕を乱暴に前へ振った。
石床を抉るほどの踏み込みで、重騎士が猛進してくる。
その間にも、白い手は闇をかき分けていた。
掌から腕へ、腕から肩へ──垂れた肩紐、白いレースから覗く胸元、フリルがついた短い裾。
ほのかに薔薇が香ったとき、青い瞳が深淵から覗いた。
見慣れた銀の長髪は、なぜかツインテールだ。
眼前まで迫った重騎士は腰を回し、円柱鈍器を深く引いた。
まずい──立とうとすると、腹の傷が痛んだ。
「っ……アナスタシア」
「じっとしていろ」
いつもと変わらぬ、静かな声色だった。
横薙ぎが、来る──ッ!
轟ッ!
凄まじい風圧に、顔を背けた。
しかし、衝撃は来ない。
顔を上げると──アナスタシアの細い手が、円柱鈍器を受け止めていた。
掌には蒼炎がゆらめいている。
重騎士の足元で、石床がバギリと沈んだ。
アナスタシアは何事もないかのように、もう片方の手をゆらりと上げた。
前方の虚空へ、青白い魔の奔流が雪崩れ込んでいく。
「北の果てに墓標なし。骸は夜に溶け、祈りは天に帰す」
錬成されたのは、極大の氷塊。
「嗚呼、帰らぬ者よ。汝の業は銀花に散っていく」
氷の表層に稲妻が駆け抜け、荒い輪郭が削り落とされていく。
剥がれ、研ぎ澄まされ、鋭さを増していく。
重騎士の背が蠢いた。二本の戦斧が振り下ろされる。
だが、届かない。氷塊を包む稲妻が爆ぜ、戦斧ごと腕を弾いた。
荒れ狂う渦中に顕現したのは、一本のツララ──否、それは弩級の氷槍だった。
アナスタシアの人差し指が、重騎士に向かい──
「白夜に名を刻め──≪銀天氷葬≫!」
指先に、蒼が煌いた。
爆発的、射出──ッ!
ダァン──ッ!!!!!!!!
氷槍は砲弾の如く、重騎士の腹部をえぐり貫いた。巨体ははじけ飛び、石床を削っていく。
重騎士は石柱に叩きつけられた。
ネブラはそれに目をくれることなく、じっとアナスタシアを見つめている。
アナスタシアは指先を吹き、表情なく問うた。
「お前、何者だ」
「ものすご~く、こっちのセリフなんだけど……キミ、だれ?」
「私は、アナスタシア──この膝をついている、情けない男の下僕だ」
ネブラは片手で口元を覆った。指の隙間から覗く紫の唇は、妖しく吊り上がっていた──。




