表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第三章「星詠みの巫女」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/67

第五十九話「王家の秘密」

 白鍵を叩いた。

 深く沈んだオルガンの旋律が、薄暗い書庫を満たしていく。

 いつからだ。

 人に関わらなくなったのは。

 いつからだ。

 ここから出なくなったのは。

 十年、百年、千年、無限のような時間を過ごした。

 なぜ、息をする。

 なぜ、ここに在る。

 私は、なぜ──

 考えども正解はない。

 頭によぎる疑念を消すように、白鍵を叩いた。

 音楽は良い。

 心地よく、音を奏でるだけ。

 シンプルで、明快で、美しい。

 渦巻く思考を溶かすように、指を滑らせた。

 題名のない曲を、弾き終えた頃──

 

 パチ、パチ。

 

 小階段の下から、乾いた音がした。

 振り返ると──

 薄い白絹を纏った、ひとりの少女が手を合わせていた。

 宵闇を溶かしたような藍色の長髪が、腰まで垂れている。

 紫水晶のような瞳で、少女はこちらを見ていた。

 挿絵(By みてみん)

「お前……どうやって入った」

「お城で遊んでいたら、ここを見つけたの」

 

 ありえない。


 “星詠みの書庫”は、秘された領域。

 星の女神ティナに祝福されし、神域であり聖域。

 この場所を知るのは、今や墓の下に眠る男と、王座を継いだ者だけだ。

「そんなことより、とても素敵な演奏だったわ」

 少女は横髪を後ろへ流し、柔らかく笑った。

「見ない顔だけど……どこの御令嬢かしら」

 瞳を輝かせ、少女が近づいてくる。

 顔に浮かんでいるのは、好奇心。

「素敵な銀髪!」

「おい……」

「瞳もビー玉みたい。綺麗な青──」

 ずいっと、少女は私を覗きこんだ。

「近づくな」

「どうして?」

 どうして──

 どうして、だったか。

 曖昧な記憶を、手繰り寄せた。

 暗い。

 ほの暗い、石造りの空間だ。

 冷えた石壁には苔が張り付き、湿った匂いがした。

 天井は開いており、頼りない夜星の光が差し込んでいる。

 淡い光に照らされているのは、粗削りな石の玉座。

 そこに、騎士の甲冑を纏った女が座っている。

 短く切り揃えた藍髪の下で、厳しい紫眼が覗いた。

 

 “そなたは、禁忌である”

 

 その女──三代目グランティナ王は、威厳のある声でそう言った。

 瞳に宿っていたのは、悲哀だ。

 男として生きた強い女が、一度も見せた事のない表情をしていた。

 そうだ。

 私は、人と関わらない。

 遠い昔に、そう約束したのだ。

「そういう、決まりになっているからだ」

「ふぅん」

「早く出ていけ。子供が遊ぶ場所じゃない」

「つまんないの。母様が通うぐらいだから、きっと楽しい場所だと思ってたのに」

「お前、まさか……」

「グランティナ王家長女──アイシャ・グランティナと申します。()()()()()にお会いできて、光栄ですわ」

 少女は腰の白布をつまみ、優雅に一礼した。

「お友達になってくださる?」

 差し伸べられた手を見て、私は眉を寄せた。

 何かが変わる。

 得体の知れないざわめきが、胸の底で波打っていた──。


 ──タン、タン。

 

 気づけば、少女の足音は聞き慣れたものになっていた。

「また来たのか」

「いいじゃない。友達なんだし」

 本を読んでいた私の横へ、少女は当たり前のように座った。

「友になった覚えはない。もう来るな」

 時たまに、この娘のような者が現れる。

 人間というのは、何故こうも他者と触れ合いたがるのか。

「大人しくしてるから──お願い」

 椅子の上で、少女はひざを抱えた。

「何か、あったのか」

「戦争が始まったのよ。聖王国と、魔王領のね」

「お前には関係ないだろう」

「無関係じゃないわ。戦争の話になると、みんな怖い顔してるし──居心地悪いったらありゃしない。しかも、人間の味方をしないと怒られるのよ」

「……」

「戦争なんて嫌い──見た目が違うから、生き方が違うから、そうやってお互いを押さえつけて、傷つけあってる」

 少女は白絹のひざ元を、ぎゅっと掴んだ。

「みんな違って、みんな良い。それでいいじゃない……大人は、みんな馬鹿よ」

「……世界は、そう単純じゃない」

「そんなの分かってる。でも、嫌なの」

 少女は席を立つと、廊下へと歩きだした。

 月光の落ちる場所で止まり──

 藍色の長髪を、さらりと後ろへ払った。

 白い頬を覗かせた横顔は、どこか沈んで見える。

「もうすぐ、“星詠みの巫女”──新たな女王が選ばれる」

 先代に何かあったのだろう。

 気落ちしている理由は、戦争だけではないようだ。

「私が王様になったら、多くの人が笑って暮らせる──平和な街にするの」

「平和な街……」

「そう。獣人も、魔人も、どんな種族だって受け入れる。そんな優しい国よ」

 少女は私を見据えた。

 紫水晶の瞳が、月光を受けて輝いている。

 

 ()()()

 

 平和を掲げた王など、過去に幾らでもいた。

 だが現実は、政治、宗教、民意──数え切れぬ思惑に呑まれていく。

 それでも。

 不可能などない。そう信じているように。

 少女は、眩しいほど真っ直ぐな瞳をしていた。

「……お前の母は、強い女だった。血を引くお前ならば、成せるかもしれんな」

「ふふ。話せてよかった」

 少女は微笑むと、懐から懐中時計を出した。

「本当はね……偶然ここを見つけたっていうのは、嘘なの」

「そうだろうな」

 何度聞いても答えをはぐらかされていたが、今日は話す気があるらしい。

「女王には秘密があるって、妖精さんが教えてくれたの。綺麗な時計もくれてね」

「妖精だと……その話、もっと詳しく──」

 問おうとした時、

 

 カチッ。


 針の音がした。

 その瞬間、少女の首がびくりと上を向いた。

 細い肩は痙攣するように震えている。

「おい、どうした」

 異変に席を立つと──

 少女の首が、ぐりんとこちらを向いた。

 白目は黒に染まり、瞳孔は赤く変色している。

「だめだよ。余計なこと話しちゃ」

 口角が、ぐにゃりと歪んだ。

「お前……()()

「だぁ~れだ」

 おどけるように両手を揺らし、少女は首を傾げた。

 そして──


 消えた。

 

 そう思った刹那、視界が回った。

「ぐっ……!」

 衝撃に目を閉じ、開けると──

 少女が、私を組み敷いていた。

 細腕とは思えない膂力だ。

 首を押さえつけられ、呼吸もままならない。

 歪んだ顔が、眼前まで迫る。

「やっぱり……ここから感じる」

 少女はぺろりと私の首筋を舐め、ドレスの胸元を引き裂いた。

 冷たい手が、探るように滑っていく。鎖骨をなぞり、下へ。

 左胸の上まで来ると、

 

 ずぶり。


 指先が、胸の奥へ沈み込んだ。

「ヵッ、ハ……ッ!」

 肉を掻き回されるような激痛。

 身体が跳ねると、首がさらに絞めつけられた。

 少女の手が、ゆっくりと引き抜かれ──

 体内から現れたのは、一冊の青い本。

「見ーつけた」

「よせ。それは──ッ!」

 手を伸ばすと、少女は軽やかに飛び退いた。

「もう遅い」

「貴様……」

 私は体を起こし、水晶剣を手に宿した。

「いいのか。娘が死ぬぞ」

 踏み込もうとした足が、止まった。

 少女は、くく、と喉を鳴らした。

「いつまで寝ている。起きろ──カリオス」

 青い本の頁が、勢いよく開いていく。


 どろり。


 本の内から、濁った闇が溢れ出した。

 “青の封書”の印が、解かれようとしている。

「クソッ!」

 踏み込んだ。

 腹が立つ。躊躇した自分自身に。

 昔の私ならば、人間ひとりが死ぬ程度のことで、迷いはしなかったはずだ。

「ハァ──ッ!」

 叫びと共に、刃を突き出した。

 自らの弱さごと断ち切るように、少女の肩口を貫く。

 そのまま勢い任せに、背後の書棚へ叩きつけた。

「ぁっ……」

 小さな唇から、どぱりと血が溢れだす。

 滲み出ていた闇は霧散し、青の封書は床へ落ちた。

「アナスタ、シア……」

 少女の身体が、力なく崩れ落ちていく。

 抱き留めると──

 黒赤に濁っていた瞳は、もう紫へ戻っていた。

「なに、これ……痛い、よ……」

「大丈夫だ。急所は外した。すぐに治療すれば、命は──」

「いいの……大丈夫……」

「何を言ってる。早く治療を」

「まずは──」

 少女は血塗れの両手を持ち上げ、私の頬を包んだ。

「お前に入らないとなァ」

「なに──ッ!」

 黒紫色の闇が、少女の肉体から溢れ出した。

 粘つく闇は抱きつくように絡みつき、私の中へ入ってくる。

 侵されている。

 犯されている。

 オカサレテイル。

 頭を。

 体を。

 骨を。

 異物が這い回っている。

「おやすみ、アナスタシア。忘却の果て──夢で逢おう」

 痛い。

 寒い。

 息が苦しい。

 体の自由が効かない。

 視界が滲む。意識が沈んでいく。

 朦朧とする中、私は書館の扉へ手を向けた。

 銀の扉へ、ありったけの魔力を流し込んでいく。

 内から決して開かぬように。固く、硬く。

 重音が響き、銀扉に無数の印が刻まれていく。

 深い闇へ沈んでいく。

 終わりない地獄へ。

 

 苦しい。

 

 苦しい。

 

 ぐるじ──

 息苦しさに目を開けると、エルフが私を羽交い締めにしていた。

 首筋に、柔らかな感触。

「んぁ~……うま、うま……」

 エルフは寝言を言いながら、私の首を甘噛みしている。

「っ……離せっ」

 水色の髪ごと頭を掴み、無理やり引き剥がした。

 体を起こすと、

 

 カチャ、カチャ。


 静かな部屋に、金属音が響いていた。

「おはよう」

 顔を向けると──

 白布を片手に、男が銃の部品を拭いている。

「顔色悪いけど……大丈夫?」

 山田緋色。

 人間。

 三十二歳。

 黒髪、中背、筋肉質。

 なぜかエルフと旅をしている、奇妙な男。

 そして、不本意にも、私の主人となってしまった。

 全くもって不服。

 不服ではあるが、しばらくは行動を共にせねばならない。

 数奇な運命を恨みながら、私はゆっくりと口を開いた──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ