28-祭りの後は静かな日常が待っている
歩いて前も訪れたクレープ屋まで辿り着いた。
「そういえば、さ。朱音ちゃん、結局佐仁田先生のことどう思ってるの?」
それまでの他愛もない明るい会話から少しトーンを落として幸恵さんは言った。
「そうねえ……」
少し、言葉に詰まる。私の下僕よ、なんて言う訳にはいかないが、将来的には結ばれるのだ。それなりに気があるということにしておかないと後々面倒な気もする。それに何より幸恵さんの恋は実らないことを遠巻きに伝えなければならない。
「素敵な方だと思うわ。その、男女の関係になるとかは置いておいてね。ちゃんと良識は持ち合わせていそうだし。でも、少なくとも私たちが高校生の間にはそういう関係になるのは難しそうだとは思う。幸恵さんにはとっては少し残念な話かもしれないけれどね」
私が当たり障りのない言葉を選んで話すと、
「そう、よね……先生と生徒の恋が実るなんて、フィクションの世界の話だし」
あからさまに肩を落として幸恵さんは沈んだ表情を浮かべた。
「そうですわよね……」
流れ弾が祁答院にもヒットしたらしく、祁答院も沈む。
「まあ、この話はこの辺にして別の話をしましょう。あ、夢乃さん。それ一口貰ってもいいかしら? お礼にこっちを一口あげるわ」
「いいよ! でもさー、恋してない身からすると、それがたとえ叶わない恋でも眩しくて羨ましく思うなあ」
クレープを交換しつつ、夢乃さんは言った。
「そういうものなのかしらねえ。私は特にそうは思わないけれど」
同じく恋はしていない身だが、同意しかねる。
「朱音ちゃんは恋してる側じゃん! 佐仁田先生の事、好きでしょ? 借り生徒競争での様子見たら皆そう思うよ!」
「あ、あれは単純に褒められたのが気恥ずかしかったというか……」
私は弁明するが、
「朱音ちゃん、多分だけど褒められ慣れてるよね? それなのにあそこまで赤くなるって言うのはやっぱり、多少なりとも気があるんじゃないの?」
痛い場所を突かれた。
「……先生の褒め方が異常だっただけよ」
確かに褒められ慣れているが、今回は褒めが度を過ぎていただけと思っていたのだが。
「でもでもー、真っ赤だったよ? 度を過ぎていたからってだけであそこまで赤くなるかなあ?」
「それは……」
どうも今日の夢乃さんは攻撃的だ。
「まあいいや。それじゃ、そろそろあたし帰るね。うちの親、門限に厳しくってさ」
車が路肩に止まったのを見て、夢乃さんは言った。
恐らくはあれが迎えの車なのだろう。
「さようなら。また来週」
内心夢乃さんの攻めが止んだことにホッとしつつ、別れの挨拶をした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ねえ、恵?」
あの後、少しして私も迎えが来たので車に乗った。瞳の運転する車内で私は同乗する恵に声をかけた。
「どうされました?」
「その……恵は恋とかしたことはあるのかな、って」
言って、失言だと気づいた。これでは完璧に佐仁田への恋愛の相談ではないか。
「私はお嬢様一筋なので! 恋というか、愛ですね!」
幸い鈍感な恵は気付かなかったらしい。少しホッとしていると、
「……あのドMに対して何か思う事でも?」
若干不機嫌そうに瞳は言った。
こちらはしっかりと私の意図を汲んでしまったらしい。
「え、ええ。私はあれを下僕として愛してはいるけれど、それはそれとして恋というのはどんな感情なのかと思って。友人らと話している時にそんな話題が出てね」
言い訳がましく友人らに責任を押し付けた。まあ、実際そういう流れでの話だ。不当ではないだろう。
「まあ、あれだけ褒められたら意識してしまうのも仕方ないかと。それはそれとして、あの男は恋人としてはあまりにも不適切かと思いますけど」
相変わらず瞳の声は不機嫌そうだ。
「そうよね……まあいいわ、今の話は忘れて」
恋。自分には全く縁のないものだと思っていたのだけれど。
「分かりました」
瞳は軽く頷いて答えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「駄犬の今日の帰りは遅くなるそうです。先にお食事にしましょうか」
屋敷に着くと、恵は携帯を見て何かを確認し、厨房に立った。
瞳はというと撮った写真の整理をするとかで部屋にこもってしまった。
「分かったわ。あ、帰りにクレープを食べたから量はいつもより少し少なめでいいわ」
「分かりました。それも考えて栄養の調整をしますね」
恵は栄養管理もしてくれている。お陰で私の食事は健康的だ。……欲を言えば胸をもう少し、という気はするが、これは栄養管理の守備範囲外だろう。
しばらくすると食事が運ばれてきた。今日はリゾットらしい。
「そういえばお嬢様、転んだ傷は大丈夫ですか?」
食事を運んでから自らも席に座って恵は聞いてきた。
「ええ、大丈夫よ。数日もすればきれいに治って跡も残らないと言われたわ」
「良かったです! お嬢様のおみ足に傷が残ったら大変ですからね!」
恵は大げさに喜んだ
「そうね。傷つきの足は嫌だわ」
まだ触ると痛む膝の傷をさすって答えた。
「そうしたら、食べましょうか。瞳には食事の時間だとメッセージは入れていますので」
遅れてやってきた瞳も入れて三人で手を合わせて食事を始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
代休が明けて、登校した。
「それではお嬢様、今日も下校時間に合わせてお迎えに上がりますので」
六浦が扉を開けながら言った。
「ああ、今日は午前で終わりだから、そうね……十二時半くらいに来てもらってもいい?」
今日は模試があって、授業は無いので帰りは早いのだ。
「分かりました。それではその時間に」
優雅に一礼して六浦は車に乗り立ち去って行った。
教室に着くと、いつも通り幸恵さんが一人で勉強していた。
「おはよう。今日も早いわね」
「今日は模試だからね。復習するために早く来たんだ」
やる気に満ち溢れた表情で幸恵さんは言った。
「いい心がけね。私も見習うことにするわ」
今はまだ始業の一時間前。復習の時間は十分にある。
そのまましばらく二人で黙々と勉強していると教室には段々と人が増えてきて、祁答院と夢乃さんも登校してきた。
「おっはよー、二人とも!」
「おはようございますわ!!!」
二人同時に挨拶してきた。
「おはよう二人とも。もうすぐ始業時間だけど模試の準備は万端なのかしら?」
私が聞くと、
「全然!」
「復習なんてしなくても余裕ですわ!!!」
似た内容の意味で異なる言葉が飛んできた。祁答院はいつも根拠のない自信に満ち溢れている。
「復習はした方がいいよ……」
幸恵さんも呆れている。
「HR始めるぞー」
そうこうしているうちに担任が教室に入って来てHRが始まった。




