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World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第三章「星詠みの巫女」

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第六十六話「魔女の夜宴」

 ここは荒野。

 目の前にあるのは、一本の古木だけだった。

「カァッ、カァッ」

 枯れ枝のひとつで、黒い(カラス)が鳴いている。

「名は捨てた」

 うろ覚えの合い言葉を、私は呟いた。


 カァ──。


 鴉の声だけが響いた。

「……」

「まだ~?」

 私の後ろで、マリエッタは眠たげにあくびをしている。

 ──まさか、発音か。

()()()()()

 さらに低く、はっきりと言った。

 鴉は首をカクカクと動かすだけ。

 待てど、反応はない。

「おい、私だ。はやく通せ」

「カァッ。アナスタシア、ウラギリモノ、アナスタシアッ、カァ!」

 鴉は甲高い声で喚いた。

「このクソガラス……焼き鳥にされたいのか」

 右手に蒼炎を宿した、その時。

「わぁぁああ──ッ!」

 上空から、女の叫び声が降ってきた。

 見上げた先には、茶色のホウキに乗った緑髪の少女。

 目には涙を浮かべ、こちらに突進してくる。

「止まって、止まってぇッ!」

 私が一歩下がると、少女はその勢いのまま──


 ドンッ、ズサーッ!

 

「ふぎぃいっ!」

 猛烈な勢いで、顔から滑り込んでいった。

 巻き起こる砂塵、その中に見えたのは──白布が露わになった尻。

 もぞりと動く背には、蝶を思わせる翅が揺れている。

「いててて……」

 少女は半身だけ起こすと、両手を見た。

「うぁぁッ──」

 ぷるぷると震えている。

「おい」

「血っ、血でてるっ……」

「おい。ハルメリア」

 名を呼ぶと、少女はこちらへ向いた。緑眼の奥で、白花のような虹彩が揺れている。

 挿絵(By みてみん)

「あっ……ぇ、えっ。アナスタシア、さん、えっ」

 マリエッタは小さく手を振った。

「ハルちゃん、やっほ~」

「マリーさんも……こんにちは、です」

 十六夜会(ナイトソワレ)・第八席、ハルメリア=ルルーベル。彼女はマリエッタに次ぐ、古き旧知だった。


 事情を話すと、ハルメリアは鴉の前に歩み出た。

「まったく。忘れたんですか、トリさん」

「カァッ」

「第六席を見つけたら連れて来るように──って、夜会長が仰ってましたよね」

「カァッ、カァッ!」

「そうなりますねぇ。怒られちゃいますよ」

「カァッ」

「では、合言葉を。名は捨てた」

 その瞬間、周囲がよどみだした。

 黒い鴉はどろりと溶け、景色が黒に染まっていく。

 顕現したのは、夜の世界。

 古木と鴉は姿を消し、黒金の大扉が現れていた。


 ギィ──。

 

 重い音を立て、大扉は奥へと開いた。その中は、無限の闇だ。

「カラスはなんて言ってたの?」

 マリエッタは首を傾げた。

「オレはその女が気に入らねぇ、帰りな……てめぇ、チクる気か。クソがッ──って言ってました」

 ハルメリアが荒っぽい口調で答えると、マリエッタは哀れみの目をこちらに向けた。

「猫だけじゃなくて、カラスにも嫌われてるのね」

「動物には嫌われるタチなんだ」

 私はそう言い捨て、扉へと歩きだした。

 闇に入って行くと──暗黒の中で、浮遊感が身を包んだ。

 しばらく待っていると、足裏に感触が戻ってきた。

 次いで見えてきたのは、円を描くように並んだ(いち)から(じゅう)までの数字。それらは淡い白光を放ち、闇の中に沈んでいる。

 四と七の場所には、背の高い銀色の椅子があった。

「あら。あらあらあら!」

 甲高い声を出し、第七席から立ったのは──

 派手な赤いドレスを身に纏った、紅の扇子で口元を隠す女。腰まで届く金のツインテールは、螺旋を重ねるように縦巻かれている。薔薇と金糸で飾られた衣装は豪奢そのものだ。裾は床につくほど長く、前は大きく開かれている。

 挿絵(By みてみん)

 タンッ、タンッ。

 

 白い脚が覗くたび、ハイヒールが鳴った。

 彼女が足を止めたのは、六の数字が沈んだ上。

「と~っても懐かしい匂いがすると思ったら──」

 女の扇子が下がった。桃色の瞳は細まり、笑みが浮かぶ唇には牙が覗いている。

「アナスタシアさんではないですか! ご機嫌麗しゅうございます」

 裾を持ち上げ、女は丁寧に挨拶した。

「そこをどけ。ベロニカ」

「あぁっ、冷たい! でもそれがいい。だからこそ、良いッ!」

「……どけ」

「やんっ」

 ベロニカを軽く押しのけ、私は六の上に立った。

 すると、銀の椅子がせり上がるように出てきた。脇には小卓もあり、ティーカップと菓子の盛り合わせが置かれている。

 横を見ると、マリエッタたちはすでに座っていた。マリエッタは第九席でカップに口をつけ、ハルメリアは第八席で菓子を頬張っている。

 第六席に腰掛けると、視線を感じた。左からだ。

 こちらを見ていたのは、第四席に座る者──純黒の礼装を纏う、端正な顔立ちの男だった。艶のある黒髪は肩まで流れ、切れ長の金眼は穏やかだ。その腕には小柄な人形──いや、美しい少女が抱かれている。フリルのついた黒いゴシックドレス。灰紫の長髪と、同色の瞳。雪のように白い肌。まばたきがなければ、精巧な人形だと言われても信じるだろう。

 挿絵(By みてみん)

「こんにちは──と、ティティは言っています」

 男は抑揚のない声を発し、腕に抱いた少女の手を持ち上げた。

「誰だ、お前は」

「ロイド・カーターと申します。こちらは、妹のティティ」

 はじめて見る顔だ。しばらく欠席している間に、第四席は代替わりしたらしい。

「古き魔女に会えて、光栄です。君もそう思うだろ、ティティ」

 男が少女の頭を撫でると、少女は小さく頷いた。

 

 ふわり。

 

 一匹の蝶が飛んでいた。銀色の羽を揺らし、ふわり、ふわふわ。

 蝶は二匹、三匹と数を増やしていった。

 やがて無数の群を成し、銀蝶たちは広場の中央へ飛んだ。

 一点に集まり、重なり、塊となっていく。形作られたのは人の輪郭だ。

 銀蝶が霧散すると──そこには、ひとりの女がいた。

 紺色の花があしらわれた黒い魔女帽。

 銀の毛束が混じった黒い長髪。

 夜を縫ったような黒いドレスは、銀鎖で彩られている。

「これはこれは……珍しい人がいますね」

 そういって、女はこちらを向いた。

 左の瞳は黒布で覆われ、右の瞳は赤ワインのように深い。

「今宵はお忙しい中、よくぞ集まってくれました。司会は私──夜会長リゼリア・トゥルノットが務めさせていただきます」

 悠々と腕を広げ、リゼリアは優雅に一礼した。

「それでは、復唱お願いします。魔女の十戒(じっかい)──」

 

 戒の一、真名を明かすべからず

 戒の二、因果に干渉すべからず

 戒の三、契約を破棄すべからず

 戒の四、秘匿を漏らすべからず

 戒の五、無償を求めるべからず

 戒の六、死者を冒涜すべからず

 戒の七、禁忌に触れるべからず

 戒の八、姉妹を裏切るべからず

 戒の九、情愛を交えるべからず

 戒の十、異端者を許すべからず


 リゼリアに続き、みなが復唱した。

「はじめましょうか。魔女の夜宴(サバト)を」

 淡いベージュ色の唇が、静かに弧を描いた──。

 挿絵(By みてみん)

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