第九十七話「勧誘」
前回のあらすじ。
サラの件で協力してもらう為、知己の仲であるブラックリリーのライゼリアと密会するティアナ。
一方その頃、メイリーと街を散策していたサラは偶然入った店でブラックリリーの生徒と出会う。
トラブルにならないよう距離を取ろうとするサラだが、ブラックリリーの生徒はサラに相席をお願いして――――。
人は何故、過ちを繰り返すのか。
それは過去の経験や失敗から学ぶ能力を有していながら、本能的に残る愚かな部分が何よりも上回るからだ。
なので過ちを繰り返すのが普通で、同じ轍を踏まない人が異常なまでに優秀というだけ。
トラブルを起こさないようにと口酸っぱく言われながら、今こうして空気に流されブラックリリーの生徒と相席してトラブルの気配がビンビンの状態になっているのも、人という本質が表れた結果であってあたしが特別悪いわけではない。
だからメイリー、そんな呆れるような目で見ないで。
はい、全部あたしが悪いんです。分かってます。
「そう固くならないで。私はブラックリリーの生徒だけど別に敵ってわけじゃない。今はただの学生同士、親交を深めましょう?」
ガチガチのあたしとは対照的に、相席で前に座るブラックリリーの人は心に余裕がある。
白銀の髪を指でなぞるように耳にかけて微笑む黒紫の瞳があたしに向けられて、せっかくのドーナツも喉を通らない緊張感がある。
何か裏があるのか、それともただの気まぐれか。
あたしはこの人と今日初めて会ったわけで、面識もなければ本来相席するようなきっかけがあったわけでもない。
もしかして一目惚れ? んなわけないか。
「自己紹介がまだだったわね。私はノクシア、見ての通りブラックリリーに籍を置いているわ。一応トリプルペタル生よ」
緊張のせいか耳をくすぐる妖美な声でされた自己紹介に、あたしは思わず間を空けてしまう。
だけど何故か隣にいるメイリーに目もくれず、ただ真っ直ぐにあたしを見据えるノクシアさんの視線にあたしはすぐに腹に力を入れて喉の調子を整える。
「あ、あたしはサラって言います。こちらはメイリー。あたし達はホワイトリリーの生徒なんですけど、一体何のご用件で?」
「あら、理由が必要かしら? そうね……簡単に言えば一目惚れかしら」
「ひゃい!?」
冗談めかしく、でも嘘をついているにしては裏を感じさせない目にあたしは驚く。
メイリーもまた、目を丸くして絶句していた。
「そ、それは嬉しいですけど、ごめんなさい! あたしはノクシアさんの気持ちには応えられません。あたし、ノクシアさんのこと何も知らないですし」
丁重にお断りするも、ノクシアさんはおかしそうに笑った。
「あははは。貴女、何か誤解しているようね。まあその誤解はしたままでも私は構わないのだけれど、私が惚れたのは貴女から感じる素質よ」
「……素質?」
恥ずかしさで穴があったら入りたい気分だけど、なんとか冷静さを取り繕いながらノクシアさんの真意を探る。
「魔力感応障害ってご存じかしら。ユリリア人が魔力を感じ取る機能に不具合が生じて全く感じることが出来なかったり、逆に過敏に感じ取ったりするわ。私の場合は後者だった。魔力を感じられないというのはブレイドにしろシースにしろ、魔法に関わる職に就くのは絶望的。だけど過敏に感じ取るというのも考えものよ。過剰に感じる魔力に当てられて精神をやられて自殺する事例も少なくない」
初めて聞く病名にあたしは想像がつかないけれど、自殺者が出るってことは相当過酷なものなんだろう。
「目に見えるものは魔力の塊にしか見えず、耳に聞こえるのはさざ波のようなノイズの魔力音、その二つのせいか感じ取る匂いすら魔力の粒子が混じって香る。知ってるかしら、魔力ってね、温かい花の香りがするのよ。味は多種多様ね」
エネミット王国で魔力や魔法とは縁遠い人生を送って来たあたしは、ユリリアに来て魔力というものに触れて、魔力を感じ取るということ自体は最近何となくだけど分かって来た。
でもそれは毛肌で感じ取るようなもので、漂う魔力を可視したり音が聞こえたり、匂いなんか感じ取ったこともない。
それが五感全てで感じ取るという状態は、神経をすり減らすには十分すぎるほど騒々しいのだろう。
「ん? でもそれが何の関係が? 素質がどうのって話だったような……」
「そう慌てないで。私は貴女と少しでも話したくて少し深掘りした話をしているの。それに全く無関係って話じゃないのよ。魔力感応障害で生活に支障が出るほどに魔力を感じ取る私が、今こうして貴女と……失礼、貴女達と会話をし、こうして紅茶に舌鼓を打てているのはどうしてだと思う?」
この人、完全にメイリーの存在忘れてたよね。
まあメイリーも空気に徹しているわけだけど。
「治った……って話じゃないですよね」
「そうね。正解は魔力感応障害の原因……脳の機能を部分的に私の魔法で殺し、魔力の感度を強制的に下げているの」
「脳を……えっ、それって大丈夫なんですか?」
「殺すというと紛らわしいわね、正確には脳の機能をオフにしているという表現が正しいかしら。私の魔法の性質、死に物狂いで訓練した魔力の精密操作、少しの油断も許されない魔力の演算処理。ここまでに至るにはかなりの時間を要したわ。でもこの技術を習得したことで、今まで煩わしさしかなかった魔力感応障害が大きな武器に進化したわ」
ノクシアさんは綺麗で長い指を自身の両目に向ける。
「脳に作用させている魔法を調整して、私の眼は相手の魔力を自在に可視化することが出来るようになったの。汎用魔法の魔力感知や達人達の経験によって研ぎ澄まされた肌感覚のような漠然としたものじゃなく、表面的に出ている魔力の質や内に秘める魔力量、その波長や色……。私のこの眼――魔眼はそれらを見抜く。魔法戦が主となるユリリア人にとって、この魔眼は圧倒的なアドバンテージよ」
枷だったものが反転して武器となる。
それは間違いなくノクシアさんの努力の賜物で、羨ましいなんて思いは一切出てこず、あたしの中に巡るのは凄いという感情だけだ。
「そこで話を戻すと、私は魔力というものを介してその人の能力を推し量ることが出来る。貴女の魔力は不気味なほどに揺らぎが少なく安定していて、内包する魔力量は桁違い。それは特化型特性としても異質。それに魔力の色は純白。誰の色にも染まることが出来る資質を秘めている」
愛好家が自分の好きなものを情熱的に語るように、ノクシアさんはあたしの魔力を評価する。
だけどそれは仮初のものなだけに、あたしはどうやって弁解したものかと頭を悩ませる。
魔力の色は分からないけど、安定と魔力量はイリスとの授吻による適応進化で至った状態。
つまりは外れ値であってあたしの本来の能力じゃない。
でも応化特性については喋れないし……。
「あのっ、ノクシアさん。そう言ってくれてるのは嬉しいんだけど、それは過大評価というか誇大広告というか……。とにかく、あたしはノクシアさんの思っているような人じゃなくて、今の状態が異常なだけで本来なら気に掛ける価値すらない道端の石ころについた土汚れみたいな存在なんです!」
「サラちゃん、そこまで卑下しなくても……」
あたしの弁明にメイリーが悲しげな目を向ける。
「魔力に限らず、貴女自身も面白いわね。最初の誤解が誤解じゃなくなりそうだわ。でも、私は魔眼の影響か人を見る目には自信があるの。仮に特性や他の何かによる結果で今の魔力状態があったとしても、貴女から感じるものはとても魅力的よ。動揺しているけれど奥に秘める芯の強さ、死線をくぐり抜けた人が持つ目つき。逆境にも負けずに立ち向かえるイメージが貴女には抱ける。そこで相談、貴女……ブラックリリーに移籍しない?」
「……ふゃい!?」
突然の提案にあたしは驚いて声が上ずる。
唐突な展開にメイリーは開いた口が塞がっていなかった。
言葉を失うあたし達に追い打ちをかけるようにノクシアさんは続ける。
「貴女の魔力、そして感じる精神性の資質は軍人向きよ。それにこの数分の会話だけでも貴女は机上の駆け引きが得意とは思えない」
「それは……まぁそうですけど」
「貴女からは政務を担えるようなイメージが湧かないわ。貴女の本質はブラックリリーの方が適していると思うの」
確かにあたしは机の上で書類を片付けたり誰かと交渉したりというよりは身体を使う仕事の方が性に合ってるし、あたしの応化特性は話を聞く限り戦闘向きなんだと思う。
でもだからと言ってそう簡単に移籍しますなんて言えるわけがないわけで。
「あ、ご家族の説得が必要かしら? それなら私が何とかしてあげるわ」
「いやそういうわけではなくて。そもそもあたし、孤児ですし」
「あらそう、それは配慮に欠けていたかしら。なら他にホワイトリリーに固執している理由があるの?」
「そ、それは……」
ノクシアさんに訊ねられて、あたしは思わず答えに困る。
イリスの一件でもそうだったけど、あたしは別にホワイトリリーでこれといった目標は無い。
もちろん今では応化特性者というせいで、ホワイトリリーから易々と移籍できる立場ではなくなったわけだけど、あたし自身の話をすれば別に軍人になりたいわけでも官僚になりたいわけでもない。
元々は行く当てがないからアリシアの紹介でホワイトリリーに通っているだけにすぎない。
固執している理由と言われても、せっかく出来た友達と一緒に居たいというくらいだ。
「環境の変化は不安だと思うわ。でも学園が違っても今の交友関係が断ち切られるわけでもないし、ホワイトリリーと同じくらいブラックリリーも補助制度は整っているわ。お金の心配をしているなら私が工面してあげる」
「ちょっと待ってください。そもそもどうしてノクシアさんがそこまで言うのかが分からないんですけど。仮にあたしに素質があったとして、ノクシアさんがそこまでする理由なんてないですよね?」
「理由? 理由ならあるわ。私には目的があって、その為には強いシースが必要なの。そのために、貴女が欲しいわ、サラ」
ノクシアさんは机に身を乗り出しながらあたしに顔を近づけて、その指であたしの顎をくいっと上にあげる。
視界を埋め尽くすノクシアさんの妖美な顔に、あたしはまたもや思考が鈍る。
断らないと、理由になる何かを探さないと。
重くなった頭をなんとか動かして言葉を紡ごうとする中、空気を断ち切る助け船の声が聞こえた。
「何やら面白い話をしているようだね」




