第八十八話「因縁の出会い」
国立第一騎士学園、通称“ホワイトリリー”の敷地内にある商店街エリア。
服屋さんや雑貨屋さんなどもあるなか、あたしとイリスは他の店に目もくれずちょっとしたカフェに入った。
放課後、それも学園の敷地内ということもあって、買い物してる生徒や店でバイトしてる生徒もいる。
委員会はそれなりに賃金が保証されて仕事も安定しているけど、こういう一般的な店でバイトするのも自分のしたいことが出来たり、将来ユリリア軍に入らなかった時に社会経験になったりとメリットも多い。
あたしは給料と安定重視で委員会即決だったけど、それなりに落ち着いたらバイトに切り替えるのもありかなと思ったりして、あたしは注文したオレンジジュースをストローで飲む。
それほど広いわけでもない店内、落ち着いた雰囲気とコーヒー豆を挽く音が心地よく、ビターな香りと甘いお菓子の香りが混ざって、あたしはついつい追加注文してしまいそうになる。
「おい、話聞いてるのか?」
イリスはコーヒーカップを皿に置いて、ジュースに夢中なあたしの目を覗き込む。
「あ、ごめん。初めて来たけど良い店だなって……。で、なんだっけ?」
「だから、選考会に向けて毎日授吻するぞって話」
「ッブ!? いつの間にそんな話に? 放課後訓練とかじゃなく?」
「選考会まで一週間くらいしかない状況で出来るとすれば、お前の適応進化を強化するしかねえ。授吻すればするほどサラの魔力はオレ専用に仕上がる。なら毎日授吻して最高コンディションで臨むのが得策だろ?」
「いや、まあそれはそうかもだけど……」
そういえばユリリアに来た時もアリシアと毎日授吻してたっけ。
今度はそれをイリスとするわけだけど、戦う時みたいな切羽詰まった時じゃない状況での授吻は冷静になってるせいかいまだに緊張する。
放課後に待ち合わせて授吻する。
もはやそういう関係のシチュエーションに、実施前の時点でドキドキしてきた。
「ちなみに選考会って何するの?」
「さぁな。参加人数も多いだろうし、普通に考えればダブルペタル試験みたいなサバイバル的なものになりそうだけど、あの会長のことだ。もはや予測できねえよ」
「確かに……。ティアナ会長ならビンゴ大会とかで決める可能性も否定できないよね」
まぁさすがにふざけすぎたものはリサナ副会長が止めるだろうけど。
でもメインは双花祭だから、イリスの言う通り魔法ありの何かになる可能性は高い。
そういう意味ではイリスと授吻しておくに越したことはない。
あたしの応化特性――適応進化は他のシースの特性と違って授吻を重ねるだけで強くなる代物。
イリスの提案を断る理由なんか一切思いつかない。
「じゃあ選考会まで、いや双花祭が終わるまではイリスと一緒だね」
あたしがそう言うと、イリスは少しだけ頬を赤らめてコーヒーを一気に流し込む。
恥ずかしいのか照れてるのか、普段強気なだけあってイリスのこういう表情に悪戯心がくすぐられる。
「とにかく、そういうことだからもう今日から始めるぞ。明日からも放課後迎えに行くから空けとけよ。委員会の日は時間合わせるし」
「もはや彼氏じゃん」
「彼氏? それを言うなら彼女だろ」
「あ、それもそうだね」
ユリリアは女性だけの国で、ユリリア人は当然女性のみ。
彼氏という概念がそもそもないわけで。
「じゃあ飲み終えたら店出るか。さすがにここで授吻するわけにもいかねぇし」
あ、一応そういう感覚はあるんだとユリリア人としての価値観を改める。
それからイリスと他愛もない話をして時間を過ごして店を出ようとしたその時だった。
「マリス……?」
その名前に強く反応したのはあたしだけじゃない。
むしろあたし以上にイリスが動揺しているのが分かった。
マリス。
それはイリスのお姉さんの名前。
魔法複合計画でイリスの代わりに魔力葯を移植されて命を落とした。
あたしとイリスはあたし達のテーブルで立ち止まる二人の少女に目をやった。
ホワイトリリーの白い制服とは対照的な黒いブレザーとスカート。
ワインレッドの赤いネクタイが敷居の高さを際立たせている。
一人は深い群青のロングヘアを高い位置でポニーテールに結い上げて、空色の瞳がイリスを確実にとらえていた。
身長は高く、長い脚と奇麗な背筋がスタイリッシュな華麗さを見せつけている。
そしてもう一人。
くすんだ白い髪は短く、同じくポニーテールに結んだ髪の毛先が上を向くように折りたたまれている。
蒼い瞳はイリスと一緒に居る人の間を行ったり来たりしている。
見た感じ長身の女の人がイリスのお姉さんと接点があるみたいだ。
「その制服、ホワイトリリーに通ってるんだ。あんたみたいな奴でも受け入れるなんて、ホワイトリリーも落ちたものね」
その言葉には苛立ちや敵意みたいな、少なくとも良くない感情が込められているのは分かった。
でもその敵意はイリスのお姉さんに向けられてるもので。
「ちょっとその――」
立ち上がって言い返そうとするあたしをイリスは制止するように掌を立てる。
イリスの瞳は揺れていて、とても冷静とは言い難い心中だろうに、一呼吸置いて長身の女性に目をやった。
「悪いな。オレはイリス、マリスはオレの姉さんだ」
「イリス……? 実験のせいで記憶が混在したのかしら? あんたの妹はあんたの犠牲になって死んだのよ」
「姉さんはオレのふりをして、オレの身代わりになって死んだ。オレの中には姉さんの、マリスの魔力葯が移植されてる」
「ふーん、ま、確かにあの女ならやりかねないわね。妹溺愛してたし」
「その言い方……いや、姉さんを知ってる時点でそうだろうと思ったけど、あんた魔法複合計画の被験者か」
魔法複合計画。
数人のブレイドの魔力葯を組み合わせて、国家最高戦力である大輪七騎士に対抗できるユリリア人を人工的に生み出すための実験。
イリスとお姉さんであるマリスさんはその被験者にして、実験考案者兼最高責任者の子供でもあった。
かなりの子供が犠牲になったこの実験でイリスは数少ない生き残り。
そしてこの黒い制服を着た長身の女性も。
「自己紹介が遅れたわね。私の名前はエクレイン。魔法複合計画の被験者で、今は国立第二騎士学園に通っているわ」
「あ、わたしはセリーナ。隊長……この人のパートナー兼友達やらせてもらってまーす。ちなみにわたしは魔法複合計画とは無関係だよ」
重々しい雰囲気のエクレインさんと、その雰囲気を壊しかねない軽い口調のセリーナさん。
あたしだけ自己紹介がまだなわけだけど、どっちの空気に乗った方がいいのだろうか。
仰々しく? それとも茶目っ気に?
イリスのパートナーとして、友達として、ここのファーストインプレッションを失敗するわけにはいかない。
イリスのパートナーとしても友達としても舐められないためにも、今こそティアナ会長に仕込まれた秘儀を使う時!!
「え~っと、コイツは……」
「あたしの名前はサラ! 数多くの苦節を共に乗り越え互いを支え合ったイリスのパートナーにして唯一無二の大親友! 氷壺秋月(自称)のサラとはあたしのことよ!!」
「「「…………」」」
――――場が凍り付いたのを感じました。




