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World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第二章「残り火の街」

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幕間「魔女の招待状」

 私はエルフたちと別れ、露店がひしめく通りを歩いた。

 色鮮やかな布天幕が頭上を横切り、陽光を柔らかく散らしている。

 果実を焼く甘い匂い。

 香辛料の刺激臭。

 喧騒の中を進むと、壁から伸びた鉄の吊り具に、青白い硝子灯が揺れていた。

 灯のすぐ横には、人ひとりがようやく通れるほどの隙間がある。

 私は迷うことなく、その狭間へと足を踏み入れた。

 狭間を抜けると──


 光が溢れた。

 

 裏路地だ。

 年季の入った白煉瓦(れんが)の建物が肩を寄せ合うように並び、怪しげな店が立ち並んでいる。

 乾いた獣骨。

 紫煙を漏らす香炉。

 謎の紋様が刻まれた仮面。

 紫色の液体が揺れる硝子瓶。

 軒先には奇妙な品々が吊るされ、何に使うのかも分からない品ばかりだ。

 石畳の通路には細い陽が落ち、あたりに人の気配はない。

 頭上にある薄布が風に揺れ、ちりん、ちりんと風鈴の音が微かに鳴っている。

 折れ曲がる石畳をさらに進んでいくと──

 路地の一角に、二階建ての大きな店があった。

 壁には蔦葉が這い、古びた黒鉄の骨組みに沿うように、広い窓がいくつも嵌め込まれている。

 窓辺には美しい宝石が並べられ、蒼や紫の光がぼんやりと揺れていた。

 黒塗りの看板には、金文字で──“マリエッタの魔具工房”。


 りんっ。


 扉を開くと、澄んだ鈴の音が鳴った。

 広い店内には古びた木棚と机が並び、無造作に品物が置かれている。

 雷が走る試験管。

 脈動する緑の宝石。

 不気味な笑みを浮かべる人形。

 血走った眼球が浮かんだ透明な箱。

 金属輪がゆっくりと回転する星環儀。

 かち、こちと古時計の静かな音だけが聞こえる。

 天井には薬草束が吊り下がり、小さな青灯が薄暗い店内をぼんやり照らしていた。

 深い色合いの木階段を上がっていくと──

 古い紙の香りがした。

 壁一面には古びた魔具が吊られ、本棚には分厚い魔導書がぎっしりと詰められている。

 陽が差した窓辺には鉢があり、光る魚が遊泳していた。

 その横には、一匹の黒猫が寝ている。

 私に気づいたのか、黒猫はぴくりと耳を動かした。

「久しいな、ミーミル。百と七十六年ぶりか」

「シャッ!」

 黒猫はしっぽを逆立て、低く唸っている。

「ふん、変わらず生意気だな。()の分際で……」

 撫でようとすると、黒猫はひらりと跳び退いていった。

 目を向けると──

 アンティーク調のカウンター奥から、紫の魔女帽を被った女が現れた。

 へそや太ももを大きく露出させた紫色の衣装に、ウェーブした黒紫の長髪。色香を帯びた顔立ちは、記憶と一切違わない。

 今となっては、“私を知る”数少ない旧知である。

 挿絵(By みてみん)

 その旧知──マリエッタ・ベルは、アメジスト色の目を見開いた。

「げっ」

「久々に会う同胞(どうほう)に、げっとは何だ」

「アナスタシア──あんた……どこで何してたのよ」

「お前には関係なかろう」

「大ありよ。あんたが居なくなって、私がどれほど迷惑したかっ」

「やむをえなかった。禁書の封が、解けてしまってな」

「はぁ~っ!?」

 机を叩き、マリエッタは身を乗り出した。

「魔女の十戒、第七条──“禁忌に触れるべからず”。忘れたわけ?」

「やむを、えなかったんだ」

「何があったのか知らないけど……十六夜会(ナイトソワレ)は、あんたをずっと探してる。第六席は、反乱を起こしたってね」

「私を売るとでも言いたいのか。さぞかし高く売れるだろうな」

「はぁ……それを出来ないの知ってるから、来たんでしょ!」

「ああ。マリエッタ・ベルは、そんな奴じゃない」

「一応は、借りがあるからね。で、何しにきたの?」

魔装具(アーティファクト)をくれ。転移できるものを、できれば装飾品で」

「はぁ?」

 マリエッタは、じとっと私を見た。

「お金、あるんでしょうね?」

「……」

「だめ。だめだからね」

「出世払い」

「だめ。てか、あんた仕事してないでしょ」

「私とお前の仲だろう」

「だめ。近しい人は甘やかさないことにしたの」

「体でどうだ。好きにしていいぞ」

「あのねぇ……」

 呆れたように、マリエッタは腰に手を当てた。

「条件があるわ」

「言ってみろ」

「なんで偉そうなのよっ」

 

 バンッ。


 マリエッタは机を叩いた。

「これが条件」

 机に置かれていたのは、黒い封書。

十六夜会(ナイトソワレ)のお茶会──夜宴(サバト)に出ること」

「……」

 意図せずとは言え、私は禁を破った。何を言われるか、分かったものではない。

「どうせいつかバレるんだから、顔出しなさいよ。謝罪は早い方がいいわ」

「悪事を働いたわけではない」

「じゃあ尚更ね。身の潔白があるなら問題ないでしょ」

 私は黙ったまま、黒い封書を手に取った。

 魔力を流すと──

 封蝋が淡く輝き、音もなく封がほどけた。

 白銀の文字が燐光を帯び、溢れるように宙へと浮かび上がっていく。

 今や失われた古代文字だった。

 

 “親愛なる魔女たちへ

 今年も、夜宴の季節が巡って参りました。

 五月一日、十八時。

 夜浮かぶ荒野樹にて。

 ──夜会長リゼリア=トゥルノット”


 封書を机に置くと、文字はかき消えた。

「リゼリアが、会長だと……?」

「色々あったのよ。あんたが居ない間にね」

「ババァはどうした」

 夜会の長は、悠久の時を生きる怪物にして、“人を辞めた”最初の人間だった。

 その怪物が現役を退き、会長の座を譲っている。ただ事ではない。

「イザベラは、死んだのか」

「行方不明よ」

「……」

「その様子だと、何も知らないみたいね」

 マリエッタは腕を組み、顔をしかめた。

「アナスタシアが会長を殺したって話まで出て、私まで疑われたんだから」

「馬鹿なことを。何ひとつ得はない」

「そうだけど……手がかりが無かったのよ。あんたが消えた以外はね」

 私は、掌をマリエッタに差し出した。

「なによ、その手」

「夜宴に出る。魔装具をよこせ」

「もうっ。ほんっと図々しいんだから」

「あと──」

「今度は何っ」

「金を貸してくれ。新作の本を買いたい」

「…………はぁ~っ」

 マリエッタの盛大な溜息が、静かな店内へ広がった──。

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