第八十九話「贖罪」
微妙な空気の中、あたしはイリスの隣の席に移動した。
なんで微妙な空気かって?
それは羞恥に悶える心を回復させるためにティアナ会長のせいだと責任転嫁しておく。
あたしとイリスの対面には国立第二騎士学園、通称“ブラックリリー”所属を名乗る二人の少女、エクレインさんとセリーナさん。
深い群青色のロングヘアをポニーテールで結んでいる少女は立ち姿も長身で凛々しい中、席に座った今でも伸びた背筋が気品を感じさせる。
強い意思を感じる瞳は真っ直ぐにイリスを捉えて逃さないエクレインさん。
その横でケーキに舌鼓を打つ、くすんだ白い髪を後ろでまとめて折り畳み、毛先が上を向いている少女。
隣のエクレインさんには無い緩さを感じさせて、この微妙な空気をまったく気にしていないセリーナさん。
二人はホワイトリリーのあたし達と相反するように黒い制服を身に纏っている。
ここはホワイトリリーの敷地内のカフェ。
確かにブラックリリーの生徒も入れないことはないけど、来る理由も特にないはず。
むしろ気まずいだろうから、制服で来るなんて余程の理由があるはず。
「あの~どうしてブラックリリーの生徒がここに?」
気まずさと気恥ずかしさをジュースで流し込んであたしは切り出す。
その質問に答えたのはエクレインさん……ではなくセリーナさん。
「いや~ここに期間限定ケーキがあって、授業終わってすぐ来たんだ~。ん~美味しいぃ」
全然余程の理由じゃなかった。
ブラックリリーに行ったことは無いけど、国立第二騎士学園というからにはホワイトリリーと似たような感じで敷地に店もあるだろうに、わざわざこんなところまで来るなんて。
と言っても、あたしはブラックリリーがどこにあるか知らないんだけども。
「私はセリーナについてきただけだったんだけど、まさかの出会いね。イリスだったかしら? あんたがマリスの妹だったとしても、立場は変わらないわ。あんたは犯罪者の子供……私の人生を狂わせた奴の子供なのよ」
エクレインさんの激情の籠った言葉と射抜くような視線にあたしは勿論、イリスですらも何も言えない。
イリスを庇ってあげたい気持ちはあれど、今回は今までとは立場が違いすぎる。
イリスは確かに魔法複合計画最高責任者の子供だけれど、それはイリスの罪じゃないし、イリスも被害者だ。
今までイリスを悪く言う人はその事件とは無関係の人ばかり。
だからあたしもイリスは悪くないと強く言えていた。
でも今回は立場が違う。
相手は魔法複合計画の被験者――つまりは関係者で被害者。
向こうからすればイリスも憎い相手と思えても仕方が無いし、あたしが何を言っても無関係な立場な以上どの言葉も中身が伴わない。
せっかくイリスも前を向いて生きてくれるようになったのに……。
そう思いながらイリスを見ると、そこには動揺や不安は隠せてないけど、今までとは違うイリスの姿があった。
「……まずは親の代わりに謝罪する。あの事件で犠牲になった人は多いし、アンタに悪感情を向けられようが、罵詈雑言を浴びせられようがオレは受け止める」
イリスは心身ともに強くなった。
我が子の成長を見せつけられたようでホロっときてしまう。
イリスの思いにエクレインさんは面食らったように目を丸くしていたけど、すぐに冷静さを取り戻した。
「そう。なら罪滅ぼししてもらおうかしら。まさか、そこまで言っておいて逃げたりなんてしないわよね?」
イリスの言質を取ったと言わんばかりのエクレインさんの不敵な笑み。
一体何を言われるのかと、あたしとイリスは身構える。
「今年の双花祭、ホワイトリリーは成績上位者じゃなくても選抜される可能性があるのよね?」
選考会のことを言ってるんだろうか?
でもなんで今その話に?
「手段は問わないわ。絶対に選ばれて、必ず双花祭に出場しなさい」
まさかの提案にあたしとイリスは目を合わせた。
そりゃ双花祭出場はあたし達にとっても目標ではあるけど、どうしてエクレインさんも出場を望むのだろうか?
「まさか、公の場で事件のことを言ってイリスを公開処刑するつもりじゃ――――」
「そんなことしないわよ!!」
あたしの予想をエクレインさんは慌てながら否定する。
テーブルに手をついて前のめりになりながら声を上げるエクレインさんの圧に押されて、あたしは小さくすいませんと呟いた。
エクレインさんは落ち着いて座り直し、あたしとイリスの勘違いを訂正する。
「そもそも、私はあの一件についてあんたをどうこうしようとは思ってないわ。確かに私はあの事件のせいで人生が狂ったわ。今じゃセリーナの特性が無ければまともに魔法が使えない」
魔法複合計画の生き残りは命はあれど何かしらの障害を抱えてしまうのも仕方がない。
魔法複合計画の成功例と言われたイリスでさえも、安定した魔力じゃなければ暴走して無意識に魔法を放ってしまう。
エクレインさんがどういう障害を抱えてしまっているか分からないけど、デリケートな内容で深掘りも出来ず、とりあえずあたしとイリスはエクレインさんの聞き手に回る。
「あんたはあの計画の発案者の子供。何も思ってないと言えば嘘になるわ。いくらあんたも被験者で、被害者的な立場だろうと、法的に裁かれることは無い無実だろうと、苛立たしいし腹立たしいことには変わりない。けど、そんなことを気にする余裕私には無いわ。私は前を向くって決めたのよ」
エクレインさんの言葉が建前じゃないことは、その目を見れば納得できた。
「ならどうして双花祭出場の話に? そりゃ確かにあたし達としても双花祭出場は目標だけど……」
「私が本当の意味で前を向く為よ。あの計画で私の魔法は確かに強くなったかもしれないけど、その反動として普通に魔法は使えないという本末転倒。なんなら日常生活にすら支障をきたしているわ。それでも、私はセリーナと出会って過去は過去と割り切ったわ。だけど、どうしても子供の時の日々が忘れられない」
エクレインさんの言葉、その熱が徐々に強くなる。
そして立ち上がり、その奇麗な人差し指の先がイリスを突きつけた。
「あの計画には成功例が居た。多分、いや確実にそれはマリス……正確には妹だったわけだけど、それでもあんたが成功例のはず。そんなあんたに双花祭で勝って、私の人生を狂わせたあの地獄の日々に意味があったと、無駄じゃなかったと証明する。だから私と勝負しなさいイリス!」
あたしはエクレインさんという人を勘違いしていた。
復讐心に身を捧げてしまいそうな経歴を持ちながらも、憎い相手の身内を目の前にしながらも、前を向いて自分のために生きている芯のある気高き人だ。
あたしはこちらに目をやるイリスに向かって小さく頷く。
この勝負、受けないという選択肢はイリスには無いのだと、あたしがついてるから大丈夫だと。
イリスは数秒だけ心を整理するように目を閉じて、そしてまっすぐにエクレインさんを見た。
「分かった。その勝負、受けて立つ。手加減はしねぇよ」
「当たり前よ。手加減なんてしてみなさい。その時は本気で憎み殺すわよ」
この勝負はエクレインさんだけじゃなく、イリスにとってもこれからの人生で必要な勝負だ。
あたしに出来ることはイリスを支えることだけ。
この瞬間、双花祭出場はあたし達の目標じゃなく通過点に切り替わる。
「行くわよ、セリーナ」
「あ、ごめん隊長。お代わり頼んじゃった」
「…………」
お互い強めの啖呵を切ってしまった手前、帰ることも席を移動するタイミングも見失い、あたし達はセリーナさんが追加のケーキを食べ終えるまで、気まずい雰囲気のままぎこちない会話を続けることとなった――――。




