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World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第三章「星詠みの巫女」

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第七十話「使いたくなかった」

 多腕の重騎士は、鉄球付きの鎖を二本引きずっていた。

 じゃらりと振り回し、からの投擲──ッ!


 轟ッ!


 唸りを上げ、二つの鉄球が飛んでくる。

 俺は後ろへ跳んだ。


 ドンッ!

 

 前方の床が陥没し、濃密な石塵が辺りを覆う。

 直後、重騎士が煙を裂いた。

 距離を潰す超加速──速い──ッ!

 多腕の一本から、長槍が突き出される。

 体をひねり、かわす。重騎士は踏み込み、上段から大斧を振り下ろす。

 回避──だが左から、円柱鈍器の横薙ぎが迫る。

「ッ!」

 避け切れない。

 瞬時に右へ飛び、身を固めた。

 強烈な衝撃が腕を打ち、身体が宙へ弾き飛んだ。

 石床を跳ねるように転がり、そのまま柱の陰へ滑り込んでいく。

「く……ッ……」

 凄まじいパワーだ。

 衝撃を逃していなければ、いまの一撃で終わっていただろう。

 立ち上がろうとした瞬間、胃の奥から吐瀉物(としゃぶつ)が込み上げた。

「おぇ……ッ……飲みすぎたな……」

 こんな時にだるい体が恨めしい。

 口元を拭い、柱の陰から先を覗いた。

 ──身長三、四メートルはあるだろうか。

 漆黒の装甲に包まれた重騎士が、がちゃり、がちゃりと歩いてくる。

 その後ろでは、ネブラが踊るように体を揺らしていた。

「どこいったのかなぁ。ふふ」

 ──厄介だ。

 あの重騎士、接近戦のパワーは魔獣並。

 円柱鈍器はたいした速さじゃない。問題なのは、背についた六本の多腕だ。

 二本の大斧が速度を補うように振るわれ、距離をとれば槍が伸びる。

 さらには鎖付きの鉄球──たしか名称は、フレイルだったか。飛び道具まで持っているときた。

 対する俺は素手。武器は、さっき拾った小石の残骸。

 よくない状況だ。

 選択肢は三つ──戦う、逃げる、助けを呼ぶ。

 ──よし。

 俺は、石柱を背に走り出した。

「みーつけた」

 不気味な声とともに、背後から鉄球が飛んでくる。

 大きく跳んでかわし、さらに奥へ。

 階段の前まで行くと、異質な気配を感じた。

 ──膜だ。

 虹色の油膜にも似た何かが、行く手を遮るように張られている。

 俺は、懐に入れていた小石を投げた。

 それは音もなくすり抜け、奥へ。

 後ろには、もう脅威が迫っている。

 ──行くしかない。

 俺は、虹色の膜へと飛び込んだ。

 その先に広がっていたのは──陥没した床と、半壊した駅のホーム。

「これは……」

 奥に視線を向けると、背を向けた少女──ネブラがいた。

 彼女は振り返ると、にぃっと微笑んだ。

「ああ、戻ってきたんだ」


 ズン、ズン。


 ほの暗い奥から、重騎士がゆっくりと歩いてくる。

「反撃したっていいんだよ……羊さん」

 どうやら、逃げるのは無理らしい。

 ──さて、どうするか。

 考えている間に、重騎士は距離を詰めてきた。

 鈍器の振り下ろし──ッ!

 横へ飛び、回避。追うように斧が降ってくる。

 後ろへ跳んだ。瞬間に、長槍の追撃。

 

 ダン、ダン、ダン!!!!

 

 猛攻を紙一重で避けつつ、思考を巡らせた。

 ──何か。突破口は、何かないか。

 重騎士の弱点は、どこにある。

 観察していると──黒鎧の背後に、薄い糸が巡っていることに気づいた。

 魔力が流れる糸──動力は、あれか。

 後ろにいるネブラは、大きく腕を振るった。

「ふふ、ダンスがうまいね。死なないでね……持って帰りたいから」

 推測でしかないが──重騎士はただの人形、操作しているのはネブラだ。

 背後の糸を切るか──いや、素手で切れる強度ではない。

 重騎士をぶっ壊す──拳で?

 ネブラ本体を叩く──先ほどの、嫌な感じが拭えない。

 選択肢は多くない。このまま考えていても、じり貧だ。

 女を殴るのは趣味じゃないが……

「やってみるかッ!」

 俺は地面を蹴った。前へッ!

「ああ、そう来るんだ」

 重騎士が立ちふさがった。

 六本の腕が唸り、豪雨の如く重撃が降ってくる。

 速い。今まで加減していたのか。

 しかし、

思考加速(アクセル)──ッ!」

 速さは、俺の方が上だ。

 景色が鈍る。

 振り下ろされる大斧。

 迫る槍先。

 飛び散る破片まで鮮明に見える。

 直感で分かる──チャンスは一回。

 全身に力を込める、ありったけ。

 筋肉が引きつるほどの負荷に、全身が悲鳴を上げた。

 速く。

 もっと速く。

 もっと──ッ!

 爆発的加速。重騎士の脇を抜け、ネブラの紫髪が見えた。

 踏み込み。

 腰を回す。

 すべての力を、拳へ。

 全力で、ぶん殴るッ!!!!!!!!

 止まる世界の中で、ネブラの唇が、ゆっくりと吊り上がった。


 カチッ。


 針の音が、聞こえた。

 目を閉じ、開いたとき。

「……あッ?」

 俺は、床に膝をついていた。

 ──何が起きた。

 そう思った直後、下腹部から焼けるような激痛。

 確かめるように手を伸ばすと、指先に血がべとりとついた。

 小ぶりの短刀が、腹に突き刺さっている。

 遅れていた痛覚が、一気に押し寄せた。

「ぐァア゛ッ……!」

 いつのまにか、ネブラが俺を見下している。

「ふふ、惜しかったね。楽しかったよ……お兄さん」

 ネブラは翡翠の瞳を細め、俺の頬を撫でた。

 恐ろしく冷たい手だ。

 指先からしゅるりと音がすると、銀糸が身体へまとわりついてきた。

「安心して、殺さないから……帰ったら、もっと遊ぼうね」

 体が動かない、

 どうする。

 血の這いあがる口内から、浅く息が漏れた。

 情けない、

 いつもそうだ。

 誰かに助けてもらわなければ、自分のことすら守れない。

 挙句の果てに、

 ()()()()()()()()()()

 俺は、

 こんなにも弱い。

 挿絵(By みてみん)

「──たくなかった」

「んっ?」

「使いたく、なかった……」

 奥歯を噛みしめ、言葉を絞り出した。

 震える左手、人差し指に嵌められているのは──黒金の指輪。

 魔力に呼応するように、指輪の蒼石が淡く輝いた。

 耳の奥で蘇ったのは、冷ややかで、透き通る声。

『お前に死なれると面倒なんだ』

 俺は拳に力を込めた。

 そして──持てる限りの魔力を、指輪へ叩き込んだ。

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