第九十五話「双花祭前デート」
「祭りだぁ~!!」
あたしの気分は最高潮に高揚していた。
ユリリア国の総統府官邸があるユリリアの首都コームでは、明後日から始まる双花祭に向けてすでにお祭り騒ぎだ。
かく言うあたしももうすでにお祭り気分。
馬車二台が悠々と通れるほど広い石畳で出来た大通りも、露店と行き交う人々で一台通れる隙間もあるか怪しい。
視界の中にはコームに住み店を営むユリリア人やホワイトリリーの制服を着た学生だけでなく、黒い制服を着た学生――ブラックリリーの生徒もたくさんいる。
首都コームはホワイトリリーとブラックリリーの丁度中間に位置している。
長期休暇中にリゾート地に行ったりアリシアの家に行ったりはしたものの、衣食住遊休知美が学園の施設内で完結してるあたしは学園外に出向くことすら数少ない。
学園外、加えてお祭り状態のコームはあたしのテンションを上げるには十分なシチュエーションだった。
学園から用意されている乗合馬車で到着したあたし達の今日の予定は自由時間。
本当ならイリスとかリーナとかも誘いたかったけど、なんかいろいろあるみたいで今はあたしとメイリーだけ。
「楽しいねサラちゃん。でもあんまりはしゃぎ過ぎてトラブルだけは起こさないようにね」
浮かれているあたしを優しく宥めるメイリー。
「もうメイリーったらアレクシア先生と同じこと言ってー。大丈夫、あたしだって馬鹿じゃないんだからそうそうトラブルなんて起こさないって」
と、同じセリフをアレクシア先生にも言ったら「お前は馬鹿だから言ってる」という不名誉な返しが来たことを思い出す。
ホワイトリリーとブラックリリーの生徒による揉め事は毎年発生してるみたいだけど、まだ双花祭が始まっていないのにトラブルを起こせばいろいろと面倒になる。
だからわざわざ敵対するように絡むようなことはしないし、目に入る両生徒も同じ店に入れど不必要に接したりしない。
ところどころホワイトリリーとブラックリリーの生徒が一緒に居るところを見かけるけど、雰囲気的に元々仲がいい友達なんだろう。
「で、どうするメイリー? 今日は自由時間だし何から回る? 美味しそうな店も面白そうな店もよりどりみどりだよ!」
「んー取りあえずご飯にしよっか。これだけ良い匂いしてるとお腹が空いてきちゃう」
「おっけー。ならあたしが今日のメイリーのデート、しっかりとエスコートしてあげる!」
「デート……うん、デートね。じゃ、サラちゃんにエスコートしてもらおっかな」
学園内でも飲食店は一杯あったし、多分味的にも学園のちゃんとした味の方がいいんだろうけど、露店で出してる食べ物は雰囲気という調味料によって格別なものに変化する。
出場者のあたしは双花祭が始まったら祭りを存分に楽しむ余裕はないみたいだし、今日で存分に楽しまないといけない。
食べ歩き、射的や輪投げといった定番の屋台で遊ぶあたし達。
孤児院時代にもお祭りはあったけど、あの時は下の子もいたし、金銭的にも贅沢も言ってられずほとんど雰囲気を楽しむだけだった。
それが今は委員会の稼ぎでお金もあるし、隣には超絶天使が一緒に回っている。
明後日の双花祭に向けて体力温存なんて言ってられない。
双花祭のことなんて忘れてデートを楽しまなくちゃ!
あたし達はお祭りに加えての王都コーム。
ショッピングもしつつコームを回る。
「は~楽し~」
あたしは身体に染みる幸福という名の疲労感に息を吐く。
両手に持った買い物袋の大きさが、あたしのエンジョイ度を他人から見ても分かるほどに現れている。
「メイリー、次どうする? とりあえずどこか店入って休憩する?」
「そだねー。あ、あの店とかどう?」
メイリーが指さしたのはドーナツ屋さん。
並んでいるわけではないけど、お客さんは結構入っており、こうしている間にも二組が入店していた。
店内席もあれば、外にテラス席も設けており、お客さんはドーナツと飲み物を口にしながら談笑を楽しんでいる。
ちょっと味の濃いものを食べ歩いていたあたしとしてはちょうどいいデザートだ。
店内に入るとまずはトレーを取って好きなドーナツを取り、最後にレジでドリンクを注文して会計をするスタイルだった。
メインはドーナツだけど、ケーキやプリンといったスイーツも置いており、その種類の多さに目移りしてしまう。
「ん~どれにしよっかな~」
「これだけ多いと迷っちゃうよね」
「メイリーはもう決めた?」
「二つ取ったんだけど、もう一個くらい食べようかなって迷ってる。せっかくだしいろいろ食べたいけど、取り過ぎても食べきれるか心配だなーって」
「そこは安心してよ。余ったらあたし食べるし。双花祭に向けてエネルギーを補給しないとだから」
「あれ、さっきまでサラちゃんわたしよりいろいろ食べてたような……」
メイリーがあたしのすでに四つもドーナツやらプリンやら乗ったトレーを見て軽く引いていた。
ただ特別訓練以降、食べる量が増えたのは事実だ。
リサナ副会長曰く、魔力をより正しく扱えるようになってエネルギーの消費効率が上がったという推測。
身体が慣れてしまえばこの無限の食欲も徐々に収まるらしいけど、言ってしまえば今のあたしは肉体的にも魔力的にも成長期ということらしい。
これだけ食べても見た目に変化が無いのだから、良い面だけ見ればこの状態がずっと続いてくれるとありがたい。
体重なんて体重計に乗らなければ更新されることは無いわけだし。
「でもあたしもラスト一個にしとこっかな……あ、これにしよっと」
その種類はラスト一個のドーナツにあたしがトングを伸ばしたその時、隣から伸びたトングの先端が触れ合う。
「あ、ごめんなさい」
「いいえ、こちらこそ」
トングの先から視線を移し、同じものを取ろうとした相手を確認する。
陽の光を浴びた雪のように煌びやかな白銀の長髪が身体が動く度に流れるように揺れ動く。
あたしより頭一つ分くらい背が高く、見上げた先には吸い込まれるように綺麗で、それでいてミステリアスな深い黒紫の瞳。
透けるように白い肌は妖艶で、微笑む姿はあたしの視界を一瞬で彼女にピントを合わせさせる。
そして何より、その魅惑的な肉体を包む黒い制服が、彼女の立場を十分に物語っていた。
「サラちゃん?」
メイリーの心配そうな声が後ろから聞こえる。
その心配、杞憂と言ってあげたいけど、そう言えないあたしの人生における反例エピが多すぎる。
もうすでにトラブル多きあたし、アレクシア先生からの注意というフラグ、双花祭直前という環境、同じドーナツを取ろうとした相手がブラックリリーの生徒というフォーカードが揃ってる。
でもまだ何も起きてないわけだし、変に絡まれる前に離れればいいだけ。
「あ、あたしは他のにしますのでこれはどうぞ」
と、あたしが身を引こうとしたその時、黒服の少女はあたしの身体を一通り観察して、最終的には顔を覗き込む。
あたしの視界が銀髪美少女の美顔に埋め尽くされる。
「……サラちゃん?」
メイリーのさらに心配そうな声が後ろから聞こえる。
本当なら無理にでも距離を取るべきなのは理解してるけど、あたしの中の無意識がすでに彼女の虜になったのか、気恥ずかしさを押さえつけて目が離せない。
でもまだファイブカードだから。まだ大丈夫だから。
「いいえ、そのドーナツは貴女に譲るわ。その代わり、私と相席していただけないかしら?」
銀髪美少女の黒服生徒が優しい笑みで提案する。
冷静さを奪われたあたしの判断能力は著しく低下して脊髄反射で言葉が漏れる。
「……ひゃい…………」
「サラちゃん……」
メイリーの落胆するような、呆れられたような声が後ろから聞こえる。
大丈夫だから! まだロイヤルストレートフラッシュだから!! 確定演出決まっただけだからぁ!!




