30-天性の主従関係
帰りの車で、私はボソリと呟いた。
「お爺様の言う通りね。私から龍造寺の名前を取ったら、ただの我儘で、偉そうなだけの女よ。丹代の御曹司も、私じゃなくて私の家系図と結婚するのよ」
この言葉に佐仁田は、
「お言葉ですが、朱音様。私は龍造寺の家紋に踏まれても何も感じませんが、貴女のハイヒールで踏まれれば天にも昇る心地になります」
と言い、
「私にとって龍造寺という看板など、貴女の気高さに比べれば便所の落書き以下です。貴女が身一つで路頭に迷い、泥水をすすることになっても……いえ、むしろその方が、貴女の罵倒はより鋭く、美しく響くでしょうね」
と続けた。
「……そうね、あなたなら、そうなのかもしれないわね」
肩の力が少し抜けた気がした。それと同時に、なんだか少し、救われた気がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日。佐仁田の最後の出勤日だ。私が自由でいられる期間ももう長くはない。憂鬱な気分で登校し、机に向かって俯いていた。友人らも、私の出す鬱屈な雰囲気に声をかけられずにいるようだった。
終業式の時間はあっという間に来て、私は椅子に座って式典が終わるのを待っていた。
そこで、佐仁田が動いた。
校長のスピーチが終わるや否や、突然職員席から立ち上がり、壇上へ上がった。そのまま校長からマイクを奪うように場所を取り、彼は一言、こう宣言した。
「暑くて風通しが悪いので、脱ぎます!」
そう言うと、佐仁田は服をすごい勢いで脱ぎ始めた。周りの教師は呆気にとられて硬直していた。
佐仁田はあっという間にパンツ一枚になり、
「では皆さん、お元気で!」
と最後の一枚を脱ぎ去り生徒の群れの中を突っ切って体育館の外へ走っていった。
生徒たちは悲鳴を上げて逃げ回って、阿鼻叫喚といった状況だった。
お爺様は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
裁判の結果が出た。判決は三ヶ月の懲役刑。公然わいせつ罪に加え、終業式を破壊した威力業務妨害罪、そして生徒の群れを突っ切ったことで出た怪我人に対する重過失致傷罪が適用された。初犯ではあったが、裁判で一切反省の色を見せないどころか至福の表情を浮かべていたことが、実刑の決め手となった。
私はというと、これ以上佐仁田と関わるようなら勘当すると言われた。友人らともなんだか話しづらく、段々と疎遠になってしまった。
そしてその日は来た。佐仁田の出所日だ。雨の中私は傘も差さず刑務所へ電車を乗り継いで行った。するとそこには幸恵さんの姿があった。
「なんで……ここに……?」
呆気に取られて思わず出た言葉に幸恵さんは答えた。
「朱音ちゃんと一緒だよ。先生の出所日だから。私はあんなことをした後でも先生が好き。きっとあれは何かの間違いで、本当はあんなことするはずないもの。ストレスか何かでおかしくなっちゃったんだわ」
未だに佐仁田の偽りの姿に夢を見る幸恵さんに私は何か激しい感情を覚えた。
「アレが本来の佐仁田の姿よ。どうしようもないマゾヒストで、人に蔑まれるのを何よりの快感と感じるド変態。貴方じゃアレの欲求は満たせない。アレを飼い慣らせるのは私だけ。友人として忠告するわ。やめておきなさい。あの怪物は貴方の手には負えない」
「そんなこと……ッ!」
幸恵さんが反論しようとしたとき、刑務所の扉が開いた。
「先生! お迎えに上がりました! どうぞ、この傘を使ってください!」
「山田さん……何故私の出所を迎えに?」
今まで見た中で一番冷たい目で佐仁田は幸恵さんを見た。
「それは……先生が、好きだからです!」
真っ赤になりながらも幸恵さんは言い切った。しかしその勇気を振り絞った言葉は佐仁田の琴線に触れることはなかったようで。
「あんなことをした男を?」
相変わらず、冷たい目で佐仁田は言った。
「だって、先生は何かでおかしくなってあんな行為をしたんでしょう? そうじゃなきゃあり得ません!」
「いいえ。アレが私の本性。人に蔑まれるのを至上の喜びと感じる卑しい人間です。そしてそれを御せるのは、あなたではない。朱音様ただ一人です」
そう言うと佐仁田は幸恵さんの傘の下から抜け出し、泥水に片膝をついて私の手を取った。
「出迎え、ありがとうございます。ただいま戻りました、私の女王様。……ああ、素晴らしい。刑期を終えた愚か者が、泥水に浸かりながら勘当された元令嬢に見下ろされる。この冷たい雨と、貴女のゴミを見るような視線……! 独房の壁より遥かに心地良い!」
佐仁田の恍惚とした表情を見て幸恵さんは私たちの言葉を真実と認めたのか、涙を浮かべながら、
「私の入る隙間は、ないんですね……」
と呟き、駅の方へ走り去った。
「……ええ、そうね。さて佐仁田、これから使い潰してあげるから、覚悟しておきなさい」
◇◆◇◆◇◆◇◆
予告通り、私は勘当された。高校卒業までは面倒を見るがそれ以降は完全に縁を切るとのこと。実際、卒業までの短い期間はあの屋敷に住まわせてもらったが、卒業と同時にあの屋敷とも別れることとなった。
私はというと、学費の問題もあり、大学進学はせず瞳の住んでいたアパートに瞳と佐仁田と共に転がり込む形となってしまった。六畳一間のアパートに四人で済むのは中々に窮屈だ。この生活から脱したいが、いくら私や佐仁田が優秀でも元手が無ければどうにもならない。どうせなら龍造寺の会社を半壊させる程の会社を作りたいところだが……
「まさか、私がスーパーの半額シールの貼られた弁当を食べることになるとはね」
勘当はされたが、悲しみのようなものは意外にも無く、様々なしがらみから解放された快感が勝った。
「すみません……材料さえあればどんな料理でもご用意するのですが……」
内職をしながら恵が謝る。
「いいのよ、仕方ないことだわ。あら、もうこんな時間。パートに行ってくるわ」
私も私で自立するためにスーパーでパートを始めた。最初こそ屈辱的だったが、やればやっただけ評価されるというのは気持ちがいいものだ。




