第六十話「星冠祭」
朝。
銃の手入れをしていると、アナスタシアが起きてきた。
白いワイシャツ姿で立ったまま、微動だにしない。
感情はまるで読めず、冷たい青眼がじっと俺を覗いている。
「顔色悪いけど……大丈夫?」
問いかけると、小ぶりな唇がゆるやかに開いた。
「王城に入りたい。協力してくれ」
「唐突だな……」
「昨日ひとりで行ったら、門前払いを食らった」
アナスタシアが手を出すと、掌に光が灯った。
瞬くように現れたのは、六芒星を象った蒼銀のペンダント。
水晶のような透明感だ。奥には、星屑のような粒が揺れている。
「昔は、これを見せれば通れたんだが……」
「なんか高そう」
「最高級の魔力核だ。二千年前のものだが、値段は張るだろうな」
「にせん──」
骨董品にもほどがある。
アナスタシアは窓辺へ歩いていくと、床から天井まで伸びた大窓を開いた。
風とともに、むわりとした熱気が流れ込んだ。
夏の匂いがする。
「四月三十から三日間、街で祭りが開かれる」
「三十……明日からか」
「ああ。王城でも宴がある。それに乗じれば、城内に潜り込めるはずだ」
「意外だな。パーティ好きなのか」
「いや……目的は、王城の地下だ」
「地下って、何する気だよ」
「確かめたいことがある」
アナスタシアは、じっと俺を見た。
「協力してくれ」
「なんで俺なんだ」
「従者が困れば、主人が助ける。当然ではないか」
「主人ヅラするなって言ってたのに……」
「貴族のツテはないか。宴に招待されているはずだ」
俺の言葉を無視して、アナスタシアは続けた。
「もしくは、特権階級を紹介できる人間」
「市民ですらないんだ。そんな知り合い──」
銃の部品をはめたとき、頭に浮かんだのはクリーム色の黄短髪。
優秀なガイドであり、情報屋でもある小柄な少女。
「まぁ……聞いてみるか」
机に置いてあったギルドタグを拾い上げた。
連絡する先は──リリーナ・オルドレイン。
*
翌朝。
俺はアナスタシアとフィオナを連れ、リリィの元へと向かっていた。
頭上には色鮮やかな天幕が張り巡り、“第七十二回星冠祭”の文字が風に踊っている。
口から炎を噴く大道芸人。
星の風船を抱えて駆ける子供たち。
軽快な弦楽器の音と、人々の笑い声が通りに広がっていた。
通りの両脇には露店が並び、屋台から白煙が立ち昇っている。
焼けた肉。
焦がし砂糖。
発酵した酒。
多くの匂いが混ざり合い、むっとする夏の熱気が通りにこもっていた。
タッタッタ。
フィオナが駆けた。
行先は、暖簾に酒と大きく書かれた屋台。
「爽快ペガサスサワーひとつ!」
白ハチマキを巻いた店主は、「はいよ」と透明なジョッキを取り出した。
「朝から呑むのか」
「朝呑みは、大人の特権だからね」
「お待ちどう」
フィオナは店主からジョッキを受け取り、白く泡立った酒をぐいっと飲んだ。
「かぁ~ッ!」
酒はあっという間に空になり、フィオナは満足げに白い息を吐いている。
玩具を欲しがる幼児はもういない。俺の前にいるのは、祭りと酒が大好き成人エルフだった。
もう手を繋ぐ必要もないと思うと、少しだけ寂しい。
感慨にふけっていると、フィオナの腹がぐぅと鳴った。
「お腹すいたぁ」
「あれとか好きなんじゃないか」
指で示した先には、子供に大人気“ちびもん焼き”と書かれた露店。
焦げた蜜の香りが漂う中、鉄板では丸い焼き菓子がくるくると回されている。
「えー、子供が食べるやつじゃん」
可愛らしいモンスターの顔が描かれた見本を見ると、フィオナは頬を緩めた。
「食べないの?」
「食べまーす! ちびもん焼きひとつ!」
「俺もひとつ。激あま蜜味で」
注文していると、
「まだか。早く行くぞ」
アナスタシアが声を上げた。
「まぁまぁ。まだ時間はあるし、ゆっくりいこうよ」
「これ可愛い!」
フィオナの方を見ると、隣の屋台を見ていた。
店先には、人外のお面や耳飾りで溢れている。仮装ができる屋台らしい。
「どれにする!?」
「いらん」
アナスタシアは即答した。
「じゃあ──私はキツネの耳で、アーちゃんはウサギね」
「おい……」
フィオナの押しの強さは横綱級だ。
アナスタシアは抵抗するのを諦めたのか、うさ耳を頭につけられていた。
「満足か」
「見てあれ、妖精の羽セットだって。あれも!」
「早くしろ」
そして──
往来を闊歩する三人のモンスターが生まれた。
背には煌びやかな羽、頭には動物を模した耳飾り。
俺は緑の蛇を体中に巻き付け、頭には先端の丸い触角が生えている。何の仮装なのかは不明だ。
歩いていると、黒スーツを着た男が壁に背もたれていた。
男はこちらに気づくと、黒髪をかき上げ、黄色ネクタイを締め直した。
「よぉ、兄弟。楽しんでる……みたいだな」
「エリオットさん。なんでここに」
「迎えに行けって言われたんだよ。こっから先は、迷うからな」
エリオットが親指で示した先には、舗装されていない細道が伸びていた。建物が陽光を遮り、朝なのにどこか薄暗い。
「ありがとうございます。案内お願いします」
「おう。エルフの嬢ちゃんも、久しぶりだな」
「イェー!」
フィオナが拳を突き出すと、エリオットは拳を合わせた。
「そっちの姉ちゃんは──」
「アナスタシアだ」
「そうか、俺はエリオット。よろしく」
アナスタシアは自身の拳を見つめたあと、ぎこちなくエリオットと拳を合わせた。
「じゃ、行こうか」
エリオットに続いて、細道へ入っていく。
路地は湿っており、汚水の臭いがした。
建物同士が密集し、頭上には洗濯布や配線が複雑に絡み合っている。
道端には、酒瓶を抱えて眠る男。
煙草をふかす薄着の女。
どこからか怒鳴り声も聞こえる。
祭りの喧騒は少し遠く、ここだけ別の街みたいだ。
「なんか……独特な雰囲気ですね」
「ガラわりーだろ。これでも、下層よりはマシだけどな」
「下層?」
「通称『暗黒街』──こっちに住めねぇ奴らのたまり場さ」
スラムのようなものだろうか。エンバータウンは大都市だ。これほど大きいと、全体の生活保障までは手が回らないのかもしれない。
「近づこうなんて思うんじゃねぇぞ。あそこは……地獄だ」
口調は軽いが、エリオットの目は笑っていなかった。
何度目かの角を曲がると──
「ついたぜ」
目の前には、背の高い鉄柵。横にも長く広がっており、中には木が生い茂っている。
鉄柵の横には、金色の小さなベルがついていた。どうやら、ここは門らしい。
エリオットは立ち止まると、ベルを鳴らした。
チリンッ。
軽やかな音が鳴り、五秒ほど経つと──
『はい』
ベルの内から、冷ややかな女の声が聞こえた。
「オレだ」
『オレとは、どなたでしょう』
「エリオットだ」
『エリオットとは──』
「エリオット・カヴァッリ、黄金の誓いの若頭。客がいる。はやく開けろ!」
苛ついた様子で、エリオットは門を叩いた。
──ゴォ。
重低音とともに、門が内側へ開いていく。
中へと足を踏み入れると、すぐそこに白いベンチが置かれていた。
「そこに座ってな。迎えが来るからよ」
俺とアナスタシアが座ると、フィオナはくるりと回って深呼吸した。
「おっきい森だねえ。エルフの里みたい」
「森っつーか、庭だけどな」
そういって、エリオットは大きなあくびをした。
道は奥へと長く続いており、果ては見えない。
しばし待っていると──
ガラガラガラ。
静かな森の奥から、滑車の音が聞こえてきた。
木々の隙間から現れたのは、黒塗りの馬車。
「やっと来たか」
エリオットがぼやくと、馬車は俺たちの前で止まった。
側面が大きく開かれた造りだ。揺れる白布のカーテンの中には、赤革の座席が見えている。
漆黒の車体には、鎖を纏った黄金獅子の紋章があった。
御者席には、黒を基調としたメイド姿の少女。
片目を隠した灰紫の短髪が、白い肌へ落ちている。
タンッ。
御者席から少女が降りると、服の腰元にあった銀時計が揺れた。
垂れ眉に、淡い紫の瞳。人形のような顔立ちだ。
少女はスカートの端を摘み、静かに一礼した。
「お迎えに上がりました」
ベルから聞こえた声と同じだ。
「おせぇぞ、エダ」
「最初からお客様がいると伝えていただければ、もう少し早く来れました」
抑揚のない低声で、メイドはそう言った。
顔色に変化はないが、少しムッとしている気がする。
「使用人のエダと申します。皆さまを、屋敷へ案内させて頂きます」
エダは胸に手を当て、ぺこりと頭を下げた。
「足元にお気をつけて、お乗りください」
促されるまま、俺たちは馬車へと乗り込んだ。
赤革のソファの上で、フィオナは尻を跳ねさせた。
「ふかふかだっ」
「雪羊の羽毛と、レッドワイバーンの革を使った一級品です」
エリオットが乗ろうとすると、エダは扉を閉めた。
「なんだよ」
「エリオット様は歩いてください。この馬車は三人までです」
「嘘つくんじゃねぇ」
「では」
エダはそそくさと御者席に乗り、手綱を振った。
「おいっ。ちょっ!!」
エリオットを無視するように、馬車は進んでいく。
「お菓子か。お前の焼き菓子、食ったの怒ってるのか。俺が悪かった。悪かったって!!!!」
エリオットの叫び虚しく、馬車が止まることはなかった。
数分ほど経つと──
「もうすぐ屋敷に到着します」
エダがそういうと、木々の隙間から光が漏れた。
現れたのは、巨大な洋館。
黒い煉瓦と赤茶の木材で組まれた、古めかしい建物だった。
幾つもの尖塔が空へ突き出し、緑青の屋根には陽光が鈍く反射している。
広い庭園には噴水や花壇まで見え、馬車道は洋館まで真っ直ぐ伸びていた。
屋敷というよりは、もはや小さな城だ。
正面階段の前では、黒いドレスを着た少女がいた。
こちらへ手を振っている。あれは──たぶん、リリィだ。
馬車が屋敷の前で止まると、リリィは弾むように駆け寄ってきた。
「山田さん。おはようございます!」
一瞬、誰かわからなかった。いつもより濃い化粧のせいだろうか。
跳ねていた癖毛は綺麗に伸ばされ、黄髪はさらりと耳へ流されていた。
頭には黒薔薇の髪飾りが添えられ、黒いドレスとよく合っている。
俺たちが馬車から降りると、リリィは大きく目を開いた。
「すごい恰好ですね。キメラの仮装ですか」
「俺にも分からん」
「なるほど……」
リリィは低く頷くと、今度はフィオナの手を取った。
「フィオナさんも、お久しぶりです。お元気ですか」
「めっちゃ元気!」
「えっと、そちらの方は?」
アナスタシアは俺の肩を叩いた。
「こいつの奴隷だ。よろしく頼む」
「山田さん──」
そんな趣味が。と言いたげな顔だ。
「違います。友人です、ただの」
「なる、ほど……わかりました」
リリィは真剣な顔で頷いた。絶対わかってない。
「ところで、素晴らしいドレスですね。青のベースに白い刺繍……どこでオーダーしたんですか」
「これは、魔力で編んでいる。ドレスに見えるだけだ」
アナスタシアは袖を破ると、青い光が散った。
破れた青布の縁が、青白い光でなぞられていく。
直後、千切れた糸が生き物のように絡み合い、裂け目は音もなく塞がった。
「ええっ。触ってもいいですか!」
「構わん」
「すごい……こんな高密度の物体具現魔法、はじめて見ました」
感心するリリィを見て、エダは咳払いをした。
「お嬢様。そろそろ中へ」
「あ、すみません。では行きましょうか」
扉が開くと──
吹き抜けのホールだった。
白い床にはシャンデリアの輝きが落ち、大きな階段が左右に弧を描いている。
「ようこそ、我が家へ」
「紹介する貴族って、まさか……」
「あら、言ってませんでしたっけ」
リリィは唇に指を当てた。
「では、あらためて。“黄金の誓い”筆頭、ヴァルター・オルドレイン公爵の娘──リリーナと申します。本日は、一緒にパーティを楽しみましょう」
ただのガイドガールではないと思っていたが、本物の令嬢だったとは。
「……安心したよ」
俺がそういうと、リリィは微笑みながら首を傾げた。
「王城に潜入すると思ってたから」
「そんな非常識なっ。捕まったら大変ですよ」
保安局に忍び込むのは良いのかよ。
「とりあえず、服を着替えないとですね」
「服?」
「ええ、ドレスコードがあるので。エダ、山田さんをお願い」
「かしこまりました」
「お二人は、私と来てください」
リリィたちは、廊下を左へ進んでいった。
「では、こちらへ」
俺はエダの後に続き、右の廊下へと進んだ。
突き当たりで足を止めたエダは、金装飾の施された木扉を静かに開いた。
ふわりと流れてきたのは、仄かな香木の匂い。
部屋の奥には、黒を基調としたスーツが整然と並んでいる。
エダは、その中の一着を丁寧に取り出した。
続けて、靴やシャツを長机へ整然と並べていく。
「こちらにお着替えください。手伝いは必要ですか」
「いや、大丈夫」
「かしこまりました。整髪料は机に。私は外で待っていますので、終わったらお声がけください」
「ああ。わかった」
エダは一礼し、静かに部屋を出ていった。
白シャツに袖を通し、黒い上着を羽織る。
滑らかな生地が肩へ吸い付くように馴染み、普段着とはまるで重みが違った。
白い手袋。銀縁のタイピン。磨き抜かれた革靴。
あとは整髪料で、髪を整えて……かき上げる感じでいいのかな。
横にあった大鏡の前に立つと、見慣れない男がいた。
ガチャ。
扉を開けると、エダは静かにこちらを見つめた。
「……変かな」
「いえ、よくお似合いです」
「良かった。あとは、パーティの作法だな」
エダは、まだこちらを見つめている。
まばたきひとつなく、ちょっと怖い。
「えっと、なに?」
短く問うと、エダの垂れ眉がぴくりと動いた。
「失礼しました。山田さんが、まともな人で驚いておりました。少し、変わった方なのかと思っていたので」
「ああ……さっきの服装じゃ、そうなるよね」
人の第一印象は三秒で決まる、と本で読んだことがある。
きっと、“奇形ファッションの変人”だと思われていたのだろう。
それからしばらく歩き──
居間へ通されると、エダは一礼した。
「では、私は所用があるので」
「ありがとう」
中央の円卓には、すでにアナスタシアが座っていた。仮装は外したらしい。
「ほう。悪くないな」
「そりゃどうも」
円卓に腰を下ろしたとき、横の扉が開いた。
「お待たせしました!」
元気よく入って来たのは、リリィ。
その後ろにいた少女を見て、思わず息を呑んだ。
見慣れたエルフではない。
白いドレスの、天使がいた。
幾重にも重なった薄布が花弁のように広がり、腰元には銀の刺繍が散っている。
水色の長髪は後ろでまとめられ、編み込まれた髪の隙間には、白花の髪飾りが添えられていた。
薄く紅が引かれた唇を緩ませ、フィオナは微笑んだ。
「ほう」
アナスタシアは、感心するように目を細めた。
「ふふん。どう?」
白い裾を翻しながら、くるりとフィオナは回った。
広がったドレスが、窓から差し込む光を弾いている。
「ぁ……良いよ。すごい……良い」
間抜けた感想しか出てこない。
語彙を取り戻そうとしたとき、エダが部屋に入って来た。
「お嬢様。準備が出来ました」
「では、行きましょうか」
エダの背を追うように、俺たちは廊下の奥へ進んだ。
やがて辿り着いたのは、鉄格子に囲まれた昇降機。
中へ入ると、低い駆動音と共に景色が上昇していき、風が吹き込んだ。
屋上に停泊していたのは、小型の飛空艇だった。
深い蒼で統一された流線形の船体には、獅子の紋章。
側面には金装飾が巡り、“AS-09 Formira”と金文字が刻まれている。
「おぉー。かっこいい!」
フィオナは目を輝かせ、船まで走り出した。
「環航船フォーミラ。プライベートシップです」
そういってエダは船体の横へ歩み寄り、小さな鍵を挿し込んだ。
カチリ、と金属音が響く。
すると船体の側面がゆっくり外へ開き、階段状のスロープへと変形した。
「何だ、これは……」
アナスタシアは低くぼやいた。
珍獣でも見るような顔で、船体を撫でている。
「どうぞお上がりください」
俺たちはスロープを上がり、船内へ足を踏み入れた。
中は、想像していたより広い。床には深い青の絨毯が敷かれ、壁際には金装飾の施された長椅子や、高そうな茶器が収められた硝子の棚が並んでいる。天井には細長い灯が埋め込まれており、白い光が船内を照らしていた。
座席に全員が座ると──
「本日は私、エダ・バートレーが操縦させて頂きます。快適な空の旅をお楽しみください」
エダは黒革のゴーグルを装着すると、操縦席へ歩いていった。
「安全のため、席をお立ちにならないようにお願いします」
アナウンスが船内に響くと、低い駆動音が鳴った。
ゴォ──。
「フォーミラ、発進」
抑揚のないエダの号令とともに、船内の光が落ちた。
浮遊感が体を包んだ直後、壁に青白いラインが滑っていく。
そして壁面は音もなく透き通り、視界いっぱいに空が広がった。
遥か下では、屋敷の屋上が静かに遠ざかっている。
「おい……おい、揺れてるぞ」
あたふたするアナスタシアを見て、リリィは笑った。
「大丈夫ですよ。そう簡単に落ちませんから」
「すごい人だかり!」
フィオナは窓に手をつき、街を見下ろしている。
見えるのは、青い空と王都の街並み。
桃色の星環樹。白亜の城。街の家々。石畳を埋め尽くすように、人々が行き交っている。
祭りの影響か、凄まじい活気だ。
「数十年ぶりの選定儀ですからね。巫女の誕生を見たいのでしょう」
「巫女って?」
「星詠みの巫女──次期女王に与えられる呼び名です。グランティナ王家は、古くより女子が家督を継ぐのが習わしなんですよ」
「へぇ~」
眼下の街並みを眺めていると──
「もうじき着きます」
エダのアナウンスが聞こえた。
まだ数分も立っていないというのに、凄まじい速度だ。
「揺れますので、しっかりとお座りください」
エダの喋りが終わると、またもや浮遊感が体を包んだ。
窓の外では、白亜の王城が迫ってくる。
巨大な星環樹はすぐ近くにあり、桃色の枝葉が淡く発光していた。
青とも金ともつかない光が、城壁へ静かに降り注いでいる。
やがて、城前の広場が見えてきた。
噴水のある水場。その横には、環航船用と思われる広大な停泊場が広がっている。
ゴゥ──ン。
低い音とともに、船体が揺れた。
「到着です。外へどうぞ」
エダに促され、スロープを降りていくと──
生暖かい風が頬を撫でた。
視線の先には、宮殿のような王城がそびえ立っている。
白い尖塔が空へ突き刺さるように伸び、縦長の硝子窓が眩しく輝いていた。
背後に見える星環樹は大きすぎて、もはや壁のようだ。広がった枝葉が、空の大半を埋め尽くしている。
そして広場を歩いているのは、明らかに身分の高そうな者ばかりだった。
宝石の散ったドレス。金糸の礼服。豪奢な装飾杖。
「なんか、肩身狭いな……礼儀とか大丈夫かな」
「作法よりも、楽しむことが大切ですよ」
そういうと、リリィは腕を空に突き出した。
「さぁ、バイブスあげていきましょー! おーっ!」
「おーっ!!」
フィオナは元気よく腕を掲げた。
「ぉー」
エダは覇気のない声で、申し訳程度に手を上げている。
「お、おー」
俺も小さく拳を上げた。
フィオナの目は、遊園地に来た子供のようだ。
「美味しいご飯、あるかな!?」
「たぶんね」
あれ、アナスタシアは──
後ろで口に手を当て、俯いている。
「どうした」
「話しかけるな。気分が悪い……」
「酔っちゃったのか」
アナスタシアの背中をさすりながら、俺は王城を見上げた。
まだ見ぬ世界に、胸が高鳴る。
いざ、王城へ──。




