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World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第三章「星詠みの巫女」

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第六十話「星冠祭」

 朝。

 銃の手入れをしていると、アナスタシアが起きてきた。

 白いワイシャツ姿で立ったまま、微動だにしない。

 感情はまるで読めず、冷たい青眼がじっと俺を覗いている。

「顔色悪いけど……大丈夫?」

 問いかけると、小ぶりな唇がゆるやかに開いた。

「王城に入りたい。協力してくれ」

「唐突だな……」

「昨日ひとりで行ったら、門前払いを食らった」

 アナスタシアが手を出すと、掌に光が灯った。

 瞬くように現れたのは、六芒星を象った蒼銀のペンダント。

 水晶のような透明感だ。奥には、星屑のような粒が揺れている。

「昔は、これを見せれば通れたんだが……」

「なんか高そう」

「最高級の魔力核だ。二千年前のものだが、値段は張るだろうな」

「にせん──」

 骨董品にもほどがある。

 アナスタシアは窓辺へ歩いていくと、床から天井まで伸びた大窓を開いた。

 風とともに、むわりとした熱気が流れ込んだ。

 夏の匂いがする。

「四月三十から三日間、街で祭りが開かれる」

「三十……明日からか」

「ああ。王城でも宴がある。それに乗じれば、城内に潜り込めるはずだ」

「意外だな。パーティ好きなのか」

「いや……目的は、王城の地下だ」

「地下って、何する気だよ」

「確かめたいことがある」

 アナスタシアは、じっと俺を見た。

「協力してくれ」

「なんで俺なんだ」

「従者が困れば、主人が助ける。当然ではないか」

「主人ヅラするなって言ってたのに……」

「貴族のツテはないか。宴に招待されているはずだ」

 俺の言葉を無視して、アナスタシアは続けた。

「もしくは、特権階級を紹介できる人間」

「市民ですらないんだ。そんな知り合い──」

 銃の部品をはめたとき、頭に浮かんだのはクリーム色の黄短髪。

 優秀なガイドであり、情報屋でもある小柄な少女。

「まぁ……聞いてみるか」

 机に置いてあったギルドタグを拾い上げた。

 連絡する先は──リリーナ・オルドレイン。

 

 *


 翌朝。

 俺はアナスタシアとフィオナを連れ、リリィの元へと向かっていた。

 頭上には色鮮やかな天幕が張り巡り、“第七十二回星冠祭”の文字が風に踊っている。

 口から炎を噴く大道芸人。

 星の風船を抱えて駆ける子供たち。

 軽快な弦楽器の音と、人々の笑い声が通りに広がっていた。

 通りの両脇には露店が並び、屋台から白煙が立ち昇っている。

 焼けた肉。

 焦がし砂糖。

 発酵した酒。

 多くの匂いが混ざり合い、むっとする夏の熱気が通りにこもっていた。


 タッタッタ。

 

 フィオナが駆けた。

 行先は、暖簾に酒と大きく書かれた屋台。

「爽快ペガサスサワーひとつ!」

 白ハチマキを巻いた店主は、「はいよ」と透明なジョッキを取り出した。

「朝から呑むのか」

「朝呑みは、大人の特権だからね」

「お待ちどう」

 フィオナは店主からジョッキを受け取り、白く泡立った酒をぐいっと飲んだ。

「かぁ~ッ!」

 酒はあっという間に空になり、フィオナは満足げに白い息を吐いている。

 玩具を欲しがる幼児はもういない。俺の前にいるのは、祭りと酒が大好き成人エルフだった。

 もう手を繋ぐ必要もないと思うと、少しだけ寂しい。

 感慨にふけっていると、フィオナの腹がぐぅと鳴った。

「お腹すいたぁ」

「あれとか好きなんじゃないか」

 指で示した先には、子供に大人気“ちびもん焼き”と書かれた露店。

 焦げた蜜の香りが漂う中、鉄板では丸い焼き菓子がくるくると回されている。

「えー、子供が食べるやつじゃん」

 可愛らしいモンスターの顔が描かれた見本を見ると、フィオナは頬を緩めた。

「食べないの?」

「食べまーす! ちびもん焼きひとつ!」

「俺もひとつ。激あま蜜味で」

 注文していると、

「まだか。早く行くぞ」

 アナスタシアが声を上げた。

「まぁまぁ。まだ時間はあるし、ゆっくりいこうよ」

「これ可愛い!」

 フィオナの方を見ると、隣の屋台を見ていた。

 店先には、人外のお面や耳飾りで溢れている。仮装ができる屋台らしい。

「どれにする!?」

「いらん」

 アナスタシアは即答した。

「じゃあ──私はキツネの耳で、アーちゃんはウサギね」

「おい……」

 フィオナの押しの強さは横綱級だ。

 アナスタシアは抵抗するのを諦めたのか、うさ耳を頭につけられていた。

「満足か」

「見てあれ、妖精の羽セットだって。あれも!」

「早くしろ」

 そして──

 往来を闊歩する三人のモンスターが生まれた。

 背には煌びやかな羽、頭には動物を模した耳飾り。

 俺は緑の蛇を体中に巻き付け、頭には先端の丸い触角が生えている。何の仮装なのかは不明だ。

 歩いていると、黒スーツを着た男が壁に背もたれていた。

 男はこちらに気づくと、黒髪をかき上げ、黄色ネクタイを締め直した。

「よぉ、兄弟。楽しんでる……みたいだな」

「エリオットさん。なんでここに」

「迎えに行けって言われたんだよ。こっから先は、迷うからな」

 エリオットが親指で示した先には、舗装されていない細道が伸びていた。建物が陽光を遮り、朝なのにどこか薄暗い。

「ありがとうございます。案内お願いします」

「おう。エルフの嬢ちゃんも、久しぶりだな」

「イェー!」

 フィオナが拳を突き出すと、エリオットは拳を合わせた。

「そっちの姉ちゃんは──」

「アナスタシアだ」

「そうか、俺はエリオット。よろしく」

 アナスタシアは自身の拳を見つめたあと、ぎこちなくエリオットと拳を合わせた。

「じゃ、行こうか」

 エリオットに続いて、細道へ入っていく。

 路地は湿っており、汚水の臭いがした。

 建物同士が密集し、頭上には洗濯布や配線が複雑に絡み合っている。

 道端には、酒瓶を抱えて眠る男。

 煙草をふかす薄着の女。

 どこからか怒鳴り声も聞こえる。

 祭りの喧騒は少し遠く、ここだけ別の街みたいだ。

「なんか……独特な雰囲気ですね」

「ガラわりーだろ。これでも、下層よりはマシだけどな」

「下層?」

「通称『暗黒街』──こっちに住めねぇ奴らのたまり場さ」

 スラムのようなものだろうか。エンバータウンは大都市だ。これほど大きいと、全体の生活保障までは手が回らないのかもしれない。

「近づこうなんて思うんじゃねぇぞ。あそこは……地獄だ」

 口調は軽いが、エリオットの目は笑っていなかった。

 何度目かの角を曲がると──

「ついたぜ」

 目の前には、背の高い鉄柵。横にも長く広がっており、中には木が生い茂っている。

 鉄柵の横には、金色の小さなベルがついていた。どうやら、ここは門らしい。

 エリオットは立ち止まると、ベルを鳴らした。


 チリンッ。

 

 軽やかな音が鳴り、五秒ほど経つと──

『はい』

 ベルの内から、冷ややかな女の声が聞こえた。

「オレだ」

『オレとは、どなたでしょう』

「エリオットだ」

『エリオットとは──』

「エリオット・カヴァッリ、黄金の誓い(ゴールド・ヴァウ)の若頭。客がいる。はやく開けろ!」

 苛ついた様子で、エリオットは門を叩いた。

 

 ──ゴォ。

 

 重低音とともに、門が内側へ開いていく。

 中へと足を踏み入れると、すぐそこに白いベンチが置かれていた。

「そこに座ってな。迎えが来るからよ」

 俺とアナスタシアが座ると、フィオナはくるりと回って深呼吸した。

「おっきい森だねえ。エルフの里みたい」

「森っつーか、庭だけどな」

 そういって、エリオットは大きなあくびをした。

 道は奥へと長く続いており、果ては見えない。

 しばし待っていると──


 ガラガラガラ。

 

 静かな森の奥から、滑車の音が聞こえてきた。

 木々の隙間から現れたのは、黒塗りの馬車。

「やっと来たか」

 エリオットがぼやくと、馬車は俺たちの前で止まった。

 側面が大きく開かれた造りだ。揺れる白布のカーテンの中には、赤革の座席が見えている。

 漆黒の車体には、鎖を纏った黄金獅子の紋章があった。

 御者席には、黒を基調としたメイド姿の少女。

 片目を隠した灰紫の短髪が、白い肌へ落ちている。


 タンッ。


 御者席から少女が降りると、服の腰元にあった銀時計が揺れた。

 垂れ眉に、淡い紫の瞳。人形のような顔立ちだ。

 少女はスカートの端を摘み、静かに一礼した。

「お迎えに上がりました」

 ベルから聞こえた声と同じだ。

「おせぇぞ、エダ」

「最初からお客様がいると伝えていただければ、もう少し早く来れました」

 抑揚のない低声で、メイドはそう言った。

 顔色に変化はないが、少しムッとしている気がする。

「使用人のエダと申します。皆さまを、屋敷へ案内させて頂きます」

 エダは胸に手を当て、ぺこりと頭を下げた。

 挿絵(By みてみん)

「足元にお気をつけて、お乗りください」

 促されるまま、俺たちは馬車へと乗り込んだ。

 赤革のソファの上で、フィオナは尻を跳ねさせた。

「ふかふかだっ」

「雪羊の羽毛と、レッドワイバーンの革を使った一級品です」

 エリオットが乗ろうとすると、エダは扉を閉めた。

「なんだよ」

「エリオット様は歩いてください。この馬車は三人までです」

「嘘つくんじゃねぇ」

「では」

 エダはそそくさと御者席に乗り、手綱を振った。

「おいっ。ちょっ!!」

 エリオットを無視するように、馬車は進んでいく。

「お菓子か。お前の焼き菓子、食ったの怒ってるのか。俺が悪かった。悪かったって!!!!」

 エリオットの叫び虚しく、馬車が止まることはなかった。

 数分ほど経つと──

「もうすぐ屋敷に到着します」

 エダがそういうと、木々の隙間から光が漏れた。

 現れたのは、巨大な洋館。

 黒い煉瓦と赤茶の木材で組まれた、古めかしい建物だった。

 幾つもの尖塔が空へ突き出し、緑青の屋根には陽光が鈍く反射している。

 広い庭園には噴水や花壇まで見え、馬車道は洋館まで真っ直ぐ伸びていた。

 屋敷というよりは、もはや小さな城だ。

 正面階段の前では、黒いドレスを着た少女がいた。

 こちらへ手を振っている。あれは──たぶん、リリィだ。

 馬車が屋敷の前で止まると、リリィは弾むように駆け寄ってきた。

 挿絵(By みてみん)

「山田さん。おはようございます!」

 一瞬、誰かわからなかった。いつもより濃い化粧のせいだろうか。

 跳ねていた癖毛は綺麗に伸ばされ、黄髪はさらりと耳へ流されていた。

 頭には黒薔薇の髪飾りが添えられ、黒いドレスとよく合っている。

 俺たちが馬車から降りると、リリィは大きく目を開いた。

「すごい恰好ですね。キメラの仮装ですか」

「俺にも分からん」

「なるほど……」

 リリィは低く頷くと、今度はフィオナの手を取った。

「フィオナさんも、お久しぶりです。お元気ですか」

「めっちゃ元気!」

「えっと、そちらの方は?」

 アナスタシアは俺の肩を叩いた。

「こいつの奴隷だ。よろしく頼む」

「山田さん──」

 そんな趣味が。と言いたげな顔だ。

「違います。友人です、ただの」

「なる、ほど……わかりました」

 リリィは真剣な顔で頷いた。絶対わかってない。

「ところで、素晴らしいドレスですね。青のベースに白い刺繍……どこでオーダーしたんですか」

「これは、魔力で編んでいる。ドレスに見えるだけだ」

 アナスタシアは袖を破ると、青い光が散った。

 破れた青布の縁が、青白い光でなぞられていく。

 直後、千切れた糸が生き物のように絡み合い、裂け目は音もなく塞がった。

「ええっ。触ってもいいですか!」

「構わん」

「すごい……こんな高密度の物体具現魔法、はじめて見ました」

 感心するリリィを見て、エダは咳払いをした。

「お嬢様。そろそろ中へ」

「あ、すみません。では行きましょうか」

 扉が開くと──

 吹き抜けのホールだった。

 白い床にはシャンデリアの輝きが落ち、大きな階段が左右に弧を描いている。

「ようこそ、我が家へ」

「紹介する貴族って、まさか……」

「あら、言ってませんでしたっけ」

 リリィは唇に指を当てた。

「では、あらためて。“黄金の誓い(ゴールド・ヴァウ)”筆頭、ヴァルター・オルドレイン公爵の娘──リリーナと申します。本日は、一緒にパーティを楽しみましょう」

 ただのガイドガールではないと思っていたが、本物の令嬢だったとは。

「……安心したよ」

 俺がそういうと、リリィは微笑みながら首を傾げた。

「王城に潜入すると思ってたから」

「そんな非常識なっ。捕まったら大変ですよ」

 保安局に忍び込むのは良いのかよ。

「とりあえず、服を着替えないとですね」

「服?」

「ええ、ドレスコードがあるので。エダ、山田さんをお願い」

「かしこまりました」

「お二人は、私と来てください」

 リリィたちは、廊下を左へ進んでいった。

「では、こちらへ」

 俺はエダの後に続き、右の廊下へと進んだ。

 突き当たりで足を止めたエダは、金装飾の施された木扉を静かに開いた。

 ふわりと流れてきたのは、仄かな香木の匂い。

 部屋の奥には、黒を基調としたスーツが整然と並んでいる。

 エダは、その中の一着を丁寧に取り出した。

 続けて、靴やシャツを長机へ整然と並べていく。

「こちらにお着替えください。手伝いは必要ですか」

「いや、大丈夫」

「かしこまりました。整髪料は机に。私は外で待っていますので、終わったらお声がけください」

「ああ。わかった」

 エダは一礼し、静かに部屋を出ていった。

 白シャツに袖を通し、黒い上着を羽織る。

 滑らかな生地が肩へ吸い付くように馴染み、普段着とはまるで重みが違った。

 白い手袋。銀縁のタイピン。磨き抜かれた革靴。

 あとは整髪料で、髪を整えて……かき上げる感じでいいのかな。

 横にあった大鏡の前に立つと、見慣れない男がいた。


 ガチャ。

 

 扉を開けると、エダは静かにこちらを見つめた。

「……変かな」

「いえ、よくお似合いです」

「良かった。あとは、パーティの作法だな」

 エダは、まだこちらを見つめている。

 まばたきひとつなく、ちょっと怖い。

「えっと、なに?」

 短く問うと、エダの垂れ眉がぴくりと動いた。

「失礼しました。山田さんが、まともな人で驚いておりました。少し、変わった方なのかと思っていたので」

「ああ……さっきの服装じゃ、そうなるよね」

 人の第一印象は三秒で決まる、と本で読んだことがある。

 きっと、“奇形ファッションの変人”だと思われていたのだろう。

 それからしばらく歩き──

 居間へ通されると、エダは一礼した。

「では、私は所用があるので」

「ありがとう」

 中央の円卓には、すでにアナスタシアが座っていた。仮装は外したらしい。

「ほう。悪くないな」

「そりゃどうも」

 円卓に腰を下ろしたとき、横の扉が開いた。

「お待たせしました!」

 元気よく入って来たのは、リリィ。

 その後ろにいた少女を見て、思わず息を呑んだ。

 見慣れたエルフではない。

 白いドレスの、天使がいた。

 幾重にも重なった薄布が花弁のように広がり、腰元には銀の刺繍が散っている。

 水色の長髪は後ろでまとめられ、編み込まれた髪の隙間には、白花の髪飾りが添えられていた。

 薄く紅が引かれた唇を緩ませ、フィオナは微笑んだ。

「ほう」

 アナスタシアは、感心するように目を細めた。

「ふふん。どう?」

 白い裾を翻しながら、くるりとフィオナは回った。

 広がったドレスが、窓から差し込む光を弾いている。

「ぁ……良いよ。すごい……良い」

 間抜けた感想しか出てこない。

 語彙を取り戻そうとしたとき、エダが部屋に入って来た。

「お嬢様。準備が出来ました」

「では、行きましょうか」

 エダの背を追うように、俺たちは廊下の奥へ進んだ。

 やがて辿り着いたのは、鉄格子に囲まれた昇降機。

 中へ入ると、低い駆動音と共に景色が上昇していき、風が吹き込んだ。

 屋上に停泊していたのは、小型の飛空艇だった。

 深い蒼で統一された流線形の船体には、獅子の紋章。

 側面には金装飾が巡り、“AS-09 Formira”と金文字が刻まれている。

 挿絵(By みてみん)

「おぉー。かっこいい!」

 フィオナは目を輝かせ、船まで走り出した。

「環航船フォーミラ。プライベートシップです」

 そういってエダは船体の横へ歩み寄り、小さな鍵を挿し込んだ。

 カチリ、と金属音が響く。

 すると船体の側面がゆっくり外へ開き、階段状のスロープへと変形した。

「何だ、これは……」

 アナスタシアは低くぼやいた。

 珍獣でも見るような顔で、船体を撫でている。

「どうぞお上がりください」

 俺たちはスロープを上がり、船内へ足を踏み入れた。

 中は、想像していたより広い。床には深い青の絨毯が敷かれ、壁際には金装飾の施された長椅子や、高そうな茶器が収められた硝子の棚が並んでいる。天井には細長い灯が埋め込まれており、白い光が船内を照らしていた。

 座席に全員が座ると──

「本日は私、エダ・バートレーが操縦させて頂きます。快適な空の旅をお楽しみください」

 エダは黒革のゴーグルを装着すると、操縦席へ歩いていった。

「安全のため、席をお立ちにならないようにお願いします」

 アナウンスが船内に響くと、低い駆動音が鳴った。


 ゴォ──。

 

「フォーミラ、発進」

 抑揚のないエダの号令とともに、船内の光が落ちた。

 浮遊感が体を包んだ直後、壁に青白いラインが滑っていく。

 そして壁面は音もなく透き通り、視界いっぱいに空が広がった。

 遥か下では、屋敷の屋上が静かに遠ざかっている。

「おい……おい、揺れてるぞ」

 あたふたするアナスタシアを見て、リリィは笑った。

「大丈夫ですよ。そう簡単に落ちませんから」

「すごい人だかり!」

 フィオナは窓に手をつき、街を見下ろしている。

 見えるのは、青い空と王都の街並み。

 桃色の星環樹。白亜の城。街の家々。石畳を埋め尽くすように、人々が行き交っている。

 祭りの影響か、凄まじい活気だ。

「数十年ぶりの選定儀ですからね。巫女の誕生を見たいのでしょう」

「巫女って?」

「星詠みの巫女──次期女王に与えられる呼び名です。グランティナ王家は、古くより女子が家督を継ぐのが習わしなんですよ」

「へぇ~」

 眼下の街並みを眺めていると──

「もうじき着きます」

 エダのアナウンスが聞こえた。

 まだ数分も立っていないというのに、凄まじい速度だ。

「揺れますので、しっかりとお座りください」

 エダの喋りが終わると、またもや浮遊感が体を包んだ。

 窓の外では、白亜の王城が迫ってくる。

 巨大な星環樹はすぐ近くにあり、桃色の枝葉が淡く発光していた。

 青とも金ともつかない光が、城壁へ静かに降り注いでいる。

 やがて、城前の広場が見えてきた。

 噴水のある水場。その横には、環航船用と思われる広大な停泊場が広がっている。


 ゴゥ──ン。


 低い音とともに、船体が揺れた。

「到着です。外へどうぞ」

 エダに促され、スロープを降りていくと──

 生暖かい風が頬を撫でた。

 視線の先には、宮殿のような王城がそびえ立っている。

 白い尖塔が空へ突き刺さるように伸び、縦長の硝子窓が眩しく輝いていた。

 背後に見える星環樹は大きすぎて、もはや壁のようだ。広がった枝葉が、空の大半を埋め尽くしている。

 そして広場を歩いているのは、明らかに身分の高そうな者ばかりだった。

 宝石の散ったドレス。金糸の礼服。豪奢な装飾杖。

「なんか、肩身狭いな……礼儀とか大丈夫かな」

「作法よりも、楽しむことが大切ですよ」

 そういうと、リリィは腕を空に突き出した。

「さぁ、バイブスあげていきましょー! おーっ!」

「おーっ!!」

 フィオナは元気よく腕を掲げた。

「ぉー」

 エダは覇気のない声で、申し訳程度に手を上げている。

「お、おー」

 俺も小さく拳を上げた。

 フィオナの目は、遊園地に来た子供のようだ。

「美味しいご飯、あるかな!?」

「たぶんね」

 あれ、アナスタシアは──

 後ろで口に手を当て、俯いている。

「どうした」

「話しかけるな。気分が悪い……」

「酔っちゃったのか」

 アナスタシアの背中をさすりながら、俺は王城を見上げた。

 まだ見ぬ世界に、胸が高鳴る。

 いざ、王城へ──。

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