第九十八話「駆け引き」
割って入ってくれたのはなんとアリシアだった。
輝くブロンドの髪とその余裕のある瞳を見ると安心して、あたしの失った冷静さを取り戻してくれる。
「アリシア、なんでここに?」
「用事を終えて街を歩いていたら君達を見かけてね、よく見たらブラックリリーの生徒と相席しているじゃないか。トラブルに巻き込まれていないか様子見するつもりだったけど、話を聞けば引き抜きの話になっていてね、さすがに口を挟ませてもらった」
「そういうの野暮っていうのよアリシア」
「すまないノクシア。でもちょっかいをかけていたのは君の方なんだから許してほしい」
あたしと違い、アリシアはノクシアさんのペースに飲まれない。
お互い知り合いなのか、二人の合わせた視線にいろいろと感じ取ってしまう。
安心感とカリスマ性を感じるアリシア、ミステリアス且つ魅惑的な雰囲気を持つノクシアさん。
二人の存在感に飲まれそうになり思わず空気に徹したくなるわけだけど、渦中のあたしがそうできるわけもない。
「勝手な引き抜きは困る。サラはホワイトリリーの生徒で双花祭の出場者でもある。無理強いは良くない」
「あら、サラも出るの……まぁ当然ね。でもブラックリリーに来るのは双花祭の後でいいし、それに無理強いなんてしてないわ。私はあくまで提案しているの」
「そうかい? 会話のペースを作り、断る理由を作る前に潰して退路を断ち、視覚的なインパクトで思考力を奪う。サラの返答を誘導しているように見えたのは気のせいだろうか」
「……まあそういう風に会話を運んでいたのは否定しないわ。でもこれは癖みたいなものだから悪く思わないで欲しいの」
ノクシアさんは申し訳なさそうにあたしに視線を送るけど、あたしは気にしてないし、そもそもそういう心理誘導されていたことにすら気が付いてない。
「サラの意思を縛りたくないのだけれど……」
アリシアはあたしの手を引いて、まるで自分のものだと見せつけるように抱き寄せてきた。
「サラは私の友人で、私はサラが必要だ。ブラックリリーに渡すわけにはいかない」
腰に優しく添えられた左手、右手は安心させるようにあたしの手を握る。
驚いたあたしの視界には、すべて任せろと言わんばかりに安心させるアリシアの表情で埋め尽くす。
アリシアの香りや体温、柔らかな感触が伝わって、別の意味であたしを緊張させる。
まるであたしがノクシアさんにされた心理誘導をし返すような視覚的インパクトを作り出す。
まあくらっているのはあたしだけだけど。
アリシアの言葉が方便なのは分かっている。
応化特性者という国家機密の存在であるあたしを渡さない為の理由になってくれただけ。
それでも少し嬉しさで心が浮ついたのは否定しない。
「あら、そういうことなら――――」
「えっ、ちょっ――」
ノクシアさんは立ち上がり、あたしの肩と腰に手を回して引き寄せてきた。
力ずくではないはずなのに、引き寄せられるような感覚で身体の半分がノクシアさんに包まれる。
思わず手を伸ばしたくなる光のようなアリシアから一転、夜空のように引き込まれる魅力のあるノクシアさんの顔があたしの視界を支配する。
ノクシアさんの富んだ胸部が当たり、あたしを変な気分にさせる。
「私も貴女が必要よ。貴女の本当の居場所はブラックリリー……いえ、私の傍にあるわ」
ノクシアさんの真意は未だに分からない。
目的があるとは言っていたけど、あたしを悪い風に利用するとも思えない。
人を見る目に自信は無いけど、ノクシアさんが悪い人だとどうしても思えないのはあたしの問題か。
「ノクシア、君の悪い癖とやらが出ているよ」
「今回はわざとよ。貴女にされたことをやり返してるだけ。それにあくまで判断するのはサラ自身。私とアリシア、どちらを選ぶかという話」
アリシアとノクシアさんはあたしを間に挟み、お互いにあたしを抱き寄せながら牽制する。
両手に花と言うにはあたしという存在がちっぽけ過ぎておこがましい表現になる。
ホワイトリリーにしろ、ブラックリリーにしろ他の生徒に見られたら羨ましさと嫉妬で刺されても文句が言えない金髪美少女と銀髪美少女のサンドイッチ。
あたしの心音が騒がしいのはこのやり取りの原因があたしにある罪悪感か、はたまた二人の魅力に当てられた緊張か。
でもこれ以上はあたしの心臓が持たない。
あわあわとしているメイリーに思わず助けを求めたくなるけど、ここでメイリーに助けてもらうのはお門違い。
せっかくアリシアが助け船を出してくれたんだから、それに乗らないわけにはいかない。
「ノクシアさん、ごめんなさい! 誘ってくれるのは嬉しいけど、あたしはアリシアに恩もあるし、ホワイトリリーでの生活に満足してるの。だからあたしはブラックリリーには行けない」
ようやく出せた断りの返事に、ノクシアさんは少し微笑み、思いのほかあっさりと身を引いた。
「そう……そういうことなら仕方ないわね」
「随分と潔いじゃないか。こちらとしてもその方が助かるのだけどね」
「言ったでしょう。私がしてるのはあくまで提案。無理強いのつもりはないわ」
断るという行為は少し申し訳なさが心をすり減らすけど、義理を立てる相手を間違っちゃいけない。
「でも、諦めが悪いのも私なの。サラが双花祭に出るのならちょうどいいわ。どうせアリシアも今年は出るのでしょう? 私も出場するから、賭けをしましょう」
「……一応聞くだけ聞こうか」
「今年の双花祭、私達ブラックリリーが勝てば、サラを勧誘するチャンスを貰うわ。ブラックリリーの見学や親交を深める機会を貰う。もちろんサラは拒絶しないでね。でも楽しませる自信はあるから安心していいし期待してくれて構わないわ」
「それで、こちらが賭けに乗るだけのものをそちらは用意出来るのかい?」
あたしの代わりにアリシアが交渉を進める。
アリシアの言葉にノクシアさんは数秒考えた後、
「そうね、それなら貸し一つでどうかしら。何か欲しいなら何でも用意するし、何か頼みたいことがあるならトイレ掃除から国家転覆まで何でもするわ。貴女達が賭けに乗る決定的なものは無いけれど、こちらもあくまで勧誘する機会に留めているのだからいいでしょう? それに私に借りを作る利点はアリシアなら分かるわよね」
「……そうだね。ここで引いてサラにまたちょっかいを出されても困るし、賭けに乗ろうと思うのだけど、どうだろうサラ?」
「えっ……うん、分かった」
あくまで勧誘の機会を賭けた軽いものだし、ちょっとした余興と思えばいい。
たとえ負けても、あたしがちゃんと意思を持てばいいだけの話だ。
……前言撤回、自信は無いけどアリシアが乗るというのなら、それほどノクシアさんに借りを作るメリットは大きいんだろう。
「ということだ。一応確認だけど、あくまで勝敗は学園の勝敗でいいのかい?」
「そう。個人ではなく学園の勝敗結果で決めるわ。その方が貴女も都合がいいでしょう?」
「そんなことはないさ。今年は私も個人としても負けるつもりはない」
それって、もしかしてアリシアは去年ノクシアさんに負けたってことかな。
つまりノクシアさんはそれほどの実力者ってこと。
ノクシアさんの調達じみた言葉にアリシアは毅然とした態度で返す。
「あらそう。でも学園の勝敗で決めましょう。ペタル的に個人戦ではサラとアリシアはパートナーではないだろうし、学園の勝敗で決めた方が納得いくでしょう。さて条件も整ったし、一応しておく?」
「いいだろう」
ノクシアさんは人差し指を立ててその柔らかそうな唇に優しく当てる。
あたしが何のことか分からず押し黙る中、アリシアはすべてを理解しているようですぐさま行動に移す。
「「……んっ……」」
「えちょっ!?」
アリシアとノクシアさんは流れるような動きで距離を詰めて、当たり前のようにその唇を重ねた。
驚きで呼吸が止まり、あたしの両手が反射的に顔を隠す。
それでも指の隙間から、アリシアとノクシアさんの口づけを覗き込む。
さっきまである意味一触即発だった二人の口づけに、あたしは動揺してしまうもメイリーは意外に普通そうだ。
それはつまり、この光景は何ら不思議なものではないという証拠。
「んっ……はぁ、じゃあ賭けは成立ってことで」
「んんっ……、ああ、君を後悔させてあげよう」
なんか勝手に話をまとめてたけど、あたしはそれどころじゃなかった。
「え、今何? 何してたの?」
動揺しているあたしをノクシアさんは不思議そうに見つめる。
あたしの疑問に答えてくれたのは事情を知っているアリシアだった。
「何って約束の授吻さ。授吻を以て取り付けた約束を反故にすれば騎士失格でありユリリア人としての誇りを失う。形式的なものだけど、文化や風習、価値観によってそれなりに効力を持つ授吻さ。常識だから覚えておくといい」
「常識なの!?」
この感じ久しぶりだ。
そういえば仲直りの時もリーナと授吻したっけ。
ユリリア人にとって授吻は魔力譲渡以外にも形式的な役割を持つ。
エネミット王国では指切りといった小指を絡ませて約束を交わす行為があるけど、ユリリアではそれが授吻なんだろう。
「さて、そろそろ行こうかしら。ブラックリリーでサラをもてなす計画を立てないといけないし」
「始まる前から勝った気かい? 随分と舐められたものだね」
ノクシアさんのその目に、敗北のビジョンは想定されていない。
でもそれが油断に直結する何かを感じ取れないのは、それほどまでに自信があるからだろうか。
「ねぇアリシア、ノクシアさんってそんなに強いの?」
「あら? 私に興味があるなら直接聞いてくれて構わないわよ」
あたしの質問に食いつくノクシアさんだったけど、それを一蹴するかのようにアリシアが答えた。
「本人を前にして言うのも気を遣うが実力は相当だよ。事実として去年私は負けてるしね。そうだね……彼女の箔をつける肩書を言うのなら、現大輪七騎士第二席——深淵姫のマヴディルの妹だ」
「へぇ~……えぇっ!?」
大輪七騎士第二席!?
それって現ユリリア最強って言われてるアリシアの姉であるウルカさんに次ぐ実力者だよね。
その妹……確かに実力の箔がつく血筋だ。
本人は魔力感応障害を抱えていたから、血筋で彼女を評価するべきではないんだろうけど、それでもインパクトのある肩書だ。
「あの女の名前を出すのはやめてくれないかしら。それに、そんな肩書が無くても最近、良い肩書を手に入れたの」
そう言ってノクシアさんは自身の胸に手を置いて、
「改めて自己紹介するわ。私の名前はノクシア。国立第二騎士学園の闇暗姫にして、現ブラックリリーの生徒会長をしているわ」
ブラックリリーの生徒会長ってことはティアナ会長と同じ立場。
え、でもノクシアさんってトリプルペタルって言ってたよね?
「それはつまり……雷帝姫を下したってことかい?」
ここに来てアリシアの声にわずかな動揺がにじむ。
雷帝姫がどんな方か知らないけど、生徒会長の肩書が誰かの敗北に直結するということは、戦闘における実力至上主義のブラックリリーにとって生徒会長とは“学園最強”の意味を持つのだろう。
つまり目の前にいるのはブラックリリーのトップ。
あたしはそんな人と勝負するだけでなく、あろうことか賭けまでしてしまった。
「ではサラ、アリシア……あとメイリーだったかしら? 私はここでお暇させてもらうわ。サラ、とても楽しい時間だったわ。次は双花祭で会うことになるでしょうけど、それが終わったらまたデートでも行きましょう」
微笑むノクシアさんの笑顔は萎縮する肩書を忘れさせるほどに綺麗で、そのギャップが掴みどころの無さを強調させる。
あたしはとんでもない人に目をつけられたのかもしれない――――。




