第九十六話「生徒会長の密会」
双花祭で盛り上がる首都コーム。
首都ということもありユリリア国の中でも最多の人口を誇り、常に人が蠢き喧騒の絶えない街ではあるが、年に一回の国民的イベントである双花祭も近づけばその賑わいは収まることを知らない。
しかし、すべての場所が騒がしいかといえばそうではない。
街がお祭り騒ぎだろうと、落ち着いた雰囲気が売りの店はそのスタンスを保っている。
おしゃれなカフェテリア、外から微かに聞こえる街の喧騒が適度な雑音となりお客の心を落ち着かせ、窓から差し込む光が一番の光源の店内は薄暗く目から入る刺激を少なくする。
コーヒー豆を挽く音と香りが客を一気に店の世界観に引き込み、それに合わせた軽食が幸福度を高めていく。
マグカップの端にスプーンが当たる音や雰囲気を崩さない程度に展開される客の雑談。
それらは普段と変わらないもののはずなのに、お客の視線が定期的にある一か所へと注がれる。
店内の中央席に一人で座る少女。
左手にソーサー、右手には黒く熱いコーヒーの入ったカップ。
嗜好品たるコーヒーを静かに口に流し込み、陶器の軽く触れる音を奏でてカップをソーサーに乗せる所作は上品かつ優美。
翡翠色の短めな髪、長いまつ毛と二重の瞼を持つ切れ長の眼、スラリとしなやかさを感じる長い足や引き締まりつつも確かな曲線美を描く肉体。
自信のほどを窺わせる張った背筋、足を組んでいるはずなのに素行や行儀の悪さを感じさせない魅力。
この時期では多く見られる白い制服はホワイトリリーの生徒を指していて、目を奪われるお客の全員が彼女より年上だが、守ってもらいたい願望が刻まれる。
国立第一騎士学園通称ホワイトリリー生徒会執行部会長“最優姫”のティアナ。
まだ一介の生徒だというのにその知名度は首都コームにも届いている。
だが彼女がその人物だと認識しているのはこの場にはいない。
それでも彼女が視線を集めるのは、知名度を無視した存在感が現れている証拠だった。
生徒会長たるもの注目の的に慣れているのか、周囲の視線を一切気にせずそのティアナは時を待つ。
しばらくして、店の扉に付けられたドアベルが美しい金属音を奏でた。
入店した人物を確認したティアナは、笑みを浮かべてティーカップをテーブルに置く。
毛先が肩口で跳ね気味な華やかな金黄の髪、そこから覗かせるエメラルドグリーンの瞳は店内のティアナを鋭く見据える。
背丈はティアナより低いものの、シュッとした雰囲気のティアナに比べて他より僅かに広い肩幅と膨らみながら張りを感じる胸部は膂力と重量感を十分に感じさせる。
ティアナに注がれていた客の視線を瞬時に奪い去り、半分がティアナへと戻る中もう半分の視線は未だにそのままなのはティアナと同等の魅力を持っている確かな証明だった。
ティアナと相反する黒い制服。
その正装は彼女の社会的位置づけを証明し、双花祭という騒がしくもデリケートなタイミングで揃う二人の生徒は、すぐさま他のテーブルで繰り広げられる談笑の話題となる。
しかし当の本人たちはそんなこと一切気にせず、お互いに柔らかな笑みを向け合った。
「ようティアナ。待たせたな」
「いやいや約束の時間通りだとも。ライゼリア君」
二人の口から飛び出す名前に客は彼女らの存在を認識する。
ホワイトリリーのティアナといえば“最優姫”として、次世代の大輪七騎士候補の一人。
そして、もう一人もまた負けず劣らずのビッグネーム。
国立第二騎士学園、通称ブラックリリーの生徒会執行部会長――雷帝姫のライゼリア。
ホワイトリリー以上に評価が戦闘の実力に重きを置いているブラックリリーにおいて、生徒会長という肩書は学園最強の証。
ティアナと同じく次世代の大輪七騎士候補の一人だ。
双花祭前、学生という立場に留まらない知名度の生徒会長二人の接触に、客の話題は持ちきりだがそんなこと気にも留めずライゼリアはティアナのテーブルについて注文をしようとしたその前に、ティアナは着席を制止させた。
「あ、待ってくれ。ここのカフェは奥に個室があるんだ。そっちに移動しよう」
「なら最初からそこで待ってればよかったんじゃ?」
「少し事情があってだね」
この場ははぐらかすようにティアナは席を立ち、店員に声をかけて個室へと移動する。
個室は四人で座ると少し窮屈に感じるテーブル席。
視線を遮断するのは勿論、内緒話をするのに持って来いの防音性。
席について、注文した飲み物や軽食が揃い二人の密会が始まった。
「それにしてもお前がこういう落ち着いた雰囲気の店をチョイスするのは珍しいな。いつもなら到着する頃には宴会みたいになってるものだが?」
「私もその方が楽しくて好きなんだが、今日は少し外には聞かれたくない話があってね。本当は最初から個室で待とうとしたんだが、静かすぎて落ち着かなくて、ああして注目の視線を浴びて待っていたということだ」
「少し事情って完全なる私情じゃねえか」
ティアナとライゼリア。
養成施設時代からの知己である二人は生徒会長という立場になって会うことは少なくなったが、こうしてたまに会っては互いの学園における情報交換を行っている。
普段なら賑やかな店で待合しているが、静かな店のチョイスにライゼリアは少し身構える。
「しかし、私達も今年で最後の双花祭。お互い三回目の出場になるが、今のところ私の二勝だな。このまま三連勝して有終の美を飾らせてもらおうか」
「フン、それを言うならこの二年間の双花祭はどちらもブラックリリーが制している。今年も勝ち、三連勝の花を学園に持ち帰るとしよう。無論、個人としても今年こそはお前に勝つがな」
「それはどうかな。今年のホワイトリリーは贔屓目無しでも歴代で高水準の布陣だ。個人でも団体でも、今年はホワイトリリーの圧勝だと私は読んでいる」
「それはこちらも同じだ。強さにおいてブラックリリーの実績はお前も知るところ。今年はそれがより顕著だと思っている。まるで時代が動く前兆のようだ」
「時代が動く前兆か……それは確かにそうだ。実は、今日この個室で待ち合わせたのはその前兆についてだ」
ティアナはライゼリアを正面に見据えて口角を引き締める。
いつになく真面目なティアナから感じる違和感に、ライゼリアの面持ちは穏やかではない。
さっきまでの軽口も、いつもならおふざけ全開のティアナに体力を消耗するものだが、今回はまるで何気ない茶会そのもの。
雰囲気に飲まれるティアナじゃあるまいし、ライゼリアは少し心配になってくる。
「お前、大丈夫か? 体調悪いなら今日はこれでお開きにするが?」
「ん? 私は至って健康だが? なんなら生まれてこの方風邪を引いたことが無いが? 馬鹿と天才は紙一重、つまり馬鹿が風邪を引かないなら天才も風邪を引かないということだよ」
そういえばと、高熱で鼻水を垂らしながらも平気で笑いながら遊びまわっていた養成施設時代の子供ティアナを思い出す。
「そうだな。お前は風邪だろうが関係ない奴だったな」
「ライゼリア君、何やら不名誉な印象を抱かれた気がするが気のせいかい?」
「ああ気のせいだ。いや、お前がいつになく真面目だからちょっと引っかかっただけだ。で、個室を選んだ理由だったか? あまり他人に聞かれるとマズい話か?」
ライゼリアは脱線しそうになった話を戻す。
「今から話すのは国家機密。いずれ君の力も借りることになるだろう。ライゼリア君を信頼しての話だが、正直身の安全を保障できるものではない。君が嫌なら止めておくがどうだろうか?」
ティアナの確認にライゼリアは深くため息をつく。
「はぁ~……アタシとお前の仲でそんな気を使うな。アタシが嫌でも問答無用に巻き込むのがお前だろ? そんなに顔色窺われるとこっちが疲れる」
「いや~ライゼリア君ならそう言ってくれると思ったよ! 実は応化特性者が私の学園で見つかった」
「そんな急に切り替われるとそれはそれで腹立つ…………ん、お前今なんつった?」
ティアナが普段の調子に戻ったことに安堵しつつ、危うく聞き流しそうになった単語を確認する。
「だから応化特性者がホワイトリリーから見つかった」
「なっ、おま――」
動揺してライゼリアは個室だというのに思わず周囲を確認した。
そして気持ち控えめな声で返す。
「それは本当か? だとしたら世紀の大事件だぞ」
「だから国家機密なのだよライゼリア君。今このことを知っているのはホワイトリリーでも数少ない。おそらくブラックリリーなら君だけだ。私の予想ならすでに大輪七騎士や総統閣下くらいには知られているだろうがね」
ライゼリアは一旦心を落ち着かせるように紅茶を啜って喉を潤す。
「で、誰が応化特性者だ?」
「今回ホワイトリリーから出場する銀氷姫のシース、サラ君だ。すでに彼女を中心にいろいろ事件があったりしたが、今のところは何とかやれている」
「そうか。国に身柄が拘束されていないってことは何かしらの配慮があってのものだろ? 他校のアタシに出来ることは少ないし、情報統制的にも話さない方が良かったんじゃないか?」
「問題がサラ君だけならそうかもしれないね。ただ応化特性者……それもユリリア人の始祖であるリリウムと同じ適応進化の持ち主が現れたことでとある組織が絡みだしてね」
「……ラミアか?」
国家指定の犯罪組織は数多くあれど、わざわざ話題に出すほどの組織と言われて真っ先に思いつくのは一級指定犯罪組織――ラミア。
メンバーの特徴としてユリリア人の身体に見られる花紋の痣に巻き付くように這う蛇の刺青が確認されているが、未だにその組織の目的や規模が把握されていない。
「先日、ラミアにサラ君が狙われる事件があってね、結果的に狙ってきたラミアの人員は全員死んでしまったが、三つ進展があった。一つはラミアという組織は複数の組織や集まりがそれぞれの目的をもってラミアに属しているということ。二つ目はラミア自体の目的とは言えないが、接触した下部組織の目的はユリリアの始祖――ブレイドの“サイ”と、“サイ”が作り上げた『庭園』の復活。三つ目はラミアの特徴である蛇の刺青は当人の能力を高める力と引き換えに、何かしらの条件によってその者を死に至らしめる口封じの役割を果たしている」
「ちょっと待ってくれ。あまりの情報量に理解が追いついてない。お前の話を聞くに、ラミアも応化特性者の存在を認知しているということか?」
「応化特性者が現れたということは知られているようだが誰がそれかまでは知られていない……と思う。しかしラミアの情報網か、はたまた特性か魔法か。なんにしても何かしらによって応化特性者の位置がバレていた」
「ということは今回も狙われるだろうな。双花祭は警備こそ厳重にはしてるが裏で動く連中からすれば隠れ蓑の宝庫だ。人混み、騒ぎ、建物、運営……警戒するのに人手はいくらあっても足りない」
「だからこそ猫の手ならぬライゼリア君の手も借りたいのだよ。ほら、にゃん♡って言ってごらん」
「言わんわ! しかし厄介だな。存在が存在なだけに大っぴらに手を回すわけにもいかん。一応アタシも気には掛けるが、事が起こった時には後手に回りそうだな。もう少し事前に教えてくれればこちらの生徒や教員の身辺を調査してこの情報を共有出来る人数も増やせたんだが」
身内を疑うようなことはしたくないが、たとえパートナーであってもラミアに身を置いている可能性がある以上安易に情報を共有できない。
「ラミアという組織の全貌が分からない以上、ラミア特有の刺青が無いだけでは無関係の証拠にならないのが面倒なところだな」
「ああ、この情報を共有出来るほど親しい友人がライゼリア君に居ないのは惜しいところだ」
「話聞いてたか? 下調べする時間が無いって話であって、アタシの交友関係が狭いわけでは断じてない」
不名誉な誤解にライゼリアは抗議の声を上げる。
こうやっていつもティアナのペースに持っていかれる。
「まあライゼリア君も生徒会長の仕事で忙しいと思うが、君も気に留めてくれるとありがたい。やり方は任せる」
「ああ分かった。だが一点、もうアタシは生徒会長じゃない」
ライゼリアから放たれた言葉に珍しくティアナは言葉に詰まった。
ライゼリアがこういう場で冗談を言う人じゃないことをティアナは知っているからだ。
「……随分思い切ったじゃないか。次の世代にバトンを渡すのは双花祭が終わってからでも良かったんじゃないか?」
「そうだな。アタシも引退という形で席を譲りたかったんだがな」
ライゼリアの後悔に満ちた表情に、ティアナはとある可能性が過ぎる。
それはブラックリリーでは十分にありえることだが、ライゼリアという存在では信じがたいものだった。
「まさか奪われたのかい? ライゼリア君が負けたということかい?」
「その通りだ。引退して、生徒会長の椅子を賭けた決闘にアタシは負けた。今は副会長の位置付けだ。もうすぐ生徒会執行部自体引退だというのに情けない話だ」
嘘はついていない。
ついてはいないだろうが――――
「信じ難い話だな。ライゼリア君ともあろうものが後れを取る者がブラックリリーに現れるとは。で、今は誰が生徒会長なんだい?」
ライゼリアから語られる現ブラックリリーの生徒会長。
その名前にティアナは少し納得するとともに、双花祭への勝利のビジョンが悔しくも少し薄れることとなった――――。




