第六十八話「地上の楽園」
ギルド残火の灯、受付にて。
「ご苦労さまでした」
長い金髪を揺らし、エリンは微笑んだ。
「ありがとうございます。また良いクエストが入ったら、教えてくれると助かります」
「もちろん。仕事はたくさんあるので、本当に助かります」
フィオナは俺の肩口に顎をのせ、唇を尖らせた。
「つまんな~い。簡単なクエストばっかだし、報酬も安いし~」
彼女が退屈するのも無理はない。ここ数日の仕事は、農家の手伝いに薬草採取。街道の巡回にしても、魔物の姿はほとんど見かけない。冒険者の仕事というより、普通のアルバイトだった。
「そういうことは、もっと数をこなしてから言いなさい」
「ぶーぶー」
「仕事というものは、信用と責任が大切なの」
いくつかクエストをこなしたとはいえ、俺たちは新人である。実績が少ない者に、難度の高い仕事を回すわけにはいかないのだろう。
「まずはランクを上げないとな。昇級って、どれぐらいかかるものなんですか」
「早い人だと、Dランク昇級に一年……Cランクまで数年といったところでしょうか」
先は長そうだ。そう思う一方で、俺は安堵した。
Cランクに上がれば、獣国ルプスガンに、戦場に赴かなければならない。
「ふん、すぐに上げてやるもんねっ」
フィオナは胸を張り、大股で歩きだした。
──なんとか昇級を引き延ばして、紛争が終わるのを待とう。
「昇級試験を受けられるようになりましたら、すぐにお伝えしますね」
「お願いします。それじゃあ、また」
「ええ。またのお越しをお待ちしております」
エリンに見送られ、ギルドから出ると──
外には夕陽が差し、遠くの空は薄闇に沈みはじめていた。
ポンッ。
フィオナの胸元から軽い音がした。ギルドタグの通知音だ。
「あっ。もうお店にいるみたい」
これから俺たちは、ポーニャたちと夕飯を共にする予定だった。メンバーは獣人の二人に加え、妖精族のピピ、そして窮地を救ってくれたユンファ。旧坑道クエスト組、再結集である。
「串焼き食べ放題だって!」
「絶対うまいやつじゃん」
「お店の名前は、グランドエデン──中央都市区南の方みたい」
「たしか、ギルドがあるのが北だから……ここから反対か、遠いな」
「クラちゃんが、列車に乗ればすぐだよぉ~、って言ってる」
「街に列車なんてあったっけ」
エンバータウンに来て三週間ほどになるが、街を走る列車など一度も見かけていない。
「ていうか、列車ってなに」
「めっちゃ速い馬車……みたいなもんかなぁ」
「へぇ~っ」
そんな話をしながら中央都市区を歩いた。
フィオナに続いて角を曲がると、現れたのは石造りの大きな建物。正面には半円形の屋根があり、入口の上では白文字が光を放っている。
“星環軌道列車・中央都市区北口”
──駅だ。
だが、周囲に線路は見当たらない。
中へ入ると、正面の広間から地下へ続く階段が伸びていた。
「地下だ!」
フィオナの声が奥へと反響した。
──なるほど、地下鉄か。道理で今まで見かけなかったわけだ。
階段を下りると、白い石柱が並ぶ空間が広がっていた。石柱の横にはランタンが取り付けられており、あたりを優しく照らしている。
通路の途中には、改札口らしき場所があった。
黒曜石のような艶を持つ機械が並び、その間を透明なガラスの扉が塞いでいる。正面には手のひらほどの窪みがあり、その下には何かを差し込む投入口があった。改札機のようだ。
フィオナが扉をコン、コンと叩いた。
「これ、どうやって通るんだろ」
「あー……たぶん、あれだな」
俺は、横にあった券売機らしき機械を示した。
上方には路線図が描かれており、中央の星冠樹を中心にいくつもの駅名が円を描いている。
ポォンッ。
音が鳴った方を見ると──杖をついた老爺が、銀色のカードを改札機の窪みへ触れさせていた。
ガラス扉は音もなく左右へ開き、老爺は中へと歩いていく。
「おお~」
フィオナは改札機を興味深そうに触っていた。
「銀庫カードでもいけるみたいだな」
改札機の上には丸時計と横長の時刻表があり、薄緑の文字で発車時刻が光っている。
一番 17:20 内回り(セントラル西方面)
二番 17:25 外回り(セントラル東方面)
三番 17:22 第一環(白星宮方面)
四番 17:26 第六環(ゲート方面)
「行先は南だから……内か外、どっちでも行けそうだ。一番のやつでいこう」
人がまばらに行き交う通路を抜け、階段を下りていく。
やがて、一番ホームについた。
ホームも白い石柱に支えられており、端には赤い線が引かれている。
左右には暗いトンネルが口を開けていた。
フィオナはホームから身を乗り出し、トンネルを覗き込んだ。
「こらこら、危ないよ」
「え、なにが」
首を傾げる彼女の手を引いたとき、なにか違和感を覚えた。
──線路が、ない。
『軌道列車、間もなく一番ホームに到着します。赤線の内側までお下がりください』
女性のアナウンスが流れた。
ゴォォ──ッ!
低い唸りがトンネルの奥から響いた。
光を放って現れたのは、白銀色の列車。猛烈な勢いで滑り込んでくる。
水色の長髪が風に舞い、フィオナは髪を押さえた。
「おおっ」
車輪は見当たらない。細長い車体は音もなく速度を緩め、浮いたまま静止していく。
金の装飾が走った扉が静かに開くと、フィオナの表情が華やいだ。
「ワクワクするね!」
「そうだな」
車内へ足を踏み入れると、ゆとりのある空間が広がっていた。木目の美しい机と革張りの座席が並び、天井からは暖かな光が落ちている。高級ホテルのラウンジを思わせる、落ち着いた空間だ。
フィオナは窓際に腰掛け、俺もその横に座った。
『まもなく発車いたします。扉が閉まりますので、ご注意ください』
アナウンスが終わった後、低い駆動音が聞こえた。走り出したようだ。
不思議と揺れはなく、椅子もソファのように柔らかい。
フィオナは窓枠に手をつき、流れていく壁の明かりをじっと見ていた。
大きな街だと思ってはいたが、地下に交通網まであるとは……まるで東京だな。
──。
『──まもなく、セントラル南。グランドエデン前、グランドエデン前──』
遠くから滲むように、案内の声が聞こえる。
いつの間にか眠っていたようだ。
「見て、光ってる!」
フィオナの声に、重たい瞼を開けると──窓の外は明るかった。
夜空を彩っているのは、花火のように咲き誇る無数の光。鮮やかな光が夜空を舞い、環航船がその合間を滑るように飛んでいる。
地上には、光に照らされた大通りがどこまでも伸びていた。
周囲には豪奢な高層建築が立ち並び、無数の灯りが夜を嫌うように照らしている。
中心には巨大な噴水と女神像があり、その奥にはコロシアムを思わせる円形建築が見えた。
黄金の光は果てしなく広がり、人で溢れる街は生物のように脈打っている。
入口には、大きな旗が夜風にはためいていた。
“王国最大級のリゾート・地上の楽園へようこそ!”
「グランドエデン──店の名前じゃなかったのか」
人の流れに押されるようにホームへ降りると、熱気が押し寄せた。
ざわめきに混じって陽気な演奏が聞こえる。
人波に乗り改札を出ると、大通りだった。両脇には飲食店、商業施設が立ち並んでおり、白い石畳はどこまでも続いている。
立ち止まっていると、男性スタッフが小冊子を差し出してきた。
「こちらパンフレットです。よければどうぞ!」
「ありがとうございます」
──現在地は南。北にコロシアム、東には賭博場、西にはレストランとホテル街。
かなり広いな。
パンフレットを見ていると、フィオナの腹が鳴った。
「お腹すいたぁ~」
「だな、早く合流しよう。みんなどこにいるんだ」
「んーと、グランプリホールだって」
「グランプリホールは……カジノエリアか」
パンフレットの案内に従い、俺たちは東エリアへ向かった。
大通りを進むにつれて、街の雰囲気が少しずつ変わっていく。道沿いの街灯は落ち着いた色から派手な赤や紫へと変わり、白い石畳の上には色とりどりの光が揺れている。
やがて、ひときわ大きな建物が現れた。黒と金を基調にした正面には太い柱が並び、その上には竜の彫像が翼を広げている。外壁には硬貨と星の紋様が刻まれており、きらきらと輝いていた。
帽子を被った紳士、赤いドレスの淑女、仮面をつけた獣人──誰もが浮き立った顔をしている。
“カジノ・グランプリホール”
光を放つ看板の下に、俺たちは足を踏み入れた。
ジャララララッ!
弾ける音が耳を打った。
あちこちでマシンが甲高い音を鳴らし、金銀の貨幣を吐き出している。
星屑のような光が巡る巨大なルーレット。
七色の光球が弾けるピンボール。
絵柄が宙を駆ける幻想的なスロット。
カード片手に円卓を囲む客たちだけでなく、ファンタジックな機械がひしめいている。
「おぉーっ!」
フィオナがあたりを見渡し、感嘆の声をあげた。
中は、外から見た以上に広い。
金糸が織り込まれた赤い絨毯が床一面に敷かれ、天井には水晶がいくつも吊るされている。
奥には酒場らしきカウンターもあり、銀盆を持った給仕たちが人混みをすり抜けていた。
「あっ、中央ホールにいるって言ってる」
「んー……たぶん向こうかなぁ」
金、酒、香水の匂いが漂う中を歩いていくと──吹き抜けのある大ホールについた。
中心には、巨大な立体映像が浮かんでいる。
映っているのは、
「ドラゴンだ!」
そういってフィオナは目を輝かせた。
『さぁ、スカイグランプリ最終周! 先頭は焔竜ベイルージュ! その後ろからは蒼竜セイラン、さらには轟竜ローレライが追っている!』
実況の声が響いた瞬間、観客席が爆発したように沸いた。
赤、青、黄──三色の飛竜たちが青空を切り裂き、雲の中をくぐり、浮遊する岩をすり抜け、翼を畳んで急降下していく。
よく見れば、その背には鎧を纏う騎手もいる。
壁際の大画面には賭けの倍率が表示され、周囲の客席は人で溢れかえっている。
さらに二階、三階には手すりに囲まれた回廊が巡り、豪華なテラス席が並んでいた。
「これは、見つけるのに苦労しそう──」
「そこやぁぁぁ!! クソバカいったれぇえええええええ!!!!」
上から聞こえたのは、関西弁の女声。
声の方を見ると──黒い三つ編みを両肩に揺らす少女が、手すりから飛びだしそうなほど叫んでいた。
胡散臭い丸サングラスに、赤金の縁取りがされた紺の長衣──間違いない。
「あれ、ユンファちゃんだ!」
「わかりやすくて助かる」
荒ぶるユンファのもとへ向かうと、みなは半円形のソファ席でくつろいでいた。
ポーニャは黒いパーカー姿で酒をあおっている。茶色の短髪から覗く猫耳が、ぴくりと動いた。
「遅かったな」
「まってたよぉ~」
クラリッサは茶色と白のワンピース姿で、串焼きをうまそうに頬張っていた。桃色の巻き毛の隙間から、ピンクの牛耳がぱたぱたと揺れている。
「もうすぐ最終コーナーよ!」
ピピは白いブラウス姿だ。桃と黄色の二色髪は、今日はまっすぐに下ろされている。妖精の翅は見えず、収納されているらしい。
俺とフィオナは、クラリッサとピピの間に入れてもらった。
『まもなく最終コーナー! 決着は目前です!』
実況の声が響き、観客は湧き上がっている。
「はじめて見るけど、迫力あるね」
「知らなかったのぉ?」
クラリッサが首を傾げると、ポーニャが口を開いた。
「浮遊帝国エルグランド名物──“スカイグランプリ”、通称ドラゴンレース。全国放送の定番競技だな」
「へぇ」
「机の画面をいじれば、賭けも出来るぞ」
前にある長机には画面が埋め込まれており、料理のメニューや出走竜の倍率が映っている。横には貨幣の投入口と、カード認証端末も備え付けられていた。
ようするに、競馬のドラゴン版か。
「軽くやってみるか」
「私も!」
身を乗り出したフィオナの肩を、ユンファが静かに掴んだ。いつのまに。
「人生はな……ギャンブルや。でかく賭けた奴が、でかい見返りを貰えんねん」
なんか、深いことを言ってる気がする。
「おっけー、いっぱい賭ける! 緋色、お金ちょうだい!」
「うん。一万までね」
フィオナに銀貨を渡したあと、長机の画面を覗いた。
メニュー欄には、肉から魚、甘味までずらりと並んでいる。
「料理も頼んじゃおうか」
「黒豚の串が美味いぞ」
ポーニャがそういうと、フィオナが指を三本立てた。
「じゃあ、それ三十本!」
「絶対飽きるって。黒豚十本と、盛り合わせとかにした方が──」
「じゃあ、それで!」
「飲み物は──」
「強いやつ!」
強いやつ、強いやつ、雷竜酒(五十五度)──これにしよう。
俺はサンライズピーチ(十五度)っと。
日和っているわけではない……最初は軽い酒で体を慣らしていく。飲み会の常識だ。
誰かに言い訳をしつつ画面を操作していると、クラリッサが近づいてきた。
「私もミルクゥ~」
「了解」
あらためて見るとデカい、色々と。
「あ……近いので、離れてもらって……うまく操作できない」
えへへと笑うだけで、クラリッサは離れようとしない。この人、すでに酔っ払いだ。
「ユンファさんは何に──」
「うおー! そこや、刺せッ! 轟竜二位とらんかったらぶっ飛ばすでホンマ!!」
聞いてない。
「ピピは──」
立体映像を祈るように見つめている。真剣だ。
「適当に頼んでおきますね」
注文が終わると、実況が盛り上がった。
『来ました最終コーナー! 最後の一直線、どうなる!』
空に赤い軌跡を描く焔竜へ、青の蒼竜が猛追。外から黄色の轟竜も一気に加速し──
『焔竜先頭! 蒼竜並ぶ! 轟竜も来た! 三頭並んだ! ゴールは目前だ!』
竜たちは咆哮を上げ、宙に浮かぶ巨大なリング──ゴールへ突き進んでいく。
そして、いま──決着の時。
『ゴォォオオオオオオル!! 一着は焔竜、二着は蒼竜、三着は轟竜~!!!!』
「やった~!」
ピピは背から妖精の翅を広げ、立ち上がって拍手した。
「勝ったのか」
「うん! 十万プラスよ!」
「すごいな」
今にも踊り出しそうなピピの向こうで、
「うそや、ありえへん」
ユンファは崩れ落ちていた。
「直近三カ月のレースを比較して割り出したウチの三連単が……今月の、家賃が……」
ギャンブルは身を滅ぼす──実例を見るのは初めてだ。
料理が届いたあと、フィオナが乾杯の音頭をとった。
「クラちゃん、Cランク昇級おめでとぉー! チーラ!」
「みんな、ありがとうねぇ~」
前回のクエストでクラリッサは昇級していた。
今日の飲み会は、お祝いパーティも兼ねているのだ。
グラスを置くと、ピピが口を開いた。
「みんなは、しばらく街にいるの?」
「俺たちはその予定だけど、ポーニャたちはランクが上がったら出発──って言ってたよな」
「私たちは、お金ないんだぁ~」
呂律の回らぬ声で、クラリッサはそう言った。
ポーニャはばつの悪い顔をしている。
「平時なら獣国行きの列車があるから、金はたいして必要ないんだがな」
「この街、ほんとに何でもあるな」
「東には波止場もあって、客船なんかも行き交ってるぞ」
そういえば、街中にデカい水路をよく見かける。港に繋がっているのか。
「関門で金もかかるだろうし、路銀を貯めないといかん」
「蒼竜が一位だったら、お金増えてたのになぁ~」
クラリッサも賭けていたらしい。
「無駄遣いしやがって……」
そういうポーニャの横では、ユンファが黙々と肉を口に放り込んでいた。
……そっとしておこう。
「また一緒に仕事しようぜ、みんなでさ。ピピも行くよな」
「ええ、予定が合えば」
「何のクエストやる!?」
意気揚々とするフィオナの横で、ポーニャは気まずそうな顔をした。
「そうしたいところだが……オレたちは、長期依頼を受けたんだ」
「なにやるの?」
「学校の先生だよぉ~、えへへ」
クラリッサはふにゃりと笑った。
「ふたりが、先生……」
うまく想像できない。
「あっ、できないと思ってる顔だぁ~」
「いや……なんか意外だなと」
そういうと、ポーニャの顔は少し赤まった。
「先生といっても臨時講師だ。戦闘学科だから、学問は教えない。あと──こいつはオレの助手だから、先生じゃないぞ」
「えぇ~っ、私も先生がいいよぉ~」
「全力で斧を振るしか能がないのに、何を教えるんだよ」
ダンッ。
ユンファが机を叩いた。
「……何事も気合や。気合さえあれば乗り越えられる」
勢いよくユンファは立ち上がり、叫んだ。
「宴や! 死ぬまで呑むで! 強いの持ってこんかーい!!!!」
「おおーっ!」
フィオナとクラリッサはグラスを突き上げた。
ポーニャは呆れたように目を細め、ピピはくすりと笑っている。
今日は、長い夜になりそうだ。
俺はグラスを手に取り、夕焼け色の酒を飲み干した──。




