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World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第三章「星詠みの巫女」

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第六十一話「白星宮」

 王城へ近づいていくと、威厳ある白門が姿を現した。

 左右には、蒼い外套を羽織った巨人騎士。門と並ぶほどの背丈があり、槍を支えたまま微動だにしない。銅像のようだ。

 開かれた門の前では、銀甲冑の兵士たちが招待客を迎え入れている。

「おっきいねぇ~!」

 フィオナは感嘆の声をあげ、城門を見上げた。

 頭上には、青と金で彩られた星章がある。王城のシンボルだろうか。

「山田さん」

 リリィが俺を呼び、こちらへ両手を広げた。

「どうした」

「抱っこしてください」

「えっ──」

「ただの友人だと、門を通れないかと。夫婦という設定でいきましょう」

「……なるほど」

 俺は、リリィの小柄な体を抱き上げた。

「フィオナたちはどうするんだよ」

「ん~。山田さんの愛人、ということにしましょう」

「愛人……」

「さぁ二人とも、体を寄せてください!」

「おっけー!」

 フィオナは腕へ抱きついてきた。

 アナスタシアは俯いたまま、俺の腕を掴んだ。まだ酔っているらしい。

 ちらりと横を見ると、控えていたエダが胸を押さえた。

「私は、だめですよ。欲しがらないでください」

「欲しがってねぇわ」

 即座に突っこむと、エダの困り眉がさらに深いハの字になった。

「メイドを欲しがらないなんて……」

 なぜかショックを受けている。

 それでも男ですかというエダのぼやきを背に、ハーレム状態のまま城門へと歩いていく。

 近くまで行くと、兵士がひとり寄ってきた。

「おはようございます、オルドレイン様。ようこそ“白星宮”へ」

「おはようございます!」

 リリィは俺の腕から降りて、挨拶を返した。

 続けて懐から差し出したのは、白い手紙。

 兵士は中身を確認したあと、こちらを見た。

「そちらの方々は──」

「私の婚約者と、彼の愛人たちです」

「婚約されたんですか。それに、愛人が二人も……」

「ええ。女性に囲まれていないと、この人は発狂してしまうんです」

 ひどい設定だ。

 涙ぐんだリリィに頬をさすられ、俺はぎこちなく笑った。

「あ、あぁ。そう、なんですか……」

 兵士はヤバいものを見る目だ。

 中に入るためである。軽蔑の視線、甘んじて受け入れよう。

「では、お通りください。選定儀は“神樹の広間”で、十二時からです」

「ありがとうございます。行きましょう、あなた」

 微笑むリリィとともに、俺たちは門の奥へと進んだ。

 遥か上空には星環樹が広がっているというのに、不思議と周りは明るい。

 石床には桜色の光が降り注ぎ、イルミネーションみたいだ。

 奥を見れば、王城へ続く横広の階段があった。両脇にはブルーの灯が並び、礼服姿の者たちが続々と登っている。

 俺たちも続き、階段を上がった。

 最上段へ踏み入ると──

 開かれた白銀の大扉が見えた。その先は、どこまでも続く純白の回廊だ。

 中に入ると、白い石床に赤い絨毯が伸びていた。壁際には長い硝子窓が奥まで並び、柔らかな白光が滲んでいる。

 遠くから聞こえるのは、弦楽器の優雅な旋律。

 回廊を進むにつれて、音楽は次第に大きくなっていく。

 フィオナは、曲に合わせて軽やかに跳ねた。

「ん~、いい曲っ!」

「定番の曲ですね。たしか曲名は──」

 リリィが答えるより先に、アナスタシアは低く声を漏らした。

「宮廷楽章第三番・白星(しらぼし)円舞曲(ワルツ)

「そうそう。音楽も詳しいんですね、アナスタシアさん!」

「ああ」

 無表情で相槌を打ち、アナスタシアは小さく何かを呟いた。

「作曲者は不明で、王の友人が手がけたとか。千二百年ほど前の、旧王制時代に作られたと言われていて──」

 リリィは気づかないまま、楽しそうに話を続けている。

 

 “作ったのは、私だからな”

 

 アナスタシアの横にいた俺には、そう聞こえた。

 今までの話を信じるなら、彼女は少なくとも齢千を越えている。エルフも驚きだ。

 ダイアンとの関係。

 堕神との繋がり。

 忘却の図書館。

 考えれば考えるほど、深入りしていい存在ではないように思える。

 アナスタシアは視線に気づいたのか、横目でこちらを見た。

 彼女は何者なのか。何を胸に秘め、何を背負っているのだろうか。

 冷ややかな青い瞳を見つめても、答えは出そうにない。

「もう、気分は良いのか」

「ああ」

 短くそういうと、アナスタシアはまた前を向いた。

 ──考えても、仕方がないな。

 思考に蓋をして歩いていると、白髪の老執事たちが客を迎えていた。

 俺たちが近づくと、白い手袋が横へ流れた。

「こちらでございます」

 顔を向けると──


 光。


 視界いっぱいに広がったのは、絢爛たる舞踏会場。

 中央では色鮮やかなドレスを纏った男女が、音楽に合わせて優雅なステップを踏んでいた。

 白と金で彩られた石床は優しく照らされ、上を見ればシャンデリアが無数に吊られている。

「でっか!」

 フィオナは両手を広げ、くるりと見渡した。

 周囲には、三階建ての回廊テラスが広がっている。中層には酒杯を片手に談笑する者たち。最上階には、明らかに身分の高そうな者たちが座している。

 会場の奥には、左右に湾曲した大階段があった。その先には壁一面を埋め尽くす硝子窓があり、向こうには桃紫色の大樹が光を散らしている。星環樹とはまた違う、神秘的な佇まいだ。枝葉が放つ光は、薄いカーテンのように場内へ差し込んでいる。

 挿絵(By みてみん)

 幻想的な色彩に染まった会場を見ていると、リリィが前へと踏み出た。

「私は、お父様に挨拶してきますね。エダ、あとはよろしく」

「かしこまりました」

「では、またあとで」

 リリィは小さく手を振り、大階段の方へと歩いて行った。

「またね~!」

 フィオナはぶんぶんと手を振った。もう片方の手には、赤酒入りのグラスを握っている。

 いつ取ったのかも分からない酒を、ぐいっと飲み──

「うんまッ!」

 長い耳をぴくりと揺らし、フィオナは目を輝かせた。

 すぐ横の円卓には、酒瓶とグラスが山ほど並んでいる。どうやらここから取ったようだ。

 エダは赤酒入りのグラスを手に取ると、鼻先へ近づけた。

「星ぶどうのワインですね。香りが深いので、かなり古いものかと」

「ほぇ~、んっ──いい匂いがする」

 フィオナは顔を回し、鼻をすんすんと嗅いだ。

「あちらの方に、ビュッフェがありますよ」

 エダが示した先には、白布のかけられた長机が並ぶ一角。

 机の上には色鮮やかな料理が置かれ、周囲の円卓では貴族たちが優雅に談笑している。

「おいしそぉーっ!」

「食べ方がありますので、私が教えますね」

 エダが歩き出すと、フィオナは嬉々としてついていった。

 俺の背後では、アナスタシアが黙ったまま歩いていく。会場を出るようだ。

 どちらへ行くべきか迷った末に、俺はアナスタシアの後を追うことにした。

「お前は来なくていい」

 振り返らず、アナスタシアはそう言った。

「従者が困れば、主人が助ける──だろ」

 あまり心を開かない彼女が、俺に頼むほどの“何か”がある。気になって仕方がない。

「……」

「道わかるのか」

「問題ない」

 アナスタシアの足取りに迷いはない。

 会場の壁際まで進むと、彼女は立ち止まった。

 壁一面には、星輪を掲げた女神の壁画。古い絵なのか、白い塗料は所々かすれている。

 絵の中心に、アナスタシアが手を触れると──

 

 ──ガコッ。

 

 鈍い音とともに、壁の一部が奥へ沈み込んだ。

 壁だと思っていたそこは、人ひとりが通れるほどの通路になった。

 通路の先は、装飾のない石壁の道が続いている。

「隠し扉か……」

「脱出用の逃げ口だ」

「逃げ口って、何から逃げるんだよ」

「無論、敵だ。王族を狙う者は、いつの時代にもいた」

 そういって、アナスタシアは奥へと進んだ。

 俺も続いて中へ入ると、背後で扉がひとりでに閉じた。

「暗っ……」

「ちょっと待ってろ」


 ゴンッ、ゴンッ。

 

 壁を叩く音がした、直後──


 ブォン。

 

 青白い波紋が壁を伝い、一気に奥へと駆け抜けた。

 その光を追うように、手前から順番に蝋燭へ火が灯っていく。

「行くぞ」

 アナスタシアは銀の長髪を後ろへ流すと、人気のない道を進んだ。

 やがて辿り着いたのは、下へと続くらしい螺旋階段。

 階下は闇に飲み込まれている。舞踏会の喧騒は、もう聞こえない。

 少しの緊張に喉が鳴ったとき、

「ん」

 アナスタシアが手を差し出した。

「ん?」

「最悪だれかに会ったら、逢引(あいびき)していることにする。手を繋げ」

「……仰せのままに」

 彼女の掌に、ゆっくり手を重ねた。

 ひやりとしている。心配になるほど冷たい手だ。

 そして俺は、白い手に導かれるまま、地下へと足を踏み入れるのだった。

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