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World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第三章「星詠みの巫女」

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第六十三話「選定儀」

 星詠みの書館から外へ出て、俺たちは秘典書庫の円卓に座っていた。

 右には現役の姫ミレイユ、左には古の魔女アナスタシア。

 異色の組み合わせに挟まれて座る俺は、黙って話を聞いていた。

「つまりあなたは、あの書館の主で、賢者さまで、王家を影から守ってきた」

「ああ」

「で、なんか色々あって王女を殺して、悪い人に閉じ込められていた」

「そうだ」

 二人の声は、あまりにも静かだ。

 やがて、ミレイユは深く息をついた。

「はぁ~……もう、わけわかんない」

「すべて話したはずだが」

「わかんないのは、あなたのことよ。なんでそれを話したの」

「言うべきだと思ったからだ」

「私は、王家の人間なのよ。顔も知らないとはいえ、先祖を殺されたなんて──いい気分じゃないわ。罰されるとは思わないわけ?」

 姫のその言葉に、アナスタシアは静かに俯いた。波紋ひとつない海のような青い瞳が、少しばかり揺れた気がする。

 沈黙に居心地が悪くなり、俺は口を挟むことにした。

「いや、でも、やったのは彼女じゃ──」

「アイシャを殺したのは、私だ」

 アナスタシアは自身の手を見つめ、ゆっくりと握り込んでいく。

「消えないんだ……肌を貫いた感触が、アイシャの顔が、声が……罰するというならば、構わない」

 彼女の気持ちが痛いほど伝わってくる。過ちは消えない。どれだけ時間が流れても、ふとした瞬間に顔を出す。気づいた時にはもう、強固な鎖となって巻き付いている。身近な人間を殺したという鎖は、想像もできない力で彼女を縛っているに違いなかった。

 

「許します」

 

 凛とした声が響いた。

「なに?」

「許すと言ったのです」

 ミレイユの視線は、芯が入ったように真っすぐだ。

「あなたの過去は消えないわ──何をどうしたってね。でも、そんな顔が出来るなら、あなたはもう罰を受けていると思うの」

「……」

「今日をどうやって生きて、どのように自分を誇りに思うか。重要なのはそれだけよ──って、母さまが言ってたわ」

 アナスタシアは黙ったまま、ミレイユを見ていた。

「やっとこっちを見たわね。自分のことを話すばかりで、私のことなんてちっとも見てなかったでしょう」

「ああ……そうだな」

 少しばかり柔らかくなった声色を聞いて、ミレイユは微笑んだ。

 彼女との遭遇は不意の出来事だったが、きっと必要なことだったのかもしれないと俺は思った。

「それで結局、王女に呪いをかけたやつは、誰なんだ」

「アイシャの目を通し、私を見ていた者──他者の意識に介入できる何者か。最も厄介なのは、私の存在だけでなく──“青の封書”を知っていたことだ」

「本の存在自体は、私も知っていますけれど……堕神のお伽話は、いくつも小説になっていますし」

 ミレイユは机に置いてあった本をふりふりと振った。そういえば俺も、禁書にまつわる本をどこかで……思い出そうとしたとき、アナスタシアは視線を落とした。

「各地に散らばった八冊の封書は、秘密裏に管理されている」

「情報が漏れたってことか」

「もしくは、()()()()()()()()()のか」

 敵は、想像以上に深い場所にいるのかもしれない。

「銀の扉は閉じておく。私のことは、誰にも知らせるな」

「母さまにも?」

「言うな。王家を陥れようとする者は多い。壁に目と耳がある可能性だってある。それに、貴族も一枚岩ではないだろう」

「それは……」

「誰も、信用するな」

 ミレイユは答えず、静かに瞳を伏せている。

 落ち着かない空気の中、アナスタシアは席を立った。

「どこ行くのよ」

「用事は済んだ」

「無断で王宮に入って、ただで帰るつもり?」

「許すと言っただろう」

「見逃すとは言ってないわ。不法侵入罪に、不敬罪、それから、えっと……王女を連れ回した罪」

 アナスタシアは眉を片方上げ──どかりと席へ座り直し、腕を組んだ。

「回りくどいやつだ。御託はいい、要求を言え」

「さすが賢者さま」

 ミレイユは嬉しそうに手を叩いた。

「見逃してあげる代わりに──また会いに来て。今度はちゃんと約束してからね」

 そういうと彼女は身を乗り出し、こちらへ近づいた。

 めっちゃ良い匂いがする。

「ねっ、いいでしょ。私、もっとあなたの話聞きたいの」

 均整な顔、半ば露出した肩と胸、魅惑のズームアップに俺は混乱した。

「……いや、でも、ですね……」

「いいだろう」

「そう、ダメだよな──え、いいの!?」

「グランティナの女は強情だ。どうせ何を言っても聞きやしない」

 ふふんとミレイユは笑った。上機嫌だ。

「まぁ、いいか……会いに来るだけなら。ていうか、姫さんは何でここに居たの」

「ん~。人の多い場所、苦手で」

「もうすぐ選定儀だろう」

 アナスタシアがそう言うと、ミレイユはばつが悪そうに頬を掻いた。

「あ~、サボっちゃおうかな、って……へへ」

「なに?」

「いいのよ。どうせ私は、選ばれないもの」

 その声には、少しの諦めが滲んでいる。

「選ばれないって……どうして」

「姉がいるの」

 静かな声で言うと、ミレイユは机にある白い茶器の縁をなぞった。

「品行方正で、努力も怠らない、自慢の姉よ。私なんかとは違う──皆に愛される天才」

「巫女候補が、二人……」

 アナスタシアは唇に指を添えた。

「そ。姉さまが女王になったら、私は晴れて自由の身ってわけ」

 

 パンッ。

 

 ミレイユは手を合わせ叩いた。

「はい、この話はお終い。えーっと、山田……緋色……どっちが名前なの」

「山田が苗字で、緋色が名前。よろしく──お願い、いたします。姫様」

 ふふとミレイユはおかしそうに笑う。

「いまさら畏まるつもり? ミレイユでいいわ。よろしくね、緋色」

 差し出された白い手を見て、少し迷ったあと、俺はその手を握った。

 

 *

 

 三人で書庫から出ると、ミレイユは白い大扉の鍵を閉めた。

 あたりは薄暗く、無機質な石壁には青白い灯が並んでいる。

「ん。そういえば、どうやって入ったの。鍵かけたのに」

「ああ、それは──」

 答えようとしたとき。

「姫様!」

 聞こえたのは、女の鋭い声。

「やばっ」

 ミレイユはさっと俺の影に隠れた。

 振り返ると、そこに居たのは黒い侍女服を纏った女。編まれたお下げの黒髪に、大きな銀縁メガネ、頬には小さなそばかすが浮かんでおり、いかにも王城勤めという雰囲気だ。

「隠れても無駄です」

 女はそういって、眼鏡をくいとかけ直した。

 挿絵(By みてみん)

「もうすぐ選定儀ですよ。んっ、この方々は──」

「あ~、学校の友達。魔術論文について話してたの。ねっ、二人とも」

 ミレイユは俺たちの腕を取った。王女も学校に行くのか。

 ああ、と不愛想にアナスタシアは返した。

「あっ、そう、そうです。いつもお世話になってます」

「そうでしたか。王室専属侍女頭、モニカ・ランベルと申します。以後、お見知りおきを」

 モニカは胸に手をやり一礼すると、ミレイユの前へ回り込んだ。

 にへらと笑うミレイユを見て、モニカは顔を手で覆った。

「ああっ……寝ぐせもついてるし、ドレスもしわだらけ……こんなことでは、巫女になったときに困りますよ……」

 モニカはぼやきながらミレイユの髪を整え、ぱたぱたとドレスの裾をはたいている。王室の侍女も大変そうだ。

「では、行きましょう」

「行かない」

「は?」

 凄みのある低い声を出し、モニカは眼鏡を押し上げた。

 開いた口には犬歯が覗き、メガネの奥にある灰色の瞳は鋭かった。ちょっと怖い。

「どうせ選ばれるのは姉さまでしょ。出来の悪い妹がきたって思われたくないし、比べられるのも嫌。行きたくない」

「何をおっしゃいますか。あなたは優しく、人を思いやる心がある。姫様がエレノア様に劣っていると思ったことなど、わたくしは一度たりとてありません」

「なんか恥ずかしいんだけど……」

「わたくしは、姫様を信じております。さぁさぁ、私の顔を立てると思って」

「ちょっとっ」

 ミレイユの腕を引っ張りながら、モニカはこちらを見た。

「ああ。ご友人の方々も、どうぞいらしてください」


 タン、タン。

 

 階段を上がり、曲がり、また上がる。

 地上へ近づくほど、行き交う使用人の姿は増え、通路は華やかさを増していく。飾り気のなかった石壁には金の装飾が現れ、青白い灯は優美なランプに変わっていった。

 遠くから、楽団の演奏らしき音色が聞こえる。

「あちらです」

 示された先にあったのは、黄金に彩られた大扉。

 音楽は、あの向こうから聞こえているようだ。

 扉に近づいていくと、モニカは銀の懐中時計を取り出し、ほっと息を吐いた。浮かべた笑みには汗が滲んでいる。

「間に合いましたね……まだ十分ほどあります。入りましょう」

 モニカはミレイユの側から離れ、黄金の大扉を押した。

 後ろでミレイユは唇を結び、ドレスの裾を強く握っている。その指先はかすかに震えていた。

 選定儀が、始まる──。

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