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World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第三章「星詠みの巫女」

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第六十八話「地上の楽園」

 ギルド残火の灯(エンバートーチ)、受付にて。

「ご苦労さまでした」

 長い金髪を揺らし、エリンは微笑んだ。

「ありがとうございます。また良いクエストが入ったら、教えてくれると助かります」

「もちろん。仕事はたくさんあるので、本当に助かります」

 フィオナは俺の肩口に顎をのせ、唇を尖らせた。

「つまんな~い。簡単なクエストばっかだし、報酬も安いし~」

 彼女が退屈するのも無理はない。ここ数日の仕事は、農家の手伝いに薬草採取。街道の巡回にしても、魔物の姿はほとんど見かけない。冒険者の仕事というより、普通のアルバイトだった。

「そういうことは、もっと数をこなしてから言いなさい」

「ぶーぶー」

「仕事というものは、信用と責任が大切なの」

 いくつかクエストをこなしたとはいえ、俺たちは新人である。実績が少ない者に、難度の高い仕事を回すわけにはいかないのだろう。

「まずはランクを上げないとな。昇級って、どれぐらいかかるものなんですか」

「早い人だと、Dランク昇級に一年……Cランクまで数年といったところでしょうか」

 先は長そうだ。そう思う一方で、俺は安堵した。

 Cランクに上がれば、獣国ルプスガンに、戦場に赴かなければならない。

「ふん、すぐに上げてやるもんねっ」

 フィオナは胸を張り、大股で歩きだした。

 ──なんとか昇級を引き延ばして、紛争が終わるのを待とう。

「昇級試験を受けられるようになりましたら、すぐにお伝えしますね」

「お願いします。それじゃあ、また」

「ええ。またのお越しをお待ちしております」

 エリンに見送られ、ギルドから出ると──

 外には夕陽が差し、遠くの空は薄闇に沈みはじめていた。


 ポンッ。


 フィオナの胸元から軽い音がした。ギルドタグの通知音だ。

「あっ。もうお店にいるみたい」

 これから俺たちは、ポーニャたちと夕飯を共にする予定だった。メンバーは獣人の二人に加え、妖精族(フェアリー)のピピ、そして窮地を救ってくれたユンファ。旧坑道クエスト組、再結集である。

「串焼き食べ放題だって!」

「絶対うまいやつじゃん」

「お店の名前は、グランドエデン──中央都市区(セントラル)南の方みたい」

「たしか、ギルドがあるのが北だから……ここから反対か、遠いな」

「クラちゃんが、列車に乗ればすぐだよぉ~、って言ってる」

「街に列車なんてあったっけ」

 エンバータウンに来て三週間ほどになるが、街を走る列車など一度も見かけていない。

「ていうか、列車ってなに」

「めっちゃ速い馬車……みたいなもんかなぁ」

「へぇ~っ」

 そんな話をしながら中央都市区(セントラル)を歩いた。

 フィオナに続いて角を曲がると、現れたのは石造りの大きな建物。正面には半円形の屋根があり、入口の上では白文字が光を放っている。

 “星環軌道列車・中央都市区(セントラル)北口”

 ──駅だ。

 だが、周囲に線路は見当たらない。

 中へ入ると、正面の広間から地下へ続く階段が伸びていた。

「地下だ!」

 フィオナの声が奥へと反響した。

 ──なるほど、地下鉄か。道理で今まで見かけなかったわけだ。

 階段を下りると、白い石柱が並ぶ空間が広がっていた。石柱の横にはランタンが取り付けられており、あたりを優しく照らしている。

 通路の途中には、改札口らしき場所があった。

 黒曜石のような艶を持つ機械が並び、その間を透明なガラスの扉が塞いでいる。正面には手のひらほどの窪みがあり、その下には何かを差し込む投入口があった。改札機のようだ。

 フィオナが扉をコン、コンと叩いた。

「これ、どうやって通るんだろ」

「あー……たぶん、あれだな」

 俺は、横にあった券売機らしき機械を示した。

 上方には路線図が描かれており、中央の星冠樹を中心にいくつもの駅名が円を描いている。


 ポォンッ。


 音が鳴った方を見ると──杖をついた老爺が、銀色のカードを改札機の窪みへ触れさせていた。

 ガラス扉は音もなく左右へ開き、老爺は中へと歩いていく。

「おお~」

 フィオナは改札機を興味深そうに触っていた。

「銀庫カードでもいけるみたいだな」

 改札機の上には丸時計と横長の時刻表があり、薄緑の文字で発車時刻が光っている。

 

 一番 17:20 内回り(セントラル西方面)

 二番 17:25 外回り(セントラル東方面)

 三番 17:22 第一環(白星宮方面)

 四番 17:26 第六環(ゲート方面)

 

「行先は南だから……内か外、どっちでも行けそうだ。一番のやつでいこう」

 人がまばらに行き交う通路を抜け、階段を下りていく。

 やがて、一番ホームについた。

 ホームも白い石柱に支えられており、端には赤い線が引かれている。

 左右には暗いトンネルが口を開けていた。

 フィオナはホームから身を乗り出し、トンネルを覗き込んだ。

「こらこら、危ないよ」

「え、なにが」

 首を傾げる彼女の手を引いたとき、なにか違和感を覚えた。

 ──線路が、ない。

『軌道列車、間もなく一番ホームに到着します。赤線の内側までお下がりください』

 女性のアナウンスが流れた。


 ゴォォ──ッ!


 低い唸りがトンネルの奥から響いた。

 光を放って現れたのは、白銀色の列車。猛烈な勢いで滑り込んでくる。

 水色の長髪が風に舞い、フィオナは髪を押さえた。

「おおっ」

 車輪は見当たらない。細長い車体は音もなく速度を緩め、浮いたまま静止していく。

 挿絵(By みてみん)

 金の装飾が走った扉が静かに開くと、フィオナの表情が華やいだ。

「ワクワクするね!」

「そうだな」

 車内へ足を踏み入れると、ゆとりのある空間が広がっていた。木目の美しい机と革張りの座席が並び、天井からは暖かな光が落ちている。高級ホテルのラウンジを思わせる、落ち着いた空間だ。

 フィオナは窓際に腰掛け、俺もその横に座った。

『まもなく発車いたします。扉が閉まりますので、ご注意ください』

 アナウンスが終わった後、低い駆動音が聞こえた。走り出したようだ。

 不思議と揺れはなく、椅子もソファのように柔らかい。

 フィオナは窓枠に手をつき、流れていく壁の明かりをじっと見ていた。

 大きな街だと思ってはいたが、地下に交通網まであるとは……まるで東京だな。

 

 ──。

 

『──まもなく、セントラル南。グランドエデン前、グランドエデン前──』

 遠くから滲むように、案内の声が聞こえる。

 いつの間にか眠っていたようだ。

「見て、光ってる!」

 フィオナの声に、重たい瞼を開けると──窓の外は明るかった。

 夜空を彩っているのは、花火のように咲き誇る無数の光。鮮やかな光が夜空を舞い、環航船がその合間を滑るように飛んでいる。

 地上には、光に照らされた大通りがどこまでも伸びていた。

 周囲には豪奢な高層建築が立ち並び、無数の灯りが夜を嫌うように照らしている。

 中心には巨大な噴水と女神像があり、その奥にはコロシアムを思わせる円形建築が見えた。

 黄金の光は果てしなく広がり、人で溢れる街は生物のように脈打っている。

 入口には、大きな旗が夜風にはためいていた。

 “王国最大級のリゾート・地上の楽園(グランドエデン)へようこそ!”

「グランドエデン──店の名前じゃなかったのか」

 挿絵(By みてみん)

 人の流れに押されるようにホームへ降りると、熱気が押し寄せた。

 ざわめきに混じって陽気な演奏が聞こえる。

 人波に乗り改札を出ると、大通りだった。両脇には飲食店、商業施設が立ち並んでおり、白い石畳はどこまでも続いている。

 立ち止まっていると、男性スタッフが小冊子を差し出してきた。

「こちらパンフレットです。よければどうぞ!」

「ありがとうございます」

 ──現在地は南。北にコロシアム、東には賭博場(カジノ)、西にはレストランとホテル街。

 かなり広いな。

 パンフレットを見ていると、フィオナの腹が鳴った。

「お腹すいたぁ~」

「だな、早く合流しよう。みんなどこにいるんだ」

「んーと、グランプリホールだって」

「グランプリホールは……カジノエリアか」

 パンフレットの案内に従い、俺たちは東エリアへ向かった。

 大通りを進むにつれて、街の雰囲気が少しずつ変わっていく。道沿いの街灯は落ち着いた色から派手な赤や紫へと変わり、白い石畳の上には色とりどりの光が揺れている。

 やがて、ひときわ大きな建物が現れた。黒と金を基調にした正面には太い柱が並び、その上には竜の彫像が翼を広げている。外壁には硬貨と星の紋様が刻まれており、きらきらと輝いていた。

 帽子を被った紳士、赤いドレスの淑女、仮面をつけた獣人──誰もが浮き立った顔をしている。

 “カジノ・グランプリホール”

 光を放つ看板の下に、俺たちは足を踏み入れた。


 ジャララララッ!

 

 弾ける音が耳を打った。

 あちこちでマシンが甲高い音を鳴らし、金銀の貨幣を吐き出している。

 星屑のような光が巡る巨大なルーレット。

 七色の光球が弾けるピンボール。

 絵柄が宙を駆ける幻想的なスロット。

 カード片手に円卓を囲む客たちだけでなく、ファンタジックな機械がひしめいている。

「おぉーっ!」

 フィオナがあたりを見渡し、感嘆の声をあげた。

 中は、外から見た以上に広い。

 金糸が織り込まれた赤い絨毯が床一面に敷かれ、天井には水晶がいくつも吊るされている。

 奥には酒場らしきカウンターもあり、銀盆を持った給仕たちが人混みをすり抜けていた。

「あっ、中央ホールにいるって言ってる」

「んー……たぶん向こうかなぁ」

 金、酒、香水の匂いが漂う中を歩いていくと──吹き抜けのある大ホールについた。

 中心には、巨大な立体映像が浮かんでいる。

 映っているのは、

「ドラゴンだ!」

 そういってフィオナは目を輝かせた。

『さぁ、スカイグランプリ最終周! 先頭は焔竜ベイルージュ! その後ろからは蒼竜セイラン、さらには轟竜ローレライが追っている!』

 実況の声が響いた瞬間、観客席が爆発したように沸いた。

 赤、青、黄──三色の飛竜たちが青空を切り裂き、雲の中をくぐり、浮遊する岩をすり抜け、翼を畳んで急降下していく。

 よく見れば、その背には鎧を纏う騎手もいる。

 挿絵(By みてみん)

 壁際の大画面には賭けの倍率が表示され、周囲の客席は人で溢れかえっている。

 さらに二階、三階には手すりに囲まれた回廊が巡り、豪華なテラス席が並んでいた。

「これは、見つけるのに苦労しそう──」

「そこやぁぁぁ!! クソバカいったれぇえええええええ!!!!」

 上から聞こえたのは、関西弁の女声。

 声の方を見ると──黒い三つ編みを両肩に揺らす少女が、手すりから飛びだしそうなほど叫んでいた。

 胡散臭い丸サングラスに、赤金の縁取りがされた紺の長衣──間違いない。

「あれ、ユンファちゃんだ!」

「わかりやすくて助かる」

 

 荒ぶるユンファのもとへ向かうと、みなは半円形のソファ席でくつろいでいた。

 ポーニャは黒いパーカー姿で酒をあおっている。茶色の短髪から覗く猫耳が、ぴくりと動いた。

「遅かったな」

「まってたよぉ~」

 クラリッサは茶色と白のワンピース姿で、串焼きをうまそうに頬張っていた。桃色の巻き毛の隙間から、ピンクの牛耳がぱたぱたと揺れている。

「もうすぐ最終コーナーよ!」

 ピピは白いブラウス姿だ。桃と黄色の二色髪は、今日はまっすぐに下ろされている。妖精の翅は見えず、収納されているらしい。

 俺とフィオナは、クラリッサとピピの間に入れてもらった。

『まもなく最終コーナー! 決着は目前です!』

 実況の声が響き、観客は湧き上がっている。

「はじめて見るけど、迫力あるね」

「知らなかったのぉ?」

 クラリッサが首を傾げると、ポーニャが口を開いた。

「浮遊帝国エルグランド名物──“スカイグランプリ”、通称ドラゴンレース。全国放送の定番競技だな」

「へぇ」

「机の画面をいじれば、賭けも出来るぞ」

 前にある長机には画面が埋め込まれており、料理のメニューや出走竜の倍率が映っている。横には貨幣の投入口と、カード認証端末も備え付けられていた。

 ようするに、競馬のドラゴン版か。

「軽くやってみるか」

「私も!」

 身を乗り出したフィオナの肩を、ユンファが静かに掴んだ。いつのまに。

「人生はな……ギャンブルや。でかく賭けた奴が、でかい見返りを貰えんねん」

 なんか、深いことを言ってる気がする。

「おっけー、いっぱい賭ける! 緋色、お金ちょうだい!」

「うん。一万までね」

 フィオナに銀貨を渡したあと、長机の画面を覗いた。

 メニュー欄には、肉から魚、甘味までずらりと並んでいる。

「料理も頼んじゃおうか」

「黒豚の串が美味いぞ」

 ポーニャがそういうと、フィオナが指を三本立てた。

「じゃあ、それ三十本!」

「絶対飽きるって。黒豚十本と、盛り合わせとかにした方が──」

「じゃあ、それで!」

「飲み物は──」

「強いやつ!」

 強いやつ、強いやつ、雷竜酒(五十五度)──これにしよう。

 俺はサンライズピーチ(十五度)っと。

 日和っているわけではない……最初は軽い酒で体を慣らしていく。飲み会の常識だ。

 誰かに言い訳をしつつ画面を操作していると、クラリッサが近づいてきた。

「私もミルクゥ~」

「了解」

 あらためて見るとデカい、色々と。

「あ……近いので、離れてもらって……うまく操作できない」

 えへへと笑うだけで、クラリッサは離れようとしない。この人、すでに酔っ払いだ。

「ユンファさんは何に──」

「うおー! そこや、刺せッ! 轟竜二位とらんかったらぶっ飛ばすでホンマ!!」

 聞いてない。

「ピピは──」

 立体映像を祈るように見つめている。真剣だ。

「適当に頼んでおきますね」

 注文が終わると、実況が盛り上がった。

『来ました最終コーナー! 最後の一直線、どうなる!』

 空に赤い軌跡を描く焔竜へ、青の蒼竜が猛追。外から黄色の轟竜も一気に加速し──

『焔竜先頭! 蒼竜並ぶ! 轟竜も来た! 三頭並んだ! ゴールは目前だ!』

 竜たちは咆哮を上げ、宙に浮かぶ巨大なリング──ゴールへ突き進んでいく。

 そして、いま──決着の時。

『ゴォォオオオオオオル!! 一着は焔竜、二着は蒼竜、三着は轟竜~!!!!』

「やった~!」

 ピピは背から妖精の翅を広げ、立ち上がって拍手した。

「勝ったのか」

「うん! 十万プラスよ!」

「すごいな」

 今にも踊り出しそうなピピの向こうで、

「うそや、ありえへん」

 ユンファは崩れ落ちていた。

「直近三カ月のレースを比較して割り出したウチの三連単が……今月の、家賃が……」

 ギャンブルは身を滅ぼす──実例を見るのは初めてだ。

 

 料理が届いたあと、フィオナが乾杯の音頭をとった。

「クラちゃん、Cランク昇級おめでとぉー! チーラ!」

「みんな、ありがとうねぇ~」

 前回のクエストでクラリッサは昇級していた。

 今日の飲み会は、お祝いパーティも兼ねているのだ。

 グラスを置くと、ピピが口を開いた。

「みんなは、しばらく街にいるの?」

「俺たちはその予定だけど、ポーニャたちはランクが上がったら出発──って言ってたよな」

「私たちは、お金ないんだぁ~」

 呂律の回らぬ声で、クラリッサはそう言った。

 ポーニャはばつの悪い顔をしている。

「平時なら獣国行きの列車があるから、金はたいして必要ないんだがな」

「この街、ほんとに何でもあるな」

「東には波止場もあって、客船なんかも行き交ってるぞ」

 そういえば、街中にデカい水路をよく見かける。港に繋がっているのか。

「関門で金もかかるだろうし、路銀を貯めないといかん」

「蒼竜が一位だったら、お金増えてたのになぁ~」

 クラリッサも賭けていたらしい。

「無駄遣いしやがって……」

 そういうポーニャの横では、ユンファが黙々と肉を口に放り込んでいた。

 ……そっとしておこう。

「また一緒に仕事しようぜ、みんなでさ。ピピも行くよな」

「ええ、予定が合えば」

「何のクエストやる!?」

 意気揚々とするフィオナの横で、ポーニャは気まずそうな顔をした。

「そうしたいところだが……オレたちは、長期依頼を受けたんだ」

「なにやるの?」

「学校の先生だよぉ~、えへへ」

 クラリッサはふにゃりと笑った。

「ふたりが、先生……」

 うまく想像できない。

「あっ、できないと思ってる顔だぁ~」

「いや……なんか意外だなと」

 そういうと、ポーニャの顔は少し赤まった。

「先生といっても臨時講師だ。戦闘学科だから、学問は教えない。あと──こいつはオレの助手だから、先生じゃないぞ」

「えぇ~っ、私も先生がいいよぉ~」

「全力で斧を振るしか能がないのに、何を教えるんだよ」


 ダンッ。

 

 ユンファが机を叩いた。

「……何事も気合や。気合さえあれば乗り越えられる」

 勢いよくユンファは立ち上がり、叫んだ。

「宴や! 死ぬまで呑むで! 強いの持ってこんかーい!!!!」

「おおーっ!」

 フィオナとクラリッサはグラスを突き上げた。

 ポーニャは呆れたように目を細め、ピピはくすりと笑っている。

 今日は、長い夜になりそうだ。

 俺はグラスを手に取り、夕焼け色の酒を飲み干した──。

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