第六十一話「白星宮」
王城へ近づいていくと、威厳ある白門が姿を現した。
左右には、蒼い外套を羽織った巨人騎士。門と並ぶほどの背丈があり、槍を支えたまま微動だにしない。銅像のようだ。
開かれた門の前では、銀甲冑の兵士たちが招待客を迎え入れている。
「おっきいねぇ~!」
フィオナは感嘆の声をあげ、城門を見上げた。
頭上には、青と金で彩られた星章がある。王城のシンボルだろうか。
「山田さん」
リリィが俺を呼び、こちらへ両手を広げた。
「どうした」
「抱っこしてください」
「えっ──」
「ただの友人だと、門を通れないかと。夫婦という設定でいきましょう」
「……なるほど」
俺は、リリィの小柄な体を抱き上げた。
「フィオナたちはどうするんだよ」
「ん~。山田さんの愛人、ということにしましょう」
「愛人……」
「さぁ二人とも、体を寄せてください!」
「おっけー!」
フィオナは腕へ抱きついてきた。
アナスタシアは俯いたまま、俺の腕を掴んだ。まだ酔っているらしい。
ちらりと横を見ると、控えていたエダが胸を押さえた。
「私は、だめですよ。欲しがらないでください」
「欲しがってねぇわ」
即座に突っこむと、エダの困り眉がさらに深いハの字になった。
「メイドを欲しがらないなんて……」
なぜかショックを受けている。
それでも男ですかというエダのぼやきを背に、ハーレム状態のまま城門へと歩いていく。
近くまで行くと、兵士がひとり寄ってきた。
「おはようございます、オルドレイン様。ようこそ“白星宮”へ」
「おはようございます!」
リリィは俺の腕から降りて、挨拶を返した。
続けて懐から差し出したのは、白い手紙。
兵士は中身を確認したあと、こちらを見た。
「そちらの方々は──」
「私の婚約者と、彼の愛人たちです」
「婚約されたんですか。それに、愛人が二人も……」
「ええ。女性に囲まれていないと、この人は発狂してしまうんです」
ひどい設定だ。
涙ぐんだリリィに頬をさすられ、俺はぎこちなく笑った。
「あ、あぁ。そう、なんですか……」
兵士はヤバいものを見る目だ。
中に入るためである。軽蔑の視線、甘んじて受け入れよう。
「では、お通りください。選定儀は“神樹の広間”で、十二時からです」
「ありがとうございます。行きましょう、あなた」
微笑むリリィとともに、俺たちは門の奥へと進んだ。
遥か上空には星環樹が広がっているというのに、不思議と周りは明るい。
石床には桜色の光が降り注ぎ、イルミネーションみたいだ。
奥を見れば、王城へ続く横広の階段があった。両脇にはブルーの灯が並び、礼服姿の者たちが続々と登っている。
俺たちも続き、階段を上がった。
最上段へ踏み入ると──
開かれた白銀の大扉が見えた。その先は、どこまでも続く純白の回廊だ。
中に入ると、白い石床に赤い絨毯が伸びていた。壁際には長い硝子窓が奥まで並び、柔らかな白光が滲んでいる。
遠くから聞こえるのは、弦楽器の優雅な旋律。
回廊を進むにつれて、音楽は次第に大きくなっていく。
フィオナは、曲に合わせて軽やかに跳ねた。
「ん~、いい曲っ!」
「定番の曲ですね。たしか曲名は──」
リリィが答えるより先に、アナスタシアは低く声を漏らした。
「宮廷楽章第三番・白星の円舞曲」
「そうそう。音楽も詳しいんですね、アナスタシアさん!」
「ああ」
無表情で相槌を打ち、アナスタシアは小さく何かを呟いた。
「作曲者は不明で、王の友人が手がけたとか。千二百年ほど前の、旧王制時代に作られたと言われていて──」
リリィは気づかないまま、楽しそうに話を続けている。
“作ったのは、私だからな”
アナスタシアの横にいた俺には、そう聞こえた。
今までの話を信じるなら、彼女は少なくとも齢千を越えている。エルフも驚きだ。
ダイアンとの関係。
堕神との繋がり。
忘却の図書館。
考えれば考えるほど、深入りしていい存在ではないように思える。
アナスタシアは視線に気づいたのか、横目でこちらを見た。
彼女は何者なのか。何を胸に秘め、何を背負っているのだろうか。
冷ややかな青い瞳を見つめても、答えは出そうにない。
「もう、気分は良いのか」
「ああ」
短くそういうと、アナスタシアはまた前を向いた。
──考えても、仕方がないな。
思考に蓋をして歩いていると、白髪の老執事たちが客を迎えていた。
俺たちが近づくと、白い手袋が横へ流れた。
「こちらでございます」
顔を向けると──
光。
視界いっぱいに広がったのは、絢爛たる舞踏会場。
中央では色鮮やかなドレスを纏った男女が、音楽に合わせて優雅なステップを踏んでいた。
白と金で彩られた石床は優しく照らされ、上を見ればシャンデリアが無数に吊られている。
「でっか!」
フィオナは両手を広げ、くるりと見渡した。
周囲には、三階建ての回廊テラスが広がっている。中層には酒杯を片手に談笑する者たち。最上階には、明らかに身分の高そうな者たちが座している。
会場の奥には、左右に湾曲した大階段があった。その先には壁一面を埋め尽くす硝子窓があり、向こうには桃紫色の大樹が光を散らしている。星環樹とはまた違う、神秘的な佇まいだ。枝葉が放つ光は、薄いカーテンのように場内へ差し込んでいる。
幻想的な色彩に染まった会場を見ていると、リリィが前へと踏み出た。
「私は、お父様に挨拶してきますね。エダ、あとはよろしく」
「かしこまりました」
「では、またあとで」
リリィは小さく手を振り、大階段の方へと歩いて行った。
「またね~!」
フィオナはぶんぶんと手を振った。もう片方の手には、赤酒入りのグラスを握っている。
いつ取ったのかも分からない酒を、ぐいっと飲み──
「うんまッ!」
長い耳をぴくりと揺らし、フィオナは目を輝かせた。
すぐ横の円卓には、酒瓶とグラスが山ほど並んでいる。どうやらここから取ったようだ。
エダは赤酒入りのグラスを手に取ると、鼻先へ近づけた。
「星ぶどうのワインですね。香りが深いので、かなり古いものかと」
「ほぇ~、んっ──いい匂いがする」
フィオナは顔を回し、鼻をすんすんと嗅いだ。
「あちらの方に、ビュッフェがありますよ」
エダが示した先には、白布のかけられた長机が並ぶ一角。
机の上には色鮮やかな料理が置かれ、周囲の円卓では貴族たちが優雅に談笑している。
「おいしそぉーっ!」
「食べ方がありますので、私が教えますね」
エダが歩き出すと、フィオナは嬉々としてついていった。
俺の背後では、アナスタシアが黙ったまま歩いていく。会場を出るようだ。
どちらへ行くべきか迷った末に、俺はアナスタシアの後を追うことにした。
「お前は来なくていい」
振り返らず、アナスタシアはそう言った。
「従者が困れば、主人が助ける──だろ」
あまり心を開かない彼女が、俺に頼むほどの“何か”がある。気になって仕方がない。
「……」
「道わかるのか」
「問題ない」
アナスタシアの足取りに迷いはない。
会場の壁際まで進むと、彼女は立ち止まった。
壁一面には、星輪を掲げた女神の壁画。古い絵なのか、白い塗料は所々かすれている。
絵の中心に、アナスタシアが手を触れると──
──ガコッ。
鈍い音とともに、壁の一部が奥へ沈み込んだ。
壁だと思っていたそこは、人ひとりが通れるほどの通路になった。
通路の先は、装飾のない石壁の道が続いている。
「隠し扉か……」
「脱出用の逃げ口だ」
「逃げ口って、何から逃げるんだよ」
「無論、敵だ。王族を狙う者は、いつの時代にもいた」
そういって、アナスタシアは奥へと進んだ。
俺も続いて中へ入ると、背後で扉がひとりでに閉じた。
「暗っ……」
「ちょっと待ってろ」
ゴンッ、ゴンッ。
壁を叩く音がした、直後──
ブォン。
青白い波紋が壁を伝い、一気に奥へと駆け抜けた。
その光を追うように、手前から順番に蝋燭へ火が灯っていく。
「行くぞ」
アナスタシアは銀の長髪を後ろへ流すと、人気のない道を進んだ。
やがて辿り着いたのは、下へと続くらしい螺旋階段。
階下は闇に飲み込まれている。舞踏会の喧騒は、もう聞こえない。
少しの緊張に喉が鳴ったとき、
「ん」
アナスタシアが手を差し出した。
「ん?」
「最悪だれかに会ったら、逢引していることにする。手を繋げ」
「……仰せのままに」
彼女の掌に、ゆっくり手を重ねた。
ひやりとしている。心配になるほど冷たい手だ。
そして俺は、白い手に導かれるまま、地下へと足を踏み入れるのだった。




